高まる経済安全保障リスク、各国・地域の自律性向上と不可欠性確保に向けた戦略とは医療製品の国産化を推進(ブラジル)

2026年1月14日

2024年1月に発表した「新ブラジル産業プログラム」で、ブラジル政府はブラジル医療市場における国産医療製品のシェアを、現在の42%から70%まで引き上げることを目指す。ブラジルにおける医療分野の貿易収支は赤字額が年々拡大している。そこで政府は、目の前に迫る少子高齢化社会、そして新型コロナ感染拡大にみられるような、将来起こりうるパンデミックに備え、医療製品の自国生産強化に取り組む。そうした中、2025年8月には、ブラジル国内の公的医療機関の医療製品の入札において、一部医療製品に対し特恵マージンを最大20%適用することが発表された。中国製の輸入医療製品との競争にさらされる国産医療製品の調達を増やす狙いがある。本稿では、ブラジルの医療製品市場動向や医療保険制度を概観した後、新ブラジル産業プログラムにおける同分野の政策に触れながら、中国企業の動向にも注目する。

国産医療製品のシェア拡大を目指す「新ブラジル産業プログラム」

ブラジル政府は2024年1月、国内産業支援の目的で、国内の生産・雇用拡大およびイノベーション創出を目指す「新ブラジル産業プログラム」を発表した(注1)。2026年までに同プログラムに投入される予算総額の見込みは約3,000億レアル(約9兆円、1レアル=約30円)。このうち2,500億レアルは、ブラジル政府系の開発銀行で、産業、インフラ、イノベーションなどの長期プロジェクトに対する融資を行う国立経済社会開発銀行(BNDES)が提供する低金利の融資によって賄われる。本プログラムは、農業、保健、都市生活の向上、デジタルトランスフォーメーション(DX)、バイオエコノミー・脱炭素、防衛の6つの分野について、2033年までの目標が定められている。保健分野については、国産の医薬品や医療機器といった医療製品のシェアを、現在の42%から70%に引き上げることなどを目標として掲げている。

ブラジル政府が医療製品の国産化を急ぐ背景には、新型コロナ禍で直面した医療機器不足、また医療分野の貿易赤字が拡大していることが挙げられる。ブラジル医療機器産業協会(ABIMO)によれば、2021年の同分野の貿易赤字額は55億5,400万ドルだったが、2024年には86億2,000万ドルまで拡大している(表参照)。2024年の医療製品の最大の輸入相手国は米国(輸入額16億2,000万ドル)。次いでドイツ(同14億4,000万ドル)、中国(同12億ドル)、アイルランド(同8億3,200万ドル)、スイス(同7億3,000万ドル)と続く(注2)。ブラジル医療分野イノベーティブ産業アライアンス(ABIIS)によれば、2025年1~9月の輸入額は前年同期比で9.3%増加した。輸出額も同様に伸びているものの、輸入額の伸び率の方が高い(注3)。ブラジルでは、高齢化や慢性疾患患者の増加により、医療製品の需要が急増しており、これに伴い輸入依存度が高まっている。ブラジル地理統計院(IBGE)によれば、ブラジルにおける人口ボーナス期は2038年まで続く見通しだが、出生率は2018年時点で既に1.75人と2人を切っており、ゆるやかに少子高齢化が進行している。

また、新型コロナ禍では医療分野における輸入依存度の高さが改めて浮き彫りとなった。WHOによれば、ブラジルでは、新型コロナ感染者数が3,792万人で世界第6位、死亡者数は70万3,600人で世界第2位と感染拡大による被害が大きかった。感染拡大初期から深刻な医療物資の不足が顕在化し、国際分業および輸入依存の弱点が浮き彫りになった。感染拡大が始まった2020年4月から2023年6月までの間、時限的措置として、新型コロナ対策に使用されることを前提に、600品目以上の医療機器や医薬品について関税を無税化し、輸入手続きを簡素化した(注4)。対象品目には、注射器、針、マスク、手袋と言った医療消耗品から、医薬品、ウイルス検出用診断機器、病院用資機材、ワクチンと言った高度な医療製品まで幅広い品目が含まれた。

ブラジル政府は、こうした将来的なパンデミックや少子高齢化社会への対応を見据え、医療機器の安定確保や医療製品の技術移転を重視し、輸入品依存からの脱却を図るべく国産品の競争力強化や技術開発に注力している(注5)。ブラジル政府はまた、ワクチンの自国生産も推進している。2023年3月には、サンパウロ州内に工場を有する武田薬品工業が、同社が開発したデング熱ワクチンの許認可をブラジル保健省傘下の規制当局ANVISAから取得した。デング熱は急速に感染が拡大している蚊媒介感染症で、ブラジルのみならず、熱帯および亜熱帯地域で流行が認められている。また、2025年2月には、サンパウロ州立のブタンタン研究所と中国の薬生物技術有限公司が、共同で単回接種型(注6)デング熱ワクチンの大規模生産を計画していることを発表している。

表:ブラジルにおける医療機器の貿易収支(金額: USD)(△はマイナス値)
輸出 輸入 貿易収支
2021年 7億9,600万 63億5,000万 △55億5,400万
2022年 9億3,500万 74億5,000万 △65億1,500万
2023年 9億4,200万 81億3,000万 △71億8,800万
2024年 11億7,000万 97億9,000万 △86億2,000万

出所:ABIMO

ブラジル医療保険制度の現状と課題

ブラジルでは、公的医療保険として、統一保健医療システム(SUS)が1988年から導入されている(注7)。これにより、国民は原則として薬剤費を除く全ての医療サービスを無償で受けることが可能だ。2024年は全国民の76%がSUSを利用した(2025年9月19日付政府系ニュース「アジェンシア・ブラジル」)。ただ、SUS適用医療機関の大部分を占める公的医療機関では、恒常的な資金、人材、機材不足に陥っている(注8)。これは政府の財政赤字に起因するところが大きい。こうした公的医療機関では、政府から十分な診療報酬が提供されず、よって設備の拡張、医療人材や資機材の十分な確保がなされていない。これに伴い、SUSを利用する患者は医療を受けるまでには長時間待機しなければならず、さらに、医療機材の不足などによって十分な医療サービスを享受することも難しく、ブラジルにおける社会問題の1つになっている。2025年3月17日付け現地紙「オ・グローボ」によれば、2024年のSUSにおける専門医受診の平均待機日数は約57日、手術の平均待機日数は52~632日に達する。他方、多くの私立病院では、最新鋭の医療機器や技術を備え、迅速な医療サービスが提供されている。しかし、こうした医療施設を受診するには民間の医療保険に加入するのが一般的で、医療保険の月額費用は1人当たり500~2,000レアルに上る。この結果、ブラジルの医療分野における貧富の格差は拡大している(2025年10月28日付現地医療誌「メッド・ブラジル」)。現職のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ大統領は、2022年の大統領選挙戦で、私立病院との連携による待機時間の短縮、ゼロ化や、公的医療機関のキャパシティ不足を補うための財政支援を含めたSUSの改善を公約の1つに掲げた。

SUS適用医療機関の入札で最大20%の特恵マージンを適用

ブラジル保健省は2025年8月、SUS適用医療機関向けに、基本診療や手術用の医療機器1万台以上を購入するため、24億レアルを投資することを発表した〔ブラジル保健省ウェブサイト参照(ポルトガル語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〕。機器の調達では、国内製品や国産技術を優先する、いわゆる特恵マージン(マージン・オブ・プレファレンス)を適用し、国産医療機器が輸入品の価格より10~20%高くても購入されることが明らかになった。適用対象となる製品は、心電計、AED、超音波装置などの医療用品17品目と、手術台、麻酔器、眼科用レーザーなど専門診療用品(手術用品)11品目だ。

ブラジルは、WTO政府調達協定(GPA)を締結していない(注9)。そのため、ブラジルの政府調達に関する仕組みは、国内法により整備されている。ブラジルでは主に、いわゆる「公共入札法」〔Lei Geral de Licitações 8.666/93(ポルトガル語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〕において政府調達契約の枠組みが定められている。SUS適用医療機関では、従来、機材の調達において国産品が優先されてきた。「新入札法」と呼ばれるLei 14.133/2021(ポルトガル語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでは、第26条で、公共調達において国が定める基準に基づき、国産品に優先的な扱いを与えることが可能と規定されている。同規定が、SUS適用医療機関の入札で国産品優先が認められる法的根拠となっている。また、2024年1月22日に官報公示された政令11.889〔Decreto nº 11.889/2024(ポルトガル語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〕では、国産優先の枠組みを整備し、特恵マージンの設定を認めている。なお、2024年12月に最終合意した、EUとブラジルが加盟する関税同盟メルコスール間のFTAでは、ブラジル側の政府調達章で保健分野が除外されている(注10)。

多くの外資系医療機器企業を傘下にもつ、ブラジル医療機器ハイテク産業協会(ABIMED)のフェルナンド・シルベイラ・フィーリョ会長は、2025年11月3日に行われたジェトロのインタビューの中で、「特恵マージンが最大20%というのは非常に高い割合であり、ブラジルにおける輸入医療機器の競争を阻害している」と述べ、改善を訴えた。他方で、国内生産を行う医療機器企業を多く傘下に持つABIMOのシルビア・ガルシア会長は、2025年11月4日に行われたジェトロのインタビューの中で、「20%でもまだ十分ではなく、もっと割合を高める必要がある」と強調した。ガルシア会長によれば、こうした措置の背景には、「急速な中国製医療製品の流入」があるという。同会長によれば、昨今、中国製医療製品の技術力は格段に向上しているだけでなく、価格帯も安価であることから、ブラジルの医療製品市場での存在感が高まっているという。多くの中国医療製品メーカーはブラジルで現地生産を行っていないため、輸入時に平均で12%程度の関税が賦課されている。それでも、「中国からの輸入医療製品には競争力がある」とガルシア会長は強調する。新型コロナ禍で一時的に輸入障壁が下がり、中国を含むアジア製の競争力ある医療製品の輸入が急増、市場に浸透したことで、新型コロナ終息後もブラジルの医療市場で中国製医療製品が一定の需要を維持している。ガルシア会長によれば、こうした状況下で、ブラジル国産の医療製品がSUS適用医療機関の入札で落札できない状況が続いているという。ガルシア会長は、国産医療製品の競争力を強化するためには、技術移転が必要であると述べる。ブラジル政府は、高い技術力を有する外資系企業がブラジルに投資して現地生産するインセンティブを用意することの重要性を強調した。

中国企業のブラジル進出が加速

こうした状況下で、中国医療機器メーカーのブラジル進出が徐々に増えている。2025年7月7日付中国の国際メディアニュース「CGTN」によれば、中国の医療画像機器大手United Imaging Healthcareは、ブラジルに子会社を設立し、放射線診断や人工知能(AI)搭載のCT装置の展開を強化する。ブラジル拠点設立を契機に、他の中南米諸国への事業拡大も目指す。同社のAIを活用した診断が、ブラジルで高品質な画像取得と検査スピードの向上を可能とすることが期待される。また、2025年5月14日付中国メディア「Portuguese peoples」によれば、中国を代表する医療画像機器メーカーのWandong Medical Technologyは、ブラジルのVMIグループとともに、ブラジルで共同事業を設立する旨の戦略的覚書に調印した。VMIグループは30年以上にわたり、ブラジル国内で画像診断機器製造およびサービスのネットワークを構築してきた。両社は今後、ブラジルにおいてMRIやCT、カテーテル検査装置など最先端医療機器の研究開発および製造拠点を設立し、現地市場のニーズに合わせた技術展開を行いながら、中南米域内への供給体制も確立するとみられる。


注1:
詳細は、2024年2月5日付ビジネス短信およびブラジル政府サイト(ポルトガル語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注2:
2024年の最大の輸出相手国は、米国(輸入額2億7,700万ドル)。次いで、アルゼンチン(同1億200万ドル)、韓国(同9,490万ドル)、メキシコ(同6,530万ドル)、オランダ(同6,280万ドル)と続く。詳細はABIMO資料(ポルトガル語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注3:
2025年1~9月の輸出額は前年同期比5.7%増。詳細はABIISウェブサイト(ポルトガル語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注4:
ブラジルは、関税同盟であるメルコスールの正式加盟国のために対外共通関税率を適用している。正式加盟国には、加盟国ごとに対外共通関税率の例外品目の制定が認められている。メルコスールの共同市場グループ(GMC)決議08/8では、国内の供給が十分でないとき、国産類似品は存在するが、生産工程を拡大することや生産量を増やすことが経済的に難しいときなどに、供給上の理由による一時的関税低減措置が認められている。
注5:
11月3日に、ジェトロがサンパウロ市内で実施したブラジル医療機器ハイテク産業協会(ABIMED)へのインタビューによる。
注6:
単回接種型ワクチンは、1回の接種で十分な免疫効果を得られるように設計されたワクチンのこと。追加接種やブースター接種は不要。
注7:
1988 年の連邦憲法において、健康は国民の権利であること、そして医療活動やサービスが公的に重要であることが明記された。法令に基づきその規制・監督・管理を行い実行するのが行政の責務とされ、その公的な医療活動・サービスは統一保健医療システム(SUS)によって遂行することが宣言された。
注8:
ブラジル政府発表では、SUS適用医療機関はブラジル全土で6,520施設。
注9:
2025年10月時点で、WTO政府調達協定(GPA)を締結している国や地域は、先進国を中心に22カ国地域(EUを1地域とカウント)。WTO政府調達協定は、95年1月に発効した「世界貿易協定(WTO)を設立するマラケシュ協定(WTO協定)」の付属書四に含まれる複数国間貿易協定と呼ばれる四つの協定のうちの1つ。締約国は、協定の対象となる政府調達において、他の締約国の物品、サービス、サプライヤーに対して、自国の(国内の)物品、サービス、サプライヤーよりも不利でない待遇を与える内国民待遇および無差別原則を約束している。国内企業と外国企業が平等な競争条件で入札できるようにすることを目的としている。
注10:
EUメルコスールFTAの協定文書は欧州委員会ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課 課長代理(中南米)
辻本 希世(つじもと きよ)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ北九州、ジェトロ・サンパウロ事務所などを経て、2019年7月から現職。