今こそ挑戦!グローバルサウス「内視鏡洗浄消毒文化」の構築へ オリンパスとサラヤが描くインド戦略

2026年5月18日

内視鏡分野で世界シェアの約7割を誇るオリンパス(本社:東京都八王子市)は、衛星管理・感染対策商品等を扱うサラヤ(本社:大阪府大阪市)と東京大学医学部附属病院(東大病院)と連携し、インドにおいて内視鏡の感染管理を軸とした新たな「内視鏡エコシステム」の構築に挑んでいる。安価で簡易的な手洗浄が主流のインド市場において、いかにして適切な洗浄消毒文化を根付かせ、日本品質を現地の医療インフラへと昇華させるのか。

Olympus Medical Systems Indiaの菊本直マネージング・ディレクター、オリンパス ガバメントアフェアーズの松下尚代シニアディレクター、勝俣美佳アシスタントマネージャー、およびサラヤ海外事業本部の三谷健也部長に、インドでの戦略、産学連携の意義、価格競争を脱する新興国戦略について聞いた(ヒアリング日:日本2026年2月4日、インド2026年2月9日)。


Olympus Medical Systems Indiaの菊本MD(ジェトロ撮影)

製品特性と差別化:再利用を前提とした「工芸品」の信頼

オリンパスは、1950年に東京大学と共同開発を行い、世界で初めて胃カメラを実用化した。現在は医療の進歩に貢献するグローバルメドテックカンパニーとして、インドにおいても2009年に現地法人を設立し、現地の医療現場を支えてきた。同社の強みは、体内に挿入する精密機器としての高度な光学技術に加え、内視鏡を長期間、安全に使用し続けるための強固なアフターサービス網にある。

オリンパスの共創パートナーであるサラヤは、1952年に日本初の薬用石けん液を開発して以来、感染予防のパイオニアとして日本の衛生環境を支えてきた。同社の強みは、高い殺菌力と人・環境への安全性を両立させる薬剤開発力にある。

内視鏡消毒剤に関しては、2001年に従来の主流であった残留毒性の強い消毒剤に代わり、サラヤが安全性の高いアルデヒドフリーの過酢酸消毒剤を実用化した。この薬剤の革新が、オリンパスの内視鏡洗浄消毒装置の進化を支えている。

質問:
内視鏡という製品の特性と、市場における位置付けは。
答え:
内視鏡は、体内に挿入して精密な診断や治療を行う医療機器でありながら、ほとんどがディスポーザブル(使い捨て)ではなく、高度な洗浄・消毒を経て繰り返し使用するという特徴がある。1950年に当社が東京大学と共同で胃カメラを実用化して以来、製品は進化を続けてきたが、その本質は「高度な光学技術が詰まった工芸品」に近い。
現在、インドでは消化器内科医が年間約600人増えるなど、他国と比較しても圧倒的なスピードで市場が拡大している。健康診断の習慣が少なく、がん切除や結石の除去といった「処置(治療)」の需要が極めて大きいインドにおいて、内視鏡の価値は画質の良さだけでなく、いかに安全に再利用できるか、つまり感染管理(洗浄・消毒)とセットで評価される。当社は、この洗浄プロセスを仕組みとして提供する「内視鏡エコシステム」の構築を目指している。

オリンパスの内視鏡(ジェトロ撮影)
質問:
安価な競合他社が台頭する中で、現状どのような差別化を図っているのか。
答え:
近年、インド市場でも低価格を武器にした競合が台頭しているが、公立病院や大手私立病院の医師からは、依然として日本製品が強い支持を得ている。その最大の差別化要因は、強固な「アフターサービス体制」にある。 内視鏡は繊細なメンテナンスを要するため、売って終わりのモデルでは、故障による診療停止リスクを払拭できない。当社はインド全土に強固なサービス網を構築し、年およそ9,000件の内視鏡および周辺機器類に対する修理・メンテナンスサービスを提供することで、修理・保守の信頼を積み重ねてきた。競合が容易にまねできないこのサポート体制こそが、価格競争に対する強力な防壁となっている。

内視鏡洗浄消毒装置と使用される消毒剤の例(オリンパス提供)

連携事業を行う理由:ハードとソフトの融合による「安全」の最大化

質問:
インド事業で、オリンパスとサラヤ、そして東大病院が連携した狙いは。
答え:

インドの病院では、内視鏡洗浄の多くが機械洗浄ではなく手洗浄に依存している。そこで多く使用されるグルタルアルデヒドは感作性による健康被害リスクがあり、労働衛生上の換気・暴露管理の問題から、欧米や日本を始めとする多くの先進国では代替消毒剤への切替が進んでいる。 そこで、オリンパスと、2001年に安全性の高い「アルデヒドフリー」の過酢酸消毒剤を実用化したサラヤが組むことで、ハード(内視鏡洗浄消毒装置)とソフト(薬剤)の両面から「人体・環境・内視鏡の全てに配慮した洗浄」という新たな価値を提供できると考えた。

また、企業2社に東大病院による日本の内視鏡の洗浄消毒ガイドラインの知見が加わり、産学が一体となって患者の安全を第一とする感染管理の仕組みを提案することが、本事業の最大の狙いだ。
質問:
サラヤとの共創が、ビジネスモデルに与える影響は。
答え:
内視鏡は適切な洗浄・消毒を行うことで、はじめてその高性能を長期間維持できる。サラヤの薬剤は、強力な殺菌力を持ちながらも機器への腐食性が低く、内視鏡を「故障させない、長く使える」ためのメンテナンス戦略において極めて重要な役割を担っている。 消耗品である薬剤(サラヤ)と、高付加価値な機器(オリンパス)をセットにした「内視鏡エコシステム」を構築することは、競合他社が容易に介入できない、質の高い継続的なビジネスモデルの確立を意味している。

連携の分担:日本での体験をインド医療の「標準」へつなげる

質問:
産学連携での具体的な役割分担と、現在進めているアクションは。
答え:
オリンパスが「ハードウェアと保守」、サラヤが「薬剤」、そして東大病院が「医学的エビデンスの検証」をそれぞれ担っており、この連携をインド市場で結実させるための重要なステップが、インドの有力医師の日本招へいだ。
日本には既に内視鏡の洗浄消毒ガイドラインがあるが、インドにも同様のガイドラインがあれば、安全性を重視した内視鏡エコシステムが生まれる。そこで、インドの有力医師を日本に招へいし、日本の高度な洗浄消毒現場を直接視察してもらい、洗浄消毒ガイドラインがどのように運用され、それが患者の安全性向上にどう寄与しているかを体験として共有した。現地で手洗浄が主流となっている背景には、正しい知識や設備の欠如がある。トップドクターが日本の水準を肌で感じることは、インド国内での感染管理水準の見直しに向けた強力な後押しとなる。

東大病院でのインド側医師 内視鏡洗浄視察の様子(オリンパス提供)
質問:
現地のステークホルダーを巻き込む際、産学の枠組みはどのように機能しているか。
答え:
インドのような新興国市場では、民間企業単独の提案よりも、政府や大学が関与する産学合同の取り組みの方が、病院や学会からの信頼を得やすい。今回の事業でも、東大病院が介在することで、現地の反応は非常にポジティブなものとなっている。日本招へいを通じて日本品質の伝道師となった医師たちが、帰国後に現地のルールを変えていく。この役割分担こそが、単なる輸出を超えた、市場そのものを創出する戦略の肝となっている。

戦略の核心:価格競争を脱するための勝ち筋

質問:
価格への感度が極めて高いインド市場において、どのように差別化を貫くのか。
答え:
インド市場は、単なる「安売り」では他のアジア勢に太刀打ちできない。そこで当社が取っているのは、自社の内視鏡洗浄消毒装置にサラヤの薬剤を用いた適正な洗浄消毒をパッケージ化することで、内視鏡の故障率を大幅に下げ、稼働率を最大化するメリットを訴求することだ。さらに、インドにおける洗浄消毒の標準化をサポートすることで、価格の安さだけで選ばれる土壌そのものを変えようとしている。この「ルール形成による非価格競争」こそが、インド攻略の急所だ。
質問:
一部のトップ病院だけでなく、インド全土へこの「洗浄消毒文化」を普及させるためのカギは何か。
答え:
日本企業の多くは、革新的な製品で初期層(アーリーアダプター)をつかむものの、その後の普及段階で安価な競合品に市場を奪われる傾向にある。この「普及の壁」を越えるため、当社は単なる製品販売ではなく、環境整備とルールメイキングから攻めている。
具体的には、オリンパスの機器とサラヤの薬剤・教育をパッケージ化し、現地の医療従事者が継続的に学べる環境を整備する。日本式の安全基準が現場に定着し、適切な洗浄消毒による「故障リスクの低減」と「稼働率の向上」という経済的メリットが証明されれば、それは代替困難なインフラとなる。この「機器×薬剤×教育」の三位一体モデルこそが、日本連合が長期的にインド市場をリードするためのカギだ。
企業基本情報
会社名 Olympus Medical Systems India Private Limited
設立 2009年
所在地 Ground Floor, Tower-C, SAS Tower, The Medicity Complex, Sector-38, Gurgaon-122001, Haryana, India
URL https://olympusmedical.co.in/ 外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
執筆者紹介
ジェトロ海外ビジネスサポートセンター グローバルサウス課 課長代理
石井 佑志(いしい ゆうし)
メーカー、商社にて海外市場向けの商品開発・営業に従事。バングラデシュ駐在を経験後、2022年10月ジェトロ入構。中小企業診断士。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
佐藤 利昭(さとう としあき)
東京税関での勤務を経て、2018年、静岡県庁入庁。2024年ジェトロ入構の後、販路開拓課で勤務、2025年4月から現職。

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