競争力重視にシフトする欧州欧州の競争力強化の動き(EU、ドイツ、フランス、イタリア、英国)

2026年5月7日

ジェトロは2026年2月26日、現地発ウェビナー「競争力強化にシフトする欧州 ―EUの方針転換と各国での取り組み」を開催した。

欧州はサステナビリティー関連の規制や規則などを先駆けてつくり、世界のルールメーカーとなり、市場を形成してきたが、規制対応に伴う企業負担の増加により競争力低下を招き、方向転換を迫られている。ウェビナーでは、地域・分析レポート特集「競争力重視にシフトする欧州」をベースに、EU、ドイツ、フランス、イタリア、英国の調査担当者が、気候変動対策をはじめとしたサステナビリティーへの取り組みと、競争力強化の両立を模索する各国政府や企業の最新の動向を解説した。また最後に欧州企業との協業を図る企業に向けた実務的な内容として、欧州全域のイノベーション事業担当者より、EUの研究開発支援枠組み「ホライズン・ヨーロッパ」を紹介した。本ウェビナーの概要を報告する。

EUと日本、クリーンテックをともに主導するチャンス

ブリュッセル事務所の薮中愛子次長は、EUの競争力強化と脱炭素化の両立の動きを解説した。第2期フォン・デア・ライエン体制は、2050年までの気候中立達成という法的拘束力のある目標を維持し脱炭素を目指す方向性は変わらないものの、競争力強化との両立にシフトしている。中核をなす政策が2025年2月に発表されたクリーン産業ディール(CID)だ。欧州の成長のための産業エコシステムを構築する6本柱で、うち「クリーン市場の創出」の需要策として注目を集めるのが産業加速法案(Industrial Accelerator Act、IAA)だ。低炭素製品の需要喚起策として、EUのGDPの約15%を占める公共調達や財政支援の要件に「域内産(Made in EU)」「低炭素」を含めることを提案したもの。「域内産」推進派のフランスとグローバルサプライチェーンを有し慎重派のドイツなど、加盟国の合意に時間を要し発表時期が複数回延期され、ウェビナーの翌週3月4日に法案が発表予定と紹介(同日欧州委員会が法案にて提案した「域内産」「低炭素」の要件や対象は、2026年3月13日付ビジネス短信を参照)。EUと日本は、対米関係の予見性低下や、対中関係におけるデリスキングなど、地政学環境の変化の中、かつてないほど距離が近づいていると解説。価格以外の基準を重視した制度設計や日本が主導する環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)の経済圏の成長市場とともに、ルールに基づくクリーン技術の普及を進める上で、EUと日本は戦略的なパートナーとなりえ、日本企業にとって重要なビジネス機会が生まれつつあると説明した。

ドイツ新政権、2025年の設計と資金確保を基に、2026年は運用・実装の年に

ベルリン事務所の中山裕貴調査担当ダイレクターは、2025年5月に発足したドイツ新政権の競争力強化に向けた取り組みを解説。ドイツは欧州主要国の中で産業構造上の製造業依存の大きさが際立っており、ものづくり大国の特徴である一方、産業転換の遅れでもあり弱みになっている。GDP成長率が2023-2024年は2年連続のマイナス成長、2025年はわずかなプラス成長と、経済成長が喫緊の課題となっており、これが2025年の政権交代につながった。経済を立て直すことを最優先にキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)による大連立は比較的短期間でまとまり、成長回復・投資促進・行政迅速化を軸に競争力の再強化へかじを切った。官僚主義の削減やエネルギー政策の水素偏重から技術中立への転換、従来の緊縮財政から防衛費やインフラなど必要な投資の前倒し、税法改正による企業による投資促進などが特徴として挙げられる。2026年1月には「気候中立」「デジタル化」「産業競争力」の同時達成を強調する新政権の方向性を示す年次経済報告書が発表され、「官僚機構の縮小」「インフラ」「イノベーション/スタートアップ」「エネルギー」「労働供給」「対外経済・EU統合」の6つの重点改革分野が示された。2025年に提示された改革設計や資金確保を基に、2026年は具体的な戦略を実施していく年になると期待されると締めくくった。

循環型経済社会実現を通じファッション産業の競争力強化に取り組むフランス

パリ事務所の坂本紀代美次長は、競争力強化をベースに循環型経済社会の実現に取り組むフランスについて、法整備と市中での取り組み状況を紹介した。フランスでは製品の廃棄やリサイクルなど使用後の段階まで生産者に責任を課す「拡大生産者責任」を1990年代から導入し、容器包装分野、電気・電子機器、衣類・家庭用繊維製品・靴など、順次対象を拡大してきた。2020年には循環経済法を施行し、消費者への情報提供の義務付けなどさまざまな施策を通じて大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会からの脱却を目指している。2025年秋には環境負荷を表示する「エコスコア」の衣類への任意貼付が開始された。一方で課題として、リサイクルや国内リユース率は低く、政府として目指す目標は高いが社会が追い付いていない状況を紹介した。また国内産業の競争力強化が循環型経済の施策にも表れていると解説。フランスの競争力の源泉であるファッション・衣類産業の保護や競争力強化のため、EU域外からの安価な衣類品流入を防ぐ「ウルトラファストファッション規制法」が現在上・下院の同数委員会で調整中であることや、前述の「エコスコア」において遠方で製造された製品は環境負荷が高く認定されることでフランス産製品の訴求力を高める取り組みなどを紹介した。

再エネの導入加速にともないBESS市場規模も拡大するイタリア

ミラノ事務所の平川容子リサーチャーは、イタリアのエネルギー貯蔵技術での競争力強化の取り組みを紹介した。ロシアによるウクライナ侵略以降、イタリアは再生可能エネルギー(再エネ)の導入を加速しており、蓄電システム導入の重要性が増している。政府は2030年時点で必要とされる蓄電容量を約122ギガワット(GW)、2050年には200GWにまで増加すると見込み、特に南部地域および島しょ部を中心に大規模な蓄電設備の設置を進める方針だ。2025年の欧州のバッテリーエネルギー貯蔵システム(BESS)の市場規模は過去最大を更新、イタリアは欧州の中でドイツに次ぐ第2位となり(出所:ソーラーパワー・ヨーロッパ)、政府の高い再エネ目標と、支援制度の評価がその要因となっている。またイタリアにおけるデータセンターの建設ラッシュも、BESSへの投資を加速させている。政府は支援策として、2つの容量市場制度の整備を行い、BESS導入を促進。既に運用中のキャパシティ・マーケットは、電力供給力の確保を目的とし、発電設備や蓄電設備が対象。2025年に初回入札が実施されたMACSE(電力貯蔵容量調達メカニズム)は、電力供給の柔軟性確保を目的としており、対象は大型蓄電システムだ。そのほか、蓄電設備を含めた設備投資への税額控除の制度など、BESS導入を後押しする制度を紹介した。

クリーンエネルギー産業による競争力強化を図る英国

ロンドン事務所の森詩織リサーチダイレクターは、クリーンエネルギー産業により競争力の強化を図る英国の取り組みを紹介。エネルギー価格対応や新産業育成の観点から、クリーンエネルギー産業の推進は与野党問わず多くの議員が支持しており、争点はいかに経済的に推進するかだ。「クリーンパワー2030アクションプラン」では、2030年までに発電量の95%をクリーンエネルギーとする道筋を示しており、特に陸上・洋上風力、原子力、水素、二酸化炭素(CO2)回収・有効利用・貯留(CCUS)に重点的に予算を投じている。政府は現実路線への調整を進めながらクリーンエネルギー産業戦略を加速している。例として、洋上風力について部材高騰などを受け2023年の入札は応札者が0件だったところ、予算の増額や契約期間延長により2026年の入札では過去最高の発電量を確保。水素についてはグリーン水素・ブルー水素の両方を推進。電力系統接続の遅延については、系統接続ルールの見直しにより、プロジェクトの準備状況や必要性に応じて優先的に接続するなどの対処を開始している。またEUとの電力市場統合についても協議を進めている。続いて重工業集積地を中心に進む水素・CCUSプロジェクトについて、実際に訪問した日系企業から、英国は日本以上に産官学の連携が進んでいるというコメントも紹介した。欧州とひとくくりに見るのではなく、英国独自の動きをフォローする必要性を伝えた。

最後にロンドン事務所の蒲田亮平次長より、EUの研究開発支援枠組み「ホライズン・ヨーロッパ」への日本の準加盟が2025年末に合意したことを受け、同枠組みの概要および日本企業の関与について説明があった。

質疑応答:トランプ政権による政策転換の各国への影響

質疑応答では、米国トランプ政権によるパリ協定からの離脱や追加関税などの政策転換が各国に与える影響について質問が挙がった。EUとしては米国の政策に関わらず、脱炭素化を進めクリーンテックをリードしていく方針だ。再エネの拡大は、エネルギー安全保障の観点でも重要で、輸入に依存する化石燃料を減らし、エネルギーの域内生産につながる。ドイツでは米国依存からの脱却・転換を急いでいることが明らかで、データセンターやギガファクトリーの国内誘致の動きなどが例として挙げられる。またドイツは製造業と輸出が稼ぎ頭であるためFTAに積極的で、EUとインドやメルコスールとのFTA締結に向けた動きはその表れだ。フランスは、国内産業の競争力強化としてMade in Franceを強固にしていく方向性は変わらない。2026年度予算でEU域外からの少額輸入貨物税導入が決定し、3月1日から150ユーロ未満の少額輸入貨物の商品1品目ごとに2ユーロの税が、輸入付加価値税(VAT)の納税義務者に課される。これはEU域内で製造したものが価格的にも競争力を持つための施策だ。イタリアでは2025年の対米輸出は増加しており、全体としては「関税の影響を受けていない」という見方。EVのインセンティブを欧州産車に限定すべきなどの保護主義的な議論が出ているが、対米関税対策というよりむしろ中国車に対して競争力を強化することなどEUの枠組みが主眼となっている。英国では主に2つの影響が挙げられ、1点目は通商戦略において経済安全保障への対応が初めて打ち出されたこと。ただしEUと比べるとマイルドな内容であり、英国は製造業において自国で製造できるものがそれほど多くないことが要因との見方。2点目はEU、インド、中国、日本など、米国以外との通商関係を意識的に多角化していることが挙げられる。

執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課 課長代理
牧野 彩(まきの あや)
2011年、ジェトロ入構。企画部情報システム課、ジェトロ福島、ジェトロ・ロンドン事務所を経て、2022年5月から現職。