世界のクリーン水素プロジェクトの現状と課題主要3カ国の取り組みと課題
アフリカのグリーン水素開発(1)
2025年10月27日
アフリカには、太陽光や風力など再生可能エネルギー資源が豊富な国・地域があり、再エネ由来の電力で水を電気分解して生成する「グリーン水素」の開発ポテンシャルが高いとされている。特にナミビアと南アフリカ共和国では、政府が水素戦略を発表し、国を挙げてグリーン水素の生産や輸出、水素社会の構築に取り組んでいる。エジプトも、グリーン水素プロジェクトへの優遇措置を発表しており、企業誘致に意欲を見せる。ただし、課題は多く、世界的な傾向ではあるものの、グリーン水素は需要の伸びが十分でなく、アフリカで最終投資決定(FID)に至ったプロジェクトはわずかである。また、水素の製造や輸送などを支えるインフラが十分に整備されていないことや、資金調達コストの高さに代表されるファイナンスの難しさも大きな課題だ。
2025年8月20~22日に横浜市で第9回アフリカ開発会議(TICAD9)が開催された。ジェトロが主催した併催事業「TICAD Business Expo & Conference(TBEC)」で、ジェトロはアフリカ開発銀行と共同で、アフリカでのグリーン水素開発に関するセッションを開催した。セッションは3部構成で、第一部「アフリカにおけるグリーン水素開発における政府戦略」では、エジプト、南アフリカ共和国、ナミビアから政策決定に携わるパネリストが登壇し、各国の水素政策の現状や今後の展望について議論を行った。第二部「グリーン水素プロジェクトの開発と資金調達」では、日本とアフリカの事業会社や金融機関が参加し、アフリカでの水素プロジェクト形成や資金調達に関する課題とその解決策について意見交換を行った。第三部「グリーン水素の産業化」では、グリーン水素の需要拡大や産業化の推進に向けた議論が行われた。
これらのセッションで行われた議論を前・後編の2回にわたって振り返り、アフリカのグリーン水素プロジェクトの現状と課題を概観した上で、事業形成や産業化に向けてどのような取り組みが必要となるか、有識者の意見を紹介する。前編となる本編では、第一部「アフリカにおけるグリーン水素開発における政府戦略」で議論が行われたエジプト、南アフリカ共和国、ナミビアの3カ国による水素政策や具体的な取り組み、直面している課題について取り上げる。
第一部は、エジプトからスエズ運河経済特区(SCZone)庁のワリド・ガマル・エルディン長官、南アから電力・エネルギー相の再エネ・グリーン水素アドバイザーのマソファ・モショエショエ氏、ナミビアから「ナミビア・グリーン水素プログラム(NGH2P)」の責任者(当時)のジェイムス・ムニュペ氏、日本からは経済産業省の木原晋一・資源エネルギー政策統括調整官らが登壇した。

木原氏、ワリド氏、マソファ氏、ジェイムス氏(ジェトロ撮影)
エジプトは経済特区内にグリーン水素クラスター形成
エジプトのワリド長官は、SCZoneでのグリーン水素開発の取り組みを紹介した。6つの港湾と4つの工業地帯を有するSCZone内のアイン・ソフナ工業地帯には、グリーン水素クラスターが形成されており、既に30以上の投資家を誘致しているという。東ポートサイードにも同様のクラスターがあり、スエズ運河の地中海側に面していることから、クリーン燃料のバンカリング(船舶向け燃料供給)に適している。また、太陽光パネルや風力タービン、電解装置製造などの関連産業についても、産業の現地化を目指して企業誘致が進められている。アイン・ソフナ工業地帯でのグリーン水素プロジェクトは、アフリカ初となる太陽光・風力発電によるグリーン水素プラントだ。(1)エジプトの大手建設会社オラスコム・コンストラクションと、(2)政府系ファンド、(3)ノルウェーの再エネ電力会社スカテック、(4)アラブ首長国連邦(UAE)の窒素肥料メーカーのフェルティグローブが建設、運用する(2022年11月16日付ビジネス短信参照)。ドイツの連邦経済・気候保護省(BMWK)による「H2グローバル」プロジェクト(2022年12月12日付ビジネス短信参照)の入札で契約を獲得し、2025年9月にFID、2027年にはグリーンアンモニアの欧州とインド向け輸出を予定している。ワリド長官はエジプトの水素産業について、企業にとっては(1)国際市場、特に近接する欧州への輸出、(2)バンカリング、(3)関連産業の現地化、(4)再エネ、水素、天然ガスなどによる現地での発電などの機会があると述べた。
南アは戦略的立地と豊富な資源が強み
南アのマソファ・再エネ・グリーン水素アドバイザーは、同国の水素政策と水素開発の現状について説明した。南アでは2007年に「国家ハイドロジェン南アフリカ(HySA)RDI戦略」を内閣で承認し、2022年には水素社会の実現に向けた「南アフリカ水素社会ロードマップ」を発表した(2022年12月28日付ビジネス短信、調査レポート「南アフリカ共和国の水素市場(2022年3月)」参照)。また、科学・イノベーション省が水素の商業化戦略も進めており、同国の技術・ノウハウを活用し、付加価値製品としてアンモニアやグリーン鉄鋼などの生産も目指す。マソファ氏は水素開発での南アの優位性として、(1)再エネへの補助金の充実(注1)、(2)喜望峰を有する、海運の一大拠点であること、(3)広大な土地を有していること、(4)触媒や燃料電池の製造に必要な白金族金属(PGM)が豊富(世界の埋蔵量の約80%)なことなどを挙げた。南アの代表的な水素プロジェクトとして、以下を紹介した。
- ハイブハイドロジェン南アフリカが東ケープ州クーハ特別経済特区(Coega IDZ)内で手掛ける50億ドル規模のグリーンアンモニアプラント建設プロジェクト。年間約100万トンのグリーンアンモニア生産を見込む。同社は再エネ発電プロジェクトのデベロッパーの英国のハイブエナジーと南アのビルトアフリカによる合弁会社で、2023年12月に伊藤忠商事と同事業の協力覚書(MoC)を締結した(2023年12月22日付ビジネス短信参照)。
- 南アエネルギー大手サソールがボエゴエバーイ(Boegoebaai)で実施している、同地域の水素・アンモニア輸出事業の可能性に関するフィージビリティースタディー。
ナミビアは各国と協業し水素で工業化目指す
ナミビアのジェイムスNGH2P責任者は、同国で進行中の水素プロジェクトや今後の展望について紹介した。同国は2022年に「グリーン水素・誘導体戦略」を発表し(2023年6月9日付地域・分析レポート参照)、グリーン水素開発を通じて工業化を進めることを目指している。2025年4月には、グリーン水素を使用した直接還元鉄(DRI)の生産施設の稼働を開始した(2025年4月21日付ビジネス短信参照)。同施設で生産されるDRIは南アやドイツに輸出する予定で、南アでは自動車産業などでの利用を見込む。同案件に関して、日本からは豊田通商がTICAD9の場でナミビア政府などと覚書(MoU)を締結した(2025年9月30日付ビジネス短信参照)。また、2025年9月からは、同プロジェクトで生産されるグリーン水素の、オフテイク契約を締結しているドイツ鉄鋼メーカーのベンテラーへの輸出が開始された。さらに、アフリカ初のグリーン水素サービスステーションを建設しており、2026年第1四半期(1~3月)には、ベルギー海運大手CMBテックによる5万5,000トンのアンモニア冷蔵施設を備えたナミビア初のアンモニアバンカリング施設も建設する予定だ。また、グリーン水素を燃料とした鉄道の開発や船舶燃料の生産を通じたサプライチェーンの脱炭素化、グリーンアンモニアを活用した農業生産による食料自給率向上などにも取り組んでいる。ナミビアは産業の現地化のため、グリーンアンモニアやe-メタノール(注2)を生産するだけではなく、生産したクリーンエネルギーを南アなどの近隣国と共有することも検討しているという。ジェイムス氏はナミビアについて、小規模な国だからこそ、他国との協力によって水素プロジェクトを推進していきたいという期待を語った。
アフリカでのグリーン水素開発の課題として、3カ国の登壇者が共通して挙げたものの1つが、水素価格の高さだ。その主な原因としては、投資格付けが低いなどの理由で資金調達コストが高いことがある。これに対し、ナミビアでは世界銀行グループの気候投資基金(CIF、注3)の産業脱炭素化プログラムが、譲許的な気候資金へのアクセスを容易にしているとした。ナミビアは国内に10億ドル規模の戦略的気候基金を設置し、各プロジェクトのFID達成を促進することを目指す。また、生産コストを抑える工夫としては、エジプトのSCZoneが、海水淡水化施設など入居企業が利用する設備を一元化し、企業の設備投資削減に貢献している。ワリド長官は加えて、化石燃料由来のグレー水素(注4)と、グリーン水素の価格差が2倍以上に開いていることから、 この差を解消するための技術に関して、日本企業との協業に期待しているとした。プロジェクトを支えるインフラが不足していることも課題だ。これに対し、南ア政府は次の10年間での実現を目指して全長1万4,000キロの輸送プロジェクトが進行中だとした。また、隣国ナミビアとのパートナーシップで、南ア国内の水素パイプラインを活用したグリーン水素回廊の構築も進めていくとしている。エジプトでは大容量の再エネ送電に対応するための送電網の改修が必要なことも挙げた。その他の観点としては、エジプトからオフテイク(注5)の難しさや認証への対応(SCZoneでは認証取得に対応可能)といった課題にも言及があった。
後編では、金融機関や事業会社の視点から、水素プロジェクトを事業化し、産業化するに当たっての課題や、それに対する解決策について、各社の取り組みを踏まえた議論を紹介する。
- 注1:
- 南ア政府は2019年に、2030年までのエネルギー政策を定めた電力統合資源計画(IRP)を発表(2019年10月29日付ビジネス短信参照)。発表時点で電源比率の33.1%を占めていた再エネについて、太陽光と風力発電事業者の新規参入やオフグリッド案件を増加させることを目指し、2030年までに39.6%まで拡大する計画を示した。政府による再エネ事業への補助政策で代表的なものとしては、「再生可能エネルギー独立発電事業調達計画(REIPPPP)」に基づき、再エネによる発電事業の公共調達を行っていることが挙げられる(2024年8月30日付ビジネス短信参照)。
- 注2:
- 再エネ由来の水素と二酸化炭素(CO2)を合成ガスとして反応させて製造したメタノールを指す。
- 注3:
- 発展途上国の気候変動対策を支援することを目的として世界銀行に設立された多国間資金メカニズム。
- 注4:
- 水素精製時に発生するCO2を回収しない方法で作られる。
- 注5:
- プロジェクトを通じて事業者が提供する製品・サービスを長期的に購入する契約を指す。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中東アフリカ課 リサーチマネージャー
久保田 夏帆(くぼた かほ) - 2018年、ジェトロ入構。サービス産業部サービス産業課、サービス産業部商務・情報産業課、デジタル貿易・新産業部ECビジネス課、ジェトロ北海道を経て2022年7月から現職。




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