中国EV・車載電池企業のグローバル戦略現地生産開始で供給過剰の懸念も
タイでの中資系BEV動向(前編)

2024年12月16日

タイでは2024年に入り、中国資本(以下、中資)系自動車メーカーがバッテリー式電気自動車(BEV)の現地生産を続々と始めている。背景にはタイのBEV産業振興政策がある。BEV購入補助金の支給条件として、一定数の現地生産を求めているからだ。2023年中に補助金を利用してBEVを販売したメーカーは、同じ台数分のBEVを現地生産する必要がある。

一方、タイの景況感や消費者マインドは悪化しており、自動車市場は冷え込んでいる。市場の需要にかかわらずBEVが生産・供給され、在庫が積みあがる構造となっている。供給過剰、在庫過多、値下げ競争や不当廉売といった問題が顕在化しつつある。

ただし、タイ政府の2030年までに自動車生産の30%をBEVとする目標もあり、中長期的には中資系BEVの販売拡大が見込まれる。日系部品サプライヤーとしても、中資系を含めた非日系企業への販路開拓に本腰を入れざるを得ないだろう。

供給過剰、価格引き下げ競争の問題が顕在化

2023年のタイのBEV新規登録台数は、前年比7.8倍の約7万6,100台と飛躍的に増加した(2024年10月3日付地域・分析レポート参照)。2024年1~9月では前年同期比8.1%増の5万4,300台と増えてはいるものの、伸び率でみると減速傾向が鮮明となっている(2024年10月15日付ビジネス短信参照)。シェアをみると、依然として中資系メーカーのブランドが圧倒的で、同期間では85.3%を占める。また、主に中国工場から輸入販売しているテスラ(シェア6.3%)や、浙江吉利控股集団傘下のボルボ(同3.7%)なども考慮にいれると、「メード・バイ・チャイナ」または「メード・イン・チャイナ」のBEVがタイ市場の大部分を占有しているといってよい。

BEVの新規登録台数を月次でみると、2024年1月に1万3,600台とピークを迎えた(図1)。2023年中はタイ政府のBEV産業振興政策「EV3.0」に基づき、1台当たり7万~15万バーツ(約32万~約68万円、1バーツ=約4.5円)の補助金が支給されていた(2023年11月8日付ビジネス短信参照)。そのため、2023年末にかけて駆け込みのBEV購入・成約が増え、2024年1月中の新規登録台数は大幅に拡大した。しかし、需要の先食いとなり、2024年2月以降は4,000~6,000台前後と低調になっている。タイの自動車市場全体(2~9月)のうち、約11%を占めるにとどまっている。2024年からは後継となるBEV政策「EV3.5」に切りかえられたが、補助金支給額は2万~10万バーツに減額されている。

図1:タイのBEVの新規登録台数と新車市場における比率
BEVの新規登録台数を月次でみると、2024年1月に1万3,600台とピークを迎えた。2023年末にかけて駆け込みでのBEV購入・成約が増え、2024年1月中の新規登録台数は大幅に拡大した。しかし、需要の先食いとなり、2024年2月以降は4,000台~6,000台前後と低調となっている。

出所:ジェトロ・ビジネス短信やタイ陸運局などのデータから作成

2024年のBEV販売が低調な理由は、ほかにもある。タイでは、家計債務の増大を受けた金融引き締めや、自動車ローンの厳格化により、自動車購入のハードルが高くなっている(注)。タイの自動車市場全体が冷え込んでおり、2024年は前年に増して販売状況が芳しくない。タイ工業連盟(FTI)によると、2024年1~9月の国内自動車販売台数は前年同期比25.3%減の43万8,700万台と減退している。バンコク日本人商工会議所(JCC)自動車部会によると、2024年通期の国内販売は約60万~約65万台と見込まれ、前年(約78万台)に比べて13万~18万台の減少が見込まれる。

タイの実質GDP成長率をみても、第1四半期(1~3月)に1.6%、第2四半期(4~6月)に2.3%と、周辺国に比べて低成長となっている。需要項目別でみると、民間消費は2024年第2四半期に4.0%(2023年通期では7.1%)と鈍化している。BEV販売には逆風が吹いている状況だ。

一方、国内市場の需要動向のいかんにかかわらず、2023年中に、前述した「EV3.0」を利用してBEV販売をしたメーカーは、2024年中に同じ台数を現地生産しなければならないという制約を負っている(2025年に延期した場合は1.5倍を生産)。EV3.0で補助金を支給されたBEVの台数は約7万5,000台とされ、2024年中に同じ台数分(または2025年に1.5倍の台数)をタイで生産する必要がある。満たせなければ、補助金や優遇税率との差額分を返納しなければならない。この条件を満たすため、中資系メーカーのタイ現地生産が2024年から本格化している(2024年10月3日付地域・分析レポート参照)。

結果として、タイ工場で生産されたBEVが売れなくとも供給され続ける格好となっており、供給過剰、在庫過多、値下げ競争や不当廉売といった問題が顕在化しつつある。タイの自動車生産台数は2022年で188万台、2023年に184万台だったが、FTIやJCCによると、2024年は165万~170万台と減少が見通される(さらに悪いという予想もある)。そうした中で、中資系メーカーの新工場が増設されるため、2024年中にはタイ全体で310万台を超える生産能力を有することとなる。単純に計算しても、約半分の生産能力は余剰となることが見込まれる。

図2:タイにおける自動車工場の立地と年間生産能力(単位:台)

図2:PDF版を見るPDFファイル(517KB)

タイにおける自動車メーカーの生産拠点立地を記したマップ。中国メーカーのNETA、SAIC-CP、長城汽車、長安汽車、AION、BYDが近年になって生産拠点を設置している。

注:赤色の網掛けは中資系メーカー。灰色の網掛けは生産終了(見込み)。「*」は予定。
出所:各社発表、マークラインズなどから作成

中資系自動車メーカーのタイ現地生産が本格化

2024年からBEV現地生産が本格化した中資系メーカーについて、各社の動向を見てみよう。中国勢の中でも、BEV(乗用車)の現地生産が最も早かったのは、2013年からタイに進出している上海汽車CP(SAIC-CP)だ。同社は2023年11月に「MG4エレクトリック」の現地生産を開始した(2024年6月18日付地域・分析レポート参照)。同社のグループ会社MGセールス・タイはバッテリー工場を設立しており、年産5万台分のタイ製バッテリーの供給が可能になっている(表1参照)。

表1:主要中資系自動車メーカーのタイ工場での生産動向(1)

上海汽車(SAIC)/名爵(MG)
項目 内容
概要 2013年にタイ大手財閥CPグループとの合弁会社「上汽正大(SAIC-CP)」を設立。タイに工場を構える。2014年6月から生産を開始した。
工場所在 チョンブリ県、WHAイースタンシーボード2工業団地
敷地面積 437.5ライ(約70ヘクタール)
生産能力 10万台
生産動向 従前からエンジン車やハイブリッド車を生産。2023年11月、タイ現地生産BEV「MG4エレクトリック」の生産ライン稼働を発表した。EV3.5にも認定済み。2024年7月に「MG3ハイブリッド+」の現地生産を発表。
現地調達 バッテリー、Eコンプレッサー、オンボード・チャージャー(OBC)、DC/DCコンバーター、高圧/低圧ハーネスを現地調達。MGブランドの販売会社である「MGセールス・タイ」は、2023年10月末にチョンブリ県でバッテリー工場を開設。第1期の投資額は約20億円。面積は12万平方メートル。ハッチバック「MG4エレクトリック」用のバッテリーを生産(生産能力:年間5万台分)。
販売網・アフター 上位モデルとアフターセールスに特化したショールームを2024年6月に10カ所で開業。部品倉庫の開設も進めている。
長城汽車(GWM)
項目 内容
概要 2021年6月に米ゼネラルモーターズの工場を取得。同年9月から本格稼働し、小型のスポーツ用多目的車(SUV)ハイブリッドの「ハバル」などの生産を開始。
工場所在 ラヨーン県、WHAイースタンシーボード工業団地
敷地面積 412ライ(約66ヘクタール)
生産能力 8万台
生産動向 2024年1月から、東部ラヨーン県の工場でBEV「ORAグッドキャット」の生産開始。価格は約83万~129万バーツから約80万~110万バーツに値下げ。今後8モデルを予定。EV3.5にも認定済。
現地調達 現地調達率は45%(2024年5月時点)。今後3~5年かけて80~90%に拡大させていく方針。バッテリー生産子会社の蜂巣能源科技(Sボルト)がタイに進出しており、BEVやハイブリッド向けバッテリー生産ラインを構築。年産能力は6万セットで、2024年2月から生産を開始した。GWMやホライゾンプラスのEV工場に納入される。
販売網 全国に71カ所のショールームを運営(2024年10月時点)
哪吒汽車(NETA)
項目 内容
概要 合衆新能源汽車(HOZON)のEVブランド。NETAとしては、タイ工場が初の国外生産拠点。
投資予定額 現地企業バンチャン・ゼネラル・アセンブリ―(BGAC)に生産委託する。
工場所在 バンコク近郊、バンチャン工業団地
生産動向 2023年3月にEVノックダウン工場に着工。2024年2月から商業生産を開始した。生産モデルは「NETA V」、SUVモデルの「NETA Uプロ」。
現地調達 全体の40%超を現地調達しており、現地サプライヤー16社から57部品を調達している。現地調達先の内訳は、車体・シャーシ6社、内装・エクステリア5社、電子部品5社となっている。調達部品の構成比(金額ベース)は、電子部品49%、シャーシ38%、内装・エクステリア13%など。(2024年5月時点)
販売網 ディーラー店舗数は50店舗(2024年5月)。2024年中に100店舗、2025年中に120店舗に拡大する予定。

出所:各社発表・報道などからジェトロ作成

続いて、2021年にタイに進出した長城汽車(GWM)が2024年1月から、小型EV「ORAグッドキャット」の生産をタイ工場で開始した(GWMウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。GWMも、バッテリー生産子会社の蜂巣能源(Sボルト)がタイに進出しており、2024年3月から生産開始している(BANPUNEXTウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。新興EVメーカーの哪吒汽車(NETA)も、2024年3月から本格的な量産を開始しており(NETAウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)、電子部品や車体・シャーシ部品を中心に現地調達を進めている。

2024年7月には、比亜迪汽車(BYD)と広州汽車グループ傘下の広汽埃安新能源(AION)のタイ工場が完工した(2024年7月8日付2024年7月25日付ビジネス短信参照)。2社とも、40%の現地調達率を達成している。中資系BEVメーカーは、同比率を1つの目安としている。中資系BEVメーカーはおしなべて、フリーゾーン(FZ)内に立地しており、原材料・部品などを無税で輸入できる。その後、FZ内でBEVを生産・出荷する過程で、FZ搬出時に工場出荷(EXW)価格の40%以上の現地調達(ローカルコンテント)要件を満たしていると、タイ国内(FZ外)に出荷する際の関税が免除される仕組みになっている(詳細は2024年3月28日付ビジネス短信参照)。

表2:主要中資系自動車メーカーのタイ工場での生産動向(2)

比亜迪汽車(BYD)
項目 内容
概要 2022年8月にタイでの新工場の建設を発表。
投資額 第1期179億バーツ(約806億円)
工場所在 ラヨーン県、WHAラヨーン36工業団地
敷地面積 第1期で600ライ(96ヘクタール)
生産能力 15万台(ASEANや欧州市場へ輸出も視野に入れる)
生産動向 2024年7月に工場が完工。BEV生産を開始。生産モデルは小型EV「ドルフィン」で、初年度は1~2万台の見込み。2024年7月に発売したプラグインハイブリッドの「シーライオン 6DMi」もタイで組み立て予定。
現地調達 40%以上の現地調達率を達成。現地サプライヤー20社と取引関係が構築できている(2024年5月時点)。バッテリーについては、BYDオートコンポーネント・タイ社によるバッテリー生産事業の投資認可が2023年1月に行われている(約39億バーツ)。
販売網 サイアムモーターズ傘下の「レバー・オートモーティブ」が正規販売代理店を運営。同社に対し、BYDは2024年7月に20%を出資。
アフター 2023年9月、バンコク東郊に部品倉庫を設置(4,000平方メートル)。2024年5月に新たに1万8,000平方メートルの部品倉庫を新設。
広州汽車(GAC)/広汽埃安新能源(AION)
項目 内容
概要 2023年7月、タイへの生産拠点設置を発表。AIONの初の国外工場となる。
投資額 約60億バーツ(約270億円)
工場所在 ラヨーン県、アマタシティ・ラヨーン工業団地
敷地面積 8万5,000平方メートル
生産能力 年間生産能力は5万台で、「AION Yプラス」などのモデルを生産。初期段階では年間2万台を生産し、将来的に7万台まで生産能力を拡張することも検討。
生産動向 2024年7月に組み立て生産を開始。年産5万台。
現地調達 現地調達率は45%。バッテリー、トラクションモーター、コンプレッサー、シート、インパネ(計器盤)、タイヤについては現地調達先を確保。ワイヤーハーネス、チャージャー、電気ウオーターポンプなどは調達先を探している。(2024年5月時点)
販売網 現地生産する予定の小型SUV「AION Yプラス」の販売を2023年9月から開始。
アフター 充電ステーションを2027年に200カ所まで拡大する方針。

出所:各社発表・報道などからジェトロ作成

長安汽車(Changan)と奇瑞汽車(Chery)は、タイでは後発となっており、2025年から生産開始を計画している(表3参照)。長安汽車は既に「ディーパル(Deepal)」「アバター(AVATR)」の2ブランドをタイで発売しており、2024年1~9月のBEV市場シェアでは8.4%と、第4位に浮上している。2025年第1四半期(1~3月)に、ラヨーン県の工場で生産を開始する予定となっている(年間生産能力は10万台)。奇瑞汽車は、タイ子会社のオモダ&ジェクー・タイ社が2024年8月に地場運輸会社のキンジェン社と合弁工場の設立に関する契約に署名している(オモダ&ジェクー・タイウェブサイト参照(タイ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。当初の生産能力は年間5万台が見込まれている。

表3:主要中資系自動車メーカーのタイ工場での生産動向(3)

長安汽車(Changan)/深藍汽車(Deepal)/阿維塔汽車(AVATR)
項目 内容
概要 2023年4月、タイにEV生産拠点を設けることを発表。初の国外の大規模投資となる。2023年11月に起工式を実施。タイでは「Deepal」、「AVATR」のブランドを展開。
投資予定額 約89億バーツ(約401億円)
工場予定地 ラヨーン県、WHAイースタンシーボード4工業団地
敷地面積 250ライ(約40ヘクタール)
生産能力 第1期10万台(将来的に20万台に拡張される可能性あり)
生産動向 2025年第1四半期(1~3月)に操業を開始する予定だ。BEV、プラグインハイブリッド(PHEV)、レンジエクステンダー車(REEV)を生産する予定で、溶接や塗装、エンジン最終組み立て、バッテリー組み立て、最終組み立ての主要5工程のほか、補助的業務が備わる。
サプライヤー 長安汽車コンポーネンツ(タイ)社を2023年8月に設立。2024年6月にタイ投資委員会(BOI)と部品調達商談会を実施。約36億バーツ(約153億円)超の商談が成立。
販売網 2023年12月のモーターエキスポから「Deepal」の販売を始め、2024年中に80~100カ所のショールームとサービスセンターを設置する。2024年5月現在で5モデルを展開しているが、2024年10~12月新たに2モデルを展開し、2030年までに消費者ニーズに合わせてさらに15モデルを展開する計画がある。ショールームは30カ所存在。「AVATR」ブランドの正規販売代理店はエタニティー・アット・ワン社(ショールーム兼サービスセンターは2カ所)。
奇瑞汽車(Chery)
項目 内容
概要 2023年9月、タイでのEV生産事業への投資計画を公表。組み立て工程を現地で行うノックダウン方式を採用する予定。地場運輸企業のキンジェン社と合弁工場を設立する。
投資予定額 約50億バーツ(約225億円)
生産能力 第1期の生産能力は年5万台。2028年までに8万台に拡張。
生産動向 「オモダ(OMODA)」や「ジェクー(Jaecoo)」などを生産予定。
販売網 2024年8月にSUV「OMODA C5」とオフロード車「Jaecoo 6」をタイで発表。ショールームサービスセンターはバンコク首都圏に20カ所、地方5カ所に設置(2024年10月時点)。
アフター 2024年10月に子会社がサムットプラカン県に部品倉庫を設立。

出所:各社発表・報道などからジェトロ作成

そのほか、上汽通用五菱汽車は鴻海グループ傘下のタイ法人EVプライマス社に「ウーリン(Wuling)」ブランドのBEV生産を委託する予定だ。EVプライマスは委託生産に先行し、2024年7月から小型EVモデル「ビンゴ (Bingo)」を発売(ウーリンウェブサイト参照(タイ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。当初はインドネシア工場から輸入販売する。

また、国営石油会社PTTグループのアルン・プラス社は、2024年3月に吉利汽車のEVブランド「ジーカー(ZEEKR)」を扱うZeモビリティー・プラス社(アルン・プラスウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)と、小鵬汽車のEV「シャオぺン(Xpeng)」を扱うXモビリティー(タイランド)社(シャオペンウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)を新たに設立した。ジーカーについては、ショールームをバンコクに設置し、「ZEEKR X」と「ZEEKR 009」を販売している。Xモビリティー社も、Xpengのショールームを2024年内に5カ所開設する予定となっている。

後編では、中資系自動車メーカーの進出に伴う部品サプライヤーの動向を紹介する。


注:
ただし、主にローンで車を購入する層は農家や中小事業者で、この層が購入するのはピックアップトラックなのに対し、BEVの主な購入者層は高所得者層のため、ローン引き締めの影響は比較的小さいとも言われる。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。2024年10月から現職。

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