過当競争解消の取り組みを開始
中国自動車業界の「内巻」(前編)
2025年7月25日
世界最大の中国自動車市場で、「内巻」と称される過酷な競争が繰り広げられている。そんな中、中国自動車工業協会(CAAM)は2025年5月、「内巻」の解消に向け、各社に公平な競争の原則順守を求めることなど4つの提案を発表した。自動車産業政策をつかさどる工業情報化部は、同提案に賛同しつつ、不正・不当な競争に対して必要な監督措置をとるとした。中国の自動車製造業企業の設備稼働率や利益率の低下を受けたものである。連載の前編。
中国自動車工業協会が「内巻」の解消に向けて提案
中国自動車工業協会(CAAM)は2025年5月31日、「公平な競争秩序の維持、産業の健全な発展を促進する提案」を発表した(参考参照)。各社は公平な競争の原則を順守し、コストを下回る価格で販売しないこと、優位企業はその優越的地位を乱用した他企業への干渉を避けることなどを盛り込んだ。
CAAMは、無秩序な「価格競争」などを引き起こす「『内巻』式競争」が、産業の利潤水準低下の重要な要因と指摘しており、この解消が産業の健全な発展に必要との考えである。ちなみに、「内巻」はネット流行語であり、過度な内部競争により、消耗戦に陥ることを指す。中国における大学卒業生の就職における過度な競争状況などを表す際にも用いられてきた。
参考:「公平な競争秩序の維持、産業の健全な発展を促進する提案」の4項目
- すべての企業は、公平な競争の原則を順守し、法律と規則に従って経営活動を展開する。
- 優位企業は、市場を独占するために、他の企業の生存空間を圧迫し、その合法的権益を損なうことがないようにする。
- 企業は法に基づき値下げが必要な商品を除いては、コストを下回る価格で販売せず、消費者を誘導する虚偽の宣伝を行わず、市場秩序を乱さず、産業と消費者の根本的利益に損害を与えない。
- すべての企業は、国家の関連法令に従って、自己調査と修正を行う。
出所:中国自動車工業協会「公平な競争秩序の維持、産業の健全な発展を促進する提案」からジェトロ作成
CAAMはこの発表の中で、5月23日以降、ある自動車メーカーが大幅な値下げを行い、多くの企業がそれに従い、新たな「価格戦争」のパニックを引き起こしたと指摘。その上で、無秩序な「価格戦争」が悪質な競争を激化させ、企業利益をさらに圧縮し、製品の品質やアフターサービス保証に影響を与えているとした。そして、産業自体の健全な発展を阻害するだけでなく、消費者の利益を損ない、かつ安全上の危険を抱えることになるとの見方が示された。
なお、中国自動車メーカーのBYDは、5月23日以降、22車種の販売価格を値下げすると発表。これに続き、吉利汽車なども値下げを実施していた。
同日、工業情報化部は公式アカウントの中で、CAAMの提案に賛同するとの同部責任者の発言を紹介。責任者は、自動車業界の「価格競争」が企業の正常な生産・経営に甚大な影響を及ぼし、健全で持続可能な業界の発展を脅かしていると指摘。「『内巻』式競争」は、企業の研究開発の継続に不利で、製品の質・性能・サービスレベルに影響を及ぼし、安全上の危険を抱えることにつながり、消費者の権益を損なうとした。そして、このままいけば自動車産業発展の内なる牽引力を弱めるとも強調。価格を下げることに注力するあまり利益が減少し、研究開発に回す資金が減少し、それが品質、安全性、競争力の低下につながることを懸念したものだ。工業情報化部は、産業構造の最適化を図りつつ、不正・不当な競争に対して法執行を行い、必要な監督措置をとるとした。
なお、2024年12月に開催された、翌年の経済政策の方針を決める中央経済工作会議で、「『内巻』式競争」を総合的に正し、地方政府と企業活動を規範化することが打ち出されていた。
競争激化を受けて設備稼働率、営業利益率が低下
幅広い産業チェーンを有する自動車製造業(部品製造などを含む、以下同様)の設備稼働率や利益率を確認してみる。
国家統計局のデータによると、一定規模以上の自動車製造業企業(注1)設備稼働率は、2023年第3四半期に75.6、第4四半期に76.9となってから、2024年第1四半期に64.9へと低下。その後、第2~4四半期は73%から77.2%の間での変動であったが、2025年第1四半期は71.9%とまた大きく低下した。中国経済メディアの「第一財経」の6月16日の報道では、75%という「健全」な状態の境界線を下回っており、産業の急激な成長で構造的な生産能力過剰がもたらされている、と警鐘を鳴らした。図1の通り、自動車製造業企業の設備稼働率は、近年、一定規模以上の工業企業(注2)のそれを下回る傾向が続いており、かつ上下の変動がより大きい。

出所: 国家統計局データベースからジェトロ作成
一定規模以上の自動車製造業企業の利益率を、国家統計局のデータで、一定規模以上の自動車製造業企業の利益総額を営業収入で除したものとして計算してみた(図2参照)。中国の新エネルギー車の販売台数が100万台を超えた2018年からの推移をみると、同年は7.3%であった。その後、2019年から2021年は6%台を維持したものの、2022年に6%を下回り、2024年まで3年連続で低下した。2024年は4.3%で、2025年1~5月も同じく4.3%と低水準。ちなみに、一定規模以上の工業企業の利益率は2024年が5.4%、2025年1~5月が5.0%となっており、全体平均を下回ったことになる。

注:利益率は、一定規模以上の自動車製造業企業の利益総額を営業利益で除して計算した。2024年の一定規模以上の自動車製造業企業数は未発表。
出所:国家統計局データベースおよび国家統計局「中国統計年鑑」各年版からジェトロ作成
参考のため、一定規模以上の自動車製造業企業数の2018年からの推移もみると、2018年から2023年にかけて一貫して増加している。2018年の1万5,263社から、2023年には1万8,899社となった(2024年は未発表)。CAAMの発表によると、2023年の中国の自動車販売台数は前年比12.0%増の3,009万4,000台と、3年連続で増加し、初めて3,000万台を超えた(2025年6月27日付地域・分析レポート参照)。市場拡大を受けて、企業参画が進んだことがうかがえる。
中国自動車重慶フォーラム、各社が「内巻」の悪影響を指摘
重慶市で6月6~7日に開催された「2025中国自動車重慶フォーラム(2025中国汽車重慶論壇)」でも、「内巻」が話題となった。同フォーラムは2013年に始まった中国における自動車国際会議で、中国の内外資大手自動車メーカーのトップや幹部が集って議論する場である。
中国国際貿易促進委員会(CCPIT)自動車産業委員会の王俠会長が開幕式の挨拶で、中国の自動車産業は既に変革期に入っており、「内巻」は避けられないものと指摘しつつ、自動車産業の持続可能な発展に悪影響を与えるとして過度な競争に反対する姿勢を示した。同フォーラムに参加した賽力斯集団(セレス)の張興海董事長も「内巻」は企業のイノベーション力、製品の品質と安全性に悪影響を与え、サプライチェーンの安定性にもリスクをもたらすとした。他社からも、「内巻」の悪影響が指摘された。
また、王俠会長は、合併や統合は「内巻」の必然的な結果で、「内巻」を管理する重要な手段でもあるとした。強力な自動車グループが市場シェアの90%近くを占めている状況において、合併や再編は中国自動車産業全体の発展に影響を与えることはなく、むしろ、優位性のある自動車グループの国際競争力をさらに高めることができるとした。そして、可能性のある4つの再編の道筋を分析した。(1)大手自動車グループが内部統合を通じて中核事業を強化する、(2)優勢な燃料車メーカーが、技術的優位性を持ちながらも規模とマーケティングが課題の新エネルギー車メーカーを統合する、(3)優位性のある新エネルギー車メーカーが、弱小の新エネルギー車メーカーを統合する、(4)優位性のある国際自動車メーカーが、買収、合弁、技術協力を通じて、弱小の国内新エネルギー車メーカーを統合する、の4つである。
さらに、王俠会長は、製品の品質と安全性、堅実な市場経済、長期的な発展が極めて重要であり、中国自動車メーカーは海外市場においても過当競争を繰り広げるべきではない、とした点も注目される。海外市場は低価格競争や低品質に寛容でない、と注意を促した。長安汽車の朱華栄董事長も、中国から海外へ輸出されているゼロキロ中古車(新古車、注3)は、国際市場の秩序を乱し、大きな問題になっていると指摘した。
- 注1:
- 当該年の主な業務の売上高が2,000万元(約4億円、1元=約20円)以上の自動車製造業企業。
- 注2:
- 当該年の主な業務の売上高が2,000万元以上の工業企業。
- 注3:
- ゼロキロ中古車(新古車)とは、法的にはすでにナンバー登録または名義変更が完了し「中古車」として分類されているものの、実際には道路を走行しておらず、走行距離がほぼゼロの車両を指す。名目上は中古車であるため、新車よりも安価に販売され、市場に大きな影響を及ぼしている。
中国自動車業界の「内巻」
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- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中国北アジア課 主査
宗金 建志(むねかね けんじ) - 1999年、ジェトロ入構。調査部中国北アジア課、企画部企画課海外地域戦略班(北東アジア)、北京事務所などでの業務に従事。2025年5月から現職。