変容する中国NEV市場とその各国への影響日系の牙城タイで起こる異変 現地生産に伴う課題も

2026年5月11日

中国EVメーカーの参入に伴い、日系ブランドが席巻してきたタイの自動車市場は、転機を迎えている。過去5年で、日系ブランドの市場シェアは7割を下回るまで低下した。シェアを高めているのは、中国から輸入される電気自動車(EV)だ。中国内での垂直統合(内製化)や大量生産による間接費の低減でコスト競争力を高め、タイ国民から一定の支持を得ている。一方、タイ政府が一定台数のEVの現地生産を求めていることから、中国ブランドにとってもコスト競争力の維持が新たな課題となっている。本稿では、タイ自動車市場データや調査機関の分析、関係者への取材などを通じて、タイで躍進する中国EVメーカーの実態に迫る。

中国自動車メーカーのタイ乗用車市場シェアが4分の1まで拡大

タイ運輸省・陸運局(DLT)によると、同国における2025年の新車自動車登録台数は60万6,742台に上る。商用車を除いた乗用車は52万7,085台で、前年と比べて4.2%増を回復した。2025年の自動車の販売上位ブランドを見ると、トヨタとホンダが合計で約半分(48.3%)のシェアを占める一方、BYDやMGなど中国自動車メーカーが前年比で拡大する結果となった(表1参照)。特に、2021年時点では、ほとんどシェアを有していない、もしくはタイ市場に参入していなかったBYDやAION(広州汽車)、JAECOO(奇瑞汽車)、DEEPAL(長安汽車)、ORA(長城汽車)といった中国ブランドが上位に名を連ねている。こうした各ブランドの台頭により、中国自動車メーカーのタイ乗用車市場におけるシェアは2021年から20ポイント近い伸びを示し、2025年には計25.8%に達している(図1参照)。対照的に、日系ブランドのシェアは20ポイント以上低下している。

表1:タイにおける自動車販売台数上位15ブランド(2025年基準)(単位:台、%)(ーは値なし)
ブランド メーカー 2021年 2022年 2023年 2024年 2025年
台数 シェア 台数 シェア 台数 シェア 台数 シェア 台数 シェア
TOYOTA トヨタ自動車 156,403 29.7 195,048 31.1 206,967 31.9 181,176 35.8 183,045 34.7
HONDA 本田技研工業 84,309 16.0 88,863 14.2 91,498 14.1 83,260 16.5 71,510 13.6
BYD BYD(比亜迪) 17 0.0 396 0.1 30,570 4.7 26,906 5.3 41,209 7.8
ISUZU いすゞ自動車 83,945 15.9 113,223 18.0 90,318 13.9 49,077 9.7 39,253 7.4
MG 上海汽車
(SAICモーター)
27,234 5.2 29,679 4.7 29,141 4.5 17,874 3.5 24,121 4.6
MITSUBISHI 三菱自動車 35,541 6.7 39,724 6.3 29,988 4.6 24,594 4.9 22,513 4.3
FORD フォード 22,487 4.3 27,975 4.5 36,812 5.7 24,434 4.8 19,096 3.6
AION 広州汽車 89 0.0 5,184 1.0 13,763 2.6
BMW BMW 9,982 1.9 13,575 2.2 14,147 2.2 12,241 2.4 10,611 2.0
JAECOO 奇瑞汽車 161 0.0 8,993 1.7
DEEPAL 長安汽車 5,617 1.1 8,459 1.6
MERCEDES BENZ メルセデスベンツ 9,881 1.9 13,249 2.1 13,130 2.0 9,298 1.8 8,371 1.6
NISSAN 日産自動車 27,553 5.2 21,790 3.5 16,538 2.6 9,407 1.9 8,317 1.6
MAZDA マツダ 35,401 6.7 35,912 5.7 21,619 3.3 10,746 2.1 7,722 1.5
ORA 長城汽車 3,828 0.6 6,746 1.0 3,231 0.6 6,775 1.3
合計 527,391 100 627,635 100 648,325 100 505,790 100 527,085 100

出所:タイ運輸省・陸運局(DLT)のデータを基にジェトロ作成

図1:タイの自動車登録台数シェア(ブランド国籍別:日本・中国、2021~2025年)
中国ブランドが上位に名を連ねている。こうした各ブランドの台頭により、中国自動車メーカーのタイ乗用車市場におけるシェアは、2021年から20ポイント近い伸びを示し、2025年には計25.8%に達している。対照的に、日系ブランドのシェアは20ポイント以上低下している。

出所:タイ運輸省・陸運局(DLT)のデータを基にジェトロ作成

燃料別に見ると、2025年のタイの乗用車販売(登録ベース)を牽引したのは、前年比74.4%増を記録したEVだ。12万1,901台を売り上げ、乗用車販売シェアの23.1%を占めるまで成長した(図2参照)。また、ハイブリッドも同7.8%増の13万6,139台と堅調な伸びを示し、乗用車販売の4分の1程度(25.8%)を占めた。一方、2021年時点で販売の9割超を占めていた内燃機関車(ガソリン・ディーゼル)は、2025年に24万9,606台(前年比16.5%減)となり、この4年でシェアは半分以下の47.4%まで低下した。

図2:タイにおける乗用車登録台数(燃料別、2021~2025年)
燃料別にみると、2025年のタイの乗用車販売(登録ベース)をけん引したのは、前年比74.4%増を記録したEVである。12万1,901台を売り上げ、乗用車販売シェアの23.1%を占めるまで成長した

出所:タイ運輸省・陸運局(DLT)のデータを基にジェトロ作成

内燃機関以上に安価な中国EV

2025年にEVが大幅に伸びた背景には、同年末に開催された「第42回タイ国際モーター・エキスポ2025」において、中国メーカーが大幅な値引き販売を行ったことが一因として挙げられる(2026年2月5日付ビジネス短信参照)。同エキスポでの自動車販売の予約7万5,246台のうち、中国ブランドは計4万6,989台と、予約全体の62.4%を占めた(2026年1月9日付ビジネス短信参照)。上位5ブランドでも、トヨタが首位になる一方、BYDなど中国ブランドがランクインした。

中国ブランドのEVが人気を博している一因は、その価格の安さにある。国際エネルギー機関(IEA)の調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、中国ブランドがタイで販売するEV(平均的なモデル)の価格は平均465万円で、内燃機関車(平均527万円)と比べて、62万円程安い。最安値の価格帯モデルは186万円で市場投入しており、内燃機関車(155万円)と比べても大差がない。実際にタイで販売されている人気車種を見ると、コンパクトカーやSUVなどのセグメントにおいて、400キロメートル以上の航続距離を保ちつつ、日系ブランドの同等モデルより安価に提供する中国ブランドが多い(表2参照)。さらに、タイ政府による補助金を含むEV推進策「EV3.5」に基づき、乗用車には最大5万バーツ(200万バーツ以下、バッテリー容量50kWh以上)、ピックアップトラックには10万バーツ(国内製造車に限る)の補助金が1台ごとに支給される。また、物品税の優遇(700万バーツ以下の乗用車について、8%から2%に減税)も与えられている(2023年12月27日付ビジネス短信参照)。この点も、中国EVメーカーの価格競争力の向上に寄与している。

表2:タイにおける自動車販売価格の一例注1:1バーツ=5円で換算、各モデルで最も安価な車種の価格を記載。 注2:燃費×燃料容量で算出。
ブランド モデル セグメント 航続距離 小売価格
BYD ドルフィン コンパクト 435km 約300万円
割引後: 約255万円
MG MG4 Electric コンパクト 450km 約290万円
BYD ATTO 3 SUV 410km 約400万円
割引後: 約345万円
JAECOO 5 EV MAX+ SUV 401km 約290万円
長安 DEEPAL S07 SUV 485km 約610万円
割引後: 約580万円
テスラ モデル3 セダン 534km 約575万円
トヨタ Yaris Ativ コンパクト 1,000km超(注2) 約285万円
トヨタ Corolla Altis HEV セダン 1,000km超(注2) 約475万円
ホンダ HR-V HEV SUV 1,000km超(注2) 約444万円
トヨタ bZ4X SUV 600km 約765万円

注1:1バーツ=5円で換算、各モデルで最も安価な車種の価格を記載。
注2:燃費×燃料容量で算出。

出所:オートライフ・タイランド、各社資料・報道資料などを基にジェトロ作成

こうした価格差を生んでいる要因について、米国調査会社ローディウムグループが分析を行っている(ローディウムグループウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。同社によると、BYDの「シール(Seal)」とテスラの「モデル3」を比較すると、中国内では約70万円のコスト差が生じているという(図3参照)。内訳を見ると、約53万円相当はブランド価値による価格差である一方、内製化などによるサプライチェーンの垂直統合によるコスト削減が約36万円、(大量生産による)間接費・研究開発(R&D)費の低減が約26万円のコスト差を生んでいる。また、中国政府による補助金の効果は4万円程にとどまり、影響は限定的であることが示唆されている。BYD以外の吉利汽車(Geely)や零歩汽車(Leap Motor)についても、補助金によるコスト差は小さいとされる。特に吉利汽車は、間接費やR&D費の削減に取り組むことで、コスト競争力を向上させている(表3参照)。

図3:中国におけるBYDとテスラの価格比較分析(主要項目別)
BYDの「シール(Seal)」とテスラの「モデル3」とを比較すると、中国内では約70万円のコスト差が生じているという。内訳とみると、約53万円相当額は、ブランド価値による価格差である一方、内製化などによるサプライチェーンの垂直統合によるコスト削減が約36万円、(大量生産による)間接費・研究開発(R&D)費の低減が約26万円のコスト差を生んでいる。また、中国政府による補助金の効果は4万円程にとどまり、影響は限定的であることが示唆されている。BYD以外の吉利汽車(Geely)や零歩汽車(Leap Motor)についても、補助金によるコスト差は小さいとされる。

注:1ドル=150円で換算、BYDシールとテスラ・モデル3の価格はメーカー希望小売価格。
出所:米国調査会社ローディウムグループのデータを基にジェトロ作成

表3:中国EVメーカーの価格競争力(テスラとの比較)(ーは値なし)注:BYDシールとテスラ・モデル3の価格はメーカー希望小売価格、1ドル=150円で換算。
項目 BYD 吉利汽車
Geely
零歩汽車
Leap Motor
垂直統合
内製化
35.5万円 12.2万円
間接・R&D費低減 26.5万円 37.9万円 11万円
補助金 4.4万円 1万円 1.3万円
優遇融資 0.2万円 0.3万円 2.1万円
調達先
支払猶予
3.2万円 1.3万円 2万円
権利費未払 0.8万円 0.8万円 0.8万円
合計 70.5万円 41.1万円 29.4万円

注:BYDシールとテスラ・モデル3の価格はメーカー希望小売価格、1ドル=150円で換算。

出所:米国調査会社ローディウムグループのデータを基にジェトロ作成

垂直統合によるコスト削減をもたらしている要因は、内製化率の高さにある。ローディウムグループの推計によると、BYD「シール」は75%、零歩汽車B01は60~70%の内製化率を達成しているのに対して、テスラの「モデル3」は46%、フォルクスワーゲン「ID.3」は35%にとどまる。内製化を通じてサプライヤーマージンを削減し、BYDは販売車両1台あたり2,369ドル、零歩汽車は816ドルのコスト削減を実現しているという。間接費についても、BYDは販売車両1台あたり2,302ドル(内訳:管理費930ドル、R&D1,373ドル)に対して、テスラは4,021ドルと差がある。ただし、この間接費についてローディウムグループは、中国EVメーカーの明確な戦略に基づく競争力というより、国際化の度合いが低いことによる偶発的な要因が大きいと分析している。中国メーカーが国際化するにつれて、優位性は一部縮小していくと予想している。

現地報道(2026年2月21日付)によると、広州汽車がタイのラヨン工場で生産する小型ハッチバックEV「AION UT」は、中国からの輸入車と比べてコストが4割程高く、さらにタイ政府による補助金の減額の影響もあり、車両1台あたりの総コストは従来より10万バーツ増加したという。ジェトロがタイ現地生産に取り組む中国EVメーカーに取材したところ、タイにおけるEV製造コストは中国生産者と比べて約20%高くなるという(2026年3月25日時点)。その理由として、ビジネス環境やEVサプライチェーンの成熟度の違いのほか、調達の約6割を中国からの輸入に依存しているため輸送コストがかかることなどが挙げられる。前述のIEAの調査によると、2024年にタイで販売されたEVの86%は中国からの輸入完成車(CBU)となっている。一方、タイに市場参入する中国EVメーカーの多くが現地生産を2024年以降に開始している(2024年12月16日付地域・分析レポート参照)。タイ政府の要請を踏まえ、地産地消に取り組む中国EVメーカーがつくる「メード・イン・タイランド」の車両が、コスト面を筆頭に競争力を維持するか、サプライチェーンの動向を含めて注視が必要となる。

執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所 広域調査員
藪 恭兵(やぶ きょうへい)
2013年、ジェトロ入構。経済産業省通商政策局経済連携課(日本のEPA/FTA交渉に従事)、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員、調査部国際経済課(経済安全保障)などを経て、2024年10月から現職。主な著書:『グローバルサプライチェーン再考:経済安保、ビジネスと人権、脱炭素が迫る変革』(編著、文眞堂)、『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(共著、白水社)、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』(共著、ジェトロ)。

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