変容する中国NEV市場とその各国への影響米国のEV市場と「脱中国」の現状
安全保障と企業の競争力バランスが問われる局面に

2025年12月4日

米国の電気自動車(EV)市場は、中長期的な成長が見込まれる一方、足元では政策変更や価格高止まりなどを背景に、調整局面を迎えている。中国製EVの輸入はほぼ途絶え、車両やバッテリー組み立てでは国内生産が進むが、電極材や重要鉱物といった上流・中間過程では中国依存が残り、供給全体の「脱中国」はいまだ途上だ。トランプ政権の政策の下、中長期の成長を見据えつつ、経済安全保障の追求と、企業の競争力や供給安定のバランスが問われている。

調整局面迎える米EV市場

米国の電気自動車(EV)市場は、2022年から急拡大し、2024年には新車に占めるクリーンビークル(CV、注1)の割合が初めて10%を超えた (図1参照)。これに伴い、2024年のEV用バッテリー需要は前年比25%増の約124ギガワット時(GWh)となり、国内の生産能力も2022年の約2倍に当たる200GWhに達した〔国際エネルギー機関(IEA)2025年7月外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〕。

長期的にはEV化がさらに進むとの見方が大勢を占める一方、市場と政策の変化を背景に、短期的には成長ペースの鈍化が避けられない状況にある(2025年7月15日付ビジネス短信参照)。既に2024年後半ごろからEV需要の伸びは減速しており、2025年上半期のシェアは9%台に低下していた。初期採用層(アーリーアダプター)が一巡したことや、車両価格の高止まりで潜在顧客への訴求力が弱まっていること、充電インフラの整備不足が消費者の不安を招いていることなどが要因とされる。

さらに、トランプ米政権は、2025年7月に成立した「大きく美しい1つの法案(OBBBA)」に基づき、9月30日にCV購入に対する最大7,500ドルの税額控除を撤廃した。これにより短期的な駆け込み需要で、9月のCVシェアは13.6%となったが、10月には6.5%に減少。加えて、排ガスや燃費基準が緩和されれば、自動車メーカーによるEV販売のインセンティブが弱まる可能性がある。追加関税などのコスト圧力も意識されており、最近でもゼネラルモーターズ(GM)のデトロイト工場での生産や雇用の削減など、「柔軟な対応」の名の下に、一部EV生産の見直しが話題となっている。こうした状況を受け、各調査機関が2025年4~10月に発表した2030年時点のEVシェア見通しは8~27%と、前年発表の見通し(29~55%)から大幅に下方修正された(注2)。

図1:クリーンビークル(CV)販売台数推移
新車販売全体に占めるクリーンビークル販売台数の割合は、2024年4月に初めて10%に達した。その後2025年9月には、税額控除の撤廃前の駆け込み需要で14%に達したが、10月は6.5%と大幅に減少した。

出所:モーターインテリジェンス発表データを基にジェトロ作成

EV用バッテリーに関しては、バイデン政権下でのインフレ削減法(IRA)に基づく税額控除策などを背景に、前出の200GWhに加え、約900万台分に相当する700GWhのバッテリーの生産能力が建設中とされている〔IEA「Global EV Outlook 2025」(2025年7月)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.8MB)〕。民間調査でも、北米のEVバッテリー市場は2025年から2030年にかけて、年平均成長率(CAGR)約22.6%という高い成長が見込まれていた。一方、足元では、トランプ政権下での反EV政策や市場環境の変化を受けて、一部のプロジェクトが稼働延期や投資見直しに動いているのも実情だ。

  • フォード/SKオン(ブルーオーバルSK):ケンタッキー州の第1工場でバッテリーの商業生産を開始した。一方で、2025年に予定されていたテネシー州の第2工場の稼働は2027年に延期(テネシールックアウト、2025年8月11日)。これに伴い、韓国の電解液大手のエンチェムも同州で予定していた1億4,000万ドルの投資を見直す方針を示した(コリア・エコノミック・デーリー、2025年10月2日)。
  • GM/LGエナジーソリューション(アルティウムセルズ、注3):テネシー州スプリングヒル工場を改修し、低価格のリン酸鉄リチウムイオンバッテリー(LFP、注4)セル工場へ移行する計画を発表した(2025年7月15日付ビジネス短信参照)。ただし、同工場とオハイオ州の拠点で一時生産を停止することが報じられた(ロイター、2025年10月29日)。
  • AESC:ケンタッキー州、サウスカロライナ州での新工場建設を延期 (2025年6月10日付ビジネス短信参照)。
  • 現代/LGエナジーソリューション:連邦政府移民当局の摘発の影響を受け、ジョージア州工場の立ち上げが数カ月遅延(2025年9月9日付ビジネス短信参照)。

中国からのEV、バッテリー輸入は大幅減少

成長の踊り場にある米EV市場で、中国製EVの存在感は一段と薄れている。2025年7月の中国からのバッテリー式電気自動車(BEV)の輸入台数はわずか5台(前年同月は981台)にとどまり、プラグインハイブリッド車(PHEV)に至っては1台も輸入されなかった。主力だった中国系ブランド「ポールスター」(注5)が2024年8月から米サウスカロライナ州にあるボルボ工場で現地生産を開始したことで、主要な輸入ルートが事実上消滅したかたちだ。

バッテリー分野の動きはより複雑だ。中国企業による米国での大規模生産計画は依然として限定的なものにとどまっている。フォードはミシガン州でCATLとの技術ライセンス契約に基づき、LFPバッテリーの生産計画を進めているが、当初は2026年としていた稼働予定を2028年に延期した(2023年2月17日付ビジネス短信参照)。また、ミシガン州ビッグ・ラピッズ市では、国軒高科(Gotion High-tech)傘下のゴーションによる工場設立計画が地元住民の反対で停滞している。2025年10月に同州が補助金の支払いを停止したことで、事業の実現性に不透明感が強まっている(2025年10月28日付ビジネス短信参照)。さらに、イリノイ州マンテノ市によると、同市でのゴーション建設工事を巡っても、地元市民団体との訴訟が継続しているという。マッキンゼーの調べによると、2025年時点で中国のバッテリー生産余剰は約1,200GWh、2030年には1,600GWhまで拡大する見通しだ(2025年8月26日、注6)。国内の過剰供給を背景に、中国企業からは米国市場を模索する声も聞かれるが、具体的な投資判断には、依然として慎重な姿勢が目立つ。

IEAによると、2024年に米国で販売されたEVに搭載されたバッテリーのうち、中国企業製は約10%で、その割合は2023年から変わっていない(注7) 。一方で、2024年の輸入バッテリーに占める中国のシェアは81%にまで拡大した。しかし、2025年1~7月累計では43%まで縮小している(図2参照)。韓国、日本、ハンガリーに加え、マレーシアなどの新興供給国からのシェアが増加する傾向もみられる。中国製品が第三国経由で米国のサプライチェーンに組み込まれている可能性もあり、「脱中国」の度合いを測るには、供給網全体を俯瞰する必要がある。

原材料段階でも同様の動きがみられる。負極材の黒鉛の輸入量に対する中国のシェアは依然高い水準にあるものの、天然黒鉛では2024年の39%から2025年には29%へ、人工黒鉛は75%から41%へと低下した(いずれも1~7月の累計)。天然黒鉛ではマダガスカルからのシェアが12%から24%に倍増し、人工黒鉛ではインドネシアが新たに16%のシェアを獲得した。インドネシアでは中国企業の貝特瑞新材料集団(BTR New Material Group)が合弁を設立し、2024年8月から負極材の生産を開始するなど、中国企業が海外生産拠点の設立を進める動きがみられる。

図2:EV用バッテリー輸入量推移(1~7月の累計)
EV用バッテリー輸入量に占める中国のシェアは2020年に8%であったが、2024年は81%となった。しかし、2025年1~7月累計では43%にまで縮小している。

出所:USITC発表データを基にジェトロ作成

トランプ政権下の政策転換:通商・税制・民間投資

トランプ政権は緊縮財政を掲げ、10月には、エネルギー省が再生可能エネルギー関連のプロジェクト232件、計75億6,000万ドルの支援の撤回を発表した(エネルギー省ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。また、バッテリーリサイクルなど、スタートアップ向けに決定していた7億ドルの補助金も、見直しの対象とした(政治専門誌「ポリティコ」10月20日)。

一方で、バッテリー材である重要鉱物に関しては、安全保障上の戦略物資と位置付け、国内生産、中国排除の取り組みを強化している。2025年8月にはインフラ投資・雇用法(IIJA)など既存の枠組みを活用し、10億ドル規模の補助金プログラムを発表した。申請手続きの簡素化や、許可条件の緩和など、むしろ制度面での改善を施して投資を促進させる意向だ(2025年8月19日付ビジネス短信参照)。

税制面では、インフレ削減法(IRA)に基づく「先端製造に対する税額控除(内国歳入法45X」が一部控除条件を修正して、OBBBAでも維持された。具体的には、控除対象品から、中国など「禁止外国事業体(PFE)からの物質的援助(material assistance)を受けて生産された資産を排除する」という条件を設けることで、「脱中国」の方針をあらためて強化した。ただし、PFEや対象となる「資産」の具体的な線引きはなお不透明なため、詳しいガイダンスが求められている。

通商面では、2025年7月に黒鉛(注8)に対し、価格差による不公平を是正するためのアンチダンピング(AD)税(93.50%)と補助金相殺関税(11.58%)(注9)が仮決定された(2025年7月22日付ビジネス短信参照)。さらに、不公正な貿易慣行に対する制裁措置として、1974年通商法301条に基づいて2024年9月に発動したEVやバッテリー、黒鉛に対する最大100%の追加関税も維持されている(2024年9月17日付ビジネス短信参照)。加えて、2025年4月には1962年通商拡大法232条に基づき、重要鉱物などが国家安全保障に及ぼす影響を判断する調査が進行中だ。追加関税の対象になれば、関税率が一段と引き上がる可能性がある。

トランプ政権は米レアアース大手のMPマテリアルズや、リチウム開発企業リチウム・アメリカズといった民間企業への部分出資を通じ、連邦政府の関与を確保する方針に転換している(2025年10月6日付ビジネス短信参照)。また、オーストラリアの重要鉱物企業の株式取得を打診したとの報道もある(ロイター10月2日)。民間側もこうした動きに呼応しており、アップルは2025年7月にMPマテリアルズに5億ドルを投資。米大手銀行のJPモルガン・チェースも10月、安全保障関連分野への100億ドルの融資計画を公表しており、「政権とビジネス界の良好な関係を促進する」といった見方がアナリストから示されている(ロイター10月13日)。

もっとも、専門家らは、「中国が数十年かけて計画的に構築してきた生産体制を短期間で代替するのは不可能」と警鐘を鳴らす。デトロイト市で2025年10月6~9日に開催された「北米バッテリーショー」のパネルディスカッションでは、登壇者から「米国はまだ競争の土俵にすら立てていない」との指摘もあった。主要原料や設備を含む供給網が依然として中国起点という現状が強調された。バイデン政権期には、EV市場の拡大とともにリチウム採掘など上流投資への期待が強かったが、現在は「期待」から「どこまで中国なしで回せるのか」という依存を踏まえた現実的な対応を模索する動きがみられる。

鉱物関連調査会社ベンチマークが2025年5月28日に発表したデータによると(ベンチマークウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)、2030年時点での世界の正極材(注10)生産能力で中国が占める割合は84%に達する見通しだ。これは、2024年の87%からわずか3ポイントの低下にとどまっており、多様化の取り組みにもかかわらず、依然として中国の支配的な地位が続くとみられる。このシェアには、自動車メーカーがコスト削減のために採用を進めるLFPの正極材も含まれる。2025年5月13日にブルームバーグNEFが発表した「リチウムイオンバッテリーのサプライチェーンを構築する可能性ランキング外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(注11)では、原料大国のカナダを抜いて中国が首位となった。低い商用電力価格やインフラ整備が主因となっている(2025年5月13日付ブルームバーグNEFプレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。IEAが発表した2030年の電極材生産量の見通しをみても(IEAウェブサイト参照)、現在主流の三元系バッテリー(注12)の主原料のリチウム、黒鉛、ニッケル、コバルトのいずれでも、中国の首位は変わらないようだ。

EVやバッテリーの生産では「脱中国」が進むものの、上流・中間段階での完全な「脱中国」は依然難しい。政府の安全保障政策と企業の競争力確保、供給安定のバランスが一段と問われる局面にある。


注1:
バッテリー式電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)の総称。
注2:
IEA:55%から20%、JDパワー:36%から26%、ブルームバーグNEF:48%から27%、バンク・オブ・アメリカ:29%から8%に下方修正した。
注3:
GMは2024年の投資家向け説明会で、バッテリー製造アプローチ転換の一環として、「アルティウム」の名称廃止を発表した。
注4:
リン酸鉄を正極材とする二次電池。従来のバッテリーに比べて低コストのため、各社が導入を進めている。
注5:
ボルボから独立し、中国の浙江吉利控股集団(ジーリー)が出資。
注6:
対象はLFPと三元系(NMC)バッテリー。
注7:
IEA「Global EV Outlook 2025外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(2025年5月14日)。
注8:
天然黒鉛:HSコード2504.10.5000、人工黒鉛:3801.10.5000。税率は複数の日系企業が中国で製造、輸出する黒鉛に対するもの。
注9:
輸出国の国内価格よりも低い価格による輸出(ダンピング輸出)が輸入国の国内産業に損害を与えている場合に、その価格差を相殺する目的で賦課される貿易救済措置の1つ。
注10:
二次電池で正極を構成する主要材料。
注11:
ブルームバーグNEFは毎年30カ国を対象に、安全で信頼性が高く、持続可能なサプライチェーンを構築する可能性を評価している。
注12:
EV用バッテリーとして主流の正極材にニッケル、コバルト、マンガンを含むリチウムイオンバッテリー。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 リサーチ・マネージャー
大原 典子(おおはら のりこ)
民間企業勤務を経て2013年からジェトロ・ニューヨーク勤務。自動車産業を柱に米国の産業調査を担当。