2022年の欧州政治経済を占う
現地所長が解説(2)

2022年2月18日

ジェトロが2022年1月12~13日に開催した「現地所長が語る!」シリーズの欧州ウェビナーの2日目(1日目は2月18日付地域・分析レポート参照)のテーマは「2022年の欧州政治経済を占う」。ジェトロの西欧3事務所の所長がフランス、ドイツ、イタリアの政治の行方や経済展望、ビジネス環境や商機について説明した。

同ウェビナーは、オミクロン型変異株による新型コロナウイルス感染が急拡大する時期に開催された。3カ国とも景気は回復基調にあり、感染拡大抑制措置をロックダウンからワクチン接種の有無に応じた個人の行動規制を切り替えていることなどから、課題はありつつも、2022年の経済成長見通しは楽観的だ。政治面では、ドイツで2021年12月に新政権が発足し、2022年1月にはイタリアで大統領選があり、4月にはフランスでも大統領選が予定されている。新型コロナ禍や各国の政策における商機を読み解くヒントを提示する。

フランス:家計消費が景気を牽引、脱炭素電源としての原子力を推進

パリ事務所の武田家明所長はまず、新型コロナウイルス感染症の状況とフランス経済の現状と予測について説明した。フランスでは2021年12月下旬から新型コロナウイルスの感染者数が増大し、1月11日には1日当たりの新規感染者数が36万8,149人を記録。医療の逼迫を防ぎ、社会活動を維持するため、ワクチン接種か回復、陰性結果のいずれかを証明する衛生パスからワクチンパスへの切り替えなど、政府はブースター接種の加速化と未接種者を接種に追い込む措置に重点を置いている。これにより、外出制限などは発動されない見込みで、経済成長も楽観視されており、フランス銀行(中央銀行)は12月、2021年の実質GDP成長率を6.7%、2022年を3.6%、2023年を2.2%、2024年を1.4%と予測している。2022年も引き続き家計消費が景気を牽引するとし、武田所長は、家計の購買力上昇には賃金の上昇が貢献しているとのデータを示しつつ、成長と分配のサイクルが順調に循環していると説明した。

次に、武田所長は新たな商機を説明。最初に2021年10月にマクロン大統領が発表した投資計画「フランス2030」(2021年10月14日付ビジネス短信参照)を紹介し、フランスらしい目標として小型モジュール原子炉(SMR)の導入を挙げた。原子力の電源構成比(現在7割)を下げるとしつつも、原発を脱炭素電源と明確に位置付け、10億ユーロを投資するとしている。次に、鉄道でパリ郊外を結び、沿線に新たな都市を建設するグラン・パリ計画を紹介。2030年を目標に整備を進めており、鉄道システムの入札説明会を開催するなど外国企業も積極的に誘致しているとのこと。開発対象には2024年パリ五輪の選手村建設予定地のサンドニ地区も含まれ、現在は移民の多い地区で治安に不安を持たれているが、大会後は住宅やオフィス、文化施設を新たに建設してイメージの刷新を図る。武田所長は、コロナ禍で急成長している業態として、食料品・日用品を注文から15分ほどで配達する超速宅配サービスを取り上げ、フランスにはコンビニエンスストアが存在しないことから、大都市の若者に大変重宝されており、既に米国やトルコ、ドイツの企業が進出し、フランス発スタートアップのカジョー(Cajoo)がそれらを追い上げていると説明した。

4月の大統領選の展望について、武田所長は、マクロン政権への抗議運動「黄色いベスト運動」も下火ながら続いているものの、世論調査では現職のマクロン大統領が再選する可能性が高いとした。2021年秋口までは決選投票ではマクロン大統領と国民連合(急進右派)のル・ペン氏の一騎打ちと予測されていたが、10月ごろに移民ゼロを主張して支持率が急上昇した急進右派のゼムール氏がル・ペン候補の支持率を一時上回る状況に(その後、やや失速)。さらに、12月に共和党(右派)がぺクレス氏の擁立を決定。4月10日の第1回投票で、往年の過激なイメージを払拭(ふっしょく)しきれないル・ペン氏ではなく、現在同氏と同程度の支持を得ている「正統」右派のぺクレス氏が組織票を確実に得て決選投票(4月24日)に進めば、地方組織の弱さが指摘されるマクロン大統領は苦戦する可能性があるとした。最後に、武田所長は、1月から6カ月間のEU議長国となるフランスは、欧州レベルの最低賃金の導入や巨大プラットフォーマーへの規制強化を重点政策として推進すると発表していることを紹介した。


(ウェビナー画面)ジェトロ・パリ事務所の武田家明所長(ジェトロ撮影)

ドイツ:経済は回復傾向だが原材料不足が課題、日独イノベーション協力に商機

ベルリン事務所の和爾(わに)俊樹所長は、2022年に入ってオミクロン株による感染者数が急増し、1月12日の1日当たり新規感染者数は過去最高の8万430人だったと説明。第1波の際は全国一律のロックダウンを実施したが、2021年からはワクチン未接種者の行動制限が行われているとした。1月11日時点の接種率は、接種完了が72.2%、ブースター接種完了が44.2%。ベルリン市は飲食店入店時に接種または回復の証明に加え、陰性またはブースター接種完了の証明の提示を求める「2Gプラス」ルールを1月15日に導入することを紹介。また、接種の一般への義務化が議論されており、賛成が多いとした。

次に経済状況について、実質GDPはロックダウンにより2020年第2四半期(4~6月)には大きく落ち込んだが回復し、2021年第3四半期(7~9月)は新型コロナ感染拡大前の2019年第4四半期(10~12月)と同水準に回復したと解説。ただし、原材料不足に悩む企業もあり、機械設備投資は低迷、製造業は回復しているが、自動車産業は半導体不足による生産調整などが原因で大幅に悪化、小売業は改善傾向にあるものの、商品不足に直面しているとした。また、ガスや電力の価格高騰を指摘。2022年も企業は新型コロナと原材料不足、エネルギー価格高騰を懸念とした。2022年の実質GDP成長率は、経済・エネルギー省(2021年12月から経済・気候保護省)や主要経済研究所が、3%台後半~4%台後半と予測していると紹介した。

続いて、和爾所長は政治情勢を説明。2021年9月実施の連邦議会選挙(総選挙)の結果(2021年9月28日付ビジネス短信参照)、第1党となった社会民主党(SPD)と、緑の党、自由民主党(FDP)の連立政権が誕生した(2021年12月9日付ビジネス短信参照)。緑の党は気候保護と外交、FDPは財政と、それぞれ重要視する閣僚ポストを獲得するかたちとなる中、オラフ・ショルツ新首相(SPD)のかじ取りが注目されているとした。

さらに、新政権の連立協定書(2021年11月26日付ビジネス短信参照)の内容を詳述した。エネルギー政策では野心的な目標が設定されている。2030年の再生可能エネルギーの電源構成比を前政権の目標65%から80%に引き上げ、太陽光発電は前政権の100ギガワット(GW)から2030年までに200GWに増やし、陸上および洋上の風力発電も拡大するというもので、目標が実現すれば空前の脱炭素投資ブームが到来する可能性があるとした。また、水素製造設備への投資計画が多数発表されており、その多くは2030年以降の本格運転開始を予定しているとした。さらに、連立協定書は、2030年までにバッテリー式電気自動車を1,500万台導入、内燃機関搭載車は2035年以降、合成燃料を利用する車両限定で新車登録可能としていると紹介。外交・安全保障・人権政策は、欧州の機能強化や権威主義国家への毅然(きぜん)たる姿勢への言及が目立つこと、対中国政策では台湾、香港、新疆ウイグル自治区の案件にも言及していることが前政権との違いだと指摘。対EU/米国やわが国をはじめとするインド太平洋地域に関しては、関係の改善・拡大に期待が持てると述べた。加えて、連立協定書にはスタートアップや中小企業向けイノベーション支援推進施策が並ぶとした。

最後に和爾所長は、日独修好160周年の2021年、ジェトロとドイツ貿易・投資振興機関(GTAI)が地球規模の社会課題解決に向けたイノベーションを促進する「日独イノベーション・イニシアチブ160」を立ち上げたことに言及し、今後の日独イノベーション協力の中にビジネスチャンスがあるとして締めくくった(2021年12月23日付ビジネス短信参照2021年12月ジェトロ・トピックス参照)。


(ウェビナー画面)ジェトロ・ベルリン事務所の和爾(わに)俊樹所長(ジェトロ撮影)

イタリア:政局安定の継続は大統領選次第、復興パッケージには課題も

ミラノ事務所の三宅悠有所長は、オミクロン株流行により新型コロナの1日当たりの新規感染者数は1月11日に過去最高の約22万人を記録。後を追うかたちで、入院者数や死者数も徐々に増加しており、予断を許さない状況だと述べた。政府による規制は、全土を一律に対象としたものから、医療の逼迫度などに応じたゾーン(州・自治県)別規制へ推移したと説明。後者は今も残るが、現在はワクチン接種の有無に応じた個人の行動規制(2022年1月5日付2022年1月12日付ビジネス短信参照)が主で、接種を制度上でも推奨していると解説した。

政治については、コロナ禍での健康・経済危機が叫ばれる中、欧州中央銀行の前総裁のマリオ・ドラギ氏が2021年2月に首相に就任し、6党から閣僚を構成する挙国一致内閣が誕生、同政権は国内外の信任を得て支持率約60%を維持しているとした。他方、2022年1月24日に第1回投票で幕を開ける次期大統領選挙(注)の情勢は、ドラギ首相を推す声やマッタレッラ現大統領の再任を求める声などさまざまで流動的だとした。

経済について三宅所長は、新型コロナ感染状況の改善に伴い2021年第2四半期(4~6月)から回復が加速しており、第3四半期(7~9月)も実質GDP成長率は前期比2.6%となり、3期連続プラスと報告。欧州委員会の2021年11月の予測でも、イタリアの成長率は2021年に6.2%、2022年に4.3%と、それぞれEU平均を上回ると紹介した。GDPの約6割を占める個人消費は、耐久消費財の消費額はコロナ感染拡大前の水準を超えている一方、サービスや半耐久消費財は同水準まで戻っておらず、光熱費上昇などが回復の重しとなる恐れに言及した。

鉱工業生産指数は、内需回復に伴い生産が急回復した耐久消費財が牽引し、感染拡大前の水準に回復しているとした。イタリアの製造業の回復の特徴として、欧州債務危機を機に製造業企業の再編が行われ、2010年代の労働生産性の年平均変化率がプラスを維持していること。元来、サプライヤーとしての製造業企業が多く、コロナ禍によるサプライチェーンの混乱の影響をあまり受けなかったことを挙げた。また、イタリア産業連盟中央研究所によると、イタリアは世界の工業生産付加価値額で7位と紹介し、製造業がイタリアの強みの一つであることを紹介した。

日本との関係では、双方向の直接投資(残高)および日本への輸出が2010年からの10年間に増加しており、日本企業がイタリアの強みである機械製造分野などでノウハウ・技術を持つ企業を合併・買収する動きがあると報告した。

三宅所長はさらに、2021年5月にイタリア政府が発表し、8月から欧州委員会による予算執行が開始した復興パッケージ「復興・回復のための国家計画(PNRR)」について、グリーン・環境移行を中心とする6本柱の政策・投資を実行するもので、2021年中に定められた51目標が達成されたと説明した。政府は同計画の最終年である2026年にGDPを3.6ポイント押し上げると試算しているが、巨額の予算を伴う政策を迅速に処理、管理ができるか、また企業がどう参入できるかが不透明といった課題が残ると説明した。


(ウェビナー画面)ジェトロ・ミラノ事務所の三宅悠有所長(ジェトロ撮影)

今回のセミナーは、オンデマンドで2022年3月20日まで配信している。視聴料は4,000円(消費税込み)で、ジェトロ・メンバーズは1口につき先着1人まで無料〔2人目から4,000円(消費税込み)〕で視聴できる。オンデマンド配信の申し込み方法や手続きの詳細はジェトロウェブサイトを参照。


注:
1月24日以降、議会と各州の代表による投票が毎日行われ、29日の8回目投票で現職のセルジオ・マッタレッラ大統領の続投が確定した(2022年2月2日付ビジネス短信参照)。

現地所長が解説

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課 課長代理
上田 暁子(うえだ あきこ)
2003年、ジェトロ入構。経済分析部知的財産課、企画部企画課、農林水産・食品部農林水産・食品事業課、ジェトロ・パリ事務所、企画部企画課、対日投資部対日投資課などを経て、2019年5月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
野々下 美和(ののした みわ)
2019年6月から海外調査部欧州ロシアCIS課勤務。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
二片 すず(ふたかた すず)
2020年5月から海外調査部欧州ロシアCIS課勤務。