特集:中東・アフリカの新型コロナの影響と展望大幅な経済減速を予測、経済改革推進に向け官民で協調(南アフリカ共和国)

2020年7月31日

7月26日時点で、南アフリカ共和国(南ア)の新型コロナウイルス感染者数は43万4,200人(Our World in Data)。アフリカ54カ国で最多だ。感染拡大抑制を目的として2020年3月末から、ナショナル・ロックダウンが実施された。しかし、その経済への悪影響は甚大だった。政府は、6月24日に発表した新型コロナ対策向けの補正予算案の中で、2020年の経済成長率が過去90年で最悪のマイナス7.2%となる予測を示した(2020年6月26日付ビジネス短信参照)。南アは今、他の新興国と同様に、感染拡大が続く中で経済活動制限を緩和せざるを得ない厳しい現実に直面している。

ジェトロは、英国大手投資銀行ロスチャイルド南ア支店最高経営責任者(CEO)のマルティン・キングストン氏にインタビューした(2020年6月16日)。キングストン氏は、南ア経済団体連合会(BUSA)副会長や、2020年3月に設置されたビジネス・フォー・サウスアフリカ(B4SA)新型コロナ経済支援作業部会の代表も務める。

質問:
新型コロナの南ア経済・産業への影響をどう見るか
答え:
B4SAは、2020年の南アの経済成長率がマイナス10%前後に落ち込むと見ている。南アは、(コロナ感染拡大以前から)2四半期連続のマイナス成長となる景気後退局面に入っていた(2020年3月10日付ビジネス短信参照)。2020年第2四半期のGDP成長率はマイナス30%となる恐れすらあった。もっとも、(5月1日から実施された)経済活動の段階的な再開により幾分緩和されるかもしれない。南ア経済の回復には3年~5年を要すると見ているが、南アの主要貿易・投資相手国の経済や需要の回復に大きく左右される。
eコマースやeサービス(オンライン・フードデリバリーサービスなど)といった産業を除き、国内の大部分の産業はロックダウンで大きな打撃を受けている。諸外国と異なり、南アにはまだ感染のピークが訪れていない。向こう3カ月は感染者・死者ともに拡大する見込みだ。従って、これから数カ月先を見越した企業への最終的なインパクトを評価するのは、現時点で難しい。特に南アはHIV/エイズの感染者が多く、症状の重篤化も懸念される。このため、国内にはより他国以上の緊張感がある。
主要産業の1つ鉱業では、現在、ほとんどの鉱山がフル稼働している。また、多数の感染者を出してしまった鉱山を除いて、基本的にはロックダウン期間中も一度も完全に閉じたことがない。金融セクターもまた、フルキャパシティで活動している。もっとも、多くは債務不履行に陥った企業や個人への対応だ。小売業も、たばこ販売を除いて、ほぼ100%再稼働している。実のところ、現在の警戒レベル3で認められている経済活動の範囲は、最大の警戒レベル5から経済の段階的緩和案「リスク調整戦略」が発表された4月末時点(2020年4月30日付ビジネス短信参照)と比べると、すでに当時のレベル2かそれ以上に緩和された寛大(generous)な内容になっている。これは、産業界と政府との対話の結果だろう。
質問:
政府の経済支援策などの対応をどのように見ているか
答え:
政府は新型コロナ感染拡大への対策として、4月に5,000億ランド(約3兆1,000億円、1ランド=約6.2円、2020年4月23日付ビジネス短信参照)規模の経済社会支援策を発表した。うち、2,000億ランドは中小企業向けの貸付への支援だ。残りの多くは税の恩典や失業者・休職者向けの給付金となっている。しかし、これらの大部分は6月の補正予算案の発表後に実施されるため、むしろ救済策というのが適当だ。
国民には、ジェイコブ・ズマ前政権(2009~2018年)の間に省庁、政府機関、地方自治体といった行政や国営企業の能力が低下したという認識がある。新型コロナ感染拡大への対応を通じて、これがはっきりと浮き彫りになった。ビジネス界は政府と密に連携を取ってコロナ禍に対応している。しかし、私は「通常時のビジネス」と「コロナ禍におけるビジネス」とを分けて対策を取る必要があると考えている。短期的には、コロナ禍での民間セクターと政府との協同作業・対話が、政府の構造・能力を強化する効果をもたらすだろう。長期的には、政府は組織化された労働者や市民社会と協力して、重要な経済改革を行うためのより効率的な方法を模索していかなければならない。
B4SAでは、他のパートナーと連携して、現在「ポスト・コロナ経済復興戦略」案の検討が最終段階に入っている。しかし、これはコロナ禍後ではなく、感染拡大が続く今の時点から実行に移されるべきものだ。B4SAでは現在、以下のような政策提言を行う予定だ。
  • 政策改革
    土地改革政策(補償なしの土地収用含む)の明確化、人種間経済格差是正策の見直し、官僚主義的手続き(red tape)の見直し、電力公社エスコムの見直しを含む電力セクターの改革
  • 主要産業向け支援
    鉱業や金融業のように、国際競争力を持ちつつも長年にわたり本来の力を発揮できていない産業向け支援。製造業のさらなる現地化を通じ能力の強化や、観光業の重点化などを図る。
  • 政府機関の改革
    省庁、不採算経営が続く国営企業の両方の改革が急務。これらは財政赤字拡大の要因となっている。
質問:
南アの経済改革を進める上での課題についてどのように考えるか。
答え:
まず、財政赤字の拡大が大きな課題だ。政府は新型コロナ感染症対策として3兆5,000億ランドが必要になると試算している。このため、向こう3年間にわたり、国内外から資金を調達する必要があるだろう。それと同時に、南アは海外の投資家にとってより魅力的な投資先となる必要がある。そのためには、信用の構築が必要だ。
また、国内にはびこる犯罪、汚職問題への対処も重要だ。過去十数年にわたり、これらの対処がなされていない。一人ひとりが責任を持つ必要がある。これらは、南アにとって以前から続く問題だが、(コロナ危機を通じて)より問題が顕著になってきたと感じている。
既述した政策提言案は目新しい内容ではない。しかし、新型コロナ感染拡大の状況を受けて、政府の反応にこれまでと明らかな違いも見られはじめている。第1に、政府にとって、こうした政策の決定と実行が緊急性を伴っていることにある。第2に、(貧困、失業、犯罪など)社会レベルでの課題が同時に増幅されていること。第3に、新型コロナという共通の課題に立ち向かうため、政府と民間セクターとの間に協調が生まれていることだ。これは、以前との決定的な違いだ。このようなことは、これまで決して見られなかった。また、大統領をはじめ各担当相間で、建設的な議論が行われるようになったとも感じている。
他方で、新型コロナ収束後も〔与党のアフリカ民族同盟(ANC)を中心とする〕国内政治体制は変わらないと見ている。経済改革を推し進めるには、国営企業の改革や、公務員向けの賃金基金などの取り崩し、民間企業による解雇などを伴う。このような厳しい決断を(ポピュリズム色が強いANCが)断行するとなると、現実には難しい問題が生じるだろう。
執筆者紹介
ジェトロ・ヨハネスブルク事務所
髙橋 史(たかはし ふみと)
2008年、ジェトロ入構後、インフラビジネスの海外展開支援に従事。2012年に実務研修生としてジェトロ・ヤンゴン事務所に赴任し、主にミャンマー・ティラワ経済特別区の開発・入居支援を担当。2015年12月より現職。南アフリカ、モザンビークをはじめとする南部アフリカのビジネス環境全般の調査・情報提供および日系企業の進出支援に従事。
執筆者紹介
ジェトロ・ヨハネスブルク事務所
トラスト・ムブトゥンガイ
ジンバブエ出身。2011年から、ジェトロ・ヨハネスブルク事務所勤務。主に南部アフリカの経済・産業調査に従事。

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