特集:高度人材の宝庫ロシア:魅力と課題技術系人材の輩出で、質量ともに世界トップレベル(ロシア)
高度人材供給の実情は

2020年12月4日

エンジニアの輩出数が世界トップレベルのロシアは、日本企業にとって技術系高度人材の供給源になる大きな可能性を秘めている。一方、「頭脳流出」にならないよう、単なる優秀な人材の引き抜きではなく、日ロ双方がウィンウィンとなるスキームの構築が不可欠だ。本稿では、ロシアにおける技術系人材の供給状況や育成制度、課題について解説する。

エンジニア・製造・建設分野の人材輩出数は世界トップクラス

ロシアにおける技術系人材の供給状況について説明したい。その質と層の厚さは世界でも指折りだ。世界経済フォーラムが2015年に公表した「ヒューマン・キャピタル・レポート」によると、ロシアのエンジニア・製造・建設分野の卒業生輩出者数(年間)は45万4,436人。世界最大規模の水準であることがわかる(表1参照)。

表1:エンジニア・製造・建設分野の卒業生輩出者数​(2015年)(単位:人)
順位 国名 人数
1 ロシア 454,436​
2 米国 237,826​
3 イラン 233,695​
4 日本 168,214​
5 韓国 147,858​
6 インドネシア 140,169​
7 ウクライナ 130,391​
8 メキシコ 113,944​
9 フランス 104,746​
10 ベトナム 100,390​

出所:世界経済フォーラム「ヒューマン・キャピタル・レポート2015」からジェトロ作成

特にIT分野で質の高さが評価されている。世界110カ国・地域の大学約3,200校が参加する国際的なプログラミングコンテスト「ICPC」の優勝校は、過去5年間いずれもロシアだ。ロシアは、上位入賞の常連となっている(表2参照)。

表2:国際大学対抗プログラミングコンテスト(ICPC)上位3位入賞大学
順位 2019年 2018年 2017年 2016年 2015年
1 モスクワ国立大学(ロシア) モスクワ国立大学(ロシア) サンクトペテルブルク国立IT機械光学研究大学(ロシア) サンクトペテルブルク国立大学(ロシア) サンクトペテルブルク国立IT機械光学研究大学(ロシア)
2 マサチューセッツ工科大学(米国) モスクワ物理工科大学(ロシア) ワルシャワ大学(ポーランド) 上海交通大学(中国) モスクワ国立大学(ロシア)
3 東京大学(日本) 北京大学(中国) ソウル大学校(韓国) ハーバード大学(米国) 東京大学(日本)
4 ワルシャワ大学(ポーランド) 東京大学(日本) サンクトペテルブルク国立大学(ロシア) モスクワ物理工科大学(ロシア) 清華大学(中国)
5 台湾大学(台湾) ソウル大学校(韓国) モスクワ物理工科大学(ロシア) ワルシャワ大学(ポーランド) 北京大学(中国)

出所:ICPCウェブサイトからジェトロ作成

このようなロシア人の素養の高さの源泉は何か。理数系科目を重視するロシアの基礎教育にその理由を求める見方が多い(2020年3月17日付地域・分析レポート参照)。

大学教育は実学重視

高度人材を養成する高等教育機関の姿勢はどうか。ロシアではソ連時代から大学が産業界の要請に応じた実学教育に基づく人材育成に熱心で、企業との連携に意欲的だ。こういった姿勢は、日本企業にとっても質の高い高度人材発掘への道を確保するものだ。ソ連時代はエンジニア需要が旺盛で、大学は産業界(国営企業)との結びつきを強めた。企業は大学に対して教育施設の提供や特定分野の研究、学生の研修機会の提供などを行うことで、現場の需要に応じた人材育成を働きかけ、大学もそれに応えていた。

もっとも近年は、実学重視の姿勢が弱まったとも言われる。それにしても、企業との結びつきはいまだに強い。例えば、モスクワ国立工科大学航空宇宙学部(1985年に軍事産業企業によって設立)は、今でも学生の教育実践の場として企業との関係は強固だ。有望な学生は企業にスカウトされるなど、人材発掘の場にもなっている。近年は、日系企業とも連携するロシアの大学が相次いでいる(2019年7月26日2019年9月18日付ビジネス短信参照)。

大学の世界ランキング向上とデジタル人材育成に注力

高度人材育成に関するロシア政府の政策はどうか。日本企業が注視すべきポイントは2点ある。1つ目は、世界大学ランキングでのロシアの大学の評価向上政策だ。ロシア政府は著名な世界大学ランキングの上位100位以内にロシアの大学を5校ランクインさせることを目標としたプログラム「プロジェクト5-100」を2012年に始動。近年その成果が表れ始めている。英国の大学評価機関クアクラレリ・シモンズ(QS)が6月に発表した最新の世界ランキングで、ロシアの大学が軒並み順位を上げている(2020年6月16日付ビジネス短信参照)。ビジネス誌「フォーブス」によるロシアの大学ランキング(卒業生の活躍に対する現地実業界からの評価に基づくもの、2020年6月29日付ビジネス短信参照)では、QSランキングに掲載されている大学と同じ大学が上位にランクインしている。国際的な順位が高い大学は、現地実業界からの評価も高いことになる。

2つ目は、デジタル人材の育成だ。ロシア政府はデジタル分野の人材不足を課題の1つと認識。2017年7月に発表した「デジタル経済発展プログラム」で、ロシアで活躍するデジタル人材育成を旗印の1つに掲げていた(2019年6月19日付地域・分析レポート参照)。なお、オリョール国立大学は、ロシアが先進国並みのデジタル水準に到達するためには年間18万6,000人のデジタル人材輩出が必要とする一方、実情はわずか6万人にすぎないと試算した。その上で、このギャップを埋めるためには教育プログラムの構築・実施が不可欠と指摘している。

課題は高度人材のための就労環境整備

ロシアの高度人材育成における課題は何か。最大の課題は育成した高度人材の海外流出を防ぐための国内残留を促す就労環境整備だ。日本企業がロシア人高度人材を活用する際にもこのポイントを踏まえる必要がある。スイスのビジネススクールIMD世界競争力センターは2019年11月、63カ国を対象とした高度人材の就労に関する世界ランキングを発表した。「高度人材にとっての魅力度」「高度人材の供給可能性」「高度人材の開拓への投資」の3つの観点から順位付けしたもので(表3参照)、ロシアは47位と低位に位置づけられている。特に「生活の質」(60位)、「マネジメント層の報酬」(55位)といった生活に直結する事項の評価が低い。高度人材が能力を発揮できるかどうかの指標「頭脳流出(対策)」(57位)でも、ワーストクラスの評価だ。

表3:世界人材ランキング(総合評価)(2019年)
順位 国名
1 スイス
2 デンマーク
3 スウェーデン
4 オーストリア
5 ルクセンブルク
6 ノルウェー
7 アイスランド
8 フィンランド
9 オランダ
10 シンガポール
35 日本
47 ロシア
59 インド

出所:IMD世界競争力センター発表からジェトロ作成

こうした環境は、ロシア人高度人材の海外移住を暗に促していると言えよう。大統領府付属ロシア国民経済・行政アカデミーの発表(2018年)によると、先進国へ移住するロシア人は年々拡大してきた。現在では年間10万人に上り、その40%が高等教育の学歴を有するという。同アカデミーは2014年以降の経済危機に端を発するロシアでの労働市場の悪化や、キャリア開発環境の悪化に起因するものと分析している。「頭脳流出」はロシア政府にとって頭の痛い問題で、プーチン大統領も言及するほどだ。

表4:世界人材ランキング(理数系人材の割合)(2019年)
順位 国名
1 ドイツ​
2 シンガポール​
3 台湾​
4 インド​
5 香港特別自治区​
6 マレーシア​
7 ロシア​
42 日本

出所:IMD世界競争力センター発表からジェトロ作成

興味深い点としては、「多くの技術系高度人材を輩出している」かつ「勤務地としての魅力は低い」点が、ITを中心に高度人材の供給国として注目集まるインドと共通することだ。先述の世界人材ランキングで、インドは59位にとどまる。ロシア(47位)と同様に下位に甘んじている。一方、理数系人材の割合ではインドは4位で、ロシア(7位)並みに高くランクインする(表4参照)。日本の大手IT企業がインド人エンジニアを採用するニュースがたびたび報じられ、海外からのIT受託開発を行うインド企業が多数日本に進出している。このように、日本でもインドIT人材の魅力が広く理解されるようになってきた。となると、「近い状況」にあるロシアについても同様の方向に発展していく可能性を秘めるだろう。

ただし、留意すべき点もある。「日印デジタル・パートナーシップ」の枠組みに見られるように、インド政府は自国のデジタル高度人材の海外就労を推奨している。しかしロシア政府は、デジタル人材をむしろ国内供給に振り向けたい考えだ。

少子高齢化が進展する中、優秀な外国人高度人材の獲得が急務となっている日本企業。日ロ双方がウィンウィンのかたちとなるようなスキームの構築が不可欠だ。例えば、採用したロシア人高度人材を一定期間、日本で就労させ、その後ロシアに派遣して日系企業の事業拡大に従事させるといった工夫が求められるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・サンクトペテルブルク事務所長
一瀬 友太(いちのせ ゆうた)
2008年、ジェトロ入構。ジェトロ熊本(2010~2013年)、展示事業部アスタナ博覧会チーム(2015~2018年)などを経て2018年4月より現職。

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