特集:欧州で先行するSDGs達成に寄与する政策と経営脱炭素とサステナブル・ファイナンスを官民で推進(英国)

2021年12月8日

国連持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)による2021年のSDGs(持続可能な開発目標)目標の達成度に関する国別ランキング(注1)によると、英国は17位となっている。主要7カ国(G7)の中ではドイツ(4位)、フランス(8位)に次ぐ3番目で、日本(18位)、カナダ(21位)、イタリア(26位)、米国(32位)よりも上位に位置するも、SDGsを先導し、同ランキングでも上位を独占している欧州諸国の中においては上位に分類されるとは言い難いのが現状だ。しかしながら、2021年11月の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の開催国である英国は近年、環境分野を中心に野心的な目標を次々と打ち出し、世界に向けて環境問題へ取り組む姿勢やSDGsへの貢献をアピールしてきた。

本稿では、SDGs達成に向けた英国の政策や企業支援策を、特に英国政府が注力する気候変動対策と金融の分野に絞って整理する。さらに、SDGs達成に貢献する企業3社の事例を紹介する。

ネットゼロ達成に向けた野心的な目標と計画を発表

英国政府は、SDGsの達成のためには、各部門において計画された活動にSDGsが完全に組み込まれていることを確認することが最も有効だとして、ウェブページにSDGsの目標ごとに個別計画を分類して掲載している(SDGs達成に向けた施策(英語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。中でも、英国政府が重視していると思われるのが「13 気候変動に具体的な対策を」だ。2019年6月に発表した「SDGsの進捗状況に関する英国の自主的な国家レビュー」の序文でも、英国は他のどの先進国よりも脱炭素化を進めてきたが、気候変動により一層かつ迅速に取り組む努力が不可欠だ、としている。

また、英国は、気候変動対策を新型コロナウイルス禍からの経済復興政策の中核とも位置付けており、環境分野においてEUとともに世界で高い存在感を示している。テレーザ・メイ政権時の2019年6月に、政府は2050年までに温室効果ガス(GHG)の純排出をゼロ(ネットゼロ)とする目標を発表した。これは、2050年までに1990年比で80%以上削減することを目標に掲げていた「気候変動法2008」を改正したものであり、2050年までの国内ネットゼロ目標の法制化はG7では初となった。その後、ボリス・ジョンソン政権となってからも、GHG排出量削減目標として、2030年までに1990年比で少なくとも68%、2035年までに78%削減するという指標を2021年4月に示した。

目標達成に向け、2020年11月に、2030年までの気候変動対策強化策および新型コロナ禍による経済危機からの復興計画として「グリーン産業革命のための10項目の計画」を発表、洋上風力や水素、原子力、電気自動車(EV)などの分野で雇用創出や投資目標を掲げた(2020年11月20日付ビジネス短信参照)。また、12月には同計画内容に基づき、2007年以来となるエネルギーに関する方針・施策を示した「エネルギー白書」を発表している(2020年12月18日付ビジネス短信参照)。

モビリティ電動化に向け、インフラ整備を含む支援策は充実

政府は、環境分野において、特にEVの普及に注力している。先述の「グリーン産業革命のための10項目の計画」でもEVは項目の1つとなっている。政府が打ち出したガソリン車およびディーゼル車の新車販売を2030年までに禁止する方針により、英国企業のEV化対応も2021年に入って加速しており、EVの普及に向けた政府の支援策も充実している(表参照)。

表:英国の主な電気自動車(EV)支援制度出所:英国政府/スコットランド自治政府
項目 概要
自動車変革基金(Automotive Transformation Fund) 自動車のゼロエミッションへの移行を支援するために全体で最大10億ポンド規模の資金を拠出
スコットランド・ゼロ・エミッション・バス・チャレンジ基金(Scottish Zero Emission Bus Challenge Fund :ScotZEB) スコットランド超低排出バススキームの成功を受け開設された基金。ゼロエミッションバスの購入やインフラ導入にかかるコストを補助
居住者用路上充電設備スキーム(On-Street Residential Chargepoint Scheme) 地方自治体向けに居住者用路上EV充電インフラの調達と設置の資金を提供。ゼロエミッション車局(OZEV)が定める仕様を満たす充電設備などに対し設置費用の75%を負担
家庭用充電設備スキーム(Electric Vehicle Homecharge Scheme) 対象自動車を所有、リース、注文しており、自宅に専用駐車場を保有する個人向けに、家庭用の充電設備設置費用に対しVAT含め350ポンドを上限に75%を負担
職場用充電設備スキーム(Workplace Charging Scheme) 基準を満たす事業者等向けに、職場の充電設備設置費用に対しVAT含め350ポンドを上限に75%を負担
電気自動車(EV)向け新車購入補助金(plug-in car grant scheme) 電気自動車(EV)の新車購入に対し、車両価格3万5,000ポンドを上限に、最大2,500ポンドを補助

出所:英国政府/スコットランド自治政府

ロンドンのサディク・カーン市長は2021年9月、ロンドン交通局(TfL)が発注する新型バスをすべてゼロエミッション車(ZEV)にすると発表したこれにより、2022年末までにロンドン市内のバスの10%、2034年までに市内すべてのバスがZEVに置き換わる。目標の2034年は、当初の目標より3年前倒しした格好だ。さらに、グラスゴーでCOP26が開かれたスコットランドでも、同国自治政府の調達コスト支援などにより超低排出バス普及を進める動きがみられる。

モビリティ電動化に向けた、もう1つ大きな要素である充電インフラ整備に対しても英国政府は手厚い支援を行う。例えば、地方自治体向けに居住者用路上EV充電インフラの調達と設置費用の75%を負担する「居住者用路上充電設備スキーム (ORCS)」のほか、家庭向けの「家庭用充電設備スキーム(EVHS)」や、職場向けの「職場用充電設備スキーム(WCS)」においてもVAT(付加価値税)含め350ポンドを上限に設置費用の75%を助成する支援制度を設けることで、同国のネットゼロ達成に向け、EV市場の活性化を促す構えだ。

気候変動対策における金融セクターの役割は重要

気候変動対策において、金融セクターの協力は欠かせない。例えば、気候変動対策のためのインフラ設備などには多額のコストを要することから、金融機関にも積極的な資金注入が求められており、政府も同セクターの重要性を幾度となく唱えている。政府が2019年7月に発表した「グリーンファイナンス戦略」では、金融セクターがサステナブル投資を促進するための指針を示し、ネットゼロ経済への移行において、同セクターを重要なポジションと位置づけた。また、前述の「グリーン産業革命のための10項目の計画」では、2030年までに120億ポンド(約1兆8,240億円、1ポンド=約152円)の政府投資のほか、約420億ポンドの民間投資を誘導するとしており、金融セクターもこれに一定の役割を果たすことが期待されているといえる。政府も、環境分野のファイナンス強化に取り組む。同計画の項目の1つにある「グリーンファイナンスとイノベーション」の中で提言されていたグリーンボンド(環境債)については、2021年9月に、政府が初の同債券を発行した。発行額100億ポンドに対し、投資家からの応募は1,000億ポンド超に上り、市場からは大きな反響を呼んだ(2021年9月28日付ビジネス短信参照)。今後も追加発行を予定しており、発行額などで先を行く他の欧米諸国に追随する姿勢を見せている。

また、中央銀行であるイングランド銀行も気候変動対応を優先する方針を明示している。同行は2019年6月、英国の金融制度の将来に向けて取り組むべき5つの優先事項を発表し、テクノロジー活用などのイノベーション分野のほか、「カーボンニュートラル経済への移行支援」を1つに挙げた。具体的には、金融機関を対象に、気候変動リスクに対する影響を図るストレステストを実施する。さらに、同行は、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提言を踏まえた、気候変動リスクの開示を促す意向を示した。これについては、次の章において言及する。

英国では気候変動リスク開示義務化が進む

英国政府は2020年11月、気候変動が財務などに与える影響に関する情報の開示を、2025年までに企業に義務化することを発表した(2020年11月13日付ビジネス短信参照)。また、政府は2021年10月29日、1,300社以上の大手上場企業と金融機関に対し、G20諸国の中で初めて、TCFDの提言に基づく気候変動関連の情報開示義務化を2022年4月に導入することを発表したほか、11月3日には金融機関や上場企業に対し、温室効果ガスの削減目標や同目標達成に向けた実現可能なステップなどを含む、ネットゼロに向けた移行計画の開示を2023年中に義務付ける方針を示している(2021年11月5日付ビジネス短信参照)。その他、政府は10月18日に、グリーンファイナンスに関する「持続可能な投資のロードマップ」を発表。情報開示に関する要件や今後のプロセスについて示し、同ロードマップの中で、企業や投資家の意思決定において、環境に与える影響を明確に把握できるようにすべく、持続可能性の定義を共通化した「英国グリーンタクソノミー」についても方針を発表している(2021年10月25日付ビジネス短信参照)。

近年、TCFDの提言に賛同する国や機関は大幅な増加傾向にあり、世界的な潮流となりつつある。ニュージーランドが2021年4月、金融業界を対象に、気候変動が財務などに与える影響に関する情報の開示を義務付ける法案を議会へ提出した(2021年4月14日付ビジネス短信参照)ほか、日本でも2021年9月、金融庁が気候変動リスクなどの情報開示義務について本格的な検討を始めている。

前述のとおり、ネットゼロの達成に向けて、多額の資金の投資が今後、見込まれている。イングランド銀行は2019年6月、達成には年間220億ポンドの投資が必要と推計した。その投資資金を効率的に配分すべく、気候変動リスク・機会の情報開示を行うことで、投融資の意思決定プロセスにおいて、投資家らの適正な評価が可能になる。

SDGs達成に向け努力する多様な企業

企業も、SDGs達成に向けさまざまな取り組みを展開している。

グッド・エナジーは、供給電力の100%を再生可能エネルギーから調達すること強みにする電力供給事業者だ。ちなみに、ビジネス・エネルギー産業省(BEIS)の2021年9月のデータによれば、英国全体での2020年の年間総発電電力量に占める再生可能エネルギーの割合は43.1%である。なお、同社の供給ガスの10%はカーボンニュートラルなバイオガス由来であり、残りの90%については、英国のカーボンオフセットサービス事業者であるクライメイト・ケアを通じたインド、中国、トルコでの、バイオガス生成による炭素排出削減プロジェクトへの投資により、消費者がガス利用時に発生する全ての温室効果ガスをオフセット(相殺)している。グッド・エナジーは、プロジェクトを通じて、農村地域などでバイオガス燃料を容易かつ、安価、安全に使用できるようにすることで、多数のSDGs(注2)に貢献する狙いだ。同社は、SDGsのターゲット10.2に関連するジェンダー平等に向けた社内活動も精力的に行う。賃金の男女格差の是正に向け、女性の管理職への積極的な育成・登用や、ダイバーシティの尊重などに取り組んでいる。

トースト・エールは、パンの販売店などで売れ残った商品を回収し、大麦の一部代替としてパンを用いてビールの醸造を行う、SDGsのターゲット12.3(2030年までの食料廃棄の半減)に寄与する中小企業だ。同社は、英国で製造されたパンの約44%が廃棄されていた点に着目し、それを原料の1つとすることで食品廃棄物の削減につなげた。同社の2020年版のレポートによると、同レポート公表時点までに約200万枚に及ぶパンの廃棄を削減し、42トンの温室効果ガス(GHG)排出削減に貢献している。同社事業は、国際的な企業コンテストである「グローバルSDGアワード(Global SDG Award)」の2018年度において、「12 つくる責任 つかう責任」の目標分野で最優秀企業に選出された。また、2021年には、技術革新や持続可能な開発などの面で高い功績を残した英国企業をたたえる「英国女王賞・企業部門(The Queen's Awards for Enterprise)」を受賞している。

エアセンサは、大気汚染問題に対し、都市に設置した数多くの低コストのセンサー機器により大気の状況を測定し、自社のソフトウエアプラットフォームを用いて汚染エリアをリアルタイムでマッピングする、自治体・企業向けソリューションなどを提供する中小企業だ。同社によれば、英国では毎年約4万人が、大気汚染により健康被害を受けており、世界的にも汚染被害が問題視されている。同社は、自治体による都市空間の居住性の向上や公衆衛生等の各種コスト削減などの持続可能な都市づくりに寄与し、工場・病院などで意図しない大気汚染を、アラートを通じて即座に是正することを支援する。すでに、マンチェスターや英国王室属領ジャージーでは、産学官連携により試験的導入が進められており、ロンドンでも5,000以上のセンサー設置が完了している。


注1:
2012年に国連事務総長が後援して設立した国際的な専門家ネットワーク「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」が、2021年6月14日に発表した「持続可能な開発レポート2021」10ページ目に掲載されている、表2.1「2021年のSDG指数総合点(SDG Index scores)」上の順位。SDGs17目標に関する各国の総合的なパフォーマンスを、最高のアウトカムを100%とした場合に何%まで達成できているかを数値化し、順位付けしたもの。
注2:
「13 気候変動に具体的な対策を」、「7エネルギーをみんなに そしてクリーンに」、「3 すべての人に健康と福祉を」、「10 人や国の不平等をなくそう」。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
尾崎 翔太(おざき しょうた)
2013年、七十七銀行入行。2019年11月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て2020年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
オステンドルフ・七海・ありさ(おすてんどるふ・ななみ・ありさ)
2021年8月、ジェトロ・ロンドン事務所入所。