競争力重視にシフトする欧州原子力活用に回帰、産業界と共に関連技術の活用も(ベルギー)

2025年11月19日

ベルギーの原子力政策の経緯と法整備

エネルギー資源を輸入に依存するベルギーは1960年代、拡大する国内のエネルギー需要を化石燃料では賄いきれず、原子炉7基の建設を決定以降、原子力を活用してきた。1999年、フランダース自由民主党と社会党、緑の党の連立から成る当時の連邦政府(注1)は、原子力発電所の新設を禁止し、既存の原子炉の段階的な廃止に取り組む方針を発表。2003年には、再生可能エネルギー(再エネ)による安定的な発電が技術的に可能となるまでの移行期間も含め、既存の原子炉の寿命を40年とし、稼働中の7基の原子炉を段階的に廃止し、2025年末に全ての運転を終了する法律を制定した(表1参照)。

2022年のロシアによるウクライナ侵攻やそれに伴うエネルギー価格の高騰を受け、連邦政府は2022年3月に、原子炉2基(ドール4号基、ティアンジュ3号基)の稼働を10年延長すると決定(2022年3月24日付ビジネス短信参照)した。ロシア産の化石燃料依存から脱却するための措置だ。さらに、次世代の小型モジュール式原子炉(SMR)は、既存の原子炉と比べて工期が短く、かつ安全性が高く、放射性廃棄物量が少ないと評価し、同年5月にSMRの研究開発に対して2026年までに合計1億ユーロ(年間2,500万ユーロ)の投資を発表(2022年6月1日付ビジネス短信参照)した。同決定を受け、ベルギー原子力研究センター(SCK・CEN)は、2035年までに高速中性子(注2)と鉛を冷却材とするSMR〔発電容量300メガワットエレクトリアル(MWe)〕の量産化に向けた実証モデルを建設する計画を開始。SMRの量産化により、工期の短縮、安全性の確保、設置コストの低減を実現したい意向だ。

2023年、連邦政府(当時)は、フランスの電力大手エンジーと、前述の2基の原子炉の稼働延長条件で合意した。同合意は、欧州委員会の承認と、法改正を条件とし、2025年11月までの2基の原子炉の再稼働に向けた両者出資による組織の設立や、雇用確保、核廃棄物処理に係る費用の設定などを含む。

さらに2024年6月の総選挙後に発足したドゥ・ウェイバー新連邦政権は、優先課題に、新エネルギーミックス(原子力と再エネの融合)の実現や、既存の原子力発電能力の拡張、新規の原子力発電所建設に向けた投資を挙げ(2025年3月27日付地域・分析レポート参照)、本格的な原子力活用路線に方針転換した。

2025年3月、欧州委による原子炉の稼働延長に対する国家補助金利用の承認を受け、連邦政府とエンジーは「核廃棄物に関する責任の(連邦政府への)移転」で合意。原子炉2基の10年間の運転延長に最終合意した。同年5月には、原子力発電への復帰を認める法律が成立し(2025年5月29日付ビジネス短信参照)、前述の2003年の「脱原発」を謳った法律を撤廃。また、連邦政府は現在、エネルギー分野も含めた経済競争力強化に向け「MAKE 2025-2030」計画の策定を進めている。

表1:原子炉7基を取り巻く稼働状況PDFファイル(233KB)

脱原発を掲げるも、原子力関連技術の研究は継続

ベルギーの原子力関連技術の研究は、ベルギー北東部に位置するSCK・CENが担っており、原子力施設の安全性や核医学の研究、放射線防護などの研究も行っている。SCK・CEN付近は、欧州の原子力研究開発の一端を担う欧州委の共同研究センター(JRC)を擁し、原子力関連技術とネットワークの蓄積がある地域だ。

2017年に開始された連邦政府によるエネルギー転換のための研究開発とイノベーション支援基金「エネルギー転換基金(Energy Transition Fund、ETF)」の選定プロジェクトを見ると、連邦政府が「脱原発」の政策を進めていた期間も含め、合計16件の原子力関連プロジェクトが選定(表2参照)され、関連技術の研究は継続されている。

表2:ETFに選定された原子力関連プロジェクト(2017~2024年)
採択年 研究タイトル(「」内はプロジェクト名) 関連機関、企業
2017 電力系統の運用に影響を及ぼす可能性のある慣性分布に関連する現象の研究 エリア(Elia)
「ARCHER」放射線の特性評価のための自律ロボットプラットフォーム
  • Tecnubel
  • Magics Instruments
  • ルーヴェン・カトリック大学
  • ハッセルト大学
「ASOF」使用済み核燃料管理のための分離技術 SCK・CEN
核廃棄物処理時の放射線の特性評価 European Control Services CVBA (ECS)
解体および除染技術のモジュール化 Tecnubel
2018 放射性物質の輸送に関する実現可能性調査 Transnubel
移動式溶解炉の開発 Tecnubel
解体時の高レベル放射性廃棄物の包装 Transnubel
2019 「ICRH-W7X」ステラレータ用のアンテナシステムの構築 王立軍事学校
「SFP-LOCA」使用済み核燃料プールにおける冷却材喪失事故発生を想定したシミュレーション ルーヴェン・カトリック大学
「SoMoCoRAD」作業員の放射線被曝(ひばく)量管理のためのモバイルソリューション 国立放射性物質研究所
「SoMeLEV」大量の放射性物質が放出されたときを想定した測定技術 国立放射性物質研究所
蒸気発生器の解体 Tecnubel
「CAFFE2」危険な環境における遠隔点検とAI搭載型ロボットの開発 Magics Instruments
解体作業の実現可能性調査 Transnubel
「BUDDAWAK」無人航空機(ドローン)による放射性リスクの検知
  • SA Belge de Constructions Aéronautiques (SABCA)
  • SCK・CEN

出所:連邦政府の発表を基にジェトロ作成

産業界にも原子力活用の動き

ベルギー産業界でも、政府の原子力活用路線に呼応した新たな取り組みがみられる。

2023年に設立されたニュークテック(Nuketech)は、NATO加盟国の原子力分野で活躍するスタートアップを支援するベンチャーキャピタルだ。放射性廃棄物の量を低減、かつ短寿命化し、エネルギーコストを下げ、原子力発電の安全基準の維持を目指す。

現地経済紙レコーのニュークテックへのインタビューによると、連邦政府とエンジーの間で、2基の原子炉の稼働延長に関する合意が成立したことが、同社設立のきっかけになったという。投資家から合計5,000万ユーロの資金を調達し、アーリーステージの原子力関連スタートアップへの資金支援を目指している。隣国フランスでは、原子力分野の専門技術者が年間1万5,000人必要とされている。この人材不足を補い、原子力を通じた脱炭素化目標を達成するために、イノベーションや自動化、ロボット化が必要となっている。航空宇宙分野では今ではスタートアップが同分野の主要企業となったが、原子力分野でも同様の現象が見られるようになると同社は今後に期待を込める。

先端技術の原子力分野への活用事例として、人工知能(AI)を搭載した無人航空機(ドローン)による放射線測定が挙げられる。SCK・CENは2020年、ベルギーの航空関連企業サブカ(SABCA)と「BUDDAWAK」(表2参照)プロジェクトとして、ドローンを活用した放射線測定の新基準の確立を目指す実証実験を実施した。サブカは、航空(軍事含む)や宇宙産業向けサービスを提供しており、近年は産業向けドローン市場にも進出。結果、ドローンは、徒歩やヘリコプターで到達できない場所の追跡がリアルタイムで可能だとし、今後の活用分野として緊急時や運転終了後の原子力施設とその周辺のモニタリングに有望だとした。同プロジェクトは2019年のETFに選定され、100万ユーロの助成金を受けた。

そのほかSCK・CENは2023年、カナダ原子力研究所(CNL)と共同で、ドローンを使った原子力発電所上空の放射線検知実験を行った。空気中の煙の流れ(プルーム)の追跡や測定、プルーム発生源から放出される放射線を特定、測定する手法が検証された。

原子力技術の医学への応用事例として、SCK・CENとがん診断治療大手イオン・ビーム・アプリケーションズ(IBA)の共同事業開発が挙げられる。2者は2022年、がん治療の効果を高める可能性を持つとされるアクチニウム225の量産を目指し、共同でジョイントベンチャー、パンテラ(PanTera)を立ち上げた。

アクチニウム225は、核の放射性崩壊を経て生成される自然界に存在しない放射性物質で、がん細胞のみを効果的に縮小させることができる。前立腺がんや肺がん、大腸がん、血液がん、脳腫瘍(しゅよう)など、さまざまながん治療への応用が期待されている。SCK・CENによれば、市場への本格参入には、生産体制の確保が前提条件だが、現在の生産能力では同物質を活用した治療を受けられる患者は片手で数えるほどだという。SCK・CENは同物質の原料となる高品質のラジウム226を放射性廃棄物として大量に保有する研究機関の1つで、がん治療へ活用しながら資源の再利用へつなげていきたい意向だ。パンテラは2025年6月、SCK・CEN近郊のモルに建設予定のアクチニウム225(Ac-225)生産センター(APC)の建設開始に必要な許可を2つ取得したと発表し、2025年中の着工、2027年の生産開始を目指す。

ベルギーは、2003年の「脱原発」決定後も原子力関連技術の研究を継続し、技術の蓄積とネットワークを保持してきた。2022年の原子力の利用決定後は、原子力をエネルギー源としてだけでなく、産業競争力の強化を目指した多様な分野への活用方法も模索している。今後、既存の基盤を生かした産業の発展が期待される。


注1:
ベルギーは連邦制を採用しており、原子力(研究開発(R&D)含む)や洋上風力発電、電力の安定供給は連邦政府、電力の配電および送電(70キロボルト未満)は地域政府の管轄。
注2:
原子核反応分裂で放出された運動エネルギーの高い中性子。
執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
大中 登紀子(おおなか ときこ)
2015年よりジェトロ・ブリュッセル事務所に勤務。