特集:高度人材の宝庫ロシア:魅力と課題日ロの社会通念の相互理解促進にやりがい
ロシア高度人材が語る組織文化の差異

2021年8月6日

北海道大学では、「日露経済協力・人的交流に資する人材プラットフォーム」(HaRP事業)(注1)の枠組みで、日本とロシア間の大学交流と産官学連携の推進を図っている。この事業の産学官連携コーディネーターを務めているロマーエヴァ・マリーナ氏は日ロ両方の組織で働いた経験を生かし、両国大学間の交流円滑化に取り組んでいる。同氏に日本とロシアの組織文化の違いや、ロシア人が日本の組織で働く際に戸惑う点などについて聞いた(2021年1月20日)。


北海道大学国際部国際連携課産学官連携コーディネーターのロマーエヴァ氏(北海道大学提供)
質問:
自己紹介と来日までの経緯を教えてほしい。
答え:
2018年9月から北海道大学に勤務。HaRP事業を担当している。
出身はシベリアのクラスノヤルスク地方。両親の仕事が地下鉱物資源の調査だったため、小さい頃は同地方内のボールという村や北部の都市ノリリスクなどを転々と移り住んだ。高校を卒業し、クラスノヤルスク国立大学(現・シベリア連邦大学)現代外国語学部日英学科に入学。入学後、学業の傍ら、ボランティアでスポーツや文化行事の際に通訳を務めた。
人生の転機となったのは、愛知県立大学の加藤史朗教授との出会いだ。加藤教授がシベリア抑留者を慰霊する愛知県墓参団の一員としてクラスノヤルスクを訪れた時に、私は通訳者として墓参団に随行。その際、加藤教授に日本に留学する手段がないか尋ねてみた。当時クラスノヤルスク国立大学には日本との協定校がなかったためだ。私が日本留学に対する思いを加藤教授に伝えたところ、加藤教授は留学生としての受け入れを快諾。留学に必要な手続きについて全面的に支援いただいた。
2001年に愛知県立大学に短期留学した。期間はわずか3カ月間。しかし、日本の大学院に留学するために理解・習得しておくべき事項や、大学院での専攻について深く考える良い機会となった。ロシアの大学の外国語学部は言語学の専門家育成に重点が置かれている。すなわち、狭い分野を深く勉強するのが特徴だ。しかし、日本では言語学だけでなく、国際関係学も学ぶ点が印象的だった。短期留学中に国際関係論の授業を聴講した際、その面白さに感銘を受けた。世界から見たロシアや冷戦の位置づけについて、ロシアにいた時には全く分からなかった。日本に来てその意味を理解できたことが大きかった。それまで自分が常識と思っていたことが覆された。
短期留学から戻って学部を卒業した後、愛知県立大学大学院に進学した。研究テーマは北極圏。当初はソ連の北極圏に対する主権主張理論に関心があった。そこから、徐々にソ連による北極圏実効支配に向けた開発政策にフォーカスを移した。その後、研究対象範囲を北太平洋まで拡大。資源管理や漁業問題での日本との衝突・対話、和解に向けたアプローチ、非国家アクター(行為主体)による地域開発・地域協力問題の研究に取り組んだ。
大学院を出た後、家庭の都合でクラスノヤルスクに戻った。クラスノヤルスクでは、シベリア連邦大学付属の日本センターで代表を務めたほか、自身で起業した会社を通じて、日本語教育や日本からの代表団受け入れ、通訳ガイド、公開講座の開催、ビジネスマッチングなど日本センターの業務を支援した(注2)。
しかし、ソ連時代に閉鎖都市だったクラスノヤルスクには日本に関係する案件が少ない。より大きな規模の日ロ連携プロジェクトに携わりたいという思いを次第に強く抱き、日本での就労可能性を探るようになった。
そのような中、科学技術振興機構(JST)のウェブサイトで、現在の仕事の求人を見つけて応募した。メールでの応募やオンライン面接が可能という点が決め手となった。
質問:
日本に興味を持ったきっかけは。
答え:
きっかけとなったのは、高校時代のサマースクールの先生。日本渡航経験のある生物物理学の研究者で、日本の話をしてくれたほか、ローマ字で日本語を教えてもらった際に面白いと思った。
日本人との初めての接触は、フリースタイルレスリングの日本選手団だった。選手団がクラスノヤルスクに来訪した際に、ボランティア通訳として随行した。日常生活の支援やインタビュー対応など、広報・PR面でのサポートに携わった。
質問:
現在の仕事内容は。
答え:
HaRP事業の各種プログラムの企画・運営、イベントの開催、広報・情報発信、報告書の作成、ロシアの大学や企業、行政機関(ロシア外務省、在日ロシア大使館、ロシアの地方自治体など)や日本企業・行政機関とのやり取り、日ロ交流支援などに従事している。

ノリリスクでの2019年11月の会議に参加したHaRP関係者(北海道大学提供)
質問:
業務を進める上で苦労することは。
答え:
日本とロシアで、仕事のスピード感が異なる点だ。ロシアでは、きのう企画して、きょう稟議(りんぎ)書を作成し、あす実施するというのが当たり前に行われている。ロシアの大学から突然、日本の大学と交流したいというリクエストが寄せられた際、私から日本の大学に連絡しても回答を得るのに時間を要することが悩みだ。旧ソ連諸国では、おおむね日本に対する評価は高い。しかし、やり取りに時間がかかりすぎるというイメージが浸透している。ロシア人である私が日本の組織で働く意味は、こういった日ロの文化・社会通念の違いを双方に説明して、日ロ連携の円滑化を図ることにあると考えている。
質問:
日本とロシアの組織文化の違いは。
答え:
私は、従業員の裁量や責任の大きさ、意思決定スピード、仕事の主体などの面で多く違いがあると感じている(具体的には表参照)。日本での就労に関心を持っているロシア人に「ロシアの常識に基づいて日本の会社で仕事をすると、トラブルに見舞われやすい」とよくアドバイスしている。
表:日本とロシアの組織文化の違い(注1)
項目 ロシア 日本
従業員の裁量・責任 大きい 小さい
意思決定スピード 速い 遅い
仕事の主体 個人 組織(チーム)
失敗の頻度 多い 少ない
限られた期間・予算での業務実績 多い 少ない
仕事の進め方(計画性/柔軟性) 低い/高い 高い/低い
部署を超えた縦・横のコミュニケーション(注2) 多い 少ない
異動・転勤の発生頻度 少ない 多い

注1:あくまでも傾向にすぎず、組織や職種によって異なる。
注2:「縦のコミュニケーション」とは、直属の上司・部下の関係を超えて高い地位にある者(例えば、社長や学長など)とやり取りする機会のこと。
出所:ロマーエヴァ・マリーナ氏へのヒアリングに基づきジェトロ作成

ロシアでは、各従業員が自己主張し、イニシアチブを発揮し、自分に与えられた権限を最大限活用することが奨励されている。仕事の主体が個人のため、比較的自由に動ける。その反面、失敗も多い。そのときは、自分で責任を取らなくてはならない。自力で協力者を獲得する必要もある。一方、日本では、従業員の権限が限定されているため、個人が責任を取ることはほとんどない。日本の組織では稟議書を起案して社内の合議を得ることが必要で、意思決定までに時間を要するが、プロジェクトが中断するといったケースは少ない。
このほかの違いとしては、日本ではチームの一員として仕事をする。そのため、従業員は常日ごろから、情報共有と社内関係者との合意形成に注力する必要がある。一方、ロシア人の働き方は個人主体だ。そのため、情報共有はあっても、全員の合意を得ようという発想がない。
ロシアの組織文化の良さの1つは、役職に関係なく、地位の高い人とも気兼ねなく接することができる点だ。ロシアの大学では、地位の低い職員でも学長と気軽に会話したり、他組織の管理職とメッセンジャーを用いて直接やり取りしたりするのが一般的だ。
質問:
日本での生活で不便を感じるところは。
答え:
家屋の中がロシアに比べて寒く、光熱費がかさむ。また、携帯電話代がロシアに比べ高額なこと、金融機関や郵便局、病院、美術館・博物館といった文化施設の営業時間が短い点などだ。
営業時間については、金融機関で窓口が午後3時に閉まることが特に不便だ。また、ロシアでは終業後に美術館や博物館に足を運ぶことが一般的だ。このように、ロシアの社会通念と異なる日本の慣習は不便に感じている。
質問:
ロマーエヴァさんにはお子さんがいるが、日本の子育て環境は。
答え:
小学生の子供がいる。子供が5歳の時に来日した。もっとも、日本での子育てには支援環境や協力者に恵まれた。札幌にはロシア人コミュニティーがある。また、北大には外国人の教員・研究者も多く、支援が必要な時に声をかけやすい。子育てに必要な情報は、札幌市の外国人相談窓口で丁寧に教えてもらった。日本の保育施設や児童会館のスタッフの方々はとても親切で、安心して子供を預けられるため、仕事に集中できる。
一方、困っているのは、出張時の託児所の確保だ。とくに、東京への出張が多い。そうした際に東京の託児所を利用したくても、要面接など手続きが面倒だ。一時的に利用可能な託児所があまり整備されていない点に、不便に感じている。

注1:
HaRP事業とは、日ロ大学間交流の情報・経験の集約・活用と、日ロ「8項目の協力プラン」に寄与する人材育成を目的としたプラットフォーム。北海道大学と新潟大学が幹事校になっている。
注2:
具体的な成果は、(1)クラスノヤルスク地方と愛知県の文化・スポーツ・青年交流拡大、(2)シベリア連邦大学、クラスノヤルスク国立医科大学、シベリア国立科学技術大学と愛知県立大学の間の大学間学術交流協定の締結、(3)日本センターの日本語講座開設と受講者の誘致(100人超)、(4)クラスノヤルスクでのトヨタ生産方式に関する研修センター開設、(5)クラスノヤルスク地方病院と名古屋大学医学部付属病院の交流開始、など。
執筆者紹介
海外調査部欧州ロシアCIS課 課長代理
齋藤 寛(さいとう ひろし)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸、ジェトロ・モスクワ事務所を経て、2019年2月から現職。編著「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。

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