特集:高度人材の宝庫ロシア:魅力と課題なぜ今、ロシア人高度人材なのか
日本にとっての魅力と必要性

2020年12月4日

労働人口減少への対応が喫緊の課題となっている日本。その日本にとって、ロシアは良質な人材供給源の1つとなりうる。ロシアは、IT分野を含むエンジニアの輩出数が、実は世界有数だ。それだけでなく、能力面、性格面ともに日本企業にとって申し分のない高度人材の宝庫だからだ。

実際に、日本国内でのロシア人高度人材雇用数は着実に増加している。なぜ今、ロシア人高度人材なのか、その魅力と課題を解説する。

有望な人材供給国であるロシア

ロシアは、日本にとって有望な人材供給国の1つだ。

まず、定量的な面から見てきたい。日本では労働人口減少が叫ばれて久しい。特に不足が懸念されているのが、ITエンジニアだ。経済産業省が2019年4月に発表した「IT人材需給に関する調査」では、日本におけるITエンジニア人材不足数を2018年時点で22万人、2030年には45万人と算定した。

日本国内のIT人材不足を受け、ここ数年、「情報通信業」に携わる外国人労働者数が急激に増加してきた。現時点では、中国、韓国、ベトナム、米国の国籍者が多い。しかし、日本の総合人材サービス大手ヒューマンリソシアの調査によると、ロシアで情報通信技術分野を専攻しているITエンジニアの卒業者数は9万3,000人に及ぶ。これは世界第3位の規模に当たる。日本企業で働く外国人高度人材が一般的に取得している在留資格「技術・人文知識・国際業務」を有するロシア人は1,212人(2019年12月時点)にすぎない。しかし、高い水準の理数系教育を基盤に世界有数のITエンジニアを輩出するロシアには今後、まだまだ伸びしろがありそうだ。

IT人材だけではない。質の高い日本語学習者の獲得を期待できる国でもある。国際交流基金が毎年発表する「海外日本語教育機関調査」によると、2018年のロシアの高等教育機関で日本語を学習する者は3,497人。これは、ベトナムや中国といったアジア諸国、米国や英国、ドイツなどの欧米諸国と比較すると少なく見える(表参照)。しかし、日本語運用能力を有する高度人材をロシアで獲得できる余地は意外に大きい。「ロシアでは日本語人材の求人が現状少なく、日本語を使った仕事への就業を望む学習者のニーズを満たすことができていない」(国際交流基金)ためだ。実際、大和リゾートは日本語学習者が多い国の1つとしてロシアを位置付ける。そのため、2016年から4年連続してロシアで採用活動を実施。日本語のできる高度人材を日本国内のホテルで活用している(本特集記事「ロシアを含む外国での採用活動に注力」参照)。


表:国・地域別高等教育機関での日本語学習者数
順位 国名 日本語
学習者数(人)
1 中国 575,455
2 台湾 70,433
3 米国 68,237
4 韓国 39,774
5 ベトナム 31,271
6 インドネシア 28,799
7 タイ 20,506
8 マレーシア 14,720
9 フィリピン 13,508
10 フランス 12,321
11 オーストラリア 11,353
12 カナダ 9,774
13 英国 7,678
14 インド 7,553
15 ドイツ 7,043
16 香港 5,694
17 イタリア 5,639
18 シンガポール 4,056
19 ロシア 3,497
20 メキシコ 3,307

出所:国際交流基金「2018年度海外日本語教育機関調査」

人材獲得の容易さもある。日本企業の多くが注目する東南アジア諸国では、年々賃金が上昇。離職率も高く、人材争奪戦の様相を呈している。ジェトロの調査によると、2019年時点の非製造業スタッフ(一般職)の平均月額賃金はクアラルンプールで890ドル、バンコク789ドルだった。ウラジオストク(644ドル)をかなり上回っているのだ。ロシアは、首都モスクワや第2の都市サンクトペテルブルクを除き、賃金水準はそれほど高くない。有効求人倍率も逼迫している状況ではない。ヒューマンリソシアは、大都市部と比較して人件費の安いカザンやアストラハンといったロシア地方部の大学と提携して、IT人材に日本語教育を施した上で自社採用し、日本での技術者派遣に活用している。ロシアでは、新型コロナ禍によって失業率が上昇し、新卒学生の就職難が発生している(本特集記事「日ロ人材交流拡大を契機に高度人材との接触機会が増加」参照)。ただ、これは今に始まった問題ではない。それ以前から、経済成長が低調で、雇用情勢も軟調だった。とすると、成長著しい東南アジア諸国との対比で、優秀な人材の獲得が比較的容易な国の1つともいえそうだ。

日本人との親和性が高い性格面も魅力

定性的な面はどうか。

まずは、能力の高さだ。ロシアの基礎教育はOECDの「世界学力ランキング」(2019年版)で、英国やオーストリアと同等の順位に位置する。西欧諸国に引けを取らないのだ。とくにIT人材のレベルは折り紙付きといえる。世界110カ国・地域の大学約3,200校が参加する国際的なプログラミングコンテスト「ICPC」で、過去5年間の優勝校はいずれもロシアだった。そうでなくても、上位入賞の常連となっている。世界の大手企業は、優秀なロシアのITエンジニアに目を付け、獲得に奔走し、自社の研究開発事業に活用している。米国のインテルは、ニジュニ・ノブゴロドに研究開発拠点を設置。約1,000人の専門家が、人工知能(AI)、コンピュータビジョン、自動運転技術、高性能計算分野のプロジェクトに従事しているという。中国のファーウェイも、モスクワ、サンクトペテルブルク、ニジュニ・ノブゴロド、ノボシビルスクなどに研究開発拠点を設置、合計1,500人のスタッフを有していると報じられる(2020年8月25日付地域・分析レポート参照)。日本では、福岡のIT企業がロシア人エンジニアを採用して自社のシステム開発に当たらせている。このほか、札幌のIT企業がノボシビルスクのパートナーに開発を委託する事例もある。

IT以外に日本企業が求めるスキルとしては、日本語能力がある。これについて国際交流基金は、ロシアの高等教育機関での学習者について「おおむね高い日本語運用能力を有する。自らの意志で日本語を学んでいる人が多く、学習意欲の高さが非常に特徴的」と評した。あわせて、意欲のある人間に質の高い教育が施されている、とも指摘した。難関の日本語能力試験(JLPT)N1(1級)に、大学在学中に合格してしまう猛者までいる。

2つ目は、日本人の性格や日本の企業文化との親和性が高いことだ。日本では、ロシア人は怠け者と評されがちなのかもしれない。しかし、実際に雇用する関係者からは、非常に真面目で勤勉、向学心が高いと評価する声を多数耳にする。欧米人に比べ自己主張が強くないこと、親日的で知的水準が高いことや異文化理解への意欲が旺盛な点など、日本社会に受け入れられやすい要素も兼ね備えている。

日ロ大学間交流拡大も後押し

外的な環境も整いつつある。安倍晋三前首相は2016年5月、プーチン大統領に「8項目の協力プラン」を提案した。その実現に資する人材育成に向け、北海道大学と新潟大学を幹事校として「日露経済協力・人的交流に資する人材育成プラットフォーム(HaRP)」が立ち上げられた。HaRP事業は、産官学連携の強化に注力。日ロ両国の企業で日ロ双方の学生が参加するインターンシップ事業が行われている。本事業と並行して、「日ロ大学協会」(注)も設立された。これらの結果として、日ロ大学間交流が活発化。ロシア人学生の日本への渡航数が増加している(2020年2月13日付ビジネス短信参照)。


HaRP主催の第2回日露産官学連携実務者会議の様子(2020年1月31日開催)(ジェトロ撮影)

加えて、文部科学省の「日本留学海外拠点連携推進事業外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」により、2018年10月以降、モスクワ、クラスノヤルスク、ハバロフスク、ユジノサハリンスクで日本への留学フェアを実施。将来、日本で高度人材として働く可能性のある人材の獲得・誘致が進められている。このほか、2016年12月には、ロシア国籍者に対する査証発給簡素化も措置された。これらはいずれも、ロシア人材の日本渡航増加を後押しするものだ。

増加が続く在留ロシア人高度人材

このような環境の中、実際に日本で就労するロシア人高度人材が増加している。すでに述べたとおり、ロシア人の高度人材は1,212人(2019年12月時点)。在留外国人高度人材総数(約27万人)のわずか0.4%に過ぎない。しかし近年は、在留ロシア人留学生数の増加もあり、着実に拡大してきた。

また、就業職種が多様化してきたことが注目される。これまでは、語学力を生かした貿易や翻訳・通訳業務に従事するケースが一般的だった。これに対し最近では、ロシアと直接関連しない日本国内向けの事業分野での活用がみられる。日本人の採用難に苦しむホテルやITなどがその一例だ。就労場所も首都圏だけでなく、北海道をはじめとする地方の企業、特に中小企業に広がっている(本特集記事「着実な増加と活用の多様化が進む在留ロシア高度人材」参照)。

課題は日本における認知の低さとイメージ

課題は何か。最大の問題は、認知度の低さとマスメディアがつくり上げたロシアのイメージに引きずられることだ。ソ連時代には、人的交流がほぼ遮断されていた。このこともあり、2019年12月末時点で、日本での在留ロシア人数は9,378人と、在留外国人総数(293万人)の中で圧倒的に少ない。日本人は、ロシア人と日常で接する機会がほとんどないため、日本のニュースで報じられるような「こわもて」「冷酷」「愛想がない」といったイメージが浸透。「とっつきにくい」印象を与えていると思われる。このような印象だけで、国籍を条件とせず外国人を採用したい日本企業の選択肢からロシアが漏れてしまう。実際に、ジェトロの「高度外国人材活躍推進ポータル」で高度人材の採用に関心を寄せる企業152社(2020年11月1日時点)のうち、ロシア人を選択対象に含めている企業はわずか6社だ。

ただし、このような課題は未来永劫(えいごう)続くものではない。今後、日本へ渡航するロシア人や日本に在住するロシア人が増加すれば、実態に即したロシア人のイメージが形成され、ロシア人の存在に関する認知も広がっていくだろう。ロシア人を実際に雇用した企業からは、イメージが180度変わったとの意見が数多く聞かれる。実は、「明るく、陽気で、おしゃべり」なのだという。

隣国でありながら、日本人にとって心理的に遠いロシア。両国ともに1億人以上の人口を抱えながら、第2次世界大戦後のシベリア抑留や北方領土問題、冷戦などに起因し、人の往来が制限・抑制されていた。これを現在まで引きずってきたのだ。人の往来が少ないことにより、マスメディアによって形成されたイメージが日本人の中で色濃く残り、それによって日本企業のロシア・ビジネスが左右される状況が続いている。状況の是正・緩和には、人の交流拡大が欠かせない。

日本企業におけるロシア人高度人材の活用は、能力と親和性の高さから自社のビジネスにメリットをもたらすだろう。一つ一つの実績が日ロ経済交流の強化にも資する。魅力あふれるロシア人材に目を向けてはどうだろうか。


注:
2016年12月に設立された日ロの大学による組織。日本とロシアの大学間交流の推進や学生交流の拡大などを目的とする。2019年10月現在で、日ロ54大学が加盟。
執筆者紹介
海外調査部欧州ロシアCIS課 課長代理
齋藤 寛(さいとう ひろし)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸、ジェトロ・モスクワ事務所を経て、2019年2月から現職。編著「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。

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