競争力重視にシフトする欧州産業界の競争力強化とネットゼロ実現を両立へ(英国)

2025年11月19日

英国では電気料金高騰が産業競争力強化の課題となる中、政府は産業戦略で、クリーンエネルギー投資の促進による化石燃料依存からの脱却と、産業向けの電気料金軽減措置を推進している。本稿では、英国のネットゼロと産業成長の両立への取り組みを概観し、日本企業のビジネスチャンスを探る。

電気料金高騰が産業の足かせに

英国では2022年以降、電気料金の高騰(図1参照)が経済成長における深刻な課題となり、電化やネットゼロ目標達成を阻害する要因となっている。2024年時点で産業用電気料金は先進国の中でも最高水準にあり(図2参照)、英国産業の国際競争力を損なう要因として、政府も強い問題意識を抱えている。さらに、化石燃料への依存が続いていることから、エネルギー価格変動への脆弱(ぜいじゃく)性も懸念される。

図1:英国の非家庭用電気料金の平均値(注)
気候変動税除く、気候変動税含むともに、2004年の約4円から漸増傾向。2022年からは増加が顕著となり、2022年第1四半期には15円未満だったが、2024年第4四半期には25円を超えた。

注:平均値は全事業者の電力使用総額を購入総量で割って算出。気候変動税は、2001年4月発効の商業用電力・ガス使用量に対して一定の閾値を超えた分に対して課される税金。
出所:英国政府資料を基にジェトロ作成

図2:主なIEA加盟国の2024年の産業用電気料金(税込み)
キロワット時当たりのペンスで、高い順に、英国26.63、アイルランド24.77、スイス24.43、イタリア23.52、ドイツ20.99、チェコ20.58、ポーランド20.04、スロバキア19.69、ハンガリー18.25、オーストリア18.16、ベルギー18.14、フランス16.33、ギリシャ15.24、ルクセンブルク15.10、スペイン13.25、日本13.21、ポルトガル12.41、ニュージーランド11.63、韓国10.97、トルコ10.10、スウェーデン8.79、フィンランド8.14、カナダ7.43。

出所:英国政府資料を基にジェトロ作成

産業界からも、電気料金の高さが、製造業の競争力低下や直接投資の減少、一部産業の縮小(図3参照)に繋がっているとの指摘がある。現地紙ガーディアン(4月20日付)は、産業界からの声として、ロシアのウクライナ侵攻により急騰したガスに依存しているために割高となった電力コストが企業の倒産を招き、英国への投資意欲をそいでいるとの訴えを紹介した。

図3:英国のエネルギー集約型製造業の生産高の推移(注)
英国のエネルギー集約型製造業の生産高は、2015年を100%とすると、2024年には60%超程度まで下落している。

注:連鎖方式による総付加価値(GVA)を示す。連鎖方式はインフレの影響を取り除いた実質ベースの成長を測るための統計手法の一種。
出所:英国政府資料を基にジェトロ作成

こうした状況を踏まえ、2024年7月に発足した労働党政権は、2025年6月に発表した産業戦略(注1)において、8つの成長産業(表参照)の1つにクリーンエネルギー産業を指定した(2025年6月25日付ビジネス短信参照)。政府は、クリーンエネルギー産業の成長は、化石燃料の価格変動への依存度を低減するとしている。

表:産業戦略の8つの成長産業
産業 フロンティアセクター
先端製造
  • 航空
  • 先端素材
  • アグリテック
  • 自動車
  • バッテリー
  • 宇宙
クリーンエネルギー産業
  • 風力
  • 核融合
  • 原子力
  • 水素
  • 二酸化炭素(CO2)回収・有効利用・貯留(CCUS)
  • ヒートポンプ
クリエーティブ産業
  • 広告・マーケティング
  • 映画・テレビ
  • ビデオゲーム
  • 音楽・パフォーマンス・視覚芸術
デジタル・テクノロジー
  • 人工知能(AI)
  • エンジニアリング・バイオロジー
  • 先端通信技術
  • 量子技術
  • 半導体
  • サイバーセキュリティー
防衛
  • ドローン、自律システム
  • 戦闘航空
  • 指向性エネルギー兵器
  • 複合兵器
  • 海上能力
金融サービス
  • フィンテック
  • 保険、再保険市場
  • サステナブルファイナンス
  • 資本市場
  • 資産管理・ホールセールサービス
ライフサイエンス
  • 医薬品
  • メドテック
専門・ビジネスサービス
  • 会計・監査・税務
  • 経営コンサルティング
  • 法務サービス

出所:英国政府資料を基にジェトロ作成

さらに同戦略では、企業に対して8つの成長産業への長期的な投資の安定性を提供している。そのための取り組みとして、戦略的に重要なインフラやプロジェクトへの送電容量確保などに加え、産業向け電力コスト削減を重要課題と位置付けている。具体的な取り組みの1つとして、例えば、2027年から導入予定の「英国産業競争力強化スキーム」で電気料金の引き下げを図る。自動車・化学など電力多消費型の製造業を対象に、再生可能エネルギー購入義務(Renewables Obligation:RO)や固定価格買取制度(Feed-in Tariffs:FIT)などの賦課金を免除するスキームだ。これにより、ネットゼロ目標の実現と国際競争力の向上の両立を目指す。

財政支援・制度改革でクリーンエネルギー産業を支援

クリーンエネルギーへの投資を柱の1つとする産業戦略の趣旨に沿って、英国政府は関連施策も相次いで打ち出している。財政面では、労働党政権は「ナショナル・ウエルス・ファンド(NWF、注2)」を創設し、5年間で73億ポンド(約1兆4,819億円、1ポンド=約203円)の公的資金をグリーン産業に投資する計画を掲げた(2024年7月18日付ビジネス短信参照)。そのうち58億ポンド超をグリーン水素やCCUSなど5分野に重点配分し、官民の投資を呼びこむ仕組みとして活用している(2025年3月27日付地域・分析レポート参照)。また、既存の政府系金融機関の資金力やネットワークを活用し、産業変革に必要な巨額資金の調達・供給を迅速化する。

政府はさらに「グレート・ブリティッシュ・エナジー(GBE、注3)」を設立し(2024年8月7日付ビジネス短信参照)、民間との協働を通じて再生可能エネルギー(再エネ)事業に出資する体制を整備した。2025年4月には、GBEを通じて洋上風力発電のサプライチェーン強化に3億ポンドを投資する支援策を公表している(2025年5月1日付ビジネス短信参照)。今後、GBEの戦略的優先事項の発表が予定されており、公的資金での国内クリーンエネルギー産業の育成が進められている。

政府は、再エネ発電事業を支援する価格保証制度である、差額決済契約(CfD)制度(注4)の改革にも着手している。2025年7月、風力発電と太陽光発電について、CfDの契約期間を従来の15年から20年に延長するとともに、浮体式洋上風力発電を支援するため、適切な予算とパラメータを設定する方針を発表した(2025年7月23日付ビジネス短信参照)。また、 CfD制度の第7回ラウンド(AR7)で「クリーン産業ボーナス(CIB、注5)」を導入する(2024年11月29日付ビジネス短信参照)。予算は当初2億ポンドとしていたが、5億4,400万ポンドへ大幅に増額するなど、支援を強化している(2025年5月19日付ビジネス短信参照)。これらの施策を通じ、政府はクリーンエネルギー産業への移行を加速させている。

EU制度との互換性を確保

そのほか、脱炭素に関する制度としては、英国政府はEUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)を参考に、英国版CBAM(注6)を2027年1月から導入する(2025年5月7日付ビジネス短信参照)。輸入された対象製品の生産に伴う(製品に含まれる)温室効果ガスの排出量に応じた賦課金を輸入者が支払う制度だ。加えて2025年5月、キア・スターマー首相はEUとの合意の中で「英国の排出量取引制度(ETS)をEU ETSとリンクさせる」方針を表明し、将来的にEUのCBAMが英国企業にもたらす追加コストを回避できる体制を築く意向を示した(2025年5月21日付ビジネス短信参照)。さらに、EU電力取引プラットフォームへの参加検討やクリーンエネルギー技術協力の強化でも合意がなされ、電力市場および技術分野での連携を深化させている。このように英国は、EUと歩調を合わせつつ制度の互換性を確保し、自国産業が不利とならないよう環境を整えることで、欧州域内での競争力維持・強化を目指している。

2030年目標達成を阻む建設コストと課題

発電所の建設コストの上昇により、政府が掲げる2030年までに電力の95%以上をクリーン電源化するという野心的なネットゼロ目標の実現にも不確実性が生じている。フィナンシャル・タイムズ(5月27日付)によると、英国では建設コスト高騰と収益悪化を背景に、複数の事業者が洋上風力発電などのプロジェクトを延期または中止している。例えば、デンマークの風力発電開発企業オーステッドは2025年5月に、コスト上昇・遅延リスクを理由に英国の大規模プロジェクト「ホーンシー4」の工事を停止した(注7)。また同紙は、労働党政権が掲げる洋上風力発電43ギガワット(GW)の2030年目標に対し、2030年時点の稼働は33GWにとどまるとの米国シンクタンク・ブルームバーグNEF(BNEF)の予測も紹介している。

政府はこの状況を受け、「ミッションコントロール」と呼ばれる業界の専門家や政府関係者で構成されるプロジェクト支援チーム(2024年7月18日付ビジネス短信参照)で、エネルギープロジェクトの問題解決、交渉、円滑化などを進めている。

日系企業が挑む英国クリーンエネルギー産業の最前線

建設コストという課題が依然として残っているなか、英国市場への日系企業の参入は活発化している。2020年10月には英国と日本は包括的経済連携協定(日英EPA)を締結、投資保護や市場アクセスの安定性が一定確保されており、日本から英国への投資を促す制度設計が進められている(注8)。

また、政府は英国のクリーンエネルギー産業には大きな成長機会があると述べ、投資をしやすくするためのインフラ強化、コスト抑制、規制簡素化を打ち出している。長期参入を後押しする枠組みが整備されつつある(注9)。

特に洋上風力、水素、CCUSといった分野で進出案件が相次いでいる。洋上風力分野では、 JERAは2025年8月、英国のBPと共同で洋上風力発電ジョイントベンチャー「JERA Nex bp」を設立した(注10)。ドイツのEnBWと共同開発するイングランド北西部のモーガン洋上風力発電所の事業化を進めている(注11)。水素分野では、 伊藤忠商事は2025年1月、英国ロンドンに本社を置く水素スタートアップ「プロティウム」への出資を発表(注12)。住友商事も洋上風力発電、水素、二酸化炭素回収・貯留(CCS)への投資を進めており、2025年7月には英国政府と投資覚書を締結した(注13)。このように、英国のクリーンエネルギー産業における日英間での協力関係は深化している。2025年9月には日英産業戦略パートナーシップ(注14)に基づく協力の一環として取り組む活動が発表され、クリーンエネルギー分野での協力強化(注15)も含まれている(2025年10月2日付ビジネス短信参照)。

建設コストの高騰という逆風の中でも、産業界は政府の支援策を活用しながら新たな成長段階へと移行しつつある。英国市場では脱炭素に向けたイノベーションと投資機会が拡大しており、日本企業もその潮流の中で存在感を強めている。


注1:
英国政府 “The UK’s Modern Industrial StrategyPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(15.6MB)” (2025年6月23日発表)
注2:
英国インフラ投資銀行(UKIB)や英国ビジネス銀行(BBB)を傘下に収めた政策投資ファンド。
注3:
エネルギー安全保障・ネットゼロ相が所有する公営企業。独立した運営体制の下、長期的に独立採算制の組織を目指し、収益を新しいプロジェクトに再投資する。
注4:
発電事業者の再エネへの投資リスクを減らすため、対象となる電源の固定価格(ストライクプライス)と市場価格の間の変動する差額を政府が補填(ほてん)する制度。
注5:
CfDの第7回オークションで導入される、洋上風力関連のサプライチェーンに投資する企業向けの追加支援。
注6:
対象をアルミニウム、セメント、肥料、水素、鉄鋼の5分野に定め、EUと異なり電力は対象としない。
注7:
オーステッドプレスリリース(2025年5月7日付)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注8:
ジェトロ「日英EPA解説書:日英EPAの特恵関税の活用について」(2021年3月改定)PDFファイル(9.2MB)
注9:
英国政府 “Clean Energy Industries Sector PlanPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(9.5MB)
注10:
JERAプレスリリース(2025年8月4日付)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注11:
EnBW bpプレスリリース(2025年8月29日付)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注12:
伊藤忠商事プレスリリース(2025年1月10日付)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注13:
住友商事プレスリリース(2025年7月10日付)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注14:
日英産業戦略パートナーシップは2025年3月に行われた第2回日英戦略経済貿易政策対話で発表された。
注15:
洋上風力発電や原子力などの分野を通じ、排出削減、エネルギー安全保障、経済成長に資する協力の強化に取り組む。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
バリオ 純枝(ばりお すみえ)
2025年4月からジェトロ・ロンドン事務所勤務。