世界のクリーン水素プロジェクトの現状と課題クリーン水素で進む特殊鋼の脱炭素
スウェーデンの水素動向(2)
2026年6月18日
日本製鉄グループの山陽特殊製鋼の完全子会社であるスウェーデンの特殊鋼大手オバコ(Ovako)(注1)は、北欧における再生可能エネルギー環境を背景に、鉄鋼生産の脱炭素化をいち早く実装してきた。2023年2月のレポートでは、同社がスウェーデンのホーフォーシュ(Hofors)製鉄所で建設を進めていたクリーン(注2)水素プラント(2023年9月に本格稼働)と、日本的生産管理の導入による生産性改革を中心に報告した(2023年2月20日付地域・分析レポート参照)。
本稿では、2026年3月に実施した追加ヒアリングを基に、オバコがクリーン水素導入などによる脱炭素製鉄に、メリットと制約の双方を認識しながら、どのように取り組んでいるのかについて、同社の大津芳久エグゼクティブ・バイス・プレジデント・プロダクション・アンド・テクノロジー・アドバイザー (当時)と、ニクラス・マグヌッソン・ヘッド・オブ・グループ・サステナビリティ・アンド・セーフティへのインタビューを通じて整理する。併せて、日本企業がスウェーデンで事業を展開する際に直面し得る、人材・労務面での環境についても概観する(取材日:2026年3月5日)。

マグヌッソン・ヘッド・オブ・グループ・サステナビリティ・アンド・セーフティ (左)(ジェトロ撮影)
オバコが進める脱炭素戦略と水素実装の進展
オバコは、鉄スクラップを主原料とする特殊鋼製造を通じて、欧州における鉄資源リサイクルの重要な一翼を担っている。同社は、主力市場である欧州を中心に進む脱炭素化の流れと、自社の事業特性を背景に、2015年から先進的な脱炭素への取り組みを推進している(注3)。2024年時点ではオバコのスウェーデンおよびフィンランドに有する自社製造工程におけるスコープ1およびスコープ2(注4)のCO2排出量を2015年比で59%削減した(注5)。さらに、スコープ1・2およびスコープ3のCO2排出量を2030年までに2021年比25%、2040年までに同比75%削減、2045年までにバリューチェーン全体でのネットゼロ排出達成の目標を掲げている(注6)。
こうした取り組みを支えるため、同社は電解槽と水素インフラの脱炭素設備投資を進めている。水力発電を中心に再生可能エネルギーを安定的に調達できるスウェーデンの電力環境を背景に(調査レポート「スウェーデンのクリーンエネルギー・水素産業動向(2026年2月)」参照)、オバコは2021年6月から同工場内でカーボンフリー水素生成プラントの建設に着手し、2023年9月には同プラントが本格稼働した。脱化石電力による水の電気分解によって生成された水素を活用することで、ホーフォーシュ製鉄所の加熱工程における温室効果ガスの排出はCO2換算で約50%、年間2万トン規模の削減ができるとされている。こうした取り組みにより、同社がスウェーデンおよびフィンランドに有する各製造拠点のCO2排出水準は、世界の鉄鋼平均の5分の1以下とされ、欧州市場において大きな競争優位性を有している。
欧州の規制・需要環境が後押しするオバコの脱炭素戦略
EUでは脱炭素に関わる規制が年々強化されている。例えばEU排出量取引制度(EU ETS)(注7)の下で、温室効果ガスの排出量の総量上限は段階的に引き下げられるとともに、無償排出枠の縮小が進められている。こうした制度設計の下では、排出量の少ない生産・調達体制を有する企業ほど、排出枠購入などに伴うトータルコストを抑えやすく、相対的に競争優位に立ちやすい。このため、EU域内では製造工程で温室効果ガスの排出が多い鉄鋼などの基礎素材を含め、サプライチェーン全体での排出削減と低炭素素材の調達が求められている。
近年、EUでは自動車OEM業界などに対し、自社以外の製造プロセスからの排出であるスコープ3を含めた排出削減要請も拡大している。こうした動きを背景に、オバコの脱炭素への取り組みは、同社の主要販売先である欧州企業にとって、脱炭素対応に伴うコスト負担の抑制につながる要素となっている。
このような市場環境の下で、オバコにおけるクリーン水素製鉄の実装は、単なる環境対応にとどまらず、将来の市場競争力を左右する戦略的な取り組みとして位置付けられている。同社では、製鉄用途に加えて、将来的な燃料電池トラックなどへの水素供給や排熱の地域利用といった展開も視野に入れ、水素の多面的な活用可能性を見据えた事業展開を模索している。
スウェーデンは2045 年までにカーボンニュートラルを達成するという法的拘束力を持つ目標を掲げており、政府が民間主導のクリーン水素プロジェクトや産業分野での水素利用を積極的に支援している(2026年3月16日付ビジネス短信参照)。特に鉄鋼産業はスウェーデンの基幹産業であり、2021年の温室効果ガス(GHG)排出量全体の約13%を占めることから、産業における鉄鋼部門の脱炭素化が最優先事項だ。こうした中、ホーフォーシュ製鉄所の水素プラントは、同国政府の支援を受けて実現した事例の1つだ。スウェーデン・エネルギー庁の担当者は、オバコを例に挙げ、同国国内に拠点を有し、活動実態を持つ企業であれば、所有者が外国企業であっても支援を適用する方針だと説明している(取材日:2026年3月4日)。
クリーン水素活用を巡る制約と現実的な対応
一方で、クリーン水素活用には制約も存在する。最大の課題は水素製造コストの高さであり、その多くは電力価格に左右される点にある。安価でクリーンな電力を有するスウェーデンではクリーン水素製造コストはEUで最も低い水準にあると試算されているものの、電力需給の変動や価格のボラティリティは依然として重要なリスク要因だ。電力価格が高止まりする局面では化石燃料に経済的優位性が生じる。このためオバコでは、水素燃焼に固執せず、電力市況を踏まえて液化石油ガス(LPG)や液化天然ガス(LNG)を使用する体制を設けており、CO2削減に関するKPIと採算性のバランスを取りながら燃料切り替えを行っている点が特徴だ。
また、欧州景気の低迷は需要面での制約要因となる。特にコロナ禍やウクライナ侵攻以降、EU域内の鉄鋼需要は縮小傾向が続いている(2025年6月16日付ビジネス短信参照)。低炭素鋼材はEUの需要家にとって脱炭素の観点から高い価値を持つ一方、再生可能エネルギー由来の製鋼には製造コストが上昇しやすい側面もある。他方で、EUの低炭素化はEU ETSなどの制度対応に伴う追加コスト負担を相対的に抑える効果も有しており、価格競争力の確保と脱炭素化の両立をいかに図るかが、欧州で事業を行う鉄鋼メーカーにとって難しい経営判断となっている。
日・スウェーデン間に見る労務・人材制度の違い
大津氏は、スウェーデンで事業を行う上で、日本とは異なる制度・人材面の特徴について次のように指摘した。人事・労働面では、雇用保険制度や質の高い職業訓練といったセーフティネットが整備されており、解雇やレイオフが個人の生活不安に直結しにくい制度設計となっている。一方、転職市場は活発で、博士号取得者を含む高度人材が企業と大学の間を行き来するなど、人材の流動性は高い。このため、即戦力人材の獲得競争は激しく、人件費水準も高いことから(注8)、日系企業にとっては人材確保とコスト管理の両立が大きな経営課題となり得る。
組織文化の面では、意思決定は経営層が主導するトップダウン型である一方、肩書によらないフラットな人間関係が基本となっている。プロの経営層と専門性を持つ現場人材の役割分担が明確で、日本のように現場経験を重ねて経営層に昇格するキャリアパスは一般的でない。働き方については、ワークライフバランスを重視する傾向が強く、在宅勤務の定着や会議の効率化が進んでいる。英語で業務や日常生活が完結しやすい点は外国企業にとって利点である一方、日本的な長期雇用慣行や現場主導の文化については、そのままでは通用しにくい。こうした制度・文化の違いを前提としたマネジメントが、スウェーデンで事業を展開する上で不可欠となっていると話す。
- 注1:
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2018年に日本製鉄が完全子会社化、2019年からは日本製鉄グループの山陽特殊製鋼がオバコを完全子会社化している。
- 注2:
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「クリーン水素」は低炭素水素の総称。「カーボンフリー水素」は製造段階でCO2排出を伴わない水素を指す。
- 注3:
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親会社の山陽特殊製鋼は2014年度からCO2排出量削減に取り組んでいる。
- 注4:
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スコープ1:企業が自ら所有または管理する設備や事業活動から、直接排出する温室効果ガス。スコープ2:企業が購入した電力、蒸気、熱、冷却の使用に起因して発生する、間接的な温室効果ガス排出。スコープ3:鉄鋼生産に使用される原材料やエネルギー、および輸送などに由来する、スコープ1・2以外の間接的な温室効果ガス排出。
- 注5:
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対象はスコープ1およびスコープ2、販売製品1トン当たり。2024年の実績値はオバコのウェブサイト(2026年4月8日時点)やヒアリングから。
- 注6:
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熱間圧延鋼1トン当たり。
- 注7:
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EU ETSは、GHGの排出量に年次の上限(キャップ)を設け、余剰排出枠や不足排出枠の売買(トレード)を可能とする手法(キャップ&トレード方式)を通じて、GHGの削減を目指す制度だ。2005年に、当時のEU加盟25カ国に導入された。
- 注8:
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ジェトロが2024年7~9月にかけて実施した投資関連コスト調査では、スウェーデン・ストックホルムの製造業における月額賃金は、一般工職(ワーカー)で3,462ドル、中堅エンジニアで4,825ドル、課長クラスの中間管理職では約5,339~6,481ドル。雇用主の社会保険負担率は賃金の31.42%。
スウェーデンの水素動向
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部欧州課ロシアCIS班 課長代理
小野塚 信(おのづか まこと) - 2021年、民間企業勤務を経て、ジェトロ入構。





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