変容する中国NEV市場とその各国への影響安全規制の高度化と海外展開、体験重視の新潮流が鮮明に(中国)
2025年12月4日
インテリジェント化が進む中国自動車産業、安全管理の新段階へ
中国政府は、自動車産業の質の高い発展を推進する中で、インテリジェント化・自動運転機能を備えた新エネルギー車(NEV、注1)の安全性を大幅に高める取り組みを強化している。国家市場監督管理総局の発表によれば、2024年の自動車製品リコールは233件で1,123万7,000台(前年比67.0%増)に達し、うちNEVは89件で449万1,000台(同2.8倍)と全体の約4割を占めた。特に、遠隔ソフトウエア更新(OTA、注2)に関連するリコールが19件で406万8,000台(同約3.5倍)と急増している。ソフトウエアや制御プログラムに起因する安全リスク上の問題が浮き彫りになっている。
こうした背景から、中国政府はインテリジェント・コネクテッド・ビークル(ICV、注3)分野において、運転支援機能・自動運転機能に関する監督を、広告表現からリコール対応まで一体で管理する枠組みへと本格的に移行しつつある。
2025年2月25日には、工業情報化部と市場監督管理総局が共同で「ICV製品の市場参入・リコールおよびソフトウエアの遠隔アップグレード管理の一層の強化に関する通知」を発出した。この通知では、複数の運転支援機能を協調的に制御する「複合運転支援システム(注4)」およびOTA機能を持つ車両を対象に、企業の責任を明確化した。(1)製品の型式認定・市場参入時に技術パラメータを提出すること、(2)主要な技術パラメータを変更するOTAは再認可後に配信すること、(3)安全性に関わるOTA更新はリコールとして扱うこと、(4)事故・異常発生時は48時間以内(ただし、人身事故や重大な社会的影響を伴う場合には24時間以内)に報告することなどを求める。さらに、報道によれば、2025年4月17日前後に工業情報化部が自動車メーカー約60社を招集し、先進運転支援システム(ADAS)を自動運転などと誤解させる宣伝を控えるよう求めたとされる。この会合では、「スマート運転」「自動運転」といった語句を用いた過度な宣伝の禁止や、未届けOTA配信の制限などが議論された、と報じられている。
その後、2025年9月17日に工業情報化部が「ICV複合運転支援システムの安全基準(レベル2)」に関する国家強制標準(GB)案を公表し、11月15日を期限としたパブリックコメントの募集を開始した。この標準案では、運転者の手放し運転や前方不注意を検知して警報を発する機能、警報後に段階的に支援機能を解除する仕組みなど、安全性確保のための要件が詳細に規定されている。
一方、企業側でも対応が進む。2025年5月には、シャオミ(小米)、理想汽車、上海蔚来汽車(NIO)、小鵬汽車などが、オンライン・オフラインの宣伝資料における「スマート運転」「自動運転」といった表現を「運転支援」などに修正した、との報道があった。また、各社はインテリジェント化と安全性能の強化を両立させる実装競争を加速している。比亜迪(BYD)が21モデルに先進運転支援システム「天神之眼」を搭載予定であるほか、理想汽車は視覚言語モデル(VLM)技術を組み込んだOTA 7.0を導入するなど、ソフト・ハードの両面で高度化が進む(表1参照)。こうした動きは、制度面での安全強化と民間の技術革新が相互に刺激し合う「二重の進化段階」に入ったことを示している。
| 企業名 | 注力領域 | 主な取り組み内容 |
|---|---|---|
| BYD | ADAS・スマート運転普及 | 高速道路での自動運転や自動駐車などの高速領域の高度運転支援を実現する「天神之眼(God’s Eye)」ADASを21モデルに搭載予定(2025年2月) |
| シャオミ | 運転支援安全管理・OTA改修・リコール対応 | 「SU7」車両11.6万台超を運転支援機能の安全懸念からソフトウエア更新(OTA)対象とし、対応を発表(2025年9月) |
| 小鵬汽車 | スマート運転普及 | スマート運転システム「Turing AI Smart Driving」を発表。2026年にグローバル展開予定(2025年2月) |
| 理想汽車 | 運転支援・ナビ連動支援・OTAソフトウエア更新 | 「OTA 7.0」アップデートを開始。高速道路・都市部を含む全シナリオ対応のエンドツーエンド自動運転支援を実現。AI(人工知能)意思決定の可視化機能を導入し、複雑環境下での信頼性を向上。安全面では、緊急車線保持(ELK)、悪天候時戦略、誤加速防止(R-MAI)などを強化(2025年1月) |
出所:各社プレスリリースなどを基にジェトロ作成
加速する、輸出・海外展開の再編
中国の自動車産業は、急速なインテリジェント化と電動化の進展の一方で、国内市場の競争過熱と利益率低下という構造的課題に直面している。
中国自動車工業協会(CAAM)の発表によると、中国の自動車輸出数量は2024年に約585万9,000台(前年比19.3%増)に達し、世界最大の自動車輸出国となった。うち約2割の約128万4,000台をNEVが占め、輸出の中核を担っている。一方、中国国内では、過剰生産と価格競争の激化・長期化が続く。ロイターの報道によると、中国に本社を置く上場自動車メーカー33社は、過去6年間で主要な財務指標が広範囲にわたって悪化している。2024年時点で在庫は2019年比で2倍以上、負債総額は56%増となっている。また、2024年は、中国自動車メーカーの海外直接投資額が初めて国内投資を上回っており、過剰供給と収益圧迫を背景に、海外展開が構造的な出口となりつつある、との分析もみられる。このように、中国メーカーは輸出主導から現地生産・サプライチェーン多角化への転換を進めている。
加えて、欧州では、欧州委員会が2024年10月、中国製の電気自動車(EV)に対する最大45.3%の追加関税を暫定的に導入し、BYD、上海汽車、吉利汽車など主要企業の欧州向け価格競争力を大きくそいだ。これは、2024年7月の暫定関税(BYD17.4%、吉利汽車18.8%、上海汽車37.6%)を踏まえて正式決定されたもので、補助金を背景にした低価格輸出がEU産業に損害を与えたと判断したためだ。この結果、中国自動車メーカー各社は「自動車をそのまま欧州へ送る」方式から、「欧州域内または周辺国で組み立てる」方式への切り替えを急ぐことになった。
一方、米国では、2025年1月のトランプ政権発足後、輸入自動車と自動車部品に対して、通商拡大法232条を根拠に一律25%の追加関税が課された。4月には中国で建造された船舶、米国外で建造された自動車運搬船が米国に入港する際に入港料を支払うよう求める措置が公表された(注5)。
こうした外的環境の急変を受け、中国自動車メーカーは、完成車の単純な輸出から「現地生産+サプライチェーン海外展開」型への転換を加速させている。企業の具体的な動きとして、BYDはハンガリーで欧州初のEV工場を建設しているほか、タイで年間15万台の生産能力を持つEV工場が稼働するなど、海外拠点での生産を拡大する。また、上海汽車や奇瑞汽車も、ASEANや中東で現地生産・再輸出モデルを展開している(表2参照)。こうした動きは、欧米による関税回避に加え、車体・電池・ソフトウエアを分割した供給網再設計の一環とされ、東南アジアや中東、南米を次の成長軸に位置付けているとみられている。
| 企業名 | 展開地域・内容 | 特徴 |
|---|---|---|
| BYD | タイ、ブラジル、トルコ、ハンガリーなどに工場など設置 | ASEAN、EU域内への生産拠点拡大 |
| 上海汽車 | タイ・インドネシアで生産、ASEAN販売拡大 | ASEANを生産・再輸出ハブとして整備 |
| 奇瑞汽車 | 中東・南米など10カ所超に組み立て/生産拠点 | 「現地生産品の再輸出」モデルを採用 |
| ファーウェイ/AITO | 中東(主にUAE)を起点に海外子会社設立・ラインナップ投入 | 知能運転搭載SUV・車+ソフトウエア・サービスを海外へ展開 |
出所:各社プレスリリースなどを基にジェトロ作成
上海交通大学安泰経済管理学院などは「2024年上海交通大学の自動車海外展開に関する研究白書」の説明資料において、この動きを「完成車輸出」「現地生産」「サプライチェーン全体の海外展開」という3段階に整理し、現時点では「現地生産」と「サプライチェーン全体の海外展開」が主流となりつつあると指摘する。また、世界市場を需要規模と中国企業の進出難易度に基づいて「欧州・オーストラリアなど」「ASEAN・南米・中東など)」「ロシア・イラン・南アフリカ共和国」「米国・カナダ」の4類型に分類し、各市場の需要特性を整理し、参入戦略を検討した結果、特に「ASEAN・南米・中東など」を政策協調性と成長率の点で最も有望、と分析した。
中国自動車産業の海外展開については、数量競争からサプライチェーン構造の最適化へ移行しており、2025年を「海外展開の転換点」と位置付ける。中国自動車メーカーが「輸出中心」から「供給網の再配置」「現地産業拠点形成」へと重点を移しており、とくにASEAN・南米・中東などを中心とする市場が中期的成長軸になる、と分析している。この流れは、単なる輸出拡大ではなく、産業チェーンそのものを再構築して海外に展開する「サプライチェーン型グローバル戦略」へと進化している、と結論づけている。
体験重視とハードウェア・ソフトウエア統合型設計へのシフト
中国の自動車産業では、電動化とインテリジェント化の進展を背景に、競争の焦点が大きく変わりつつある。国内では価格競争の長期化により、ハードウェアのコスト優位性だけでは差別化が難しくなっている。関税や港湾料の徴収、物流費の高騰など海外展開コストの増大も続く。こうした環境変化を踏まえ、主要EVメーカーでは、車両性能のみならず、車内体験・サービス・ブランド価値を重視する戦略や、車のハードウェアとソフトウエアを一体で設計する統合アーキテクチャの導入を進める動きがみられる。
シャオミはソフトウエアを中核に据えたブランド形成を加速させている。創業者で会長兼最高経営責任者(CEO)の雷軍氏も「工業製造・スマートソフト・AIを一体化し、自動車産業を再定義する」と述べている。スマートフォンやスマートホーム分野で築いたエコシステムを自社EVモデル「SU7」に取り込み、「人-車-家(Human×Car×Home)」の統合体験を全面に打ち出している。これによって、1,000を超えるシャオミのスマート家電との連携を可能にし、車を単なる移動手段ではなく、スマート家電などと連動させたシームレスな体験空間にしている。例えば、同社の車では、車内から自宅の照明・空調・掃除機・カメラなどの家電を制御することが可能だ。また、車が自宅付近に近づくと空調機器やPC(パソコン)を自動起動する設定ができる。車載ディスプレー上で玄関カメラ映像をリアルタイムで確認し、ドアホンで応答することも可能だ。移動中でも自宅の状況を把握し、家電の操作や自宅の環境を準備することができる。
BYDは、長年維持してきた垂直統合体制をさらに強化し、部品の大多数を自社生産しているといわれている。自社製のバッテリー、モーター、パワーエレクトロニクス、半導体を一体的に制御する仕組みを確立しており、コスト削減と開発スピードの向上、外部調達リスクの最小化を同時に実現している。また、オフロードSUV(スポーツ用多目的車)「方程Bao 8」では、ファーウェイの自動運転システム「乾坤 ADS 3.0」を採用し、コア部品は内製、ソフトウエアは外部の先端技術を組み合わせる選択的統合モデルを打ち出している。
ファーウェイは、前述の先進運転支援システム「乾坤ADS」を中心に、ソフトウエアの外販とクラウド連携を強化している。2025年8月時点で、22車種、累計100万台超への搭載が報告され、2027年には条件付き自動運転自動車(L3)への量産展開を目指している。この仕組みにより、中国自動車メーカーは海外市場に車両を輸出する際、車体そのものに加えて、クラウド上のADASを同時に輸出できるようになりつつある。
こうした動きから、中国の自動車産業では、車内のユーザー体験(UX)やインフォテインメント(IVI、注6)が新たな競争軸として確立しつつある。また、内製化が進み、ハードウェアとソフトウエアを一体で作り込める企業ほど、OTAによる性能向上を迅速に実現できる体制を持つようになっている。結果として、ハードウェアの安価供給モデルから、ソフトウエアを通じて価値を継続的に積み上げるモデルへと重心が移りつつある。中国の自動車メーカーは、ハードウェアを安く作る段階から、ソフトウエア・体験・ブランドを通じて価値を創出する段階へと移行している。この潮流は今後、より一層明確化すると思われる。
- 注1:
- NEVとは、バッテリー式電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)の合計。
- 注2:
- OTAとは、Over The Airの略で、無線ネットワークを利用した通信をいう。
- 注3:
- ICVとは、Intelligent Connected Vehicleの略称で、AI(人工知能)や高度の通信技術を導入し、安全性や効率性の高い自動運転を可能とする自動車の総称。
- 注4:
- 複合運転支援システムとは、複数のADAS(先進運転支援システム)を統合制御するレベル2相当のシステム。
- 注5:
- 同措置は2025年11月10日から1年間停止されている。
- 注6:
- IVIとは、In-Vehicle Infotainment Systemの略称で、「情報(インフォメーション)の提供」と「娯楽(エンターテインメント)の提供」を組み合わせた車載システム。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・上海事務所 経済信息・機械環境産業部長
伊藤 彩菜(いとう あやな) - 2011年、経済産業省入省。エネルギー、通商政策関係部署などを経て2025年7月からジェトロに出向し現職。




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