特集:中東・アフリカの新型コロナの影響と展望製造業、サービス・観光分野に打撃、政府は景気刺激策にも注力 (イラン)
2020年7月31日
イランでは、米国による経済制裁と相まって、新型コロナウイルス感染症が国内経済に大きな損害を与えている。感染症対策と経済平常化のはざまで、ローハニ政権には難しいかじ取りが迫られる。 ジェトロは今般、アラ・エンタープライズのサイラス・ラザギ社長から、新型コロナウイルス感染症の影響などについて寄稿を受けた。アラ・エンタープライズは、イランの政治経済情勢に精通したビジネスコンサルティング企業だ。寄稿に基づき、以下の通り報告する。
- サイラス・ラザギ氏(Mr. Cyrus Razzaghi)の略歴
- 世界第2位の欧州ソフトウエア企業を含め、約27年のマネジメント業務経験を有する。数多くの出版物、記事、インタビューを提供。地場・グローバル双方に高度なネットワークを有し、戦略計画、ブランド戦略、事業開発、交渉、国際マーケティングに高い知見を持つ。
イランのGDPの約18%に及ぶとみられる経済的損失
7月16日時点で、イラン国内の新型コロナウイルス感染者数は26万4,561人、死者数は1万3,410人に及ぶ(Our World in Data)。障害調整生命年(YLL:Years of Life Lost)(注1)に換算すると、19万2,000年だ。悲劇的な数字と言える。
最初の感染例は2月19日にコム市で確認された。保健省は実際の症例数を1,000万人から1,500万人、または人口の約15%の範囲内と推定している。7月中旬時点で少なくとも2つの州が第2波に見舞われている。新しい症例の多くは、テヘランやコムから離れた国境近くに見られるのが特徴だ。 経済への影響については、数値として測定できないものも多くあるが、世帯収入と消費への影響、さまざまな産業での影響などを考慮すると、計785億ドルに及ぶと推測される。イランのGDPの約18%に当たり、6月に政府が発表した推定値よりも約3%高い。
政府のパンデミックへの対応に対し、国民の信頼は早い段階で低下した。一方で人々は、世界中が同様の混乱に陥っていることを次第に認識するようになった。宗教指導者もファトワーを発令して、ラマダン月の断食を行うか否かを個人が決定できるようにした。また、宗教施設の封鎖について理解を示したりするようにもなった。
イラン政府は、経済と福祉の機能を維持する能力を証明した。一時解雇に直面した工場労働者による散発的な抗議が発生したり、米国による経済制裁で孤立化が生じたりしているにしても、だ。もちろん、低所得者層や小規模ビジネスに対する短期的および長期的な影響について、懸念は拭えない。小規模ビジネスは、イラン経済の大部分と言えるのだ。
政府は綿密な経済的支援を実施してきた。主要な問題は、想定を上回る財源の不足と言えよう。
政府はコロナ対策と同時に景気刺激策にも注力
政府は3月初旬、特別対策本部を設置し、公共施設や商業施設、学校、宗教施設・儀式、スポーツイベントを制限し、社会的距離を取る措置を導入した。3月25日には国内の一部を封鎖し、政府機関や民間企業も2週間の業務停止、州間の移動も厳しく制限した。
その後、政府は新型コロナウイルス感染拡大の動向を踏まえ、リスクを勘案しつつ段階的に事業再開を命令した。また、地域貿易を復活させるため国境(陸路)も再開。5月中旬には、モスクが再開され、5月末までに全ての商業施設、主要な宗教施設が再開した。一方で、感染者数・死者数が再び増加傾向にあることから、テヘラン市は7月14日、全ての学校、大学、モスク、ジム、カフェ、レストランなどを再び1週間閉鎖するとした。
ローハニ大統領は3月、政府予算の20%を新型コロナウイルス感染症対策として使用すると発表した。米国からは、いわゆる「最大の圧力」を受けているにもかかわらず、経済の停滞・損害を制御するため、金融財政政策もあわせて発表した。また、独自のワクチン研究とテストキット開発、防護服や消毒剤の製造を開始。加えて、研究所とエンジニアリング系スタートアップ企業への資金援助にあわせ、以下の政策を実施した。
- 新型コロナウイルス感染対策のための医療予算の追加(GDPの2%相当額)
- 低所得者層、世帯への補助金支給(同0.3%相当額)
- 失業保険基金への支援(同0.3%相当額)
- 新型コロナウイルスの影響を受けた企業や世帯に対する補助金融資(同4.4%相当額)
政府の景気刺激策は、大きな影響が予想される14の分野を対象としている。例えば、食品・飲料や小売り(アパレル、ドライフード)、養鶏、教育機関、観光などだ。
また、イラン中央銀行は医薬品を輸入するための資金配分について発表した。あわせて、2020年2月が返済期限だったローンの3カ月間の期限延長や、不良債権を持つ顧客に対する一時的なペナルティー免除なども発表。非接触型決済の導入・利用拡大にも取り組んだ。さらに、通貨イラン・リアルを安定させるために、15億ドルを外国為替市場に投入した。
IMFに要請した50億ドルの融資は、米国が拒否している。しかし4月中旬、世界銀行に500万ドルの融資を要請し、承認された。これが、世界保健機関(WHO)経由で融資される見込みだ。
失業率が上昇し、製造業やサービス・観光分野で景気が悪化
イラン議会が4月以降に実施した調査で、失業率の上昇が明らかになった。議会は、失業保険に未加入あるいは支援・制度の対象外といった理由で、政府の対策が行き届かないケースがあることを指摘している。パンデミック後には需要が回復し、多くの雇用が回復すると期待される。しかし議会は、それでも非正規雇用者と低所得者層が打撃を受ける可能性を指摘し、警鐘を鳴らした。また、小売り・卸売り(自動車を除く)、陸上輸送(鉄道を除く)、食品・飲料サービス、アパレル製造分野などで、景気が7.4%~11%程度縮小するとも予想。これによって、290万人から640万人の雇用が影響を受ける可能性があると結論付けた。世界銀行による最近の調査には、新型コロナウイルスの影響によって、全世帯収入の平均が約14%減少すると予測がある。また、公的部門と民間部門の給与所得がそれぞれ10%減少し、自営業所得は20%~50%減少する(つまり、最大で約6カ月間分の収入減)と予想されている。
サービス分野では、これまでのところ105億ドルの収益損失がある。医療分野に影響があったほか、小売業と外食産業が最も大きな影響を受けた。特に、イランで人気がある伝統的な小さいカフェは、閉店に追い込まれたケースが多い(正確な数を確認することはできないが)。旅行業界と外食業界は売上高が急減した最初の業界だった。 それらの多くは政府の感染対策の新しいガイドラインに沿って再開した。にしても、売上高は感染拡大以前の水準を下回っていると言われている。
ただし、自動車の小売売上高は、新型コロナウイルス感染流行時期が季節的な売り上げ停滞時期に重なったため、影響はわずかだった。また、感染拡大当初、食料品や洗浄剤の購入増に伴い、小売業で売り上げが増加したという報告もあった。
製造業については、これまで280億ドルの損失が見込まれる。多くの製造企業、特に自動車業界は既にキャッシュフローに苦しむ。 しかし、6月以降の購買担当者景気指数(注2)は前向きな見通しだ。
医療観光を含む旅行や観光は、大きな打撃を受けた分野だ。既に約210億ドルの損失を計上したと推測される。貿易分野と観光分野は、回復する余地がまだ見当たらない。現時点ではデータを個別に検証できないが、多くの中小企業が財政難で苦しんでいるのは間違いない。業界団体によると、約2,500の旅行代理店などが既に閉鎖に追い込まれたという。
石油産業は、新型コロナウイルス流行前の政府予算で国庫収入の約8%しか占めていない。イランでは、原油販売が米国の経済制裁の影響を既に受けていたためだ。パンデミックのさなか、特に中国の需要低下やサウジアラビアとロシアによる価格戦争によって、原油価格は急激な低下を記録した。6月には、イランの原油輸出も持ち直しているようだ。しかし、制裁前の水準にはまだ遠い。
鉱業分野では、3月の輸出が30%減少した。国境閉鎖の間に、イラク、トルコ、アフガニスタン、アラブ首長国連邦(UAE)での鉱業市場シェアをイランが失ったという懸念があった。このため、政府は貿易を継続させるために懸命に後押しした。米国の制裁に対応しつつ、貿易のターゲットを欧州と東アジアから、中国とユーラシア大陸へと転換している。新型コロナ感染拡大で国境や貨物輸送が断続的に開閉されてきたこともあり、取引の鈍化は否めない。
農業分野に関しては、生産、流通ともにあまり影響を受けていない。もちろん、消費と貿易の減少・停滞の影響は受けている。このため、生産量は8%、流通量は10%、それぞれ減少することが予想されている。
今後の経済復興に向け、ECや共同ブランディングなどの新しい試みも
国レベルでも企業レベルでも、パンデミック後の復興にはまだ取り組めていない。現時点では、もっぱら新型コロナウイルスの感染対策に取り組んでいるところだ。民間企業は、断続的なロックダウンや、リモートワークへの切り替え、売上高や為替レートの急変動への対応に奔走している。また、国際旅客便の通常運航や国境の永続的な再開を待っている状況だ。
現在のところ、経済復興に関しては、政府からの補助金の配分と景気刺激策(予算)の配分にほとんどの焦点が当てられている。7月上旬以降、これまでに、貿易業者を中心に40万以上の企業が申請済みだ。現時点での補助額は、合計で3億2,000万ドルほどだ。
一方、小売業者の一部には、Eコマース(EC)により多くの投資を振り向けている企業が出てきた。健康・衛生用品分野で、新しいビジネスモデルに投資する企業もある。消費者行動の変化に焦点を当て、共同ブランディングの試みも見受けられる。保険会社で一例を挙げると、新型コロナウイルス感染症に対応した保険プランをインターネットTVと共同でブランド化を始めたという。収益低下に対応するため、顧客の認知度を高める取り組みだ。
- 注1:
- 疾病負荷を総合的に示す指標。早死によって失われた年数に加え、病的状態、障害などにより失われた健康的な生活の年数も含む。
- 注2:
- 製造業や企業で仕入れを担当している購買担当者へのアンケートを基に、景況感を集計した景気指標の1つ。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・テヘラン事務所長
中村 志信(なかむら しのぶ) - 1998年、ジェトロ入構。海外事業部、輸入促進部、ジェトロ鳥取、対日投資部、ジェトロ・テルアビブ事務所、展示事業部、総務部を経て、2015年7月から現職。