特集:中東・アフリカの新型コロナの影響と展望コロナ禍を機に、強みを磨く中東

2020年7月31日

新型コロナと油価下落の二重苦

世界的に、新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の感染が拡大している。中東地域でも、2月以降に主要国で順を追うように、感染者が増加した(図1参照)。各国とも、3月の早い時期から渡航制限や外出制限や営業制限などを実施。5月のラマダン(断食)期間中には、感染ペースを抑えることに成功していた。

しかし、ラマダン明け休暇が終了した6月以降、社会・経済活動の再開に向けて制限が緩和されると、一部の国で第2波ともいえる感染者数の急増を招いた。特に、イランとサウジアラビア、トルコの感染者数が多く、7月上旬にいずれも20万人を突破。7月21日時点で、それぞれ10位、13位、15位となった(ジョンズ・ホプキンス大学)。イスラエルやイランでは、一度は経済再開にかじを切ったものの、7月にはイベント会場や商業施設・モールの再閉鎖を要する事態となっている。

図1:中東各国における感染者数の推移
1月下旬にアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで初の感染者が確認されてから、2月以降に順を追って主要国で感染が拡大。特に2~3月にはイラン、3~4月にはトルコ、4~5月にはサウジアラビアにおいて急激な増加がみられた。7月中旬のこの3か国の感染者数は、トップがイランで約27万人、次いでサウジアラビアが約25万人、トルコが約22万人。カタールは総数では10万人程度だが、人口比では6月下旬に100人当たり約3人の感染者となり、世界最大の割合となっている。

出所:Our World in Dataを基に作成

同時期にこの地域の経済に大きな影響を及ぼしたのが、原油価格だ。油価は2019年以降、1バレル当たり60ドル程度で推移していた。しかし、サウジアラビアとロシアの減産協議の決裂などを受けて、3月に急落。同20ドル台まで落ち込んだ。4月20日にはWTIがマイナス37.63ドルと、史上最安値をつける事態となった(図2参照)。

油価下落と新型コロナの二重苦を背景に、IMFの地域経済見通し(7月)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます で、中東・北アフリカ(MENA)地域とアラブ世界で、2020年の実質GDP成長率がいずれもマイナス5.7%と予測される結果となった。産油国が多いGCC(湾岸協力会議)諸国では、油価下落の影響がさらに甚大で、マイナス7.1%の予測となった(2020年7月15日付ビジネス短信参照)。特に産油国サウジアラビアは、IMF見通し(6月時点)でマイナス6.8%とされた。現地大手投資企業ジャドワ・インベストメントの報告書では、2020年末の財政赤字が4,220億サウジ・リヤル(約11兆8,160億円、1リヤル=約28円)、GDPの約15.7%に達すると見込まれている。財政赤字には、1,760億サウジ・リヤルの債務を含むものだ。

図2:原油価格の推移
2019年以降は1バレル当たり60ドル程度で推移していた原油価格だが、サウジアラビアとロシアの減産協議の決裂などを受けて2020年3月に急落し、1バレル当たり20ドル台まで下落。4月20日には、WTIがマイナス37.63ドルと史上最安値をつける事態となった。その後は回復し、7月には1バレル当たり40ドル程度で推移している。

出所:米国エネルギー情報局(EIA)を基に作成

コロナ禍で各国の強みや特色が鮮明に

新型コロナと油価下落の二重苦で、先行き不透明な中東各国だが、有識者へのインタビューを通じてより鮮明に見えてきたことがある。苦境の中でも各国が持つそれぞれの強みや特徴をあらためて見直し、今後の経済再建を模索しようとする姿だ。確かに、今後の経済見通しや第2波の感染拡大に対する不安がいまだに残ってはいる。しかしビジネス面では、注目される新たな取り組みが見え始めてきている。

アラブ首長国連邦(UAE)は、中東地域のハブとして、ヒトとモノの動きに大きく依存してきた。不況が不可避とはいえ、いかに感染拡大の第2波を抑え、中小企業の経営破綻や従業員のレイオフを防ぐかが課題となっている。航空や観光などの産業で被害が甚大だが、医療や製薬業、情報通信技術(ICT)、金融業、士業など比較的影響が少なかった分野もある。企業目線では、売り上げの減少と代金回収にリスクがある。しかし、景気のサイクルは、また必ずやってくる。そう考えると、効率化とコスト削減に忍耐強く取り組めば、UAEは今後もビジネスの集積地としての地位を保てるはず――そういった見方が示された。

また、UAEでは7月7日、内閣改造と政府機関を大規模に再編。産業・先端技術省を新設し、国を挙げて先端技術で苦境を乗り切ろうという路線を鮮明に打ち出した。デジタル化の推進により、今後2年以内に政府のサービス窓口の50%を廃止するという動きもある(2020年7月7日付ビジネス短信参照)。

厳しい外出制限がかかったことで、Eコマースの活用も拡大している。例えば、大手EC企業「noon」が世界最大級の商業施設ドバイ・モールと提携。サイト内にバーチャルストアを立ち上げて人気を博すなどの事例がみられる。一方で、観光客の呼び戻しに向けた先駆的な取り組みもみられる。ドバイの5つ星ホテル「ジュメイラ・アル・ナシーム」は、大手国際認証機関ビューローベリタスによる新型コロナ予防の高い衛生基準(セーフガードラベル)を満たすホテルとして、世界で初めて認定を取得した(2020年6月11日付ビジネス短信参照)。

イスラエルでも、民間消費と輸出が大きく減少している。しかし、供給面(製造業などの生産活動)の影響は少ない。経済の落ち込みも、フランスやスペイン、イタリアなど他国と比較して大きくはない。政府は失業者対策として、企業への融資提供、補助金支給を講じる。特に、公的部門による医療・インフラへの投資が国内需要喚起の面で重要という。一方で、スタートアップ大国としては負の影響がある。2021年までは米国からの資金供給の減少によって資金調達が減少する見込みだ。ベンチャーキャピタル(VC)も既存投資先の支援に集中し、海外からの投資が減少するために、新規投資が減る傾向にある。

他方、イスラエルでは先端技術立国として、デジタルヘルス分野の取り組みが進む。新型コロナ禍の下でその強みに一層注目が集まっている。重要拠点のシバ病院では、感染者への効果的な対処のため、遠隔医療の技術を活用(2020年4月1日付ビジネス短信参照)。医療従事者の感染リスクを防ぐ遠隔モニタリング、人工知能(AI)を活用した医師とつながるスマートフォンアプリの提供、自宅療養者の遠隔ケアを支援するプラットフォーム提供などを行う現地スタートアップも現れている。

イランでは、世帯収入や消費の減少などを考慮すると、パンデミックの影響はGDPの約18%に及ぶとされた。早い段階で政府に対する国民の信頼が崩れ、失業率の増加を招いた。分野別では、製造業やサービス(小売業・外食産業)、観光の被害が甚大で、回復の見込みはまだないという。一方で、Eコマースに多く投資する小売業者や、健康・衛生用品の新しいビジネスに投資する企業、新型コロナ対策の保険プランをネットTVで紹介する企業など、コロナ拡大に合わせたビジネスを模索する企業も現れているもようだ。

サウジアラビアも他国同様に、小売業や外食産業、観光業やエンタメ産業などが大きな打撃を受けたとみられる。一大産油国として、特に油価下落の影響がコロナ以上に財政に大きな影響を与え、7月から付加価値税(VAT)を3倍増にする(5%から15%へ)など、痛みを伴う改革につながった(2020年5月12日付ビジネス短信参照)。しかし、この状況をてこにしてさらに一層の脱石油依存・新産業育成の動きを進める可能性もある。国営石油会社サウジアラムコは6月、石油化学会社SABICの株式70%を取得。「ビジョン2030」を牽引する組織の公的投資基金(PIF)の資金調達を実現した。アラムコだけで石油産業を上流から下流まで一気通貫で事業を展開することが可能となるなど、コロナ禍下においても改革を推進している(2020年6月19日付ビジネス短信参照)。

トルコ経済もコロナで大きく負の影響を受けた。しかし、中東で製造業の基盤を持つ有数の国として、距離的に近く関税同盟を持つ欧州企業のサプライチェーンの見直しにより、中国の代替調達先になり得るのではないかという期待が高まっている。結果的には、欧州側からの発注キャンセルなどが相次いだことで、代替先としてすぐにアピールする機会は得られていない。むしろ、フォルクスワーゲンが新工場建設計画を中止するといった残念なニュースもあった(2020年7月9日付ビジネス短信参照)。

しかし、政府はこうしたコロナ禍の厳しい状況にあっても積極的な姿勢を崩していない。貿易省が産業団体と協力してデジタル化に向けて音頭を取り、「バーチャル貿易プラットフォーム」の構築を推進。デジタルツールを活用した輸出拡大を目指している。オンライン展示会「Shoedex」や「AgriVirtual」の開催、他国企業とのオンラインでの貿易ミッションの交流などに、世界でもいち早く取り組んでいる。

以上みてきたように、UAEは地域ハブとしての地位を活用しながら、サウジアラビアと同じく産油国として国を挙げての石油産業の競争力強化と産業多角化、トルコではデジタル化に加えて製造業の基盤の活用、イスラエルではスタートアップのデジタルヘルス技術の活用など、それぞれの国が持つ強みに一層磨きをかけようとしている。新しい経済再建に取り組む姿が現れているのだ。

日系企業には追加関税などの課題も、デジタル化に商機

このような中東の状況下で、日系企業はどのような事業戦略を模索するべきなのだろうか。

新型コロナの拡大は、日系企業にもさまざまなかたちでマイナスの影響を与えた。中東で進出日系企業数が最も多いUAEでは、販促活動やマーケティング活動が自由に行えない、投資先の視察ができないなど、障害が発生した。営業先となるはずの中東・アフリカ諸国などで入国制限や渡航制限が行われたためだ。また、取引先からの一方的な注文キャンセル、卸売業者の売り惜しみや値上げ、納入先からの支払い延期要請、建設プロジェクトの遅れなどの課題も聞かれた。物流については、特に航空便の減少により、スペース不足・運賃の高騰という問題も発生した。

さらに、トルコとサウジアラビアでは、新型コロナの影響を受けて売り上げが減少した国内産業を保護するために、新たな追加関税措置を発動した。トルコでは4月以降、多数の品目(鉄鋼製品、革製品、繊維品、機械類など5,000点以上)への追加関税を施行。サウジアラビアでも6月20日から一部品目の関税引き上げを発表し、取り扱う商材やその部品が追加関税の対象品目となる進出日系企業にとっては大きな課題となった。

課題が多い半面、各国の新たなデジタル化の動きに応じて、新たな商機も生まれてきている。5月上旬にアブダビにUAE2号店を開設した紀伊國屋書店では、新型コロナ感染拡大が始まって以降、特にEコマースの売り上げが好調で、通常時の2倍以上になったという(2020年6月8日付ビジネス短信参照)。また、UAEやサウジアラビア、トルコなど、この機会に政策としてデジタル化を推進しようという国では、この分野で新たなチャンスが生まれる可能性もある。各国の強みをよく理解しながら、辛抱強く新たな商機をうかがう姿勢が望まれる。


閑散とするドバイ・モール(ジェトロ撮影)

店舗再開で活気を取り戻すイスタンブール
(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中東アフリカ課課長代理
米倉 大輔(よねくら だいすけ)
2000年、ジェトロ入構。貿易開発部、経済分析部、ジェトロ盛岡、ジェトロ・リヤド事務所(サウジアラビア)等の勤務を経て、2014年7月より現職。現在は中東諸国のビジネス動向の調査・情報発信を担当。

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