EUと英国の経済展望とグリーン成長を巡る最新動向
現地所長が解説(1)

2022年2月18日

ジェトロは2022年1月12、13日、「現地所長が語る!」シリーズの欧州ウェビナーを開催した。1日目は「EUと英国のグリーン成長をめぐる最新動向」と題し、ブリュッセルとロンドンの両事務所長が現地から解説した(2日目は2022年2月18日地域・分析レポート参照)。2022年のEUと英国の経済展望とビジネス環境における注目の政策や課題、気候中立を目指すグリーン関連政策の動向などを中心に、現地からライブで伝えた。

EUの経済回復は加盟国によるばらつきも

前半に登壇したブリュッセル事務所の山崎琢矢所長は、新型コロナウイルス感染拡大によるEU経済への影響と復興対策や、グリーン成長やデジタル化への移行などのEUの中長期政策、EUの対内・対外関係における注目点について解説した。

まず、新型コロナウイルス感染拡大による経済的影響について、EU全体の2020年の実質GDP成長率はマイナス6.1%となり、2009年の金融危機以上の落ち込みを記録したものの、2021年第3四半期(7~9月)には新型コロナ感染拡大前の水準に回復し、欧州委員会の秋季経済予測では、2021年通年は5.0%と予測(2021年11月15日付ビジネス短信参照)。今後、オミクロン型変異株による感染再拡大やエネルギー価格高騰で下方修正される可能性が大きいが、EU全体では経済は回復基調にあるとした。ただし、加盟国間で経済への影響に違いがあり、2021年の回復状況は特に北欧と南欧の国でばらつきがあり、「北高南低」の状態。EUとして、加盟国間の経済的なダメージの差をどのように調整していくかが注目されるとした。

EUの経済復興の主軸となる復興基金については、各加盟国が策定した復興計画に応じた本格的な予算執行が始まっている(2021年8月4日付ビジネス短信参照)。各加盟国は復興基金の中核予算となる「復興レジリエンス・ファシリティ(RRF)」からの財政拠出を得るために、復興計画のうち37%をグリーン化政策に、20%をデジタル化政策に充てる必要があるが、全体としてEU域内の経済落ち込みに関する「南北問題」と、脱炭素比率の違いからくる「東西問題」を是正する予算配分の内容となっていると説明。また、復興計画は、欧州委員会による審査を経てEU理事会(閣僚理事会)による承認が必要となるが、1月12日時点で、ポーランドとハンガリーなどの復興計画はまだ欧州委員会による審査が完了しておらず、今後のリスク要因になりうるとした(2021年10月12日付ビジネス短信参照)。


ジェトロ・ブリュッセル事務所の山崎琢矢所長(ジェトロ撮影)

EU議長国としてのフランスに注目

EUの中長期政策の戦略については、新型コロナ禍前から欧州委員会が掲げる成長戦略の2大エンジンである「グリーン」と「デジタル」に加えて、「戦略的自律(strategic autonomy)」が 3本柱となっている。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が2021年9月に行った一般教書演説でも、この3本柱の推進を強調しており、特に戦略的自律については、欧州半導体法などの提案を約束している(2021年9月16日付ビジネス短信参照)。また、2022年上半期のEU理事会の議長国はフランスとなり、エマニュエル・マクロン大統領は2021年12月9日に行った演説で、気候変動アジェンダ(Fit for 55)の前進、炭素国境調整措置(CBAM)の成立を目指すことを宣言したほか、デジタル主権の確保や「ヨーロピアン・チャンピオン」の育成など、米中に依存しない姿勢も強調した(2022年1月5日付ビジネス短信参照)。大国が議長国になるとアジェンダが進むと言われており、今後の動向が注目されると説明した。

今後の争点はEU ETSの拡大、CBAMなど

続いて、山崎所長は「グリーン」「デジタル」「戦略的自律」のそれぞれの関連政策について解説。まず、「欧州グリーン・ディール」(注)の一環の政策パッケージ「Fit for 55」について、2021年7月14日に発表された第1弾は、13の気候関連法令が提案され、建物・交通部門に重点を置いており、2022年中をめどに法案成立が図られているとした(2021年7月15日付ビジネス短信参照)。また、2021年12月15日には第2弾として、水素・低炭素ガス市場法案パッケージなどが発表された(2021年12月16日付ビジネス短信参照)。EUタクソノミー規則に原子力と天然ガスを含める方向で検討されているが、加盟国間で賛否両論があり、今後の大きな注目点となるとした(2022年1月25日付ビジネス短信参照)。さらに、今後の争点となることが予想される政策として、EU排出量取引制度(EU ETS)の運輸・建物部門への適用拡大、炭素国境調整メカニズム(CBAM)、自動車の二酸化炭素(CO2)排出規制(CAFÉ規制)などを挙げた。

「デジタル」については、欧州委員会が2021年3月9日に発表した「デジタル・コンパス2030」を取り上げ、域内の第5世代移動通信システム(5G)、IT人材育成などのデジタルインフラの整備、次世代半導体やクラウドサービスなど域内産業の育成の強化など、デジタル化への移行と戦略的自律性の確保を前面に打ち出した内容となっているとした(2021年3月12日付ビジネス短信参照)。

「戦略的自律」については、新型コロナ危機を受けて、EUでは1つのキーワードとなっており、関連政策として特に注目されるのが、外国補助金規則案(2021年5月6日付ビジネス短信参照)や反威圧手段規則案(2021年12月10日付ビジネス短信参照)などの貿易的措置の整備の加速だとした。さらに、人権問題への取り組みも進められており、サプライチェーンにおける人権デューディリジェンスや、強制労働関連製品の域内市場の流通禁止に関する制度など、関連規制の整備が行われている。サプライチェーンにおける人権デューディリジェンスなどを含む企業統治に関する指令案は、2022年2月に発表される予定で、企業活動に影響を与える可能性が高いとした(2021年6月10日付地域・分析レポート参照)。

最後に、EUの対内・対外関係について解説した。対内関係では、EUの基本的価値の1つである「法の支配」をめぐる、EUとポーランド、ハンガリーとの対立については、EUとして譲歩しながら解決を図るだろうとした。また、ドイツでは、2021年10月に発足したオラフ・ショルツ首相が率いる新政権の行方が注目されるとした。連立政権によって緑の党の存在がより大きくなったことから、さまざまな政策面でアンゲラ・メルケル前首相からの路線変更があるかどうかがポイントだと述べた。

対外関係では、米国との関係はバイデン政権下で改善の方向に向かっている一方、対中政策のスタンス、CBAM、タクソノミーなど引き続き懸案事項が多いとした。中国とは、2020年12月、EU・中国包括的投資協定に大筋合意(2021年1月5日付ビジネス短信参照)したものの、その後、人権問題などでEU内での審議は凍結。リトアニアと台湾の関係強化をめぐる問題もあり、今後も中国との関係は一筋縄ではいかないだろうとした。

コロナ前水準に回復した経済、物価上昇や人手不足などの課題

後半に登壇したロンドン事務所の中石斉孝所長は、英国における新型コロナウイルスの状況と経済回復に触れつつ、グリーン政策と対外政策を中心に解説した。

オミクロン株による感染者数については、年末年始には1日当たり20万人を超えたが、入院者数や死亡者数はピーク時に比べて低水準にあり、直近の感染者数も減少したことから、規制の全面解除に向かっている(2022年1月20日付ビジネス短信参照)。また、国内感染が高まったことで水際措置を強化する意味がなくなったとして、入国前のPCR検査義務を廃止したことを紹介し(2022年1月25日付ビジネス短信参照)、科学的根拠に基づく合理的な措置が行われていると指摘した。ワクチンのブースター接種は既に人口の5割を超えており、2月下旬には全成人への接種が完了することから、いよいよコロナ禍からの完全脱出というムードになりつつあるとした。

英国経済については、2020年末に英国のEU離脱(ブレグジット)と新型コロナのアルファ株のダブルパンチによって破綻するとまで言われたが、既にコロナ以前の水準に戻りつつあり、実質GDP成長率は2021年に6.8%、2022年は5.0%と予測されているとした。懸念事項として、物価上昇率が2021年11月に5%を超え、現在も上昇が続いていており、中央銀行による金融引締めと出口戦略がどのように始まるかを挙げた(2022年2月4日付ビジネス短信参照)。

また、医療や物流、デジタルなど多くの産業分野で人手不足が深刻化し、それが長期化しつつある。人手不足の要因は、感染者の急増や、長期療養者の発生、ブレグジットによるビザ発給の厳格化だけではなく、働き方の見直しや学び直しの増加といった就業構造の変化も存在していることを指摘した。


ジェトロ・ロンドン事務所の中石斉孝所長(ジェトロ撮影)

COP開催国としてグリーン政策の先進化

2021年11月に英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の成果として、化石燃料の削減・廃止に初めて言及した点や、パリ協定ルールブックが完成した点を挙げた(2021年10月26日付地域・分析レポート2021年11月16日付ビジネス短信参照)。英国は金融大国として「グリーンファイナンス」を進めており、特に情報開示関係では世界の先陣を切りつつあると指摘した。

具体的には、G20気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)に基づいた情報開示の義務化を2022年4月から導入し、ネットゼロに向けた移行計画の開示も2023年中に義務化する。また、国際会計基準のIFRS財団で、持続可能性報告書に係る国際基準の作成作業を開始するともに、各国の金融監督当局や中央銀行間で金融における気候変動リスクに係る政策提携を始めた。さらに、グリーンボンドやサステナビリティー・リンク債が急成長していることも紹介した(2021年12月8日付地域・分析レポート参照)。

英国のエネルギー政策については、2015年ごろから石炭火力発電量を急減させ、これに代わって再生可能エネルギーの導入を進め、発電量の40%強を占めるようになった。海に囲まれた地形から洋上風力発電が急発展しており、2030年の発電量は現在の4倍となる40ギガワット(GW)に達する計画。水素分野では、ブルーおよびグリーンの両面で製造・発電施設が全国6カ所で展開されているとした(2021年10月20日付ビジネス短信2021年6月10日付6月15日付地域・分析レポート参照

また、英国は現実路線を貫いており、2050年の電源構成の絵姿として、再エネを7割、原子力発電を2割とし、CCS(二酸化炭素回収・貯留装置)付きの石炭・天然ガス・水素発電を1割程度の調整電源としている。さらに、電力の国際融通を行うべくノルウェーや大陸側との国際連系線を強化しており、天然ガス、石油・石炭も自給率4割も確保するなど、経済安全保障への目配せも確実に行っていると指摘した。

英国は2030年までにガソリン車などの新車販売や、2035年までにハイブリッド車などの新車販売をそれぞれ禁止することを決めたことから(2021年11月12日付ビジネス短信参照)、2021年第4四半期には登録車の4割近くが代替燃料車となり、また、自動車の国内生産も一斉に電気自動車(EV)化が進み(2022年1月13日付2022年1月28日付ビジネス短信参照)、国内2カ所でのギガファクトリーの建設も進んでいる点を紹介した。

「グローバル・ブリテン」としての英国

最後に、ブレグジット後の状況については、2021年初の混乱は短期的には沈静化しているが、一方で、EU離脱協定の北アイルランド議定書は同じ英国内なのに税関と規制の国境を作るという構造的な問題を抱えており、英国は議定書の一部停止を示唆するなど、今後とも英・EU間の交渉に注視が必要とした(2021年12月22日付ビジネス短信参照)。貿易動向については、2021年1月は対EUの輸出入ともに落ち込んだが、現在は回復傾向にある。英国の輸出先としてEUの割合は低下して、貿易相手先の多角化が進んでいると指摘した。

対外政策については、英国はEU離脱によってフリーハンドを得て、「GLOBAL BRITAIN(グローバル・ブリテン)」の下、成長著しいインド太平洋地域へのコミットを深めており、EUに先行してオーストラリア、ニュージーランドとのFTA締結に成功し(2021年12月21日付ビジネス短信参照)、現在CPTPPへの参加協議を進め、英印貿易協定の交渉も始めた(2022年1月18日付ビジネス短信参照)。これらにより世界経済の3分の2との貿易協定の締結、輸出の5割増を狙っているとした。さらに、インド太平洋地域の安定に向けて、英米豪によるAUKUS、情報諜報機関のFIVE EYES、米豪日印のQUADによって、米英を基軸に価値観を共有する国々との同盟関係を強化していることを紹介した。英国は自由と民主主義を守ることに高い価値を置きつつ、目的合理性に基づいた、独自の現実路線を進んでいることを強調し、説明を締めくくった(2022年2月1日付ビジネス短信参照)。

ウェビナーの最後には質疑応答の機会が設けられた。まず、EUについては、原子力発電や天然ガスの扱いについて議論が続くEUタクソノミーに関して、その決定の仕方や、仮に原子力・天然ガスを「グリーン」とみなすことが承認された場合、反対の立場を取る国の市民・企業の反応について質問があった。また、EUでの水素市場立ち上げに関して、現時点では経済合理性があまり高くない水素を強化していく理由は何か、などの質問が寄せられた。

新型コロナ禍において、アイルランドの経済成長が著しかった理由について、ブレグジットの影響によるものかといった質問もあった。

今回のセミナーは、オンデマンドで2022年3月19日まで配信している。視聴料は4,000円(消費税込み)で、ジェトロ・メンバーズは1口につき先着1人まで無料〔2人目から4,000円(消費税込み)〕で視聴できる。オンデマンド配信の申し込み方法や手続きの詳細はジェトロのウェブサイトを参照。


注:
「欧州グリーン・ディール」については、調査レポート「『欧州グリーン・ディール』の最新動向(第1回)政策パッケージ「Fit for 55」の概要と気候・エネルギー目標」(2021年12月)参照のこと。

現地所長が解説

  1. EUと英国の経済展望とグリーン成長を巡る最新動向
  2. 2022年の欧州政治経済を占う
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課 課長代理
土屋 朋美(つちや ともみ)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ・ブリュッセル事務所、ビジネス展開・人材支援部などを経て2020年7月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
菅野 真(かんの まこと)
2010年、東北電力入社。2021年7月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務。