高まる経済安全保障リスク、各国・地域の自律性向上と不可欠性確保に向けた戦略とはカナダにおける重要物資・産業に関する補助金制度の動向

2026年1月8日

世界的なサプライチェーンの不安定化や地政学リスクの高まり、脱炭素化や経済安全保障を巡る動きなどを背景に、各国では重要物資や戦略産業の国内育成を支援する政策が加速している。カナダにおいても、重要鉱物、クリーンエネルギー、先端製造業などを中心に、補助金や税額控除を活用した産業基盤強化が国家戦略として位置付けている。本稿は、カナダ政府による主要な補助金・支援制度の動向を整理するとともに、今後の課題について概観する。

補助金制度は税制・拠出・公的金融を重ねる多層設計

カナダにおいても、世界的な経済安全保障強化や脱炭素化の潮流を受け、これらの分野を、単なる環境政策や産業保護策としてではなく、将来の成長と競争力を左右する経済戦略の中核として位置付けている。特に、重要物資の安定確保、クリーン技術を軸とした産業集積の形成を政策目標として掲げ、その実現手段として、補助金制度は税制上支出、プログラム拠出、還付型税額控除、公的金融を重ね合わせた多層的な設計が採られている。

カルガリー大学公共政策大学院のエグゼクティブ・フェロー、ジョン・レスター氏による2024年3月の論文「連邦政府の事業補助金:2014年以降の爆発的成長PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(718KB)」によると、連邦が企業向けに投じる広義の補助「連邦事業補助額」は2023–24年度見込みで401億カナダドル(約4兆2,907億円、Cドル、1Cドル=約107円)に達し、2014〜15年度から約141%増加した。内訳は、中小企業向け優遇税率や投資税額控除(Investment Tax Credit:ITC)などの税制上支出が179億Cドル(シェア45%)、プログラム拠出が125億Cドル(31%)、カナダ成長基金(Canada Growth Fund:CGF)などを含む公的金融が56億Cドル(14%)、還付型税額控除(注1)が40億Cドル(10%)で、2027〜28年度には500億Cドル規模へ拡大する見込みだ。

科学研究・実験開発やクリーン経済を優遇する枠組み

前述の税制上支出・還付型税額控除の主な柱は次の5つで、科学研究・実験開発やクリーン経済の優遇が行われている。

なお、SR&ED税制優遇措置は、所得税法に恒常的に組み込まれている一方、クリーン経済系ITCの4本柱は時限措置となっている。ただし、2030年代半ばまでの適用スケジュールが提示されているため、民間の投資判断に時間軸の確度を与え、結果として事業の資本コストを確実に低減させる枠組みを提供している。

プログラム拠出や公的金融も投資を後押し

投資税額控除(ITC)で埋まらない資金ギャップは、イノベーション・科学・経済開発省(Innovation, Science and Economic Development Canada:ISED)が実施する戦略的イノベーション基金(Strategic Innovation Fund:SIF)(注2)などによるプログラム拠出が補完する。拠出・条件付きローン・還付条項を組み合わせた大型建設や商用化の後押しはその一例だ。

公的金融として、カナダ・インフラ銀行(Canada Infrastructure Bank:CIB)は公共性の高いインフラに長期資金を供給し、カナダ成長基金(CGF)は脱炭素投資にリスクマネーを供給する役割を担っている。さらに、州政府も操業後の出来高払い型助成金や条件付き免除のローン型などのインセンティブを提供している。つまり、連邦のITC、SIF、公的金融に州の成果連動インセンティブを重ねることで、資本コストのハードルを段階的に下げるという運用が一般化している。

重点分野別の補助金制度も充実

産業共通で利用できる主要な補助金・支援枠組み以外にも、特定分野に焦点を当てた品目別プログラムが用意されており、主要なものとして以下が挙げられる。

  • 永久磁石・重要鉱物
    川上(資源)と川下(製造・リサイクル)の両方で中国依存からの脱却と国内産業の構築を最優先事項としている。天然資源省による重要鉱物インフラ基金(CMIF)などがプロジェクトを支援する。CMIFは、重要鉱物の持続可能な開発と拡大に必要なクリーンエネルギーや交通インフラプロジェクトに対し、2030年までに最大15億ドルの連邦資金を提供する。
  • 蓄電池・EV
    「鉱山からEVまで」のサプライチェーン構築を国家戦略としている。連邦・州政府は、米国のインフレ抑制法(IRA)に対抗するかたちで、SIFなどの拠出と生産量連動のインセンティブを組み合わせ、大規模製造工場に巨額の財政支援を提供している。
  • 半導体・先端電子部品
    大規模な汎用(はんよう)ファウンドリー(受託製造工場)誘致よりも、国内の設計、R&D、高付加価値なニッチ分野の強化に焦点を当てた戦略を推進している。SIFが出資した、インターネットエッジ向け統合コンポーネント製造「FABrIC Network」が全国的な設計・製造・商業化ネットワークを構築する。
  • クラウドプログラム
    AI分野の強化とデータの主権確保が柱である。SIFによる資金提供プログラムであるAI Compute Challengeが、AI開発に必要なGPU高性能計算基盤の提供・利用を促進している。

未施行のITCと業界要望

前述の、クリーン経済系ITC群の4本柱は2023年から導入されているが、クリーン電力投資税額控除(Clean Electricity Investment Tax Credit:CE ITC)とEVサプライチェーン投資税額控除(EV Supply Chain Investment Tax Credit:ITC)については、トルドー前政権からカーニー現政権への移行に伴う政策・立法プロセスの再調整により、最終法案の成立が未了で施行していない。

こうした中、2025年6〜7月に行われた2025年秋期予算案事前協議の意見書公募では、関係業界が補助金と規制のあり方について強い要望を表明した。主な要望は以下のとおり。

  • カナダ・クリーンエネルギー協会(Clean Energy Canada)
    CE ITCの早期立法化や送配電のITC対象化など、クリーン電力投資の実装速度を上げるための措置
  • カナダ製造業者・輸出業者協会(CME)
    製造業ITCの新設や加速減価償却の恒久化など、設備投資を直接後押しする税制優遇措置
  • カナダ自動車製造業者協会(CVMA)
    連邦のEV義務化(ZEV販売目標規制)の撤回、カナダの自動車製造業者に対する貿易の確実性の再確立、米国のインフレ削減法(IRA)などの優遇策に対抗した国内優遇策(補助金や税制優遇)の強化
  • カナダ石油生産者協会(CAPP)
    規制・審査の速度と確実性を最大論点とし、油ガス排出上限政策の撤回などの「政策リセット」

政策転換の兆しと今後の焦点

こうした産業界からの要望を受け、2025年9月5日、カーニー政権はEV販売義務について、2026年の20%ZEV販売目標を撤回する計画を発表(注3)し、トルドー前政権によるクリーン経済政策の基本方針に転換の兆しを示した。これは、米国の通商措置によるコスト圧力に対応しつつ、北米一体市場での競争力と供給力を確保するため、規制負担の時期と内容を現実に合わせて調整することが狙いだ。

マーク・カーニー首相は「目標より成果、禁止より投資」というフレーズを掲げ、セクター別の厳格な規制・上限に依存せず、投資・実装・競争力強化に軸足を移す「気候競争力戦略」を発表する計画を示した。この転換は、前政権の枠組み自体を否定するものではなく、運用の重心を「規制の数値達成」から「投資判断から商業運転までの時間短縮を最優先する運用」へ移すものと説明した。

2025年11月4日の2025年度連邦予算発表では、前述の「気候競争力戦略」の詳細が明らかになり、CE ITCの実施を政府が進める意向であること、CCUS ITCの全額控除適用期間を5年間延長すること、CTM ITCの対象となる重要鉱物のリストを拡大することなどが確認された。今後、施行に向けた制度設計がさらに進むにつれ、カーニー政権下での戦略の実効性が問われることになる。


注1:
通常の税額控除は、控除しきれない分(税額がゼロになった後の余り分)は消えるが、還付型税額控除では控除しきれない残り分も現金として政府から還付(払い戻し)され、助成金に近い効果がある。
注2:
SIFは2025年9月5日の「戦略的対応基金(SRF)」設置発表により同基金へ統合されたため、2025年12月時点ではISEDウェブサイト上でSIFとSRFの双方の名称で記載されている。
注3:
カナダ政府は2025年9月5日、「電気自動車普及基準(EVAS)から2026年目標を削除し、規制全体について60日間の見直しを開始する」と発表。2025年11月時点では、カナダ運輸省は最終規制を反映し、ZEV販売および保有台数の予測を更新中のため、撤回に及んでいない。
執筆者紹介
ジェトロ・トロント事務所
井口 まゆ子(いぐち まゆこ)
民間企業勤務を経て、2019年からジェトロ・トロント事務所勤務。