変容する中国NEV市場とその各国への影響法律・制度面から見る「反内巻」政策の推進と展望
現地弁護士・専門家に聞く現状と今後

2025年12月4日

中国における過当競争は「内巻」と呼ばれる。世界最大の自動車市場である中国の内巻は一層の強まりを見せ、生産過剰や労務問題、相次ぐ値下げによる市場全体の利益縮小など、さまざまな形で顕在化している。業界内でも「反内巻」政策や規制の必要性を指摘する声が出ており(2025年7月25日付地域・分析レポート参照)、中国政府も対策を講じ始めている。本稿では、現地弁護士や専門家へのヒアリング内容も踏まえつつ、中国の反内巻政策について法律など制度面から概観する。また、反内巻政策実施の難しさ、展望、内巻の中で挑戦を強いられる日本企業が講じ得る対応策についてまとめる。

制度面から見る反内巻

反内巻の声が高まる中で、2025年6月1日には改正版「中小企業代金支払保障条例(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」が施行された。これを受け、中国の完成車メーカー各社は相次いでサプライヤーへの支払い期限を60日以内とする対応方針を表明した(2025年6月16日付ビジネス短信参照)。

同条例に関して、北京金誠同達法律事務所の張国棟シニアパートナーは「条例自体は既に機能しており、特に国有企業の多くは同条例を順守している。しかし、条例に記載されている60日という期限については、実務上の起算条件が多様なほか、『契約時に相手との合意や業界の商慣習があればそれに基づいて支払いを行う』といったただし書きがあり、必ずしも全ての場合に60日以内に支払うべきと定められているわけではない。また、このような前提で交わされた契約が、真の意味での合意に基づくものかという点については疑問が残る」と指摘している(ヒアリング実施日:2025年9月8日)。このように、同条例は支払い問題の改善に一定の効果はあるものの、その内容には一部抜け道があるとされていた。

その後、2025年9月15日には、中国自動車工業協会(CAAM)が「自動車完成車メーカーによるサプライヤーへの代金支払いに関するガイドライン(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を発表した。同提言では、「中小企業代金支払保障条例」で示された内容を実行に移すほか、大企業がその優越的地位を濫用(らんよう)してサプライヤーの利益を侵害することがないよう、製品の納入や検収、支払いおよび支払い期限の起算日などを明示している。主な内容は以下のとおり。

参考:「自動車完成車メーカーによるサプライヤーへの代金支払いに関するガイドライン」内容(一部抜粋)

(1)発注確認
完成車メーカーと下請けメーカーは、発注書をもって、発注日、部品の名称、仕様、数量、納期などを確認するものとする。また、発行済みの発注書を変更または撤回する場合は、双方の協議により合意を得るものとする。
(2)納入および検収
下請けメーカーは、発注書および納入通知書の内容に従い、完成車メーカーに対して納入を行うものとする。 下請けメーカーの納品後、完成車メーカーは原則3営業日以内に検収作業を行う。検収合格後、完成車メーカーは検収書を発行する。
(3)支払いおよび決済
完成車メーカーは、検収完了日を起算日として60日以内(支払い当日が祝日にあたる場合には翌営業日に延長)に下請けメーカーへの支払いを行う。
(4)契約期間
完成車メーカーと下請けメーカーの双方が安定的かつ長期的な関係を築くことを提言する。毎回の契約有効期間は原則1年以上とする。

中国国内では、同提言に対して比亜迪(BYD)、広州汽車、東風汽車、奇瑞汽車(Chery)など主要完成車メーカー計17社も、積極的に条例を順守する姿勢を表明していると報道された(「新華網」2025年9月15日)。

加えて、2025年6月に可決された改正版の反不正競争法(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます2025年7月4日付ビジネス短信参照)が10月15日より施行された。同法では、大企業による優越的地位の濫用(らんよう)禁止が明文化されており、今後は同法も適切に運用しつつ反内巻政策を推進するものと予想される。

反内巻政策の難しさ

反内巻については、2024年12月に開催された中央経済工作会議において「内巻式競争の是正」が重要課題として提起されている。また、直近では新型工業化に対する金融支援(2025年8月12日付ビジネス短信参照)など、自動車産業に限らずさまざまな業界において内巻の解消が掲げられている。しかし、反内巻政策の推進には難しさも伴う。張シニアパートナーは「政府は現状に問題意識を持っており、内巻を助長する企業に対して積極的に行政指導を行いたいものと考えられる。他方で、急激に内巻対策を進めると、国内の経済発展に影響する可能性がある。消費を促進するためにも、経済とのバランスを考慮した慎重な対策が求められる」とコメントする。近年、中国では消費の低迷が顕著となっている(2024年11月27日付地域・分析レポート参照)。自動車業界全体を見ると、価格競争の結果として利益率の低下といった問題が生じている一方、消費者は低価格で自動車が購入できるなどの恩恵を享受しており、消費意欲の促進につながっている一面もある。このような背景から、反内巻政策の推進においても慎重にならざるを得ない現状がある。

価格競争について、規制の難しさはどこにあるのだろうか。北京市環球法律事務所の劉淑珺パートナーは、価格競争の是正について、「中国独占禁止法の第3章(市場支配的地位の濫用(らんよう))第22条では、(市場支配的地位にある事業者について)『不公平な高価格で商品を販売する、または不公平な低価格で商品を購入する』ことを禁じるだけでなく、『正当な理由なく、コスト(原価)を下回る価格で商品を販売する』ことについても禁止している。また、改正版反不正競争法では、プラットフォーム事業者が自身の価格設定ルールに従って、原価を下回る価格で商品を販売するようプラットフォーム内事業者に強制することを禁じている。中国価格法改正草案においても、事業者が競争相手を排除し、もしくは市場を独占するために、原価を下回る価格で投げ売りを行い、または他の事業者に対し、自身の価格設定ルールに従い、原価を下回る価格で投げ売りすることを強制することを禁じている。以上の低価格での商品販売に関する規制は、主に原価を下回る価格での販売を対象としているが、『コスト(原価)』は包括的な意味で用いられており、正確な値段を算出することが難しい」とコメントしている(ヒアリング実施日:2025年9月11日)。

また、現状、販売価格の下限(=不当な水準の低価格)を明確に取り締まる法律が存在せず、冒頭で述べた、消費の冷え込みにつながる可能性もあることから、価格指導などを実施するのが難しいという。

反内巻政策の展望

前述のとおり、反内巻を目的とした規制には難しさが伴う。このような状況において、中国政府はどのように反内巻政策を推進していくのだろうか。張シニアパートナーは今後の展望について、「直接的な価格指導など、現状よりさらに厳しい規制を講じるとは考えにくい。しかし、反不正競争法をより強力に運用していく可能性は十分にある」と述べる。そのうえで、同法の改正版で新しく明文化された優越的地位の濫用(らんよう)禁止について触れ、「優越的地位の濫用(らんよう)禁止がどこまで厳格に運用されるかが注目点だ。そもそも、『優越的地位』の具体的な内容が曖昧ということもあり、今後の運用を通して、企業との間で認識も含めてすり合わせがなされていくと考えられる」とコメントした。一部に不透明性が残る「優越的地位」の解釈も含めて、改正版・反不正競争法が今後どのように運用されていくかに注目が集まる。

また、製品の安全性確保や消費者への訴求に関する規制についても変化が起きている。工業情報化部(工信部)と国家市場監督管理総局は2025年2月、「スマートコネクテッドカーの認可、リコールおよびソフトウェアのオンラインアップデート管理強化に関する通知(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を発表した。同通知では、企業が自社製品の安全性確保とその告知義務を果たすとともに、開発、生産および運用段階において安全管理を行うよう求めた。また、中国自動車工業協会(CAAM)も2025年4月、「運転支援システムの宣伝および応用の適正化に関する提案書」を発表した。企業は消費者に対して、運転支援システムの基本情報や正しい使用方法、運転支援(人間の運転を支援するための技術でありドライバーが主体)と自動運転(車両が自ら運転判断と操作を行う技術でドライバーの関与が不要)の本質的な違いを告知する義務があることを明示した(注)。ユーザー獲得競争の激化に伴い、運転支援と自動運転を混同させかねない誇大宣伝が問題となっており、同提案にはそのような宣伝を規制する目的がある。このように、完成車メーカーに対して、安全性を重視した製品開発および運用を求めるほか(安全性を高めるには一定のコストが必要)、消費者に対する事実に基づいた訴求を義務付けることで、過度な価格競争や宣伝競争の抑制を図る動きも見られる。

内巻と日系自動車関連企業の今後

日系企業は、前述のような内巻の中で厳しい戦いを強いられている。しかしながら、一部の日系完成車メーカーは中国市場向けの開発を積極的に進めている。2025年4月に開催された上海モーターショーでは、トヨタ自動車、本田技研工業(ホンダ)、日産自動車などが新車種を発表して話題を集めた(2025年5月2日付ビジネス短信参照)。日本の自動車関係者は、中国における日系自動車関連企業について「中国市場で実装が進む先進技術を取り込み、その技術を他国で生かすのがベストな形」とコメントする(ヒアリング実施日:2025年9月5日)。また、変化の速い中国の自動車市場について「現在中国で起きているようなEVシフト、EV関連課題の発生・対応、それに伴う市場の変化は、遅かれ早かれ今後海外市場でも起きる。中国はEV課題先進国であり、同様の問題は他の国でも発生し得る。その際に、中国で経験や技術力を蓄えた日系企業がどのように勝負するかが鍵になってくる」「先進的な技術を有する中国企業は日本への投資に関心を持っており、彼らの力をいかに取り込むかも大きな課題」と指摘した。また、改正版・反不正競争法が規定する優越的地位の濫用(らんよう)禁止は、中国でビジネスを展開する日系大企業も対象としているため、法律を順守したうえで下請けメーカーに対する真摯(しんし)な対応が求められる。

今回話を聞いた現地弁護士および専門家の意見として共通していたのは、中国自動車業界の内巻収束には「あと数年の期間が必要」という点だった。今後、中国政府がどのように反内巻政策を推進していくか、引き続き注視する必要がある。


注:
運転支援と自動運転にはL0~5と呼ばれる計6段階があり、中国で一般消費者向けに販売されている自動車については、L2(複合運転補助、ドライバーが責任を追う)までが許可されている。
執筆者紹介
ジェトロ・北京事務所
西島 和希(にしじま かずき)
2018年、ジェトロ入構。ジェトロ・青島事務所、ジェトロ京都、ジェトロ・武漢事務所などを経て、2025年12月から現職。経済信息部で調査業務を担当。