特集:変わりゆく中東とビジネスの可能性現地の感性に響く映像作品を発掘し、時代に合った楽しみ方で提供(トルコ)

2022年3月16日

トルコ国内の映画館は、新型コロナウイルスの流行により一時閉館を余儀なくされ、厳しい状況が続いていた。トルコ統計機構(TUIK)(トルコ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますの統計によると、2020年に映画館の数は前年に比べ4.5%減少したが、2021年7月の再開後には、徐々に観客数を戻しつつある。また、ステイホームの習慣が人々の間に根付き、OTTサービス(注1)を活用して映画・ドラマを観る人が増えるなど、映像コンテンツの楽しみ方に変化が生じている。

トルコ大手配給会社フィルマート(Filmartı)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、有名俳優が出演するハリウッド作品から世界の映画祭で受賞歴のある洗練された作品まで、トルコで最大の作品取り扱い数を誇る。中でも、アジア映画の取り扱い実績は国内一である。業界の変化に対応しながら、常に新しい作品を探す同社のマネージングダイレクターのビュレント・ギュンドゥズ氏、調達責任者のベリル・ヘラル氏、同部門スタッフのイート・ケチェジオウル氏に話を聞いた(2022年2月4日)。


左からイート・ケチェジオウル氏、ベリル・ヘラル氏、ビュレント・ギュンドゥズ氏(フィルマート提供)
質問:
フィルマートの事業内容は。
答え:
当社の設立は2007年。国内外の映像作品をトルコ国民に届けるという使命のもと、製作・流通・マーケティングや映画館のマネジメントなど、上流から下流まで映画産業全般に携わっている。最近では時代の潮流に合わせて、映画館だけではなくOTTプラットフォーマーとの関係性も強めており、あらゆる媒体で映像作品を楽しむことができるよう多角化を進めている。当社のターゲットは子供から大人まで幅広く、作品も実写・アニメーションを問わずポートフォリオに入っているが、特に映画館で知的で洗練された内容の作品を観ることを好む層を狙っている。
これまでに50カ国以上の作品を扱ってきたが、日本からは是枝裕和、河瀨直美、山田洋次といった有名監督の作品を中心にトルコに紹介してきた。

映画館の館内(ジェトロ撮影)
質問:
トルコのコンテンツ市場の動向は。また、アジアや日本作品の位置付けは。
答え:
トルコ国内では、日本を始めとするアジア作品への関心は過去5年で高まりを見せている。Netflixのような巨大プラットフォームの台頭や、世界中の若い世代での韓国ドラマ、アニメの人気が後押しした形だ。特に韓国の作品は、ハリウッド映画に比べてトルコの文化に近い部分があり、聴衆も親しみやすい。韓国作品はNetflixだけではなく、地場OTTサービスの「Exxen」にも進出している。日本の作品ではアニメが話題を集めている。「鬼滅の刃」のヒットにより、トルコ国内でもより多くのアニメ映画が劇場で公開されるようになっている。
OTT人気は、コロナ禍で一気に加速した。今後は、超大作は映画館で、低予算の作品やより小規模で洗練された内容の作品はプラットフォームで観るという傾向が強まっていくだろう。実際に、すでに多くの映画がプラットフォーム向けに製作されている。
表:トルコ国内の主要なOTTサービス一覧
サービス名 本拠地 利用料(月額) サービス開始時期 所有コンテンツ数等
BluTV(トルコ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます トルコ 月額15.90リラ 2016年1月 2021年1月19日に米国のDiscoveryがBluTVの35%相当のシェアを取得、2021年5月5日からdiscovery+のコンテンツも配信を開始。
映画:トルコ 国内外作品。海外作品は米国中心。アジア作品もあり。
ドラマ:トルコ国内外作品。国内ドラマはBluTV独自コンテンツ多数。BluTV独占配信海外ドラマあり。
テレビ放送:BluTV、Discovery Plus、国内テレビ局等。
Discovery+:2,000時間以上のdiscovery plusコンテンツ。
BluTV Kids:海外アニメーション多数。および国内外の映画。
Rent & Watch:国内外の映画。レンタル料金は3.90~5.90トルコリラ。
puhuTV(トルコ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます トルコ 無料​
(広告収入により運営)
2016年12月 トルコ国内のドラマ中心。
一部独自コンテンツもあり。
Exxen(英語、トルコ語、アラビア語、スペイン語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます トルコ 月額16.60 リラ~ 2021年1月 トルコ国内のドラマ、エンタメ、ドキュメンタリー、アニメーション等。現時点で映画はなし。
Netflix外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 米国 月額26.99 リラ~ 2016年1月 2021年7月にイスタンブールにオフィスを設立。
ドラマ :多くは米国作品。また、トルコ、 韓国、日本、英国等各国の作品もあり。
映画:多くは米国、トルコ作品。アジア・欧州作品もあり。
ドキュメンタリー:多くは米国作品。
バラエティー:多くは米国作品。
アニメ:多くは日本作品。
独自コンテンツ:多くは米国作品。韓国を初め日本、中国、タイ等アジア作品あり。
Amazon Prime Video外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 米国 月額は7.90 リラ 2020年9月 米国作品中心。

注:利用料(月額)は、2022年3月時点。
出所:各社ウェブサイトなどに基づきジェトロ作成

当社としては、最近は特にアニメーションに高い関心を持っている。コロナ禍以前は、年間8~10本の新作アニメを公開していた。日本のアニメ映画の人気ぶりを見て、我々も新たな作品を探したいと思っている。ロシアのアニメ映画「ビッグ・トリップ(Big Trip)」は大きな反響を呼び、15万枚のチケットを売り上げた。通常、当社は世界各国で開催される、カンヌやベルリン、釜山といった国際映画祭に参加して作品を発掘するが、この作品はこうした映画祭で出会い、20年来の付き合いがあるロシアの販売代理店から紹介されて、公開に至ったものだ。彼らは当社の欲しいコンテンツを熟知しており、数ある作品の中からピンポイントで売り込んでくる。こうした制作会社・配給会社とのネットワークは非常に重要だ。
トルコでは、特に子供向けのアニメは規制が厳しく、扱う作品の選択は慎重に行う必要がある。暴力性があったり、作品の中にサブリミナル効果や政治的なメッセージなどが含まれるとみなされたりするものはなかなか扱えない。また、トルコではいわゆる「女児向け」「男児向け」の作品よりも、性別問わず、広く楽しめる作品の方がヒットしやすい傾向にあると捉えている。
トルコならではの特徴として、薬物や暴力、トランスジェンダーを扱うものは、他国に比べて劇場公開作品としては選ばれにくい。こうした作品は、プラットフォーム向けにリリースするなどの戦略が必要だ。当社は商流として映画館もプラットフォームも両方持っているため、各作品をどちらでリリースする方が良いか判断し、適切な媒体を選んでいる。
トルコ国内で製作されるアニメ作品も存在するが、多くはトルコ国営放送(TRT)が製作し、キッズチャンネルで放映される。そうした作品は、テレビ番組で人気が出たら、劇場版が製作されるという流れができ上がっている。

映画館の館内(ジェトロ撮影)
質問:
トルコのコンテンツ業界が抱える課題は。
答え:
アニメやアジアの作品に対する需要が限られていた時代は、ファンは海賊版を通して鑑賞していた。当時、これらの作品はトルコのコンテンツ業界で主流のジャンルではなかったために、あまり対策は取られていなかった。近年では人気の高まりを受け、当社も海賊版への対応を非常に重要視している。裏を返せば、海賊版サイトで人気があるということは、劇場公開しても成功する可能性が高く、そこから新たなトレンドが生まれるとも言える。
例えば、ボリウッド作品(インド映画)なども同様で、海賊版サイトで人気が高まったことから、劇場公開作品が徐々に増えた。現状、海賊版に対する規制は存在するが、十分に機能しているかというと不十分である。トルコ政府や関連団体がもっと積極的に動いていく必要がある。こうした対策に不慣れな制作会社も多いため、当社は莫大(ばくだい)な予算を投入して、知的財産権の保護(注2)にあたっている。
また、一番の打撃はコロナ禍よりも、近年の通貨リラ安だ。2020年当初には1米ドルが6リラだったのが、今は14リラと2倍以上も価値が下がっている。当社は米ドルで作品を購入し、トルコ・リラで収益を得ているため、非常に影響が大きい。他方、リラ安に伴い、国内のありとあらゆる物価が大きく上昇している一方で、映画館のチケット金額はまださほど変化が出ていない。これは、コロナ禍の2年弱の間、映画館が営業できず、その間、値上げがなされなかったためだ。今後は値上げも予想されるが、今のところ、映画はもっとも安価な娯楽の1つともいえる。
質問:
日本企業へのアドバイスは。
答え:
トルコに売り込むには、選ぶ作品の内容が重要なポイントとなる。世界中でヒットを飛ばすブロックバスターであっても、特定の国の文化や歴史に特化したり、政治的なメッセージを含んだりする内容だと、トルコ人の感性に必ずしも刺さるとは限らず、ヒットを狙うのは難しいだろう。
日本の作品では、是枝裕和監督の「そして父になる」のような家族観をテーマにしたものや、冒険物、自然や動物がテーマになっているものがトルコ人の感性にはまりやすく、前述のような規制にも当てはまらない。日本で有名な作品がトルコで人気となった実績もある(注3)。新たな作品の発掘を今後も続けたい。

注1:
OTTサービス:「Over The Top(オーバー・ザ・トップ)」の頭文字を取った略語。通信事業者やインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)に頼らず、インターネットを通じて映像・音声・SNSなどのコンテンツを提供するサービスを指す。
注2:
個々の海賊版サイト上で、同社の作品が出ていないか日々チェックし、出ていた場合は直接サイトに連絡し削除を依頼、削除してもらえない場合は法的措置を取っているとのこと。
注3:
「そして父になる」はその一例。2022年3月現在、米アカデミー賞にノミネートされた「ドライブ・マイ・カー」がトルコ国内で公開中。また、ドラマでは、「Mother」「家政婦のミタ」はトルコでリメイクもされ、有名になった。
執筆者紹介
ジェトロ・イスタンブール事務所
友田 椋子(ともだ りょうこ)
2014年、ジェトロ入構。農林水産・食品部、ジェトロ・アトランタ事務所、ジェトロ熊本を経て、2020年10月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・イスタンブール事務所
エミネ・ギョンジュ
テキスタイル会社勤務、日本の大学院留学、日本の通信社記者を経て、2013年からジェトロ・イスタンブール事務所に勤務。

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