変容する中国NEV市場とその各国への影響「内巻」により変化する重慶市自動車業界の動向(中国)

2025年12月4日

2020年以降、重慶市の自動車産業は、新エネルギー車の生産が大きく拡大し、高成長期に突入した。中国最大の経済情報メディア、第一財経の報道によると、2024年中国都市別の自動車生産台数で、重慶市は広州市(253万9,800台)を抜き、全国首位となる254万100台を記録した。中国最大の自動車生産地になった重慶市は、長安汽車と賽力斯集団(セレス)を擁しており、積極的にEV化、スマート製造化に取り組んでいることが背景にある。

一方で、中国自動車業界で繰り広げられている「内巻」(注1)が同市の自動車産業にも大きな影響を与えている。こうした中、重慶市は生産現場において、AIや産業用ロボットなどの関連技術による自動車製造業の高度化を進めつつ、自動車企業の合弁や再編など、「内巻」からの脱却を目指した供給と生産の改革を進めている。

AIや産業用ロボットなどの技術でスマート製造が進む重慶市自動車産業

2023年6月に、重慶市政府は「製造業の質の高い発展を推進する会議」を開き、初めて「33618」(注2)現代製造業クラスターという概念を提起した。同市政府の見解によれば、「33618」現代製造業クラスターは、スマートコネクテッド新エネルギー車、次世代電子情報製造業、先端材料を主導産業とする。スマート設備・スマート製造、ソフトウエア情報サービスなどの新興産業の育成・拡大と既存の伝統的な製造業の高度化で、先進的な産業エコシステムの形態を目指す。2023年夏以降、重慶市政府は「33618」現代製造業クラスター形成に関する措置を相次いで発表しており、その中でスマートコネクテッド新エネルギー車と呼ばれる現代自動車産業の発展が重要視されている。

また2023年9月に、「33618」現代製造業クラスターの構築に向けた措置の一環として「新時代新征程新重慶製造業の質の高い発展を促進する行動プラン(2023~2027年)」が発表された。同行動プランでは、スマートコネクテッド新エネルギー車をはじめ、「33618」で挙げられた各産業について具体的な取り組みを示している。また、2027年までに一定規模以上の工業企業(注3)の営業収入を4兆元台に、研究開発投資額を800億元超に、研究開発投入強度(売上高に対する研究開発費の比率)を2%に上昇させるなどの目標を掲げている。スマートコネクテッド新エネルギー車分野では、半導体、バッテリー、電子機器、制御システムなどのコア部品を中心に、自動車産業の技術力や供給能力の整備を強化する。伝統的なガソリン車から新エネルギー車への転換を加速させ、完備されたスマートコネクテッド新エネルギー車の部品供給システムの構築を進める。

その後、2024年1月、重慶市経済情報化委員会は「重慶市インダストリアル・クラウド建設指南(中国語では、重慶市工業産業大脳建設指南)」と「重慶市未来工場建設指南」の制定を発表した。これらは、同市の製造業における自動化・ロボティクスの導入、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の推進、新型工業化支援のために制定された。具体的にはインダストリアル・クラウド建設やインダストリアル・インターネットプラットフォームの構築、「データ、計算力、学習力、技術応用」をカバーする大規模AIモデルの育成の推進、AIなどの次世代情報技術の応用による未来工場システムの構築などが掲げられた。

こうした政策の下、重慶市の自動車メーカーは、非常に速いスピードでスマート工場を建設し、産業高度化への転換を進展させている。重慶市に本社を置く賽力斯集団(セレス)は2024年2月5日、華為技術(ファーウェイ)と共同開発した主力ブランド「問界(AITO)9」(M9)を生産する最先端のスーパー工場の稼働を開始したと発表した。同工場は100万平方メートル、3,000台以上の産業用ロボット、1,600台余りのスマート設備を導入し、溶接や塗装工程の自動化率は100%に達している。また、AIを活用し、ファーウェイのデジタル化ソリューションにより、人員配置、部品調達、製造、物流、出荷までを一元管理し、全体効率の向上を実現している。さらにセレスは、生産工程の最適化やコア部品の安定供給、現地調達率の向上を図る取り組みとして、同スーパー工場の中でコア部品の生産ラインを建設する計画を示した。

中国の車載電池大手の寧徳時代新能源科技(CATL)は2025年6月30日、前述のセレスのスーパー工場内で、同社のCTP2.0高性能電池パックを生産する2本のラインを稼働したと発表した。同生産ラインはCATLが初めて重慶市に設置するもので、セレスが華為技術(ファーウェイ)と共同開発した主力ブランド「問界(AITO)」シリーズ向けに車載電池の生産と供給を行う。同生産ラインは、CATLが初めて他社工場内に設けたもので、従来の工場外からの部品供給方式に比べ、より短いサイクルで納品を実現できるという(2025年7月16日付ビジネス短信参照)。

セレスのスーパー工場建設においては、資金調達での後押しがあった。重慶市政府傘下の投資ファンドである重慶産業投資母基金が同市国有投資会社両江投資、両江産業とともに同工場に対して合計77億元(約1,540億円、1元=約20円)を出資した。重慶市で9月5日~8日に開催された「2025世界スマート博」では、セレスが産業用ロボットを導入したスーパー工場での高精度な生産工程を展示・紹介した。製造業の高度化をPRする観点から、「産業用ロボット+スーパー工場」を強調した。スマート製造は(1)品質向上とコスト削減、(2)グリーン製造と品質管理、(3)省人化、受注生産支援、自動化、(4)デジタル化と情報化といったステップに分けて進めているとした(2025年9月22日付ビジネス短信参照)。

「内巻」解消に向けた業界再編と体制整備が進展

中国政府は、自動車業界の過度な競争(内巻)を是正し、産業の健全な発展と国際競争力強化を目指している。こうした中、中央国有企業の再編、他分野との戦略的協力、また、外資メーカーの出資を契機とした連携模索などの動きがみられる。

2025年6月5日、重慶市に本社を置く中国大手自動車メーカーの長安汽車は国務院の認可を受け、親会社の中国兵器装備集団から分離されると発表した。同社は7月29日、重慶市で「中国長安汽車集団」(以下、中国長安汽車)設立式典を開き、独立した国有資産監督管理委員会傘下の中央国有企業として再編された。7月30日に開かれた中国長安汽車の設立後初めてとなる記者会見で、同社の朱華栄董事長は、「未来の自動車は学習能力を持つロボットのようなスマートカーになるだろう。今後10年間で次世代自動車の開発に2,000億元を投資し、イノベーション人員として1万人を新規雇用する」と表明した(「上遊新聞」7月30日)。さらに、今回の再編によって「厳しい市場競争の中において新たな道を切り開き、世界的にも高い競争力を持つ企業になる」と今後の展望を示した(「新京報」7月30日、2025年8月5日付ビジネス短信参照)。

再編された中国長安汽車は10月15日、北京市に本社を置く電子商取引(EC)大手、京東集団と戦略協力協定を締結したと発表した。両社は今後、都市部におけるスマート物流車両やスマート運営システムの構築、無人新エネルギー車の設計、開発、製造などの分野で協力を深め、自動車サプライチェーンの最適化を通じて、物流ソリューションを共同で構築するとした。さらに、両社は共同で海外事業を展開し、グローバル・スマートカスタマーサービスやロボットなどの製品、サプライチェーン・ファイナンス、車両保険、AI・スマート演算能力などの技術領域など幅広い分野での協業の検討を進めるとした。「内巻」の中での新たな差別化の一例といえよう。

また優位性のある国際自動車メーカーも、買収、合弁、技術協力を通じて、国内新エネルギー車企業を統合する取り組みを進めている。国営通信社の新華社によると、メルセデス・ベンツは2025年9月、浙江吉利控股集団(ジーリー)と重慶市政府ファンドの両江基金が出資した自動車企業、重慶千里科技に対して13億4,000万元を投じ、同社株式の3%を取得した。メルセデス・ベンツは中国自動車企業と連携し、中国市場に対応した電動化、コネクティビティー関連製品や自動運転技術などの研究開発を強化する姿勢を示している(「新華網」9月29日)。

重慶市政府は2025年9月28日、スマートコネクテッド新エネルギー車都市建設会議を開催した。会議において重慶市共産党委員会の袁家軍書記は、同市自動車産業の高度化、スマート化、グリーン化を推進し、世界的に影響力と競争力のあるスマートコネクテッド新エネルギー車都市を建設する方針を掲げた。大手企業による牽引力の堅持・強化と専門に特化した新興中小企業の育成を推進することで、「インダストリアル・ブレイン+未来工場」という新たなモデルを構築・整備する。完成車メーカーと部品メーカーの連携強化、サプライチェーンの完備に向けた取り組みも継続的に推進する。またイノベーションの堅持やAIプラス、コア技術のブレークスルーに向けた取り組みなどを強調した。これに先立ち、重慶市経済情報化委員会が2025年6月13日に資金面からスマートコネクテッド新エネルギー車産業を支援することを発表した。

このように重慶市は「内巻」が進む自動車産業の中で、大手企業と中小企業のそれぞれの育成を図りつつ、スマート製造やさらなる技術のイノベーションを通じ、製造業の高度化の実現を目指している。大きく変わる中国自動車産業において、今後いかにして過度な競争を回避し、安定的な供給と生産を維持していくのか。「中国自動車産業の縮図」とも言える重慶自動車産業の動向に引き続き注視する必要がある。


注1:
内巻とは、過度な内部競争や業界内における悪質な競争を指す。
注2:
33618とは、スマートコネクテッド新エネルギー車、次世代電子情報製造業、先端材料の3大主導産業、スマート設備・スマート製造、食品および農産品加工、ソフトウエア情報サービスという3大支柱産業、新型ディスプレー、ハイエンドバイク、バイオ医薬など6つの特徴的かつ優位性のある産業、メタバース、医療機器、合成材料、スマート家具など18の新興産業を指す。
注3:
年間売上高が2,000万元以上の工業企業が対象。
執筆者紹介
ジェトロ・成都事務所
王 植一(おう しょくいち)
2014年、ジェトロ入構。2014年11月よりジェトロ・成都事務所勤務。