域内統一ルールを志向し、多様な手法で人権侵害抑止を狙う(EU)
「サプライチェーンと人権」に関する主要国の政策と執行状況(5)

2021年6月10日

EUでは、市民レベルでの人権意識が浸透し、それを受けて欧州議会のアジェンダ設定でも人権概念が重視されている。このような背景から、企業への情報開示要求、資源の調達、貿易管理および特恵貿易制度などにおいて、人権・労働権の尊重が条件化されてきた。人権に関する注意義務(due diligence、デューディリジェンス)の法制化では、一部の加盟国が先行してきたが、2018年以降、EUレベルでも検討が進められており、2021年秋ごろには欧州委員会が指令案を発表する予定だ。

本稿では、(1)人権デューディリジェンスの法制化、(2)非財務情報開示指令、(3)紛争鉱物資源規則、(4)輸出管理規則、(5)特恵関税制度の各テーマについて、概要を紹介する。

企業のコスト増懸念も受け、EUとしての法制化が進む

欧州委は2011年に、政策文書「企業の社会的責任に関する新戦略」(A Renewed EU Strategy 2011-14 for CSR)を公表。その中で、「ビジネスと人権に関する国連指導原則」を実行するため、加盟国に対して、国別行動計画(NAP:National Action Plan)の策定を促した。これを受けて、各加盟国でNAPの策定が進んだが、企業側からは、加盟国ごとに異なる対応を求められることによるコスト増加の懸念を指摘されてきた。EUレベルでの法制化により、少なくとも加盟国間で調和を図る必要があるとの認識が高まり、2018年には「サスティナブルファイナンスアクション計画(Action10)」にて、人権などのデューディリジェンス義務化に向けた検討開始が掲げられた。

欧州委は2020年2月、「サプライチェーンを通じたデューディリジェンス要求に関する調査」の最終報告書を公表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます。さらに2020年7月~10月には「持続可能な企業統治」に関するパブリックコンサルテーション(公開諮問)の一部として人権などのデューディリジェンスについて公開諮問を実施した。現在欧州委では、EU法令のうち各加盟国での国内法化が必要な「指令(Directive)」の法案を準備中だ。公表は本来、2021年第2四半期中を目指していたが、作業の遅れから秋ごろの見通しになっている。

他方、欧州議会においても、人権委員会・法務委員会・国際貿易委員会で人権などのデューディリジェンスに関する法制化について独自に協議が行われてきた。2021年3月には欧州議会としての独自提案を発表。欧州委の指令立案にも一定の影響力を及ぼすとみられる。同案によると、EU域内の企業と域内で事業を行うEU域外の企業が対象だ。また、要求されるデューディリジェンスの対象となるバリューチェーンは広範に及ぶ。例えば、企業が結果を公表しリスク要素を特定した場合、デューディリジェンス戦略を策定し公表しなければならない。また当該企業の下請事業者が義務を履行しているかの定期的な検証が求められる。

実効性確保に向け、非財務情報開示指令改正へ

EUは2014年10月、企業の年次報告書に関して、「特定大規模事業者およびグループによる非財務および多様性に関する情報の開示指令(非財務情報開示指令)」(EU指令2014/95)を採択。当指令には、従来の財務情報に加え、環境、社会的課題、ガバナンスなどの非財務情報を開示することが盛り込まれた。同指令に基づく各加盟国の国内法制化を経て、2018年(2017年の会計年度分)から、この対応が義務化されている。開示義務を順守しない場合、加盟国は対象企業に対し罰則を求めることができる。

指令の対象となる事業者は、500人以上の従業員を持つ「公共の利益に関わる法人(PIE:Public Interest Entities)」と定義される。PIEとは、(1)上場企業、(2)銀行(信用機関)、(3)保険会社、(4)事業内容や規模などから加盟国が指定したその他の事業者だ。また、連結で500人以上の従業員を擁する大規模グループの親会社も対象となる。開示を求められる内容は、環境、社会、雇用関係、人権の尊重、腐敗や贈賄の防止に係る事項だ。これらは、事業者の事業展開、実績、立ち位置、影響などを理解するために必要な情報とされる。具体的には、事業者の(1)ビジネスモデル、(2)実施済みの対応方針(開示事項に関するデューディリジェンスを含む)、(3)対応方針の実施結果、(4)事業者の企業活動に伴う主要なリスク〔開示事項に悪影響を及ぼす可能性のある取引関係(business relationships)を含む〕、(5)事業内容に関連した非財務重要業績評価指標、だ。これらの情報を開示しない場合には、その理由を明確な根拠に基づいて示す必要がある。

さらに欧州委は2021年4月21日、非財務情報開示指令の改正案として、企業持続可能性指令案を公表した。改正指令案では、開示対象となる事業者の拡大と開示内容の強化が柱になっている。

改正案を発表した背景には、近年の非財務情報のニーズに対する大きな高まりがある。EUではここ数年、持続可能性に関する明確な情報を必要とする投資商品市場が拡大してきた。その背景にあるのが、持続可能な経済活動に関する独自基準を示したタクソノミー(taxonomy)規則の施行や、持続可能な金融開示規則の適用開始などだ。しかし、現行の非財務情報開示指令においては、事業者は必ずしも市場が求める情報を開示しておらず、また開示している場合であっても信頼性や他社との比較可能性が不十分とされている。欧州委は、2017年と2019年に非財務情報の開示に関するガイドラインも公表しているが、ガイドラインには拘束力がなく、事業者による開示内容の向上に繋がっていない。今回の改正案は、こうした課題に対処するものだ(2021年4月23日付ビジネス短信参照)。

紛争鉱物資源規則の対象が今後の見直しで拡大する可能性も

EUでは、鉱物資源の調達によって紛争や人権侵害を助長していないことを確認するデューディリジェンスの実施が義務付けられている。これは、2017年6月に施行され、2021年1月1日に適用を開始した紛争鉱物資源に関する規則2017/821外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに基づく。適用対象は、スズ、タンタル、タングステン、金の各鉱石・金属を「紛争地域および高リスク地域」から調達するEUの精錬事業者や輸入事業者だ。違反が認められる場合、同規則第16条に従い加盟国の当局が必要な救済のための行動をとることができる。なお、前述の非財務情報開示指令を実施するにあたってのガイドライン(2017年)でも、紛争鉱物のサプライチェーンに関する情報開示が推奨されている。

紛争鉱物資源に関する規則は適用開始2年後に(その後は3年ごとに)、規則の実効性について検証し、必要なら見直されることになっている。現行規則では、最終製品を単にEUで製造・販売する企業(いわゆる川下企業)は義務の対象から外れている。しかし、将来的には、見直しによって最終製品を生産する川下企業にも義務が拡大される可能性と、対象鉱物も、コバルトなどが追加される可能性が指摘されている(2017年3月31日付ビジネス短信参照)。

またEUは近年、各種政策の指針として「開かれた戦略的自律性」を打ち出しており、資源確保の文脈でも、この概念の下、持続可能性とともに企業の責任ある慣行を条件にしている。欧州委が2020年9月に発表した「重要な原材料に関する行動計画」では、戦略的な重要性を持つ資源の安定的かつ持続可能な供給確保のため、「環境に配慮した採鉱」「持続可能かつ多角化された資源確保に向けた国際的パートナーシップの推進」「採掘にあたっての責任ある慣行の推進」を含む10の計画を示した(2020年9月4日付ビジネス短信参照)。

輸出管理規則改正で人権侵害行為への対応を強化

EU理事会規則428/2009(2009年8月発効)により、民生目的・軍事目的双方に使用可能なすべての物品、ソフトウェアないし技術は、二重用途物品と規定し、輸出規制が適用される。規制対象品は、同規則の付属書リストに記載され、欧州委には、このリストを毎年見直す権限が付与されている。規則上はリストに含まれない物品でも、EU加盟国は公衆の安全または人権保護などを理由に輸出禁止・許可の対象とすることができる。その一方で2016年以降、輸出者らへのデューディリジェンス義務の設定を含めることなど、規則の大幅な見直しが進められてきた。

2020年9月には欧州委、EU理事会、欧州議会が改正規則に合意し、欧州議会が2021年3月に、EU理事会が同5月に改正規則を採択外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますした。今後、官報掲載から90日後の2021年秋ごろに、施行される見込みだ。改正規則では、付属書リスト非掲載品目を含むサイバーセキュリティ関連品目(cyber-surveillance items、注)について、輸出にあたっての輸出者の義務が強化される。また、国際人権法に反する人権侵害行為への関連が疑われる場合の事前認可制の導入や、デューディリジェンスに基づいて人権侵害行為への関連性を輸出者が認識していた場合の通報義務、公共の安全や人権保護の観点から強化された加盟国間の協力体制など、が規定された。

GSP制度も活用し、人権侵害抑止を狙う

一般特恵関税制度(GSP)は、開発途上国を原産国とする産品を輸入する際に課される関税の軽減・免除待遇を付与する措置だ。EUは、GSPについて次の3種を規定している(対象国はジェトロ国・地域別情報:EU「関税制度」参照)。

  1. 標準のGSP:低所得国と低中所得国が対象。一部の関税を軽減する。
  2. GSPプラス:標準のGSP対象国のうち、国連および国際労働機関(ILO)の人権および労働権に関する主要な条約(GSP規則付属書ⅧパートA)と環境および良好な統治(グッド・ガバナンス)に関する条約(同パートB)の合計27条約に批准・順守する国を対象とする。対象国には、更なる特恵として一部の関税を免除する。
  3. 武器以外の全て(EBA):後発開発途上国が対象。武器以外の物品の関税を免除し、輸入割当も行わない。

GSPの目的には、開発途上国に対する優遇措置を通じた経済発展の支援だけでなく、対象国における人権の促進も掲げられている。このことから、対象国が人権および労働権に関する条約に違反している場合には、EUは対象国への特恵関税付与を一時停止することができる。標準のGSPとEBAに関しては、パートAで明記された人権および労働権に関する主要な条約が規定する原則に対する「重大で組織的な違反」がある場合に、GSP付与の一時停止が認められる。一方で、GSPプラスは、パートAとパートBに明記された条約に規定された原則の順守だけでなく、法的拘束力を伴う約束(効果的な実施など)を順守しない場合に、一時停止が認められる。

ただしEUは、この一時停止措置よりも、対象国との対話と監視を通じた人権擁護を重視しているとされる。このため、実際に一時停止措置が発動された事例は多くない。しかし、2020年2月にはEBA対象国のカンボジアに対して、EUは一部の特恵関税の一時停止に踏み切った。この措置は同年8月から適用され(2020年8月13日付ビジネス短信参照)、現在も継続中だ。また、バングラデシュやミャンマーの状況にも注視しており、EUは、今後も一時停止措置を実施する可能性はある。


注:
モバイル通信傍受機器、侵入ソフト、監視センターなどのサイバー監視技術、など。
執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所