特集:変わりゆく中東とビジネスの可能性メタバース(仮想現実空間)ソリューション開発が進む(イスラエル)
化粧品・アパレル分野などで商用化例

2021年12月28日

メタ(旧フェイスブック)が、イスラエルのデジタルマーケティング企業イエローヘッドと提携し、「メタ・スタートアップ・ハブ」を設立。同社は、メタバース(仮想現実空間)プラットフォームを提供し、そのプラットフォームを活用するため、企業の人材育成やビジネス展開を支援する。地元「カルカリステック」紙は2021年11月21日、こう報じた。

こうした動きの中で、イスラエル企業も独自にメタバース技術を活用したソリューションを開発している。そうした技術開発や商用化の実情について、ビヨンドエックスアール(ByondXR)最高経営責任者(CEO)で共同創業者のノアム・レヴァヴィ氏に話を聞いた(11月7日)。同社はメタバース技術を擁し、その技術を活用したソリューションを提供する企業だ。ソリューションの対象は、(1)BtoCの化粧品企業のeコマースサイト、(2)アパレル企業のBtoB取引に当たって、サプライヤーが提供したサンプルの確認作業、(3)家具のオンラインショップ、(4)オンライン展示会など、幅広い。


ビヨンドエックスアール(ByondXR)CEO・共同創業者、ノアム・レヴァヴィ氏(本人提供)

Z世代に顧客体験を提供し、「良さ」「正しさ」訴求を

質問:
イスラエルにおけるメタバース技術開発の状況は。
答え:
イスラエルのハイテク技術というと、サイバーセキュリティーやフィンテックなどが、世界的に知名度が高い。それだけに、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)に関する技術開発はそうでもないという印象があるかもしれない。しかし、実際にはARやVRは、コンピュータービジョン(注1)や人工知能(AI)、機械学習(注2)といった分野の要素技術を多く活用している。だから、そうした技術開発の蓄積が豊富なイスラエルから、当社のようなARやVRの技術を持つ企業が出てくるということは驚くべきことではない。当社以外にも、複数の企業が異なる分野で技術を開発している。
質問:
メタバース技術の市場への影響は。
答え:
近年、特にeコマースやゲーム市場で、Z世代(注3)と呼ばれる若年層が将来にわたる有望顧客として着目され始めるようになった。これは世界的にも言えるし、特に若い世代の人口が増えている中東市場でも同様と言えるだろう。イスラエルはその代表例だ。
Z世代の消費者は、購買にあたって、サイト上での豊かな「顧客体験」を重視すると言われている。また、販売されている商品そのものや価格といった従来の要素に加えて、生産流通過程における「環境負荷や人権への配慮」など、その商品やサービスが自分の価値基準に照らして「良い」「正しい」ものなのかどうかを、購入意思決定の条件に加える傾向があるといわれている。
そのためeコマースにおいては、豊かな顧客体験を提供していく必要がある。従来の2次元(平面)ウェブサイトでの表示だけでなく、当社が開発するような3Dメタバース技術の活用が求められるのだ。また、生産流通過程で環境負荷などを低減する取り組みを行い、それを顧客にアピールしていくことも有用だろう。近年、こうした関連技術が大幅に進歩してきた。そのため、実証段階にとどまらず、すでに商用利用されている。
質問:
具体的な商用利用の事例は。
答え:
当社のメタバース技術を活用したeコマース向けソリューションは、著名アパレルブランドのサイトですでに活用されている。例えば、ランコムやロレアルなど複数の化粧品メーカーや、アルマーニなどが一例だ。
ランコムでは、日本を含む22カ国の国別サイトで使用されている。オンラインショップが3D画面で展開される仕様だ。もっとも、顧客個人の嗜好(しこう)に合わせて、画面や提案される内容を完璧にカスタマイズできる。具体的には、ユーザーごとに対象を絞ってカスタマイズされた画面構成を提供する。加えて、10~30秒ほどの簡単なゲーム機能を付加し、割引券やサンプルがもらえるようなインセンティブをつけている。こうした機能の付加により、特に日本市場では他国市場と比較して、顧客とのエンゲージメント(つながり)を50%高めることに成功した。言い換えれば、繰り返しゲームを行う顧客の割合が、他国市場に比べて5割高かった。ゲーム参加へのインセンティブは初回限りの設定で、2回目以降はその恩恵がなくなるのにもかかわらず、だ。
化粧品は、乗り換えコストが高い商品と言われる。すなわち、一度使い始めたブランドから安易に別のブランドに移りにくい特徴がある。従って、オンラインショップを活用しつつ、長期にわたって使い続けていってもらうためのブランドへの強いつながりを構築できるような仕掛けが必要だ。特にZ世代のように、オンライン購入が当たり前で、かつ、これから自分の使うブランドを決めて使っていこうという段階の顧客層には、有効と言える。ちなみに、かつてこの役割を果たしてきたのは実店舗だった。熟練した販売員による対面販売が効果を上げた。しかし、新型コロナ禍を機にオンラインショップへの移行が進んだ。その中で、これをどう構築するか。その1つの答えが3Dメタバース・ソリューションの活用といえる。
もう1つの事例は、アパレルブランドとサプライヤー間のサンプル確認作業だ。そのような作業にも、当社の3Dメタバース技術が活用されている。従来は、サプライヤーが生産する衣服の各パーツのサンプルを、その都度、ブランドに空輸し確認を受けていた。この方法だと、まず物流コストがかかる。加えて、物流過程における温室効果ガス削減取り組みの必要性、さらには不要になったサンプル生地の廃棄といった課題が重なる。しかし、当社のソリューションを活用すると、ブランドに送るのはごく小さな1インチ四方程度の生地見本だけで済む。肝心のパーツ全体は、3Dメタバース・ソリューションを活用してブランド側が確認することができるようになる。MASホールディングス(インドを拠点に女性下着ブランドを展開)が、すでに商用利用を開始している。

ランコムオンラインショップでの活用例(同社提供)
その他の活用事例については同社ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。

将来的に、ユーザーのメタバース「没入」懸念も

質問:
メタバース技術ソリューションの活用における今後の課題は。
答え:
課題自体は、いくつもある。1つ挙げるとすると、倫理的な側面が指摘できる。具体的には、利用者がメタバースに「没入」して抜け出せなくなってしまうような状況を抑止する必要がある。メタバースと現実空間の区別がつかなくなるようなことは望ましくない。
現時点でメタバースを利用するためには、そのためだけに利用する特別なヘッドセットを装着したり、スマホやパソコンなどのデバイスのスイッチを入れたりしなければならない。このように、なんらかの行動の「切り替え」がまだ存在する。そのため、仮想現実と現実の境目が認識されやすい。しかし、将来的には、ウェアラブルデバイスが普通の眼鏡のように自然と身に着けているようなものに置き換わるかもしれない。あるいは、普通に使うコンピュータのスクリーン上で自動的にメタバースに接続されるような環境になるのかもしれない。だとすると、この境目が認識されづらくなることが懸念される。業界として、なんらかの統一的な規制や基準を設けるべきと考えている(注4)。

メタバース技術ソリューションは、オンラインゲームや会議システムなどへの活用が進んでいると言われる。イスラエル企業が開発した技術もあり、すでにいくつかの分野で実際に商用利用されている。こうした動きが注目されている。同時に、メタバース技術を利用することによる課題も認識されるようになった。そのため、今後、こうした側面にも配慮した技術開発と商用化、あわせてユーザーの理解向上も求められていくだろう。


注1:
コンピュータビジョンとは、コンピュータがデジタル画像や動画などを理解できるようにするための研究分野。実用性としては、人間の視覚で可能なことをコンピュータで自動化することなどが挙げられる。
注2:
機械学習とは、学習データに基づく過去の経験をコンピュータアルゴリズムに学習させること。学習以降、自動的になんらかのタスクを処理することができるようになる。人工知能(AI)の一種とされる。
注3:
Z世代とは、1990年後半から2000年代に生まれた人を指す言葉。生まれた時点でインターネットが利用可能な世界が形成されていたことから、デジタルネイティブ世代の始まりとして注目されている。
注4:
ただし、今回のインタビューでは、具体的な手法については言及がなかった。具体的には、例えば、ユーザーに対するアラート機能を搭載することなどが考えられる。
執筆者紹介
ジェトロ・テルアビブ事務所
吉田 暢(よしだ のぶる)
2004年、ジェトロ入構。アジア経済研究所、ERIA支援室、英サセックス大学開発研究所客員研究員、デジタル貿易・新産業部を経て、2020年8月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・テルアビブ事務所
アリサ・ノスキン
2019年からテルアビブ事務所に勤務。テルアビブ大学リサーチアシスタント(2017年~2020年)、テルアビブ大学修士(日本学)。

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