特集:変わりゆく中東とビジネスの可能性食文化に変化、広がる日本酒市場(トルコ)

2022年3月23日

トルコでは近年、高級日本食レストランが次々とオープンし、新型コロナウイルス感染下ではデリバリーによるすしの人気が高まるなど、従来は保守的と言われてきた食文化に変化が生じている。中東に位置しイスラム教徒を多く抱える国ながら、トルコではビールやワイン、ラク(ブドウの蒸留酒)といった酒類が生産されており、スーパーやレストランで入手が可能だ。また、輸入酒の消費量は年々増加しており、自国の製品のみならず、多様な酒類を楽しめる環境となっている。

数年前までは、日本からのアルコール輸入は書類手続きの煩雑さにより困難で、日本酒をトルコ国内でまれに見かけても米国産だったが、輸出手続きが整備された2019年以降、日本からの直接輸入が実現。当初150万円程度だった出荷額は、2021年には1,000万円に増加し、今後さらに伸びていくと予想される。

他方で、輸入関税の高さや書類手続きの煩雑さに加え、トルコ国内での日本酒の認知度向上など、課題はまだ多く残っている。日本酒を輸入するアドコ ファインワイン・アンド・グッドスピリッツ(ADCO fine wine & good spirits)の創設者兼オーナーのランドルフ・ワルド・メイズ氏に話を聞いた(2022年2月11日)。


アドコ ファインワイン・アンド・グッドスピリッツ創設者兼オーナーの
ランドルフ・ワルド・メイズ氏(本人提供)
質問:
アドコの事業内容は。
答え:
当社と日本酒の付き合いは1992年ごろから。当時は日本から直接輸入の書類手続きが整っておらず、不可能だったため、米国産の「大関」をトルコの日本食レストランに卸していた。問題なく日本から直接輸入ができるようになった2019年以降は、取扱量が順調に増えており、現在は10~20の銘柄を扱っている。主にはNobu、Zumaといった高級日本食レストラン向けだが、ホテルにも少量出始めている。当社の国内3,500ほどの卸先の中で、日本酒を扱っているのは100カ所程度だ。
当社の輸入酒の消費の約25%は外国人観光客によるものだが、メインはあくまでトルコ人消費者で、アルコール飲料の消費の増加を牽引しているのもトルコ人だと捉えている。
質問:
トルコ人の日本酒の嗜好(しこう)は。
答え:
トルコの消費者は、冷酒と熱かんの違いなども分からないほど、日本酒に対する知識が深くはないので、嗜好を判断するのは難しい。高級レストランでは、店側が客に対し、メニューによってどの日本酒が良いかを薦め、客はそれをそのまま注文するパターンが多い。一般的な味の好みでいうと、トルコの伝統的なデザートやラクという蒸留酒などは甘味が強いが、実はそこまで甘い酒は好まれない。香り高いものも良いが、ドライで甘みの強過ぎないフレーバーが好まれる。梅酒は15年ほどトルコで扱っており、年間数千本単位で仕入れている。購入できる場所は、大手スーパーなどではなく、バッカル(個人商店)などに限られるが、メインではカクテルに使用されることが多く、冷酒でも提供される。
質問:
日本産酒類のトルコにおける需要は。
答え:
現在、高級ホテルやレストランといった限られた場所でしか日本産の日本酒は飲めないが、それには理由がある。通常のトルコ国内のレストランでは、高価格帯の日本産の日本酒を最初から扱うことは難しいためだ。当社にとって、米国産の日本酒はきっかけ作りに重要となる。他国産の日本酒は、日本産に比べ購入しやすい価格帯であるため、日本酒の味を知らない消費者も手に取りやすい。日本酒ファンの裾野を広げる役割を果たしていると言える。消費者が日本酒の味を知り、たしなむようになると、より高価な金額を支払って、質の高い本格的な日本酒を楽しむようになる。
2021年夏の消費を見ると、食品サービス産業はそこまで伸びていないように見える。新型コロナウイルス感染拡大による影響だけではなく、通貨リラ安による顕著な物価上昇が続き、これまで週に2、3回外食をしていた人々も、週に1回以下に減らし、倹約した生活を送るようになった。特に外食産業は引き続き厳しいかもしれない。他方で、ロックダウン時期に、家庭でのアルコール飲料の消費はむしろ増加した。外食できなくなった人々の家飲みやホームパーティー需要が伸びたためだ。
当社は日本酒だけではなく、日本産ウイスキーやジンも輸入している。特にウイスキーには期待している。この10年でトルコでも日本産ウイスキーの知名度は上昇した。私は日本の蒸留所を20カ所ほど訪問したことがあるが、小規模で独立した蒸留所はとても魅力的で、こうした生産者とのビジネスが理想的と考えている。
現在はこれらの蒸留酒は主に欧州から仕入れている。コンテナを埋められるほどの量には至らないため、日本から直接仕入れることは現段階では難しい。しかし、当社は日本酒の直接輸入を始めることに成功したため、今後は取り扱い酒類の範囲を焼酎やウイスキーなどにも広げることを検討していきたい。
質問:
プロモーションの方法は。
答え:
当社はこれまで、ワインに関するイベントを開催してきた。トルコでは誰もが簡単にこのようなアルコール飲料関連の試飲イベントを開催できるわけではなく、政府の法制度により、オープンに広告宣伝を打たず、特定の人のみ参加可能なクローズド形式となる許可生活登録制が求められる。その他にも、当社は業界関係者向けに専用誌を発行したり、公式なイベントではないが、当社のファンや常連客を少人数集めての試飲会を度々開催したりするなどして、プロモーションを進めている。トルコではアルコール飲料のオンライン販売、商品広告などが法律上できないため、このようなクローズドイベントや口コミを活用している。
質問:
トルコ国内で日本酒を広めるに当たり、一番の課題は。
答え:
日本酒の世界は奥深く、トルコでは業界のプロでも知識のある人はごく少数だ。質の高い日本酒をより広めていくためには、消費者のみならず、レストランなど業界関係者も含めて教育をしていくことが必要だと感じている。ニューヨークやロンドンなど大都市には「酒ソムリエ」がいるが、彼らのような存在が日本酒の普及に大きな意義を持つ。日本酒について学びたいと思っても、トルコには現在、酒ソムリエはいないので、学べる機会がない。精米歩合などの日本酒ならではの製法・技術や、食品とのペアリングについてトレーニングできる場所を作り出していく必要がある。オンラインでもできることかもしれないが、香りや味、温度を感じながら対面形式で行うことが重要だと思う。
質問:
トルコの酒市場を切り開くかぎは。
答え:
トルコ市場は他国に比べて閉鎖的で、特殊な点が幾つかある。トルコ農業・森林省たばこ・アルコール局は、原産国を問わず、アルコール飲料の輸入を厳しく管理している。書類手続きに関しても、当社はノウハウを持っているため輸入できているが、輸入側に加え、日本の生産者側にも経験がないと難しいだろう。輸送・通関にも時間がかかるため、最近は半年のリードタイムを見るようにしている。
日本酒については、輸入関税が高いのも大きなハードルだ。価格が高騰することで消費者の購買意欲を下げることがないよう、また、他国産とも競争できるよう、当社は仲介料を少し下げて、最終価格に反映できるように工夫している。市場を知り、正しいパートナーを見つけた上で、継続的に粘り強く取り組めるかが強く問われる市場といえる。
執筆者紹介
ジェトロ・イスタンブール事務所
友田 椋子(ともだ りょうこ)
2014年、ジェトロ入構。農林水産・食品部、ジェトロ・アトランタ事務所、ジェトロ熊本を経て、2020年10月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・イスタンブール事務所
ネスリン・イシジャン・アルスラン
2012年からジェトロ・イスタンブール事務所に勤務。

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