変容する中国NEV市場とその各国への影響中国電動車メーカー、ブラジル国内生産を開始
現地化率拡大への期待と既存業界の懸念
2025年12月4日
ブラジルでは、電動車〔バッテリー式電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、フルハイブリッド車(HEV)、マイルドハイブリッド車(MHEV)の合計〕の販売が近年急速に伸びており、中国メーカーが市場の牽引役となっている。大手の長城汽車(GWM)と比亜迪(BYD)は、それぞれ2025年8月15日と10月9日にブラジル国内での生産を開始した。ブラジル電動車市場で中国企業の存在感が一層高まっている。また、中国からの電動車の輸入台数は増加の一途をたどっており、国内に生産拠点を持つ自動車メーカーが多く加入する全国自動車製造業者協会(Anfavea)は懸念を示している。本稿では、中国メーカーのブラジルへの進出状況とAnfaveaの動向について報告する。
中国メーカーが電動車市場を牽引
ブラジルで電動車の普及率は依然として低いものの、2021年以降、販売台数は急増している(図1参照)。ブラジル自動車部品工業会(Sindipeças)によると、2024年末時点で、電動車の保有比率は0.8%。前年の0.4%から倍増した。2024年の新車販売台数(新車登録ベース)では、BEVが前年比3.2倍、PHEVが93.7%増加した。そのうち、中国メーカーはBEVで85.1%、PHEVで80%のシェアを占めている(2025年6月10日付地域・分析レポート参照)。図1のとおり、2025年9月時点での電動車販売台数は前年の総数を既に上回っている。
出所:ABVEサイト情報を基にジェトロ作成
2022年から2025年の1~9月期の統計を見ると(図2参照)、2025年のBEVの販売台数は前年同期比16.7%増、PHEVは65.7%増と大きく伸びた。HEVは横ばい、MHEVは5倍になった。2025年(1~9月)の電動車販売台数で国別のメーカーを見ると、中国メーカーが60%のシェアを占めている(図3参照)。
出所:ABVEサイト情報を基にジェトロ作成
注:中国企業には、BYD、長城汽車(GWM)、広州汽車、安徽江淮、Zeekr、吉利汽車、奇瑞汽車、哪吒汽車、東風汽車、零跑汽車、賽力斯集団(セレス)、福田汽車、北京汽車、長安汽車、騰勢(デンザ)、方程豹(ファン・チェン・パオ)、Nextem、Sokon、JMEV、Keytonが含まれている。
出所:ABVEサイト情報を基にジェトロ作成
駆動別に国別でメーカーを見ると、BEVでは85.3%(図4参照)、PHEVでは85.8%(図5参照)を中国メーカーが占め、シェアが圧倒的に高い。一方、HEVでは29.7%(図6参照)、MHEVでは8.4%(図7参照)にとどまる。中国メーカーは電動化により特化した車種開発と販売に注力していることが分かる。
注:中国企業には、BYD、長城汽車(GWM)、広州汽車、安徽江淮、Zeekr、吉利汽車、奇瑞汽車、哪吒汽車、東風汽車、零跑汽車、賽力斯集団(セレス)、福田汽車、北京汽車、Nextem、Sokon、JMEV、Keytonが含まれている。
出所:ABVEサイト情報を基にジェトロ作成
注:中国企業には、BYD、長城汽車、奇瑞汽車、騰勢(デンザ)、長安汽車、賽力斯集団(セレス)、広州汽車、北京汽車、方程豹(ファン・チェン・パオ)が含まれている。
出所:ABVEサイト情報を基にジェトロ作成
注:中国企業には、長城汽車(GWM)、広州汽車が含まれている。
出所:ABVEサイト情報を基にジェトロ作成
注:中国企業には、奇瑞汽車、福田汽車が含まれている。
出所:ABVEサイト情報を基にジェトロ作成
BYDがトップのシェア獲得
中国メーカーの中でも、BYDは2025年に最も販売台数を伸ばした。ブラジル国内で販売された中国メーカーの電動車のうち67.2%がBYDのものだ。BEVでは88.3%、PHEVでは64.3%のシェアを獲得した。なお、PHEVでは長城汽車が29.7%を占め、BYDへの偏りはやや緩和されている。また、車種別の2025年1~9月の電動車販売台数上位10車種のうち、1~2位を含む5車種がBYDのものだ(表1参照)。
| 順位 | 車種 | 種類 | メーカー | 販売台数 | シェア |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 宋 | PHEV | BYD | 26,913 | 14.0% |
| 2 | ドルフィン・ミニ | BEV | BYD | 22,924 | 12.0% |
| 3 | ファストバック | MHEV | フィアット | 19,303 | 10.1% |
| 4 | ハヴァル H6 | PHEV | 長城汽車 | 14,853 | 7.8% |
| 5 | パルス | MHEV | フィアット | 12,954 | 6.8% |
| 6 | ドルフィン | BEV | BYD | 10,357 | 5.4% |
| 7 | カローラ・クロス | HEV | トヨタ | 9,389 | 4.9% |
| 8 | キング | PHEV | BYD | 9,306 | 4.9% |
| 9 | ハヴァル H6 | HEV | 長城汽車 | 7,149 | 3.7% |
| 10 | 元 | BEV | BYD | 4,558 | 2.4% |
出所:ABVEサイト情報を基にジェトロ作成
BYDは、電動車市場にとどまらず、乗用車市場全体でみても、急成長を遂げている。全国自動車販売業者連盟(Fenabrave)の2025年1~9月の販売台数統計によると、BYDの車種は全て輸入車であるにも関わらず、ルノーやホンダなどブラジルに生産拠点を長年持つメーカーを上回り、乗用車市場で第7位となった(表2参照)。現地紙「エスタード」(2023年12月20日付)によると、BYDは電動車を比較的低価格で販売する戦略を採用している。こうした電動車の低価格化は他社の価格引き下げも促すことになったが、それでもBYDの電動車には価格競争力がある。例えば、2023年7月に発売されたBEV「ドルフィン」の販売価格は14万9,800レアル(約434万4,200円、1レアル=約29円)だった。これを受け、ルノーはBEV「クウィッドE-テック」の価格を14万9,990レアルから12万3,490レアルに引き下げた。しかし、自動車業界情報サイト「オートマイス」(2024年5月24日付)によれば、ドルフィンは技術面でクウィッドE-テックよりも優位性があり、BYDは短期間で高い市場シェアの獲得に成功している。
| 順位 | メーカー | 国 | 販売台数 | シェア |
|---|---|---|---|---|
| 1 | フォルクスワーゲン | ドイツ | 255,521 | 18.1% |
| 2 | フィアット | イタリア | 221,480 | 15.7% |
| 3 | ゼネラルモーターズ | 米国 | 154,265 | 10.9% |
| 4 | 現代 | 韓国 | 136,085 | 9.6% |
| 5 | トヨタ | 日本 | 101,731 | 7.2% |
| 6 | ジープ | 米国 | 86,080 | 6.1% |
| 7 | BYD | 中国 | 76,342 | 5.4% |
| 8 | ホンダ | 日本 | 73,570 | 5.2% |
| 9 | ルノー | フランス | 69,708 | 4.9% |
| 10 | 日産 | 日本 | 51,905 | 3.7% |
出所:Fenabraveサイト情報を基にジェトロ作成
Anfaveaとの緊張と国内生産開始
Anfaveaは、中国メーカー、中でもBYDによる電動車輸入の急増に懸念を示し、2024年9月にブラジル貿易審議会(CAMEX、注1)に対し、電動車の輸入関税減免措置の即時廃止を要請した。一方、BYDは翌2025年2月、BEVとPHEVのノックダウン(CKD)、セミノックダウン(SKD)用部品の関税を2028年までにそれぞれ5%、10%に引き下げるようCAMEXに要請した。Anfaveaは、CKD・SKD方式による国内産業への貢献は限定的として、BYDの要請に対して、反対を表明している(2024年12月13日付地域・分析レポート参照)。
7月15日にはAnfavea会員のフォルクスワーゲン、トヨタ、ステランティス、ゼネラルモーターズの4社が連名で、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ大統領宛てに書簡を提出した。BYDの要請が承認されれば、国内メーカーの競争力低下や投資減少、大量解雇につながると警告するものだ。これに対し、BYDは7月30日付のリリースで、4社とAnfaveaを「恐竜」とやゆし、既存業界の電動化への消極姿勢を批判した。CAMEXは同日に両者の要請を踏まえた決定で、Anfavea側の要望に対しては、電動車の輸入関税減免措置を前倒しで廃止することとした。BYDの要望に対しては、CKD・SKDの関税を引き下げなかったが、免税割当制度の導入により妥協を図った格好だ(2025年8月5日付ビジネス短信参照)。現地経済誌「ベージャ」(10月6日付)によると、連邦政府内では両者の対立への不満が高まり、妥協策の模索が続いている。
そうした中、BYDは10月9日、ブラジル北東部のバイーア州カマサリ市に新工場を開設した。今後は関税の恩典がなくなり、2027年1月1日以降は35%の関税が賦課されることから、現地生産によるBYD車の価格低下と販売拡大が期待されている。新工場では、宋(PHEV)やドルフィン・ミニ(BEV)、キング(PHEV)といった販売台数を伸ばしている車種を生産する予定だ(2025年10月30日付ビジネス短信参照)。さらに、BYDは宋のフレックス燃料対応モデル(注2)を発表した。11月10日からブラジルのベレン市で開催の国連気候変動枠組み条約第30回締約国会議(COP30)の記念として、30台の限定車を製造し、これがCOP30会場内で使用されることも明らかになった。今後は一般販売も見込まれている。BYDは初期段階ではCKD・SKD部品の使用を優先するが、2027年までに現地調達率を50%に引き上げる方針を8月19日に発表している。工場開設時にも同方針を再確認し、国内生産強化への意欲を示した。
長城汽車やその他中国メーカーも進出加速
長城汽車は8月15日、サンパウロ州イラセマポリス市で新工場の完工式を行った。生産車種はブラジル国内で人気のハヴァルH6(PHEVとHEV)やディーゼル車「POER(パオ)」「ハヴァルH9」。BYDと異なり、CKDやSKD方式ではなく、個別部品の輸入を優先し、早期の現地調達への移行を目指す。既に18社の現地サプライヤーから部品を調達している(2025年8月21日付ビジネス短信参照)。
Anfaveaはこうした方針を評価している。イゴール・カルベ会長は8月7日の記者会見で「長城汽車は現地部品メーカーとの連携を強化する計画があるため、成功を祈る」と述べた。また、業界情報サイト「オートデータ」(9月9日付)では、Anfaveaと長城汽車が良好な関係を築いていると説明している。
さらに、以下の中国メーカーも、ブラジルでの輸入販売を含めた進出を加速している。
- Zeekr〔ジーカー、中国の大手自動車メーカー吉利汽車やボルボを傘下に持つ吉利控股集団(ジーリー)傘下〕:2024年10月にBEV「001」「X」の販売を開始。2025年8月15日にはBEV「7X」の販売も開始した。全て輸入車で、現時点では国内生産の計画はない。
- 広州汽車(GAC):2025年5月23日にBEV「アイオンY」「アイオンV」「アイオンES」「昊鉑(ハイプテック)HL」、HEV「GS4」の輸入販売を開始した。2026年までに工場建設を予定している。自動車業界情報サイト「オートエスポルテ」(11月17日付)によると、ブラジルで三菱自動車の車両組み立て委託先のHPEアウトモトレースとの連携合意が報じられた(注3)。
- 「Omoda(オモダ)」「Jaecoo(ジャクー)」(奇瑞汽車が展開するブランド):2025年4月15日、オモダのBEV「E5」、ジャクーのPHEV「7」の輸入販売を開始した。ブラジルでの生産を開始する計画もある(注4)。
- 零跑汽車(リープモーター):自動車大手ステランティスと連携して2025年11月にBEV「C10」と「B10」の販売を開始予定。自動車業界情報サイト「オートマイス」(5月28日付)によると、ステランティスのリオデジャネイロ州ポルトレアル工場での生産を検討している。
なお、合衆新能源汽車(Hozon Auto)が手がけるBEVブランド、哪吒汽車(NETA)は2024年11月1日にはBEV「AYA」「X」の販売を開始したが、2025年6月12日にHozon Autoが中国で破産手続きに入った。これを受け、ブラジル事業の継続性にも不透明感が漂う。同社は「モーターショー」(10月14日付)の取材に対し、ブラジルで事業を続ける意向を示したが、現時点では同社ブラジル法人の公式サイトやインスタグラムアカウントは機能していない。
現地化率向上への期待と課題
総合コンサルティング会社アクセンチュアのフアン・サンシェス理事は現地紙「エスタード」(10月14日付)のインタビューで、「中国メーカーの国内生産開始により、電動車の供給拡大が期待される」と述べた。また、中国メーカーが他国でエネルギー会社と連携して充電インフラを強化する事例があるため、ブラジルでも同様の展開が見込まれると指摘した。
さらに、自動車業界専門コンサルティング会社「K.LUME」のミラード・カルーメ・ネト理事は、輸入車が現地生産に切り替わり、現地化率の向上により、中期的には販売価格の低下が進むとの見方を示した。一方で、現地化の進展には不透明な点も多く、Anfaveaから現地調達率を満たせるのかどうかといった類の懸念の声も上がっており、今後の動向が注目される。
- 注1:
- CAMEXは、ブラジル国内の関税率を決定する権限を有する。
- 注2:
- フレックス車とは、ガソリンとバイオエタノールを混合して燃焼して走行可能な車両(混合率は自由)。ブラジルではサトウキビ由来のバイオエタノール供給が豊富で、フレックス車の普及率が8割を超える。
- 注3:
- HPEはゴイアス州カタラン市に工場を有する。
- 注4:
- 奇瑞汽車は2017年にブラジルのCAOAとの合弁会社「カオア・チェリー」を設立し、ゴイアス州アナポリス市とサンパウロ州ジャカレイ市に工場を有する。ただし、生産工程などを改善するため、ジャカレイ工場の生産は停止している。自動車業界情報サイト「モーターショー」(10月2日付)によると、奇瑞汽車は同工場をオモダとジャクーの電動車を生産するために活用する可能性について検討している。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・サンパウロ事務所
エルナニ・オダ - 2020年、ジェトロ入構。現在に至る。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・サンパウロ事務所
中山 貴弘(なかやま たかひろ) - 2013年、ジェトロ入構。機械・環境産業部、ジェトロ三重、ジェトロ・サンティアゴ事務所、企画部海外地域戦略班(中南米)、内閣府などを経て、2023年7月からジェトロ・サンパウロ事務所勤務。




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