特集:変わりゆく中東とビジネスの可能性MENAスタートアップのショーケースとなるGFS(UAE)

2021年8月11日

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2020年の中東・北アフリカ(MENA)地域の経済は減速し、多くの国がマイナス成長となった。しかしながら、同地域のスタートアップの資金調達額は増加するなど、スタートアップへの期待は減退していないどころか、高まっている。中でも、ドバイを擁するアラブ首長国連邦(UAE)の調達額は、地域全体の半分以上を占めている(注1)。調達件数・金額ともに最大の分野は「Eコマース」となっており(注2)、2021年にはユニコーン企業も相次いで誕生している(注3)。

毎秋にドバイで開催される「GITEX Future Stars(GFS:IT関連見本市であるGITEXのスタートアップ部門)」は、MENA地域最大規模のスタートアップ見本市で、テック企業にとって最大のPR機会となっている。同見本市の主催者であるドバイ・ワールド・トレード・センター(DWTC)副社長で、GFSの責任者であるトリクシー・ローミルマンド氏に、ドバイの特性やGFSの活用可能性などについて話を聞いた(2021年6月15日)。


DWTC副社長でGFSの責任者を務めるトリクシー・ローミルマンド氏(本人提供)
質問:
ドバイのスタートアップ・エコシステムをどう見ているか。
答え:
ドバイはMENA地域のエコシステムのリーダーとして確固たる地位を築いている。その理由はいくつかある。まず、本拠地としてドバイを選ぶスタートアップは、欧州やアフリカ、アジアをつなぐ貿易のハブとしての機能や、優れたビジネス環境などのドバイが元々持っているアドバンテージを活用できることだ。UAEは、世界銀行が発表しているビジネス環境ランキングでも常に上位に入っており(注4)、様々な企業・投資家、有能な人材が集まる土壌がある。
地場のスタートアップ育成環境が整っていることも一因だ。ITに特化したフリーゾーンの「ドバイ・シリコン・オアシス」や、ドバイ商工会議所が運営する「ドバイ・スタートアップ・ハブ」、ドバイ国際金融センター(DIFC)が創設した「フィンテック・ハイブ」をはじめ、数々のイノベーション・ハブが相次いで誕生している。 世界の企業や投資家にとっての「MENA地域へのショーケース」の機能を果たしているのが、毎年ドバイで開催される「GITEX Future Stars(GFS)」だ。MENA地域において最大のテック見本市となっており、スタートアップ同士の交流はもちろんだが、革新的な技術やアイディアを探すMENA地域の財閥や大企業、そして世界中の投資家と出会えるなど、ビジネスを拡大する大きなチャンスを提供している。このように、スタートアップにとって有利な機能が高水準で存在しているのがドバイといえる。
質問:
GFSにはどのようなスタートアップが参加しているか。
答え:
地域を問わず、世界中から多様な分野のスタートアップが参加してくる。披露する製品やサービスも様々だ。GFSでは毎年、サイドイベントとして「スーパーノバ・チャレンジ」というピッチイベントを開催しており、賞金に加えて、MENA地域の投資家とつながる機会を提供している。
ピッチのファイナリストから、いくつかの企業例を紹介したい。2020年の優勝者はジェイド・オーティズム(Jade Autism)というブラジルのスタートアップで、自閉症の子供たちの認知機能を刺激するゲームアプリを開発しており、フランス、インド、イスラエル、韓国、英国、スロバキアなどのファイナリストとの争いを制して1位に輝いた。イスラエルから2020年に初めて参加したビーフリー・アグロ(BeeFree Agro)は、「牛飼いドローン」を開発している。放牧している牛や羊の群れを、人間や犬に代わってドローンが管理するサービスを提供しており、大きな注目を集めた。2019年に韓国から参加したマンド・ロ(Mand.ro)は、廉価な技術・部品を組み合わせた義手を開発し、「ベスト・ソーシャルインパクト・スタートアップ賞」を受賞した。
紹介したスタートアップのいずれもが、UAEをはじめとした中東地域でビジネス展開を始めている。このように、GFSをドバイのエコシステムへの入り口として活用し、ドバイのアクセラレーターの支援や、投資家から出資を受けるなど、次のステップに進むことができたスタートアップが多い。
質問:
新型コロナウイルスの感染拡大に対するドバイ政府の施策をどのように見ているか。また、多くの見本市を主催するドバイ・ワールド・トレード・センター(DWTC)では、どのような対策を講じているか。
答え:
ドバイ政府は、感染拡大の最も初期から大規模なPCR検査を実施するなど、積極的なコロナ対策を講じてきた。UAEは今では、ワクチン接種が人口比で最も進んでいる国の1つになっており、こうした取り組みは、パンデミックとその影響を収束させるための重要なステップだ。
DWTCは、ドバイ政府が設定する規制やルールに準拠し、イベントを開催している。ビューローベリタスによる新型コロナ対策の衛生認証も得て、国際的に最高レベルの安全・衛生基準を保つよう取り組んでいる。マスク着用と社会的距離の維持を全てのイベントで義務付けており、来場者の順守を徹底する監視員も配置している。会場内にPCR検査センターを設置し、来場者はいつでも利用できる。
2020年の感染拡大当初は、予定していたイベントを延期や中止にせざるを得なかったが、6月にはすでにイベントのリアル開催を再開し、複数の大規模イベントも成功させ、5万人以上の来場者を受け入れた。GFSも、10月から12月に延期はしたものの、リアル開催を成功することができた。アンケートでは、98%の来場者が会場内で安心感を持ったと回答している。世界中のイベントが中止や延期となる中、ドバイはいち早くリアル開催を再開し、世界での存在感を高めていると思う。
質問:
今年(2021年)のGFSはどのようなイベントになるか。
答え:
MENA地域、そして南アジア地域で最大のテックイベントである地位は変わらないどころか、より注目度を増している。今年のスペースは既に完売し、キャンセル待ちの状況だ。とりわけ人工知能(AI)、5G(第5世代移動通信システム)、サイバーセキュリティ、ブロックチェーン、フィンテックが注目分野だ。さらに、ドバイでは国際博覧会(万博)が10月に開幕する(注5)。GFSは万博開幕後に開かれる(10月17~20日の予定)最初の大型イベントであり、これまで以上の来場者の参加など、大きな相乗効果も期待している。

注1:
MENA地域のスタートアップやベンチャーキャピタルのデータ・動向を調査しているMAGNiTTによると、2020年の同地域のスタートアップ資金の調達額は、前年の9億1,400万ドルを上回る総計10億3,100万ドルに伸長した(図参照)。特に、その調達額の過半となる56%が UAEに集中しており、2位のエジプト(17%)を大きく引き離している。
(別添資料)MENA地域のスタートアップに対する投資額の推移(100万ドル)
2020年の投資額は総計10億3,100万ドルとなり、前年の9億1,400万ドルを上回った。2017年以降、3年連続で増加している。

出所:MAGNiTT, "2021 EMERGING VENTURE MARKETS REPORT"よりジェトロ作成

注2:
分野別にみると、MENA地域では資金調達件数・金額ともに「Eコマース」が最大。件数ベースでは次にフィンテック、ヘルスケア、デリバリー・物流と続き、金額べースでは不動産、フィンテック、食品と続く。研究開発やものづくりに関連するスタートアップの存在感は小さい。
注3:
ドバイに拠点を置く代表的なユニコーンとしては、ECサイト運営のスーク・ドット・コムや、ライドシェア事業のカリームがあるが、2021年に入ると、7月にクラウドキッチン事業を運営するキトピがソフトバンクグループなどから資金調達し、3例目のユニコーンとなった(2021年7月8日付ビジネス短信参照)。さらに同月、バス・ライドシェア事業のSwvl(エジプト発)が米ナスダックに新規株式公開(IPO)することが発表され、中東地域から初めてIPOを行うユニコーンとなるなど、相次いでユニコーン企業が誕生している。
注4:
最新の2020年版レポートでUAEは、世界で第16位、中東アフリカ地域で最上位。
注5:
2020年10月開催予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で1年延期となった。会期は2021年10月1日~2022年3月31日。
執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
山村 千晴(やまむら ちはる)
2013年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ岡山、ジェトロ・ラゴス事務所を経て、2019年12月から現職。執筆書籍に「飛躍するアフリカ!-イノベーションとスタートアップの最新動向」(部分執筆、ジェトロ、2020年)。
執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
ガーダ・アシュラフ
カイロ大学卒業後、6年間の調査会社での勤務等を経て2016年4月ジェトロ・ドバイ事務所入所。大学ではマーケティングを専攻。

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