世界のクリーン水素プロジェクトの現状と課題北海の地の利を生かし水素プロジェクトを始動(ドイツ・ハンブルク)
2025年3月25日
ドイツは欧州で、水素の「需要家」とされる。本稿では進行する水素関連プロジェクトについて、特に同国北部のハンブルクに焦点をあてる。
ハンブルクは、北海に接続する港湾都市だ。当地には、ロジスティックスや航空、鉄鋼などの産業が集積する。ドイツの水素輸入拠点としての役割を担うとともに、水素需要の潜在性が高い。ハンブルクでは、北海の洋上風力発電由来の再生可能エネルギー(再エネ)を利用した水素プロジェクト(水素製造、アンモニアの輸入、水素パイプラインの新規建設など)が進行している。
ハンブルク市の経済振興機関ハンブルク・インベストへの取材に基づき、解説する(取材日:2025年2月20日)。
ハンブルクにある9つの産業クラスター
ハンブルクはドイツ第2の都市で、大規模な港湾で知られる。ハンブルク港は、コンテナ取扱数で、ロッテルダム港(オランダ)、アントワープ港(ベルギー)に次ぐ欧州第3の規模を誇る(注1)。13~14世紀に北海・バルト海で貿易の中継地として栄えた都市同盟「ハンザ同盟」の中心都市の1つとして、古くから交易の中心地だった。今でも「自由ハンザ都市ハンブルク」と呼ばれる。
ドイツ連邦州16州のうちの1つを構成する都市州でもある。人口は191万人で16州のうち4番目に少ない(注2)。しかし、1人当たりGDPでは7万9,180ユーロ(注3)と、州別で最多。北部最大の経済圏になっている。ハンブルクには、港湾に関連した(1)海事、(2)ロジスティクスに加え、(3)航空、(4)エネルギー、(5)ヘルスケア、(6)ライフサイエンス、(7)メディア・IT、(8)クリエーティブ産業、(9)食品の産業クラスターがある。これらの主力産業が、ハンブルクの経済を支えている。
また、ハンブルクに隣接する北海エリアには、多くの洋上風力発電所がある。北海は常に強風が吹くため、風力発電のための風車を稼働できる時間が長い(注4)。北海の風力発電はさらに増加する予定だ。北海での再エネ発電について沿岸9カ国共同で発表したオステンドエネルギー相宣言(2023年4月24日)によると、ドイツは2030年までに26.4ギガワット(GW)、2045年までに66GWの洋上風力発電を設置することを目標に掲げる。

北海の余剰再エネを水素に変えて使用
一般的に、太陽光や風力など再エネのデメリットとして、(1)発電する時間を自由に決定することができない、(2)発電に適した土地と需要地が離れている場合が多い、という2点がある。グリーン水素(注5)の製造は、再エネを水素に変えることで再エネを「貯蔵」し、「輸送」する手段としてこれらのデメリットを解決する手段の1つだ。
グリーン水素の製造拠点をハンブルクに置く最大のメリットは、北海に近接する地の利を生かせる点にある。すなわち、再エネを長距離輸送するための新たな送電網整備が必要なく、電力ロスが少ない状態で効率的に使用することができる。
加えて、グリーン水素製造時に使用する再エネは、新規の設備で発電されなくてはならないという条件がある。EU規則により、再エネ電力購入契約(PPA)に基づいてグリーン水素の認定を受けるためには、既に市場にある再エネを使用するのではなく、新規の設備で発電された再エネ電力を調達する必要がある(注6、2023年2月15日付ビジネス短信参照)。ハンブルグの場合、北海の風力発電での余剰分を調達することで、新たに再エネ設備を建設せずとも、EU規則に基づく再エネ調達の条件を充足できるメリットが生じる。

ハンブルクの2プロジェクトに、EUが巨額の補助金を承認
ハンブルクで水素のオフテイカー(引き取り手)として期待できる産業に、運輸、航空、船舶、鉄鋼、アルミニウム、精銅、石油精製がある。これらの産業は二酸化炭素(CO2)排出量が多いという特徴がある。一般的にEUでは、CO2排出量が多い事業者には、排出量取引制度(EU-ETS)で排出枠を定めている。そのため、当該事業者は排出量を削減する必要がある(2024年5月27日付地域・分析レポート参照)。石油精製、鉄鋼や海運、物流を産業として持つハンブルクでは、エネルギー源として天然ガスを水素で代替したり、水素をモビリティーの燃料として使用したりすることが期待される。
ここで、ハンブルクにおいて既に最終投資判断(FID)が完了し、建設が始まる目玉プロジェクトを紹介する。欧州では、「欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)」と呼ばれ、欧州委員会に多額の補助金を承認されたプロジェクト群がある。IPCEIはEUのファンディングスキームで、EUが原則として禁止している加盟国による企業への国家補助を認めるものだ。EU目標に沿った高い公益性を有する事業に対する国家補助規制の特例措置だ。
水素分野に関しては、欧州委員会が第4弾までの122プロジェクトを既に承認している(注7)。公的補助部分は、一部のプロジェクトを除き、全体の7割を連邦(国)、3割はプロジェクトを所管する州が負担する(2024年3月6日付ビジネス短信参照)。
(1)HGHH
ハンブルクでIPCEIの水素インフラプロジェクトの1つに選ばれたのが、ハンブルクグリーン水素ハブ(HGHH)プロジェクトだ。
このプロジェクトは、ハンブルグ・エネルギー供給会社が主導している。ムーアブルクに位置する廃止された石炭火力発電所の敷地を転用。電解槽を用いたグリーン水素製造を目指す。出力100メガワット(MW)の電解槽(注8)を導入予定で、将来的な拡張を見込む。2027年の商用運転開始を予定しており、年間約1万トンのグリーン水素を生産する。
連邦政府(1億790万ユーロ)とハンブルク市(4,620万ユーロ)が、合計1億5410万ユーロを出資する。
ハンブルグ・エネルギー供給会社は、最初の拡張段階で電解槽と、建設する付帯設備に最大4億ユーロを投資することを想定している。さらに、水素のオフテイカーによる需要をにらみつつ、徐々に生産容量を上げていくことを計画する。将来的には、800MWの電解槽を建設することが期待される。
(2)HH-WIN
もう1つは、HH-WINというパイプラインのプロジェクト。これもIPCEIのインフラプロジェクトで承認を受けている。
具体的には、ハンブルク市100%出資のガス供給会社ガスネッツ・ハンブルクがハンブルク港に計画する60キロメートル(km)のパイプラインだ。HH-WINは、HGHHで生産した水素をハンブルク市内の需要家と接続する。また、HH-WINにより、HGHHで製造された水素は、ドイツと欧州で計画される長距離の水素パイプラインにも接続する。
このパイプラインによって、6.4テラワット/時の年間エネルギー量分の天然ガスをグリーン水素で代替することが可能になる。また、長期的には、年間120万トンのCO2削減が可能になるという計算になる(注9)。
HH-WINは、HGHHで生産した水素をドイツ国外の需要地へ運ぶだけではない。アンモニア輸入港として、ドイツでハンブルクが担う役割(後述)を確実にするものでもある。
エネルギー移行に対応するため、アンモニアターミナルを新設
ドイツの国家水素戦略では、2030年の水素総需要量のうち50~70%をドイツ国外からの輸入で賄うことを掲げる。輸入の際の輸送方法は、2030年までは主に船舶によるとしている(2023年10月17日付地域・分析レポート参照)。ハンブルクも、これまでバルク貨物として石炭、石油などを輸入してきた。しかし、エネルギー移行に対応した港湾設備が必要になる。その一例が、アンモニアの輸入だ。アンモニアには、欧州で水素を運搬する手段(キャリア)として注目が集まっている。水素は体積が大きく、大量に運ぶのが難しい。水素を運ぶためには、(1)圧縮水素や液化水素など、水素の状態を変える、(2)アンモニアや液体有機水素キャリア(LOHC)といった化合物にして水素を運び、需要地で水素に戻して(クラッキングして)使用する、という2つの方法がある。
ハンブルク港には、(2)の方法で、グリーンアンモニア(注10)の輸入ターミナルとアンモニアのクラッキング施設が建設される。これは、ドイツのエネルギー企業マバナフトの既存のタンクターミナルに設置予定だ。このプロジェクトはマバナフトと米国の工業用ガスなどを手掛けるエアプロダクツによるもので、主にサウジアラビアなどからグリーンアンモニアを輸入する。アンモニアはハンブルクに建設するエアプロダクツのクラッキング施設でグリーン水素に変換され、ハンブルクやドイツ北部の需要家に供給する予定だ。マバナフトによると、アンモニアターミナルは2028年に操業開始を予定している。
水素キャリアとしてのアンモニアのほかにも、代替燃料として水素を原料にするe-fuel(合成燃料、注11)の輸入計画もある。2026年以降に、チリから合成燃料を輸入することを予定している。ハルオニプロジェクト(Haru Oni Project)はチリの合成燃料生産プロジェクトで、ドイツ企業はオフテイカーとしての役割を期待されている。シーメンス・エナジー(本社:ドイツ・ミュンヘン)がプロジェクト・パートナーの1社になり、プラントの建設のために、ドイツ政府から800万ユーロの補助金を獲得している(注12)。ドイツ企業は他にポルシェ(本社:ドイツ・シュトゥットガルト)もパートナー企業として名を連ねる。このプロジェクトの合成燃料も、ハンブルク港に輸入される予定だ。合成燃料は基本的には既存のガソリンなどのインフラを使用できる。
水素社会転換への困難に向き合う
世界の他の都市と同様、ハンブルクでも(1)グリーン水素プロジェクトにかかるコストが高いこと、(2)水素を製造・運搬・使用する新しい技術がいまだ実用段階にないこと、(3)補助金獲得までに時間がかかること、などによるプロジェクトの遅延や中止のリスクがある。
その一例として、エアバスの水素飛行機プロジェクトの延期がある。ハンブルクには、航空機メーカーエアバス(本社フランス・トゥールーズ)がドイツ有数の工場を置いている。現地報道によると、エアバスは2035年までに水素エンジン(液化水素を燃料とするエンジンと燃料電池のハイブリッド)を搭載した民間航空機を製造する計画を延期することを発表した(注13)。理由として、(1)水素飛行機を航行させるための各種インフラが不足していること、(2)燃料になるグリーン水素を大規模に製造するスケジュールが想定より遅れていること、などを挙げた。
そのような状況の中でも、ハンブルクでは、再エネ余剰の活用や、水素輸入のゲートウエーとしての役割を果たすという目標のため、水素関連プロジェクトを一つ一つ前に進めている。100MWの電解槽の商用運転開始とアンモニアの輸入開始もそれぞれ2027年、2028年に迫る。ハンブルク・インベストのステファン・マッツ国際投資部長は、「港湾を中心に産業クラスターが集中するのがハンブルクの強み。ハンブルクでは水素の製造・輸入と欧州パイプラインへの接続のインフラ整備が始まっている。水素の輸送や産業利用をはじめとした分野で、日本企業にもハンブルクでのビジネスの可能性をアピールしていきたい」と述べた。
- 注1:
-
コンテナ数(2023年)。日本港湾協会港湾政策研究所ウェブサイト
参照。
- 注2:
- ドイツ連邦経済局統計(2023年12月末時点)に基づく。
- 注3:
- 2023年。ハンブルク・インベストへの取材に基づく。
- 注4:
- 北ドイツ水素戦略(2019年11月7日)に基づく。
- 注5:
- 再エネを用いて製造した水素。
- 注6:
-
Commission Delegated Regulation (EU) 2023/1184 of 10 February 2023 supplementing Directive (EU) 2018/2001 of the European Parliament and of the Council by establishing a Union methodology setting out detailed rules for the production of renewable liquid and gaseous transport fuels of non-biological origin
参照。
- 注7:
- 第1弾「IPCEI Hy2Tech」41プロジェクト(2022年)、第2弾「Hy2Use」35プロジェクト(2022年)、第3弾「Hy2Infra」33プロジェクト(2024年)、第4弾「Hy2Move」13プロジェクト(2024年)。
- 注8:
- 電解槽とは、再エネを用いて水を電気分解し、グリーン水素を製造するための装置。
- 注9:
-
ドイツ北部5州グリーン水素イニシアティブウェブサイト”Hydrogen Grid For Hamburg’s industry”
参照。
- 注10:
- 再エネを用いて製造した水素(グリーン水素)を原料としたアンモニア。
- 注11:
- 再エネにより製造した水素と二酸化炭素回収装置で大気中から回収したCO2から燃料を製造。
- 注12:
-
ドイツ経済・気候保護省(BMWK)ウェブサイト” The "Haru Oni” project in Chile(ドイツ語)
参照
- 注13:
- ロイター(2025年2月8日付記事)、フィナンシャル・タイムズ(2025年2月8日付記事)参照。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課
板谷 幸歩(いただに ゆきほ) - 民間企業などを経て、2023年4月ジェトロ入構。