競争力重視にシフトする欧州日系企業はどう対応すべきか
EU人権・環境政策の転換点(2)

2026年6月12日

EU域内の産業競争力の強化を最優先課題に掲げる欧州委員会は、2025年以降、企業の規制対応負担の軽減に向けた規制簡素化を進めている。2026年3月には、企業持続可能性デューディリジェンス指令(CSDDD)と企業持続可能性報告指令(CSRD)の簡素化指令が施行された。日系企業も対応を進めてきたが、日系企業の多くも両指令の対象から外れるとみられる(前編「延期相次ぐ規制簡素化のポイント」参照)。後編となる本稿では、欧州ビジネスに関係する日系企業への影響や今後の注目点を概観する。

在欧日系企業は負担軽減を期待する一方、不確実性に苦慮

ジェトロが在欧日系企業を対象に行った調査によると、持続可能性関連規制の簡素化の影響について、67.1%の企業が「規制対応にかかるコスト・負担の軽減を期待」すると回答した(注1)(図参照)。実際、ジェトロがヒアリングした在欧日系企業の多くは、CSRDに対応する2026年度分の開示に備え、日本本社も巻き込んでダブル・マテリアリティ評価を行い、自社で未対応のデータポイントの特定や追加のデータ収集などの準備を進めていた。しかし、簡素化により対象外となる見込みだ(2025年12月3日付ビジネス短信参照)。サステナビリティー報告書や統合報告書の作成・公表、工場の温室効果ガス排出量や水使用量の測定など、自主的な取り組みを既に進めていた日系企業にとっても、CSRDの1,000以上のデータポイントに対応するには追加コストが必要となっていた。対象外となれば、こうした追加負担の軽減が見込まれる。

図:持続可能性関連規制の簡素化が在欧日系企業に与える影響
「欧州規制への対応にかかるコスト・負担の軽減を期待」は全業種 67.1%、製造業 70.3%、非製造業 64.4%。「法令の適用開始時期が延期されれば、対応準備にかける時間が確保しやすい」は全業種 32.7%、製造業 39.4%、非製造業 27.0%。「自社が当該規制の対象から外れることを期待」は全業種 29.1%、製造業 26.6%、非製造業 31.3%。「実質的な負担はあまり変わらないと予想」は全業種 23.9%、製造業 21.9%、非製造業 25.6%。「社内体制の構築など、これまでの対応準備が無駄になる懸念」は全業種 6.5%、製造業 6.3%、非製造業 6.7%。「規制の方針転換により、逆に内容の理解が難しくなった」は全業種 4.1%、製造業 5.9%、非製造業 2.4%。回答者数は、全業種n= 691、製造業n= 320、非製造業n= 371。

出所:ジェトロ調査レポート「2025年度 海外進出日系企業実態調査(欧州編)(2025年12月)」

一方、今後の規制対応の不透明さは増している。ヒアリング(注2)時点では、「暗中模索」「様子見状態」とする日系企業が多かった。欧州ビジネスに関わる日系企業は、企業規模やセクターに応じて複数の規制の適用範囲を再度確認し、自社がいつからどの規制の対象となるのかを整理する必要がある(注3)。これまで規制対応を前提に構築してきた人員体制や社内システムの見直しを迫られている。

指令の国内法化により国ごとに運用が異なる可能性も

先行して環境・人権デューディリジェンス(DD)(注4)を義務付ける法律が導入された一部の加盟国では、EUレベルでの簡素化を受け、運用の違いがみられる。ドイツでは2023年にサプライチェーン・デューディリジェンス法(LkSG)が施行され、2024年1月1日から適用対象が従業員数3,000人以上の企業から1,000人以上の企業に拡大された。一方、CSDDDの対象は従業員数5,000人以上に引き上げられたため、ドイツ産業界からは、ドイツ独自の基準が課されることでドイツ企業が競争上不利になるとの懸念の声があった。連邦内閣は2025年9月、報告義務を廃止するLkSGの改正法案を承認した。同法の履行確保を担当する連邦経済・輸出管理庁(BAFA)は2025年11月以降、報告書の審査を停止している(2026年2月6日付ビジネス短信参照)。

ドイツでは2023年のLkSG施行以降、BAFAによる調査や是正要請は行われているものの、同法に基づき企業に罰金が科された事例は公表されていない(2026年4月時点)。一方、2017年に「親会社および発注企業の注意義務に関する法律(注意義務法)」を制定したフランスでは、2026年3月12日にパリ司法裁判所が国外での事案についてフランスの親会社の責任を認める画期的な判決を下した(2026年3月26日付ビジネス短信参照)。イタリアでは2025年、請負業者による移民労働者に対する劣悪な労働環境や搾取を看過したとして、高級ファッションブランドの摘発が相次いだ(注5)

各加盟国は2028年7月26日までに簡素化指令を含むCSDDDの国内法化を進める。ドイツでは、国内法化されればLkSGは廃止・統合するとしている。一方で、先行して独自の国内法を導入した加盟国では、EU規制との整合性がどのように図られるかを注視する必要がある。また、罰則や民事責任などは国内法化により国ごとに規定が異なる可能性があり、複数のEU加盟国で事業を展開する日系企業は注意が必要だ。

今後の規制見直しや委任規則を注視

CSDDD・CSRD簡素化指令は施行したが、今後の見直しによっては対象企業の範囲などが変更される可能性もある。このため、引き続き動向を注視する必要がある(表参照)。CSDDDでは、2027年7月26日までに、(1)DD実務ガイドライン・ベストプラクティス、(2)リスク評価のためのガイダンス、(3)規制対応に活用可能なデータ・情報源・デジタルツール、(4)任意で使用できる契約条項のひな形(モデル条項)の採択を予定している。加えて、セクター別ガイダンスの策定も予定されている。CSRDも、2026年7月までに簡素化ESRSおよび対象外企業向けの自主的な報告基準(VS)、2027年10月までにEU域外企業向け基準(N-ESRS)を策定する委任法令が採択される見込みだ。さらに、2027年12月から適用が開始される強制労働製品の域内流通禁止規則についても、2026年6月14日までに強制労働リスクに関するデータベースや欧州委員会による各種ガイドラインが整備される予定だ。

表:今後発表が予定されている主な規制の見直し・委任規則
日付 規制 予定
2026年6月14日まで 強制労働製品の域内流通禁止規則 強制労働リスクに関するデータベースおよび欧州委員会による各種ガイドラインの整備
2026年7月 CSRD 簡素化ESRSおよび対象外企業向けの自主的な報告基準(VS)に関する委任規則の採択
2026年9月27日 グリーンウォッシング禁止指令 企業への適用開始
2026年12月30日 EUDR 企業への適用開始(零細・小規模事業者を除く)
2027年3月19日 CSRD 簡素化指令の国内法化期限
2027年6月30日 EUDR 零細・小規模事業者への適用開始
2027年7月26日まで CSDDD (1)DD実務ガイドライン・ベストプラクティス、(2)リスク評価のためのガイダンス、(3)規制対応に活用可能なデータ・情報源・デジタルツール、(4)任意で使用できる契約条項のひな形(モデル条項)の採択
2027年8月18日 バッテリー規則 サプライチェーンに対するDD義務の適用開始
2027年10月 CSRD EU域外企業向け基準(N-ESRS)を策定する委任規則の採択
2027年12月14日 強制労働製品の域内流通禁止規則 企業への適用開始
2028年7月26日まで CSDDD 簡素化指令を含むCSDDDの国内法化期限
CSDDD 企業間の情報共有およびステークホルダーエンゲージメントに関する情報の公開
2029年 CSRD 2028年会計年度分から対象域外企業に適用開始
2029年4月30日まで CSRD 達成状況や自主的な報告の状況などに関する報告書の提出および必要に応じた立法措置の提案(以後3年ごと)
2029年7月26日 CSDDD 域外企業を含む全ての対象企業に適用開始
2029年12月14日まで 強制労働製品の域内流通禁止規則 最初の見直しを予定
2031年4月30日まで CSRD 適用範囲拡大の要否などに関する報告書の提出および必要に応じた立法措置の提案(以後3年ごと)
2031年7月26日まで CSDDD 中小企業への影響、適用対象基準の見直しの必要性、高リスク分野での業種別アプローチの必要性などに関する報告書の提出および必要に応じた立法措置の提案(以後5年ごと)

出所:欧州委員会、EU官報を基にジェトロ作成

CSRD・CSDDDの対象外企業も、他の規制の影響を受ける可能性がある。例えば森林破壊デューディリジェンス規則(EUDR)、バッテリー規則(注6)、紛争鉱物規則(注7)、強制労働製品の流通禁止規則(2024年11月22日付ビジネス短信参照)など、複数の重複する規制が存在し、対応が求められる。特に強制労働製品の流通禁止規則は産業にかかわらず全ての製品が対象で、強制労働により生産された製品のEU域内への流通が禁止される。このため実質的には、EU市場への上市には、自社のサプライチェーン上の強制労働リスクを確認するDDが必要となる。また、2024年3月に施行されたグリーンウォッシング禁止指令(2024年2月21日付ビジネス短信参照)についても、2026年9月27日から企業への適用開始が予定されている。現地法律事務所によると、在欧日系企業は広告などにおける実質を伴わない環境訴求による訴訟リスクに注意する必要がある。

規制簡素化後も、サステナビリティー対応は欧州ビジネスで必須に

欧州ビジネスでは、規制対応だけでなく、投資家や消費者の要請や、取引先の調達方針に基づく情報提供要請や監査、認証取得など、さまざまな要因でサステナビリティーの取り組みが必須となっている。ドイツ企業が実施したアンケート調査によると、CSRDの対象外となった欧州企業の90%が、持続可能性報告を維持または拡大する意向と回答した(注8)。規制簡素化によって、取引先とのビジネスにおける情報提供や監査などの要請がどこまで減少するかは、不透明だ。

また、自社の事業とサプライチェーンを正確に把握し、人権・環境面を含めた途絶リスクを事前に把握できる体制を構築することは、事業の継続性を確保するサプライチェーン強靭(きょうじん)化の観点でも重要性を増している。トレーサビリティーの確保は、資源の有効活用と循環型経済の実現(注9)にも不可欠であり、デジタルプラットフォームを活用したサプライチェーン上のデータ収集の動きも進んでいる(2026年3月2日付地域・分析レポート参照)。

国際基準を基盤に、着実にDDを継続することが備えに

2025年11月に開催された第14回国連ビジネスと人権フォーラムでは、国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)を基盤とする「People Centered Approach(人々を中心に据えたアプローチ)」の重要性があらためて強調された(2025年12月11日付ビジネス短信参照)。セッションでは、「人権DDはコストではなく、信頼とレジリエンスを生み、企業競争力を高めるビジネス上の戦略である」との見方が示された(注10)。同フォーラムでは、複数のグローバル企業がコンプライアンスを超えた先進的な取り組みを紹介し、持続可能性を企業経営に組み込み、責任あるバリューチェーンへの投資を継続している。

規制対応を起点にDDや情報開示を進めてきた日系企業は、不透明なEU規制に振り回され、対応に苦慮してきた。また規制対応のために、本来自社にとってはリスクの低い分野においても、DDや開示対応を実施せざるを得ないケースが生じていた。こうした状況において、規制簡素化は、自社にとって重要なリスクに的を絞り、リスクベースのDDに立ち返る契機にもなり得る。日系企業は今後、規制に受動的に対応するにとどまらず、長期的な企業価値向上を見据え、コンプライアンスを超えて持続可能性を経営に組み込むべきか、主体的に判断することが求められる。日本の一部の中小企業においても、人権尊重経営に向けた取り組みは着実に進んでいる(特集「人権尊重を経営の中核へ―中堅・中小企業の実践事例―」参照)。その際、自律的な人権尊重の取り組みの基礎となるのは、UNGPsやOECD多国籍企業行動指針といった国際基準だ。今後もEU規制の見直しが見込まれる不確実な状況において、基盤となる国際基準に基づくDDを着実に継続していくことは、コンプライアンスの観点でも備えとなるだろう。


注1:
ジェトロ調査レポート「2025年度 海外進出日系企業実態調査(欧州編)(2025年12月)」参照。 本文に戻る
注2:
筆者が2025年11月~12月にオランダとイタリアで実施した在欧日系企業および現地法律事務所へのインタビューに基づく。 本文に戻る
注3:
例えば、ドイツ政府のビジネスと人権に関するヘルプデスクが2026年4月に公表した「Implementing diverse regulatory requirements for sustainable supply chains effectively and efficientlyPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(29.2MB)」が参考になる。 本文に戻る
注4:
デューディリジェンス(DD)とは、(1)事業活動によるリスクの特定・評価、(2)リスクの防止・軽減、(3)取り組みの実効性の評価、(4)取り組みに関する説明・情報開示、の一連のサイクルを継続して回していくことを指す。人権DDの詳細は、ジェトロ『ビジネスと人権』早わかりガイドPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.1MB)を参照。 本文に戻る
注5:
例えば、ジョルジオ・アルマーニ(イタリア当局が2025年8月、350万ユーロの罰金を科す)、ロロピアーナ(LVMH傘下の高級カシミヤブランド。ミラノ裁判所が2025年7月、1年間司法管理下に置く判決)など。 本文に戻る
注6:
原材料のリチウムやコバルトなどの調達における人権および環境関連のDD要件を定める。詳細は、ジェトロ調査レポート「EUバッテリー規則とドイツを中心としたバッテリー生産・リサイクルの動き(2023年11月)」参照。 本文に戻る
注7:
2021年1月に全面適用開始。紛争地域や高リスク地域からスズ、タンタル、タングステンおよび金を調達する事業者に対し、調達鉱物資源が紛争や人権侵害を助長していないことを確認することを義務付ける。 本文に戻る
注8:
osapiens社“Beyond Compliance: Sustainability Reporting After the Omnibus”参照。同社が2025年12月~2026年1月に従業員数1,000人以上のEU企業403社を対象に実施したアンケート調査に基づく。同社は、サプライチェーン上の持続可能性に関するデータ収集のためのデジタルプラットフォームを提供。 本文に戻る
注9:
ジェトロ調査レポート「EU循環型経済関連法の最新概要‐エコデザイン規則、修理する権利指令、包装・包装廃棄物規則案‐(2024年11月)」参照。 本文に戻る
注10:
欧州評議会(Council of Europe)”Human rights and competitiveness-Reframing the business case for human rights-“(2025年11月)。 本文に戻る

EU人権・環境政策の転換点

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(1)延期相次ぐ規制簡素化のポイント

執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
川嶋 康子(かわしま やすこ)
2023年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2025年4月から現職。