競争力重視にシフトする欧州脱炭素と競争力両立に向けた見直し:洋上風力・水素政策(オランダ)

2025年11月19日

オランダは、欧州の中でも厳格なエネルギー転換・脱炭素目標を掲げている。特に洋上風力と水素を重視し、欧州全体のリーダーとなるビジョンを掲げてきた。一方で、その野心的目標に対しては産業界から生産コスト上昇を危惧する声が上がり、競争力維持とのバランスが不安視されている。そうした中で、2024年の新政権発足を機に、政府は気候・グリーン成長省を新設。2025年4月にはグリーン成長パッケージを発表し、現状を踏まえた制度設計へと舵(かじ)を切った。本レポートでは、洋上風力と水素の視点からオランダが抱える課題と近年の政府方針についてまとめる。なお、本稿の内容は2025年9月19日時点の情報に基づく。

洋上風力における課題:目標拡大も、制度・インフラが追い付かず

オランダ政府は、2019年に「洋上風力ロードマップ2030」を策定し、2030年までに11.5ギガワット(GW)の洋上風力導入目標を設定。さらに2022年には21GWに拡大し、新開発区域(Nederwiek、Lagelander、Doordewind)や既存開発区域(IJmuiden Ver)の推進を打ち出すなど、クリーンエネルギーの自給および普及に向けた動きを加速させていた(2023年4月17日付地域・分析レポート参照)。しかし2024年、IJmuiden Ver Alpha・Beta区画の洋上風力開発案件に対して、制度・インフラ面の未整備、建設コストの高騰、電力価格・需要の不透明性などを理由に、応札の意向を示していたオランダの大手エネルギー企業エネコが辞退を表明(同案件はその後、他社が落札)。野心的目標に実施基盤が追い付かず、市場環境の悪化も重なり、企業は投資判断が困難な状況だ(表参照)。

表:2020年以降の洋上風力開発案件入札動向(ーは記載なし)
区画名 容量 当初の入札予定時期 実際あるいは延期後入札(予定)時期 備考
Hollandse Kust Noord Site V (運転開始) 約0.76 GW 2020年 2020年 CrossWind(シェル・エネコ)落札
Hollandse Kust West Site VI 約0.7GW 2022年 2022年 Ecowende落札
(シェル・中部電力・エネコ)
Hollandse Kust West Site VII 約0.7GW 2022年 2022年 RWE落札(Oranje Wind Power II)
Hollandse Kust West Site VIII 約0.7GW 未定 未定 2031年以降に開発着手見込み
Ten noorden van de Waddeneilanden 約0.7GW 2022年 延期:2027年 送電ケーブル陸揚げルート未確定のため
IJmuiden Ver Alpha 2GW 2024年2月 2024年2月 Noordzeker Consortium落札
(SSE Renewables、ABP、AGP)
IJmuiden Ver Beta 2GW 2024年2月 2024年2月 Zeevonk II落札(Vattenfall、Copenhagen Infrastracture Partners(CIP))
IJmuiden Ver Gamma A・B 各1GW 2025年秋 延期:未定 制度設計見直しで延期
Nederwiek IA 1GW 2025年第2四半期 2025年10月 2GWから1GWへ。1AとIBに分割。
Nederwiek IB 1GW 2025年第2四半期 延期:2026年予定 ガスプラットフォーム干渉で延期
Nederwiek II 2GW 2026年以降 2026年予定
Nederwiek III 2GW 2026年以降 2026年予定
Doordewind Site I 2GW 2027年第1-2四半期 2027年第1-2四半期 予定通り2024年に地質調査開始。
Doordewind Site II 2GW 未定 延期:未定 制度設計見直しで延期

出所:オランダ投資庁(RVO)サイトなどを基にジェトロ作成

補助金なしの限界と許認可プロセスの複雑化

2018年以降、オランダでは洋上風力開発に対して「補助金なし」、つまり政府が一切の財政支援を行わない方針をとってきた。これは開発時の補助のみならず、一定期間の電力定額買い取りも保証されないため、市場収入も不確実で財務リスクが極めて高い。そこに建設資材の高騰や金利の上昇による開発コストの高まりが重なったことで、企業は入札に慎重になり、複数区画が制度設計の見直しによる入札延期を余儀なくされている。英国では2023年に差額決済契約(CfD、注1)方式で洋上風力案件を公募したが応札なしに終わっている。昨今の市場環境では投資に逆風が吹いており、多少の補助金がある場合でも案件が成立していないことから、「補助金なし」では限界があることは明らかだ(2023年9月15日付ビジネス短信参照)。

建設前の許認可プロセスにおいても、区域指定の段階から、海底の状況・風速・水深などの調査、航路、漁業、生態系、自然保護区など多様な利害関係の調整、電力網接続の準備などを考慮する必要がある。また、オランダの自然保護法下における環境影響評価(EIA)では累積的・越境的影響も含めた検討が求められる。このプロセスには、パブリックコメント、独立委員会による審査、不服申し立て手続きが含まれ、自然保護団体による法的異議申し立てが長期化の要因となる事例も報告されている。オランダ環境評価庁(PBL)は、複数の洋上風力案件で導入開始時期が当初目標としていた2030年から2032年以降へと遅延する可能性を指摘しており、制度的なボトルネックの解消が急務となっている。

送電インフラの接続遅延

洋上風力で発電した電力は、変電所や海底ケーブルなどを経由し、陸揚げされたのち、高圧送電網で国内需要家や周辺国に送られる。将来的には、水素電解装置に接続し、グリーン水素の製造にも利用される見通しだ。しかし、洋上風力と陸上を繋ぐ送電網「Net op Zee」の整備に遅延が生じている。先述した許認可プロセスの煩雑さに加え、近年の電力需要上昇傾向から陸上の高圧送電網自体が既に逼迫し、供給能力が追い付いていない状態だ。

「Net op Zee」を請け負う国営送電会社テネットは、陸上高圧送電網の拡張時期が2029年から2035年以降に大幅に遅延する見通しを示しており、これは洋上風力案件の延期、ひいては目標達成が遠のくことを予見させる。

水素における課題:理想戦略も、市場・開発停滞に直面

2020年に政府が発表した「国家水素戦略」では、オランダが欧州の水素供給ハブとなる目標が掲げられた。また、グリーン水素消費による産業の脱炭素化や再生可能エネルギー(再エネ)余剰電力の水素転換などを目的に、水素製造用電解装置の容量を拡大する方針が打ち出され、欧州における水素普及を牽引するオランダの強い姿勢が見られた(2023年6月9日付地域・分析レポート参照)。一方で近年は、製造コストの高さや需要家の不在が原因で、当初よりも水素に対する欧州の政府、企業による動きが下火傾向にある。早期に水素に着目し欧州を牽引してきたオランダでも、インフラ整備の遅延や企業の慎重姿勢が顕在化し始め、この局面での政府の対応が国内外から注目される。

難航する輸送パイプライン転用

水素供給ハブの土台となるのが、インフラ企業ガスニーが主導する「国家水素バックボーン(National Hydrogen Backbone)」計画だ。既存のガスパイプラインを水素輸送用に転用するこの計画は、コスト削減・長距離かつ大容量輸送を実現し、ドイツ・ベルギーとの接続も容易な点で優位性が高い。同計画は、欧州内の水素輸送網構築のための構想「欧州水素バックボーン(European Hydrogen Backbone)」にも組み込まれる想定だ。一方、ガスニーは、約15%のパイプラインは新設・改修が必要で、整備には最大10年かかる見込みだと示した。建設の長期化は、水素の製造制限や産業の脱炭素化の遅延に繋がるほか、(同じく「欧州水素バックボーン」構想に参加する)ドイツやデンマークの水素バックボーン計画に後れを取り、オランダの欧州市場における水素供給の優位性維持にも関わりかねないと、オランダ公共放送(NOS)は報じた(2025年1月17日付)。

企業負担・補助金頼みの水素製造

オランダの協同組織金融機関ロトバンクによると、オランダの化学・精製業などでは、化石燃料由来のグレー水素が年間130万トン消費されている。政府はこれらを段階的にグリーン水素へ転換する方針を掲げており、シェルによるグリーン水素製造装置「Holland Hydrogen 1」への期待は高い。洋上風力由来かつ200メガワット(MW)規模のこの装置は、稼働すれば欧州最大のグリーン水素製造装置の1つとなる。とはいえ、国際エネルギー機関(IEA)によると、グリーン水素の製造コストはグレー水素の最大6倍と試算され、負担は重いままだ。シェルも、政府による補助金設計や電力価格動向を見極めながら投資判断を行う姿勢を示しており、財務支援ありきの構造は継続する見通しだ。

気候中立と経済成長の両立を目指すグリーン成長パッケージ

こうした状況のなか、2024年7月、オランダでは新政権の発足に伴い、「気候・グリーン成長省」が新設された。同省は気候中立の達成と経済成長の両立を掲げ、2025年4月に「グリーン成長パッケージ」を発表。政策の実効性と持続可能性、産業競争力維持を追求し、目標および制度の現実的な調整が本格化した。以下、グリーン成長パッケージの概要を参考に示す。

参考:グリーン成長パッケージの主要施策(抜粋)

1.電力インフラ整備の加速
  1. 送電会社テネットと連携し、25の最重要高圧送電プロジェクトを加速的に実施
  2. 権限移譲や規制簡素化で手続きを迅速化
  3. 許認可支援チームの拡充や標準化・並行処理で時間短縮を図る
2. 企業・家庭のエネルギー負担軽減
  1. 2026~2028年にエネルギー税控除を一時的に引き上げ
  2. 脆弱(ぜいじゃく)な世帯向けに「エネルギーファンド」を通じた直接支援を継続
  3. 2026年以降はEUの「社会気候基金(SCF)」を財源として活用し、脆弱な世帯向け支援を継続
3. 再生可能エネルギーと電化の推進
  1. GHG(温室効果ガス)排出量削減を促進するための補助金制度(SDE++)(注2)を2026年に再公募(予算規模約80億ユーロ)、2027年以降も継続実施
  2. 電気自動車は今後3年間の自動車税軽減などで普及を促進(2025年8月18日付地域・分析レポート参照
4. 産業とCO2課税
  1. 間接費用補償制度(IKC-ETS)を3年間延長し、産業界の電力コストを緩和
  2. 二酸化炭素(CO2)課税(CO2-heffing)を調整し、移行期間を確保する一方で、必要なCO2削減を確実に実現
  3. 2030年以降の制度設計や代替措置は、産業界と協議しつつ2027年税制改正で反映予定
5. CO2回収・貯留(CCS)
  1. CCSプロジェクト「Aramis」に大規模投資を実施。2030年からの貯留開始を目指す
  2. 需要不足リスクの部分的補填や、国営企業EBNへの資本注入で事業リスクを低減
6.水素
  1. 水素生産に21億ユーロ、産業での利用支援に6億6,200万ユーロを投資
  2. 水素の産業利用者向けにグリーン水素4%の使用義務を導入
  3. 製油所での水素導入を支援し、燃料生産の脱炭素化を促進
7. 洋上風力
  1. 洋上風力を主電源と位置づけ、2025年夏までにアクションプランを策定
  2. 入札条件を見直し、最低・最高価格保証制度を導入予定
8. ガス・原子力
  1. 北海でのガス採掘を継続し、業界内のコスト・リスク共有で事業性を向上
  2. 原子力は国営企業を通じて新設準備、またボルセラ原子力発電所の稼働延長も計画

洋上風力:目標・制度見直しで企業負担減へ

洋上風力においても、目標および制度の現実的な調整を始めた。2025年7月、オランダ政府は2040年までの洋上風力発電容量目標を、50GWから30〜40GWに修正。入札においては、企業のコスト・リスク負担を軽減するため、案件の小規模化や(表1 Nederwiek IA参照)、市場条件悪化を理由とした開発取り消し制度の導入(許可取得後2年間以内)などが進んでいる。許認可プロセスにおいても、基準の簡素化が図られ申請コストが軽減される見込みだ。

2025年9月には洋上風力の新たなアクションプランを発表し、発電所の建設促進と電力需要の拡大促進の2本柱を打ち出した。短期的戦略としては、2GW規模の発電所建設に約10億ユーロ投資するほか、間接費補償制度(IKC-ETS)を2028年まで延長し、電力コストを競争力のある水準に保つことが示された。長期的には2027年以降のCfD導入も検討されており、電力価格の変動リスクを抑えることで企業の収益安定性の確保が期待されている。

水素:追加支援で停滞を防ぎ、優位性維持を図る

水素においても、同様の動きがある。オランダ政府はグリーン成長パッケージで、水素生産に21億ユーロ、産業での利用支援に6億6,200万ユーロ投資することを示し、支援を加速する動きがみられた。2030年には水素の産業利用者に対して、グリーン水素の使用義務(4%)を導入することが決定しており、需要側の市場形成も怠らない。さらに、2025年7月には「再生可能エネルギー(再エネ)を利用した電解槽による水素製造のためのスケールアップ補助金(OWE)」補助金制度(2024年5月2日付ビジネス短信参照)を再公募し、11件のプロジェクトを採択。総額約7億ユーロを配分し、計602MWの電解容量を確保した。これは先述した「Holland Hydrogen 1」(200MW)の3倍以上に相当する。市場の停滞感が否めない中でも、これまで築いてきたリーダー的地位の維持のためには、生産・利用コストが高い水素への確実な支援が求められる。

不安定な政権下でも、戦略的な政府投資を

脱炭素政策の加速と産業競争力維持の両立に向けて目標や制度の見直しを進めるオランダ政府だが、2025年6月に保守派第1党が連立を離脱して政権が崩壊するなど、不安定な状態だ(2025年6月12日付ビジネス短信参照)。エネルギー開発は長期にわたるため、予見性・収益性の高さは企業の投資判断において重要だが、現政府がそれらを担保できているかは疑問だ。2025年10月中に総選挙が行われる。不確実性が高い情勢の中で、実態に即した目標設定と企業への後押しを続けられるかが、脱炭素分野でのオランダの立ち位置を決める焦点となる。


注1:
発電事業者への再エネへの投資リスクを減らすため、対象となる電源の固定価格と市場価格の間の変動する差額を政府が補填(ほてん)する制度。
注2:
オランダ政府が、再エネやCO2削減技術の導入を促進するために設けた補助金制度。太陽光・陸上風力・CCS・水素製造などが対象で、費用対効果に基づき支援額が決定される。
執筆者紹介
ジェトロ・アムステルダム事務所(執筆当時)
宮崎 真里佳(みやざき まりか)
2022年、ジェトロ入構。デジタルマーケティング部を経て現職。