高まる経済安全保障リスク、各国・地域の自律性向上と不可欠性確保に向けた戦略とは外縁見えぬ経済安保業務に情報要求の明確化を求める声(世界)
2026年4月27日
地政学リスクや経済安全保障といった言葉をメディアで見かけない日はない。ジェトロ調査部は5年ほど前に経済安全保障ユニットを立ち上げ、以来経済安全保障をめぐる企業の課題感を追ってきた。事業内容が異なれば地政学リスクをはじめとする経済安全保障上の課題も異なるのは確かだが、企業に共通する動きや悩みもある。本稿では、ジェトロ調査部の経済安保ウェビナー(注1)視聴者へのアンケートと、調査部経済安全保障ユニットが実施している企業との意見交換会を通じて得られた、日本企業の経済安全保障対応上の課題の変化について紹介する。
企業の経済安全保障対応の力点が変化
まず「経済安全保障についての課題は何か?」との問いだが、2026年2月の経済安保ウェビナーで実施したアンケート結果を前回2025年3月の経済安保ウェビナー時点と比較してみると、ほとんどの項目で課題として挙げた企業の割合が下がっている。
特に「規制の最新情報のフォロー、アップデート」は、回答割合こそトップだが、前回との比較では大きく低下した(11ポイント)。「サプライチェーンに潜むリスクの洗い出し」も同様(9.2ポイント低下)である。「具体的な経営戦略への反映が不十分」「技術流出対策」「取引相手に問題がないかの確認作業」も低下している(6.1、5.6、5.6ポイント)。しかしいずれの項目も経済安保対応として終わりのあるものではないため、この低下は対応に着手したり進捗がみられたりしたことに伴い課題としての認識が薄まったことによるものと受け止めている。
他方、上位の「課題に対応する人材の不在・不足」「社内体制の整備」は前回並みとなった。また、「生産地点または調達先の見直し」「調達先の多元化」は数値が上昇しており(3.6、3.1ポイント)、課題であるとの認識がじわりと広がっている。情報収集や確認作業を経て、具体的な対策に取り組む段階に入った企業が増えていることをうかがわせる。
注:複数回答。パーセントの分母は回答者数で今回が504、前回が448。
出所:ジェトロウェビナー視聴者アンケート
次に、事業展開している国・地域について懸念する地政学リスクについて聞いた。これも前回ウェビナー時からの変化を見ると、「データ規制の拡大・強化」「投資規制の拡大・強化」で低下が大きく、懸念の後退がみてとれる。
注:複数回答。パーセントの分母は回答者数で今回が485、前回が426。
出所:ジェトロウェビナー視聴者アンケート
地政学リスク対応として「調達先の多元化」が浮上
「地政学リスクへの対応」についてだが(この問いは3回目)、上位項目に低下が目立った。例えば「情報収集の強化」「輸出管理に関する社内教育・普及啓蒙」「輸出管理の社内審査の強化(対応方針・審査手続きの策定実施など)」はそれぞれ9.2、11.7、11.4ポイント低下した。これらの業務も終わりがあるものとは思えない。対応への着手や進捗に伴い、課題としての認識が薄まったものと受け止めている。そうした中、「調達先の多元化」は7.4ポイント上昇と、ここに来て地政学リスクへの対応の1つに位置付ける企業が増加しており目を引く。
注:複数回答。パーセントの分母は回答者数で今回が472、前回が403、前々回が787。
出所:ジェトロウェビナー視聴者アンケート
最後に、「技術流出防止の課題」を聞いた。最も多かったのは「専門人材(セキュリティ・法務)の不足」で、回答者の約4割がこれを挙げた。
なお、凡例にある番号は、(1)人的課題、(2)体制・運用面の課題、(3)技術的課題、(4)外部・国際領域の課題を意図している(注2)。この分類に従えば、上位には(1)と(4)が集中する結果となった。
注:複数回答。パーセントの分母は回答者数で455。
出所:ジェトロウェビナー視聴者アンケート
経済安保対応の変化―コンプライアンスからサプライチェーンの安定へ
調査部経済安全保障ユニットの活動は6年度目に入った。レポートや講演の発信に加え、特定の業種、業種横断、特定テーマなど、さまざまな形式やテーマで企業の方々との意見交換会(ワークショップ)も行い、経済安全保障上の企業の課題についてナレッジの共有を図ってきた。
そうした意見交換、相談対応、企業インタビューを振り返ると、ここ1、2年の変化としては、企業の経済安保対応においてコンプライアンスへの関心は依然高いが、対応の進む企業ではサプライチェーンの安定化に関心が高まりつつあると感じる。
コンプライアンスという場合、日本企業にとっての基本は外為法の順守になるが、それだけではない。米国の輸出管理規則(EAR)は域外適用があること、第一次トランプ政権末期とバイデン政権期では半導体関連規制の改正が多かったこと、そもそもこみ入った英文であることが相まって、EARは日本企業の間で外為法以上に注目を集めてきた。組み込み品、デミニミスルール、直接製品ルール、エンティティリスト掲載企業の増加など、再輸出を巡るコンプライアンス対応は日本企業の大きな負担となってきていた。
2024年12月には中国の両用品目輸出管理条例のリストが明らかとなり、中国も域外適用の輸出管理体制を本格的に始動させた。しかし中国の場合は、再輸出規制もさることながら、重要鉱物の輸出規制の動向が企業の大きな関心事で、これはコンプライアンスというよりも調達サプライチェーンの問題という要素が大きかった。中国の重要鉱物の輸出規制はその後、対象品目が広がったほか、日本を特定した規制も行われている。米国の相互関税に関する交渉で、各国が税率引き下げのため米国にいかに魅力的な提案をするかに腐心する中、中国は重要鉱物の輸出管理強化を打ち出し、それが対米交渉の大きな材料となった。サプライチェーンを巡る経済の武器化を強く印象付ける出来事であった。
企業の経済安保対応における「コンプライアンス」から「サプライチェーンの安定化」への重点シフトは、前述のアンケート結果と符合するところもある。ここでいうコンプライアンスについては輸出管理部門の所管だが、サプライチェーンの安定化となると、調達部門、製造部門なども巻き込んだ対応が必要となる。各社、その製品ラインアップ、カギとなる部品や材料、その調達国には違いがあり、リスクのありようを把握するには調達部門、製造部門の知見と協力が不可欠だ。一方で、企業の最大の課題は利益を上げることであり、経済安保対応は後回しになりがちだ。
「経済安保バブル」への歯止めとしての明確な情報要求
世界のニュースを収集・整理し、事業のリスクシナリオや対応策の作成に動いている企業もある。世界で新たな事件が起こるたび、経済安全保障担当の情報収集の範囲と分析作業は膨張していく。相互関税然り、中東情勢然りである。ある識者はこの膨張を「経済安保バブル」と評していた。
外縁の見えない業務に、経済安保の担当者から「明確な情報要求」がなければ情報は集まらない、との声も上がっている。また、リスクシナリオの作成にあたり、情報収集での抜け漏れを防ごうとしたある企業から、「インフォメーション」が増大し、役立つ洞察と示唆を含んだ「インテリジェンス」にならないのだが、この状況をどう打開したらよいのかとの相談があり、弁護士と対応した。アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業の横井傑弁護士は「抜け漏れをなくすことは現実的とはいえない。地政学リスクとは日々その形を変える、生き物のようなものだからだ。致命的な抜け漏れさえなければよいと割り切った情報収集・分析の継続こそ重要」とアドバイスしていた。
リスクの洗い出しにいかに対処する?
社内インテリジェンスをテーマとしてジェトロで行った意見交換会では、複数の企業が「明確な情報要求の欠如」を社内の問題として挙げた。「明確な情報要求」の中身について補足すれば、「経営層からの指令」や「調査事項の具体化」といったニュアンスであった。例えば、「何のために」「誰が」指示しているのかがあいまいなまま、経済安保担当者から現場に「わが社のリスクを洗い出せ、情報を上げろ」と指示が出たところで、調達や製造現場の最優先事項は利益であり、現場にとっての自分事にはなりにくいのである。意見交換会で講師を務めた前述の横井弁護士は、リスクの洗い出しについて、1つの方法として「社内アドバイザー」というアイデアを提起していた。事業に精通する数人を「社内アドバイザー」に選定し、各現場に入らせ、リスクの洗い出しをリードさせるというものである。
おわりに―「経済安保バブル」の回避と経済安保の自分事化
この1年の経済安全保障ユニットの活動で得た情報を基に、企業の経済安保対応の実情をまとめれば、次のようになるだろう。
コンプライアンスは依然重要だが、対応の進む企業では、経済安保対応の重点がコンプライアンスからサプライチェーン安定化へと移りつつある。リスクの分析、リスクシナリオと対策の検討に進んでいる企業もある。
しかし、そこでは情報収集・整理に関する負荷の膨張も起こっている。また、経済安保対応は収益獲得に比べれば経営上の優先順位も低く、限られた人員がサプライチェーン強靭(きょうじん)化に孤軍奮闘する姿が散見される。
経済安全保障担当者からは、「明確な情報要求」を経営層に求める声があがっている。そこにあるのは、外縁の見えない経済安保業務に対する歯止めと、収益確保が第一の現場で経済安保が自分事化に向かうことへの強い期待である。
- 注1:
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2024年3月7日開催「経済安全保障 ―世界の動向と日本政府・企業の対応」、2025年3月7日開催「米国、中国の経済安全保障政策と日本企業の技術管理」、2026年2月13日開催「『経済の武器化』時代に企業はどう備える? ―米中動向・輸出管理・技術流出防止の実践策」。
- 注2:
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4つの分類は次のとおり。(1)人的課題は「社員のセキュリティ意識が十分でない」「専門人材(セキュリティ・法務)の不足」「従業員の退職・転職など人を通じた流出の対策が不十分である」、(2)体制・運用面の課題は「自社にとって重要な技術が何か特定できていない/技術リストが作れていない」「技術管理に係るルール(営業秘密、知的財産権の管理など)が未整備」「法規制(輸出管理・安保法)対応が複雑」、(3)技術的課題は「十分な対策を行うための予算不足」「セキュリティツール・システムの導入や運用が困難」、(4)外部・国際領域の課題は「取引先・委託先などサプライチェーンの管理が難しい」「海外拠点・海外パートナー企業の管理が難しい」。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部主任調査研究員
箱﨑 大(はこざき だい) - シンクタンク研究員、香港駐在エコノミストを経てジェトロへ。北京事務所次長、調査部中国北アジア課長、アジア経済研究所主任調査研究員を経て2023年より現職(経済安全保障ユニットリーダー)。論文に「日本の対中投資はなぜ『収益の再投資』に牽引されたのか-直接投資の財務構造に基づく要因分析-」中国経済経営研究8(2)、編著に『グローバルサプライチェーン再考』文眞堂、など。博士(学術)。





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