世界のクリーン水素プロジェクトの現状と課題ミュンスターで進む水素クラスター整備(ドイツ)

2025年9月1日

ドイツでは2025年2月に、総選挙が行われた。その結果として同年5月、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)による新政権が発足している。この政権交代によって、ドイツの気候・エネルギー関連政策に変更が生じないものか、懸念が生じた。しかし、「2045年までにカーボンニュートラルを達成」「2038年までに石炭・褐炭火力発電を廃止」などの目標は、継続することになった。

脱炭素化に関して、ドイツは欧州の中でも先駆的な存在だ(注1)。例えば、総電力消費量に占める再生可能エネルギー(再エネ)の割合が半分を超える(55%)。

また、水素に関する取り組みも、特筆できる。前政権下で策定した「国家水素戦略」により、生産・輸送・利用に関するプロジェクトを進めてきた。2024年10月には「水素コアネットワーク外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を承認。2032年までに国内に全長9,000キロを超える水素輸送パイプラインを構築することを目標にしている。

この記事では、特にミュンスター〔中西部ノルトライン・ウエストファーレン(NRW)州〕を取り上げる。当自治体域内にはパイプラインの敷設予定が数多く、水素クラスター育成に力を入れている。

水素クラスターを目指す

ミュンスターは、ドイツ中西部NRW州に所在する大学都市だ。人口は30万人ほど。国立ミュンスター大学や工学系の大学のほか、研究機関が多数所在。技術研究開発拠点の立地先としても注目を集めている。

研究開発型企業の立地支援を担うのが、ミュンスター技術開発公社(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますだ。同公社は、ミュンスター経済開発公社の傘下にあり、ライフサイエンス、ナノテクノロジー、情報通信分野の技術を振興・支援する。オフィススペースや研究インフラに加え、域内企業とのネットワーキング支援などのサービスを提供している。特にバッテリーシステムや貯蔵技術、水素のクラスター支援、技術系スタートアップの創業支援などに重点を置く。水素分野では、将来的に域内にグリーン水素のパイプラインが通ること(注2)や、パイプラインがつながる予定のオランダとの国境を接していること、同地域は総電力消費での再エネ由来電力の占める割合が65%と、全ドイツ平均より高いこと(注3)といった地の利を踏まえ、水素クラスターの育成を進める。

ミュンスターと域内地域には、水素製造や輸送のサプライチェーンを支える関連企業、水素を利用するオフテイカー候補がある。そのほか、域内の大学が水素研究に取り組む(表参照)。

表:ミュンスター地域の主な水素関連プレーヤー
分野 企業・団体名 概要
燃料電池に関連した製造技術 ザウアーエシッヒ(Saueressig) 水素およびバッテリー分野などの特殊機械を製造。
米マシューズ・インターナショナル傘下。
オーマン(aumann) バッテリーモジュール製造設備の製造。
シェーパース・レーザー・テクノロジー(Schepers Laser Technology) バッテリーセパレーターをレーザー加工。
発電・配電 ウエストファーレン(Westfalen) 産業ガス会社。過去40年にわたりグレー水素を供給してきた。目下、グリーン水素の供給開発を進めている。
エナプター(Enapter) 陰イオン交換膜(AEM)型水電解水素製造装置を製造。
ベンテック(BEN-Tec)/ H2パワーセル(H2 Powercell) 水素製造や充填(じゅうてん)ステーションなどについて、エンジニアリング
H2グリーンパワー・アンド・ロジスティクス(H2 Green Power & Logistics) 自社で製造したグリーン電力・水素をモビリティー向けに供給。
貯蔵・輸送 ノウェガ(nowega) ミュンスターを拠点とする送電システム事業者。高圧ガスパイプラインを運営をする。GET H2プロジェクトの設立メンバー兼コーディネーター。
ミュンスター市都市ネットワーク公社
(Stadtenetze Münster)
ミュンスター市のエネルギーネットワークを管理。
エジプラスト(egeplast) プラスチックパイプ製造。水素輸送用パイプも製造。
水素利用(計画含む) 2GエナジーAG(2G Energy AG) コージェネレーションシステム(CHP)プラント開発。
水素CHPも開発する。
ヘングスト(Hengst Filtration) ろ過システム製造。燃料電池向けフィルターも開発。
ハーバー・アンド・ベッカー
(Haver & Boecker)
水素生産や燃料電池に使うワイヤーメッシュを製造。
ヤニンホフ・クリンカー
(Janinhoff Klinker Manufaktur)
レンガ製造。2024年10月に気候保護契約(注)案件に採択。製造工程で水素利用を進める。
フラウンホーファー研究機構
バッテリーセルプロダクション(Fraunhofer FFB)
バッテリー研究インフラの整備を進める。
研究・開発 ミュンスター大学、ウエストファーレン応用科学大学、ミュンスター応用科学大学

注:気候保護契約とは、炭素差額決済の仕組みを活用し、工場の脱炭素化の取り組みに係る資本的支出(capex)と事業運営費(opex)の追加費用を補助する支援措置(2024年10月30日付ビジネス短信参照)。
出所:ミュンスター技術振興公社資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(29.8MB)

このうちヘングスト(Hengst)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、さまざまな用途のフィルター(ガス、発電、自動車、住宅、ヘルスケア向けなど)を製造。メーカー向けに販売している。現時点の拠点は、ミュンスターを中心に14カ国27カ所。2024年3月には、インド・ベンガルールに同国市場向け製品を生産する工場を開設した。

1958年の創業時から特化してきたのが、自動車向けのろ過システムだ。しかし、電気自動車(EV)の普及に伴って内燃機関車が減少し、当該市場の将来性を再検討する必要に直面。2019年ごろから、製品を多角化してきた。

その結果として近年、力を入れている分野の1つが水素燃料電池向けのフィルターだ。電池内に流す水や空気のろ過フィルター、イオン交換器を扱う。自動車向けから発電用までさまざまな用途に対応している。(1)顧客のニーズに合わせ、素材やサイズを開発できることや、(2)アフターマーケットにも対応できること、などが強みだ。本社内には、テストラボを完備。さまざまな環境(温度、湿度、有害物質の有無など)を再現できる。主な顧客は、自動車メーカーや燃料電池を開発するスタートアップなどだ。

日本には、まだ拠点未設置。ただし、日本の水素・燃料電池技術への関心は高い。また水素にかかわらず、日本企業との協業にも関心を示している(注4)。


ミュンスターのHengst本社(ジェトロ撮影)

Hengstの燃料電池用フィルター(ジェトロ撮影)

水素インフラ整備には遅れも

ミュンスター地域には、「GET H2」プロジェクトに基づいてパイプラインを敷設する計画がある。当該プロジェクトは、欧州委員会が2024年2月に承認したプロジェクト群「Hy2Infra」の対象(2024年2月22日付ビジネス短信参照)。このHy2Infraは、「欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI/注5)」に基づき、特例的なインフラ整備の対象になる。

なお、GET H2は、NRW州とニーダーザクセン州を中心にグリーン水素を生産・輸送・貯蔵する統合型プロジェクトだ。2027年半ばまでにグリーン水素バリューチェーンの構築を目指している。具体的な計画は、次のとおり。

  • ドイツのエネルギー大手RWEがニーダーザクセン州リンゲンで、風力発電を活用した300メガワット(MW)の電解槽を設置。グリーン水素を生産する。
  • 既存の天然ガスパイプラインの水素向け転用や新たなパイプラインの敷設などを通じて、ルール工業地域の需要者にグリーン水素を供給する。
  • 国境を接するオランダとパイプラインで接続し、水素を輸出入する。

当該パイプラインは、「水素コアネットワーク」の一部を担っている(注6)。2024年10月、ドイツ政府が承認した。目標は、国内に全長9,000キロを超える水素輸送パイプラインを構築することだ。このうち、GET H2プロジェクトで敷設するパイプラインは、合計約300キロに及ぶ(注7)。この計画には、ノウェガをはじめミュンスター地域の水素関連企業などが参画している。ただし、計画に遅れが生じているIPCEIに関して、EUの通達が遅れていることなどがその原因という(注8)。

なお電解槽の設置は、ミュンスター南部のハンザ・ビジネスパークでも計画があった。当該電解槽の容量は12.5MW。同地域で稼働するフラウンホーファーFFBのバッテリーファブへグリーン水素を供給。バッテリー製造過程で最もエネルギーを消費するプロセス(電極の乾燥、空調、湿度制御システムなど)で水素を活用することを検討していた。しかし、適切な資金調達プログラムが見つからず、現時点で保留になっている(注9)。

スムーズな水素移行に向け、域内企業の水素利用支援

ミュンスターは、バッテリー研究でも有名だ。事実、当地には研究機関が集積する。例えば、ミュンスター大学ミュンスター電気化学エネルギー技術(MEET)バッテリー研究所や、フラウンホーファー研究機構バッテリープロダクションセルなどがある(2025年5月20日付地域・分析レポート参照)。

ミュンスター技術振興公社のマーク・ウォルマン水素クラスターマネジャーによると、同公社は現在、「水素バッテリー・トランスフォーメンション・ハブ(HyBaT)」プロジェクトを立ち上げているところだ。このプロジェクトでは、バッテリー、電解槽、燃料電池のバリューチェーン(原材料・部品、製造プロセスなど)に域内中小企業が積極的な参画できるよう支援する。また、当地大学による水素やバッテリー関連分野の研究成果で得た知識や技術を体系的に企業に移管することを狙っている。同プロジェクトはNRW州による「Regio NRW:Transformation」(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます助成を受け、2026年をめどに開始を目指す(注10)。

また、地域を超えた協業も志向している。国境を接するオランダ東部とは2021年、イノベーションとテクノロジー分野の地域間協力を開始した。「テックランド(Dutch-German TECH.LAND)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」と銘打ち、2024年4月から活動を開始。協業テーマに、(1)エネルギー(バッテリー、水素)、(2)循環型経済、(3)先端製造業・ロボット工学、(4)健康・医療テクノロジーの4つを設定した。このうち(1)の水素には、両国の関連企業100社超が参加済み。国境を越えた水素クラスターを形成し、ネットワークを強化しようとしている。

水素供給の計画は遅れや保留などにより、NRW州やミュンスター域内の水素バリューチェーンの完成は後ろ倒しになる見込みだ。しかし、ミュンスター地域では将来的な水素活用を見越し、企業が円滑に移行できるよう環境づくりを進めている。


注1:
ドイツ連邦エネルギー・水道事業連合会(BDEW)とバーデン・ビュルテンベルク州太陽エネルギー・水素研究センター(ZSW)BDEWプレスリリース(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、2024年12月16日付)。
注2:
ミュンスターを中心とするミュンスターランド地域では、2032年までにの既存パイプラインを約300キロ改修し、の新規パイプラインを約100キロ建設する予定。これにより、水素パイプラインが域内全体を結ぶことになる〔出所:ミュンスター技術振興公社資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(29.8MB)〕。
注3:
ミュンスター技術振興公社資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(29.8MB)による。
注4:
Hengstへのインタビュー(取材日:2025年2月18日)。
注5:
IPCEIは、EU国家補助ルールの特例措置。その適用を受けると、イノベーションが必要な重点産業について、複数の加盟国が共同支援できるようになる。
注6:
ドイツ連邦ネットワーク庁プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(2024年10月22日付)。
注7:
欧州委員会プレスリリース欧州委員会発表資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.2MB)(2024年2月15日付)。
注8:
ミュンスター技術振興公社へのインタビュー(取材日:2025年2月18日、6月10日)。
注9:
注8に同じ。
注10:
ミュンスター技術振興公社へのインタビュー(取材日:2025年6月10日)。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)、海外調査部アジア大洋州課、ジェトロ・クアラルンプール事務所を経て、2021年10月から現職。

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