特集:高度人材の宝庫ロシア:魅力と課題「組織より個人」の気質を受け入れ、意欲向上を(ウクライナ)
ウクライナ高度人材が語る雇用のヒント

2021年8月24日

外国人の雇用に当たり、彼らの能力を最大限に生かすためには、日本人と異なる特有の気質を理解することが重要だ。ウクライナと日本で就労経験のある北海道大学ロシアモスクワオフィスのハタエワ・タチアナ副所長に、日本に渡航するまでの経緯や外国人留学生の誘致活動状況、ロシア人やウクライナ人を雇用する際の留意点について聞いた(2021年4月5日)。


北海道大学ロシアモスクワオフィスのハタエワ副所長(北海道大学提供)
質問:
自己紹介を。
答え:
ウクライナ中部のポルタワ州クレメンチュク出身で、4歳までそこで暮らしていた。その後、父の仕事の関係でロシアのイルクーツク州に引っ越し。8~9歳ごろまで滞在した。その後、クレメンチュクに戻り、ウクライナで1990年代を過ごした。98年にキエフ国立言語大学日本語学科に入学した。
在学中に日本の国費留学生に選ばれ、北海道教育大学に1年間留学した。来日直後のプレースメントテスト(クラス分けテスト)で最上位の成績だったため、日本人学生が受講する講義も聴講していた。課外活動ではワンダーフォーゲル部に所属し、北海道の山々に足を運んだ。ほかに、アルバイトをしたり、沖縄旅行に出かけたりした。学部生時代の日本留学については良い思い出しかない。
留学から戻った後、ウクライナ日本センターや在ウクライナ日本大使館で働いた。再度、日本に留学したくなり、2005年に文部科学省の奨学金を獲得し、北海道教育大学の研究生になった。研究生として2年間過ごした後、北海道大学の修士・博士課程に進学。大学院での研究テーマはウクライナの木造教会堂建築だった。大学院在学中はロシア語講師や観光ガイド、医療通訳などのアルバイトをしたほか、北海道の貿易会社でも働いた。この会社はドーナツ店をウラジオストクや、ユジノサハリンスク、ハバロフスクで展開。私はドーナツ製造に必要な機械、原材料を日本から輸出する仕事に従事した。
その後、博士の学位が取得できたため、大学で働きたいと思うようになった。日本では教授職をすぐに得ることが難しく、助手や講師など段階を踏む必要があるため、将来は学術関係の仕事に就くための取っ掛かりとして、2年前から北海道大学で働いている。
質問:
日本に興味を抱いたきっかけは。
答え:
柔道家の兄の影響が大きい。柔道着に書かれていた日本語が日本との最初の出合いだった。また、自分がまだ幼いころ、兄が大会でもらった日本のポストカードを見て、その紙の品質に高さに驚いた。紙が非常に白く、ポストカードに描かれた金色の装飾があでやかで、ウクライナに当時あったものとは雲泥の差を感じ、その技術力に驚嘆した。
大学では言語学を専攻した。数ある言語の中で日本語を選んだ理由は、英語やドイツ語、フランス語は習得者数が多く、仕事を得るのが難しいため。日々の生活の糧を得るという点では、アジア言語に分があった。そのため、中国語、韓国語、日本語の3言語を候補とした。その中で日本は先進国で、人々が親切というイメージを持っていた。その結果、最終的に日本語を選択した。実際に日本に留学した際にも素晴らしい国と心の底から感じた。
質問:
日本での生活で苦労した点は。
答え:
苦労と感じたことは特にない。来日当時から日本語の運用レベルがある程度高かったためだ。日本で暮らす上で最も重要なポイントは日本語能力と考えている。日本では何でもシステム化されている。日本語さえできれば、外国人1人で暮らすことも可能だ。会社勤務時代には、法務局に1人で出向いて手続きを行った。日本の法務局や銀行では相談にきちんと応対してくれて、必要な作業に関して適切なアドバイスがもらえる。住民登録や健康保険の加入手続きの際にも問題には直面しなかった。
一方、銀行口座開設やクレジットカードの取得手続きは外国人にとって容易ではない。また、部屋を借りる際には、連帯保証人の設定が必要と言われた。それを回避するために保証会社を活用しようとしたところ、その際にも連帯保証人が求められた。このように、どうしようもない事態に直面したことがある。
質問:
お子さんがいると聞いているが、日本の子育て環境は。
答え:
私が働きながら子育てできたのは、日本にいたからこそ。ウクライナに比べて日本は社会保障体制が充実している。子供は札幌市の認可保育園に0歳9カ月の時に入園した。出産7カ月後に手続きを開始したが、2カ月程度で入園することができた。
ウクライナで親が働きながら子育てする場合には、ある程度の資金が必要だ。ウクライナにも、日本同様に国が支援している認可保育園がある。しかし受け入れ枠が限られ、待機児童問題が発生している。認可外の民間保育園への入園は可能だが、保育料が高額だ。特に首都キエフで子育てする場合、ある程度収入が高い世帯でないと、民間保育園に入れることは難しい。
質問:
現在の仕事内容は。
答え:
北海道大学で「日本留学海外拠点連携推進事業外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(ロシア・CIS地域)を担当している。この事業は文部科学省の受託事業で、北海道大学がロシアにおける日本への留学生誘致窓口となっている。
質問:
日本留学海外拠点連携推進事業はどのようなことを行っているのか。また、その中での担当業務は。
答え:
この事業は2020年までに日本への留学生、特に私費留学生を30万人まで増やすことを目的として創設されたものだ。北海道大学の担当国・地域はロシアで、主な活動内容は表のとおり。
表:日本留学海外拠点連携推進事業における北海道大学の主な活動内容
主な活動事項 具体的な内容
日本留学に関する広報・PR SNSやウェブページを通じた情報発信
地域の特性に合わせたリクルーティング 日本留学フェアの開催や現地の高校訪問
留学後のキャリアパスを含めた体系的支援 企業と連携した留学イベントの開催、就職支援のための相談会の企画・運営、日本から帰国した留学生のネットワーク構築

出所:北海道大学へのインタビューに基づきジェトロ作成

これらのイベントの企画・運営や現地関係機関との交渉は、北海道大学ロシアモスクワオフィスが担当している。私はオフィスの副所長だが、日本国内で仕事をしている。日本国内での活動は、留学フェア実施の際に日本の各大学や専門学校、日本語学校などに参加を呼びかけることや、国内教育機関向けに日本留学海外拠点連携推進事業に関する説明会を開催することだ。イベント実施で現地出張することもある。

ユジノサハリンスクの高校での留学説明会の様子/2019年5月(北海道大学提供)
モスクワに留学コーディネーターを配置している。日本に留学したいロシア人学生がいれば、まずはコーディネーターが応対し、それを踏まえて学生が日本の大学に直接コンタクトする流れだ。学生が留学先を検討する際には、その後のキャリアパスに関する情報も必要なため、在ロシア日系企業・団体との連携に取り組んでいる。
質問:
留学フェアに参加する学生はどのよう人が多いか。
答え:
日本語かIT分野を専攻している学生が大多数だ。留学フェアはロシア全土を対象として実施しているが、参加者の地域分布をみると、所得水準の高いモスクワ、サンクトペテルブルクが中心。ウラジオストクやハバロフスクなど極東地域は日本への関心が高いことから、ロシア欧州部に次いで参加者数が多い。
ロシアの学生が日本留学を志す動機には、アニメやマンガに由来するケースが多い。しかし、アニメ、マンガが好きなだけで、それを将来どのように仕事につなげていくのか、一生の仕事にできるのかという点について熟考していない学生がほとんどだ。単にアニメ、マンガが好きで日本に行ってみたいという漠然とした夢を抱いている学生が多い。
質問:
ロシア人やウクライナ人の学生が持つ日本での就労に関するイメージは。
答え:
日本では深夜まで残業する、ロシアやウクライナに比べて有給休暇取得が容易ではないというイメージが浸透している。特に残業については、ロシア人学生にとって恐怖となっている。また、日本の会社ではすぐに昇進できないという印象も持たれている。このほか、ロシア人やウクライナ人が日本で働く際の関心事項は、長期休暇が取得できるか否だ。
質問:
ロシア人やウクライナ人の気質は。雇用する際のポイント、留意点は。
答え:
ロシア人、ウクライナ人は、正社員で、かつ、自分の業績が良ければ一気に昇進・昇給できると夢見がちだ。しかし、日本企業では一般的に、どんなに従業員個人の成績が良くても、出世に必要なステップは誰しも踏まなければならない。必ず、時間と努力を要するわけだ。例えば、私の知り合いにサハリンの大学を卒業して北海道のホテルで働いていたロシア人がいた。ロシアの観光客が多かったため、正社員採用された。しかし、入社直後に任されたのがレストランで朝食を給仕する作業だった。本人は大卒の人間がやる仕事ではないと、毎日不満を口にしていた。私はその知り合いに「就職先企業は、ホテルを1人で運営できるスキルを身に付けさせようとしている。いま任されている業務はその1つ」と説明したが、結局退職してしまった。
ロシア語にも「郷に入っては郷に従え」ということわざはある。しかし、ロシア人やウクライナ人は概して自分が決めたルールを大切にする。特に、日本で就職するような学生は能力が高くて野心的なことが多い。それだけに、自分の能力を人一倍認められたいという欲求が強い。また、チームプレーよりも個人プレーを好む傾向にある。
外国人従業員が日本のルールに合わせることは、確かに大切だ。しかし、日本企業には、こういったロシア人やウクライナ人の気質を理解し、仕事をさせる工夫が必要だろう。特別待遇を用意したり、例外的な扱いをしたりする必要はない。外国人従業員の意見をよく聞き、持っているパワー、エネルギーをうまく生かせるかたちにすることが大切だ。外国人従業員のイニシアチブ、アイデアを発揮できるようなプロジェクトを任せることが、仕事に対するモチベーション向上につながると考えている。
質問:
ロシアやウクライナの高度人材が日本で就労するメリットは。彼らにPRすべきポイントは。
答え:
新型コロナウイルス禍で、安心、安定、安全という点が日本で働く大きなメリットだ。具体的には、日本社会では感染防止対策が十分に講じられている点、日本企業は雇用維持を優先し従業員を簡単に解雇しない点、などだ。
生活面でも社会保障、特に医療、健康保険、年金制度が充実している。物価の上昇もほとんどない。日本はパンの値段が10円引き上げられるだけでニュースになるような国だ。一方、ウクライナでは毎年公共料金が引き上げられ、物価上昇スピードが速い。また、日本では消費者物価上昇率が極めて低いため、日本円の価値が変動しないことも外国人労働者にとっては大きなメリットだ。
日本社会は慣れるまでに時間を要する。しかし、いったん入り込んでしまえば、安定的に活動ができる環境にある。留学フェアでは、しばしば学生の個別相談に応じている。その際には、こうした文化の違いを説明している。
執筆者紹介
海外調査部欧州ロシアCIS課 課長代理
齋藤 寛(さいとう ひろし)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸、ジェトロ・モスクワ事務所を経て、2019年2月から現職。編著「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。

この特集の記事