世界のクリーン水素プロジェクトの現状と課題産業化への課題と支援策
アフリカのグリーン水素開発(2)

2025年10月28日

アフリカには、太陽光や風力など、再生可能エネルギー(再エネ)資源が豊富な国・地域があることから、再エネ由来の電力で水を電気分解して生成する「グリーン水素」の開発ポテンシャルが高いとされている。しかし、グリーン水素は生産や資金調達にかかるコストが高いことや、需要が限られていることなどから、多くのプロジェクトが最終投資決定(FID)に至っておらず、開発プロジェクトの事業化や産業化には、いまだ多くの課題がある。

ジェトロは2025年8月20~22日、第9回アフリカ開発会議(TICAD9)の併催事業として「TICAD Business Expo & Conference(TBEC)」を主催。その中で、ジェトロはアフリカ開発銀行と共同で、アフリカでのグリーン水素開発に関する全三部のセッションを開催した。このセッションでの議論を紹介する連載の後編の本稿では、第二部「グリーン水素プロジェクトの開発と資金調達」と、第三部「グリーン水素の産業化」を振り返る。グリーン水素の需要拡大や産業化の推進に向けた議論や、登壇した有識者の意見を紹介する。

事業化には政策的支援や需要の拡大がカギ

第二部には、アフリカ開発銀行をはじめ、南アフリカで水素事業を手掛けるハイブハイドロジェン南アフリカ、日本の商社・金融機関・政策金融機関などが登壇し、アフリカにおける水素プロジェクトの形成と資金調達の課題について議論した。

アフリカでの水素プロジェクト形成について、ハイブハイドロジェン南アフリカのコリン・ローブシャーCEOは、世界54カ所を調査した上で南アを事業地に選定したという。その理由として、港湾機能が整備されアンモニア運搬船の受け入れが可能なことや、十分な送電網があることを挙げた。同プロジェクトは2026年7月に最終投資決定(FID)を予定しており、2029年の運転開始を見込んでいるとした。また、日本を水素業界のイノベーターとし、オフテイカー(注1)としての存在感を評価した。

伊藤忠商事からは石塚新弥アフリカ総支配人が登壇した。同社は、ハイブハイドロジェン南アフリカと協業し、南アでグリーンアンモニア製造事業(2023年12月22日付ビジネス短信参照)を進めている。水素の大型プロジェクトには堅調な需要が見込めるが、プロジェクトファイナンスがない限りは困難だとした。現状は比較的小規模な欧州の水素関連企業によるプロジェクトへの出資から進めており、水素の生産コストを下げて需要を拡大し、ファイナンスに結び付けることを目指しているという。また、新たな水素需要を生み出すため、グリーンアンモニアを燃料とする船舶の建造にも取り組んでいるとした。

日本の金融機関からは、みずほ銀行、国際協力銀行(JBIC)、日本貿易保険(NEXI)が登壇し、各社の水素プロジェクトへのファイナンスに関する取り組みを紹介した。みずほ銀行は2030年までに水素分野へ2兆円を投資することを表明している。JBICは日本の政策金融機関として、エネルギー・インフラ分野での長期融資やMoU締結を通じたグローバルな水素バリューチェーン構築を担ってきたと述べた。NEXIは日本唯一の貿易保険機関として、アフリカ各国のインフラプロジェクトを支えている。

事業会社の視点から、伊藤忠商事は、グリーン水素・アンモニアの本格的な商用化には、オフテイカーの存在が不可欠で、需要拡大について真剣に考えていく必要があると述べた。一方、金融機関の視点からは、資金調達コストの高さが最大の障壁とされた。みずほ銀行は、資金調達コストを1%低減できれば水素コストを15%削減可能と試算し、競争力確保や需要創出における補助金やデット・ファイナンス(注2)活用の意義を訴求した。JBICは、ナミビアやエジプトを含む30件超のMoU締結を通じ、長期的な水素バリューチェーンの形成を支援している。欧州を例に挙げ、長期的な需要に基づくリファイナンスでの資金調達の必要性を強調した。また、政府の支援による事業推進やコスト低減が今後のグリーン水素プロジェクトには不可欠と指摘した。NEXIは、オフテイカーの不在や競争力向上の必要性を指摘し、プロジェクトリスクを軽減する保険・保証構築の重要性を訴えた。

議論を通じて浮き彫りになったのは、アフリカにおけるグリーン水素事業の、資金調達に関する多面的な課題だ。第1に、ブルー水素(注3)とのコスト競争に直面する中で、グリーン水素との価格差を埋めるために政策的支援が必要なことが挙げられる。補助金等を使ってどう競争力を持つかが課題だ。

第2に、長期オフテイク契約の欠如が事業化を阻んでおり、需要創出が急務となっている。

第3に、グリーン水素の越境取引の前提として、国際認証や輸送ルールといった制度面の整備が必要だ。為替変動やカントリーリスクに対応する安定的なファイナンスの仕組みも不可欠だ。

一方で、ハイブハイドロジェン南アフリカのように、既存インフラを活用したプロジェクトは、世界的に競争力のあるコスト水準を実現できる可能性を示している。日本企業は技術面の強みを生かしつつ、政府や金融機関と連携した資金調達やオフテイクが有望と言える。また、水素・アンモニアの製造だけでなく、派生製品を通じて波及効果をもたらすことが需要創出、そして社会的インパクトを伴うビジネスとして評価を高めるという意見も挙がった。


セッション第二部の様子(ジェトロ撮影)

官民でのバリューチェーン構築で産業化を目指す

「グリーン水素の産業化」をテーマとした第三部では、冒頭、モデレーターを務めたアフリカ開発銀行のワレ・ショニバレ・ディレクターが水素プロジェクトの産業化にかかる課題を紹介した。水素は「生産」、「変換(液化)」、「輸送」、「消費」といったバリューチェーンの各段階がそれ自体でプロジェクトとなり得るため、生産物やオフテイカーが複数存在することになる。その結果、金融機関にとって複雑な金融の仕組みが必要になることが困難の1つになる。また、需要の低迷も課題で、派生製品などで需要を拡大するための技術開発や、差額決済契約(Contract for Difference、CfD、注4)などの政府支援策が必要だとした。

水素のオフテイク支援を行うドイツのH2グローバル財団と、ハイブハイドロジェン南アフリカ、日本から商船三井、三菱重工業、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は、(1)オフテイクのサポートメカニズムをどのように拡張し、需要を集約していくか、(2)アフリカや日本でグリーン水素の産業化をどう加速させるか、といった議題について意見を交わした。

まず、オフテイクの支援や需要の集約について、H2グローバル財団のエリザベス・シュテルナー・プロジェクトマネージャーは、ドイツの水素政策と同財団の取り組みを紹介した。ドイツは2045年のカーボンニュートラル達成を目標として、2030年までに95~130テラワット(TWh)の水素需要を見込んでいる。国内生産能力に限界があり、需要の最大70%を輸入で賄うことを検討しているため、大規模なサプライチェーンの構築が必要だが、世界の多くのグリーン水素プロジェクトはFIDに至らず停滞しているという。エリザベス氏はその最大の要因として、水素価格が予測不能でオフテイカーの確保が難しいことを挙げた。H2グローバル財団はその問題を解決するため、水素の需要側と供給側の価格差を調整するダブルオークションを行っている。具体的には、同財団の子会社HINT.COが政府資金を活用して10年契約で水素や派生品を入札で購入し、それらを市場で、短期スパンで販売する。これが、(1)水素市場創出の前倒しによる、プロジェクトの早期稼働の実現、(2)公的資金の効率的な活用、(3)官民の投資促進による透明性の高い水素価格の実現、といった利点を生むという。2025年2月には、第2回目の入札を開始し、アフリカ向けにはアンモニアやメタノールの生産プロジェクトを対象に約4億8,000万ユーロを割り当てている。この入札は欧州向けの供給量確保だけでなく、アフリカの水素産業の発展や、越境バリューチェーンの構築などに貢献し得ると述べた。

JOGMECエネルギー事業本部水素事業部長の末廣能史氏は、水素社会実現に向けた日本の取り組みとJOGMECの役割を説明した。日本政府は2024年10月に、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」(以下「水素社会推進法」)を施行した。グリーン水素やアンモニアの価格差支援をすることで、商業的バリューチェーンの成立を目指す。JOGMECはプロジェクトの実現可能性評価などを行う。日本の水素社会実現に重要な要素としては、(1)イノベーションや経済規模の拡大、ロジスティクスの最適化などを通じた開発コスト削減、(2)契約の信頼性の担保、(3)インフラ整備、の3点を挙げた。また、グローバルな取り組みを促進するため、プロジェクト評価にあたっては国際標準を参照する一方で、グリーン水素の日本独自の認証を策定することも検討しているとした。

また、水素プロジェクトの産業化については、事業会社3社がそれぞれの取り組みを基に意見を交わした。ハイブハイドロジェン南アフリカのコリンCEOは、短期のCfDは早期返済で資金調達コストが上昇する可能性があるため、契約の長期化が必要だとした。オフテイク契約に関しては、オフテイカーの最終意思決定を可能にするソリューション構築に1億5,000万ドルのコストがかかる現状を説明した。また、同社はプロジェクトの実施に欠かせない商社や輸送パートナー、最終的な顧客などと共同でCfDプログラムを申請していることを紹介した。資金調達コストを下げるため、CfDの長期化のほか、CfDの共同締結と並行してオフテイク契約を締結することが理想的な対応策だと述べた。 商船三井の梅村尚専務執行役員は、海運業界としての取り組みを紹介した。海運業界は、世界の貨物輸送の約90%、世界の二酸化炭素(CO2)排出量の2%を占める。そうした海運業界における排出削減を重要課題として、国際海事機関(IMO)は2050年までのカーボンニュートラル達成を目指し、IMOは重油を燃料とする船舶への規制や、ゼロエミッション燃料利用へのインセンティブ導入などを検討している。商船三井は、IMOと同様の目標を設定し、水素サプライチェーンの上流から下流までをカバーする取り組みを説明した。船舶のクリーン燃料への転換を進め、欧州企業と協業してアンモニア燃料の利用が可能な船舶を建造中だ。上流部門では、米国のアンモニアプロジェクトに投資しているほか、インドや中東、アフリカなどでのグリーンアンモニアプロジェクトへの投資を検討している。

三菱重工業の足立尚久GX事業推進SBU長(事業責任者)代理は、日本の技術がアフリカのグリーン水素プロジェクトにどのように貢献するかについて意見を述べた。同社は世界各国のネットゼロ目標を支援するため、水素製造や水素燃料の利用、炭素回収といった技術を開発している。特に水素やアンモニアのバリューチェーンを構築することを目標にしている。その実現には、国内外のパートナーや、政府からの規制・技術・商業面での支援が必要で、それらによって世界的に水素プロジェクトの産業化や関連産業が促進されるだろうと述べた。


セッション第3部の様子(ジェトロ撮影)

水素供給地としてのアフリカの潜在性を生かすには

セッション第二部、第三部では、アフリカにおける水素プロジェクトの形成から資金調達、産業化について、政府・金融機関・事業会社の視点から、現状の課題と対応策が議論された。グリーン水素の開発プロジェクトの事業化には、化石燃料由来の水素との価格差を埋め、カントリーリスク等にも対応する安定した資金調達を行うための政府・金融機関による支援や、オフテイカー確保のための需要の創出が必要となる現状が明らかになった。また、水素市場を拡大し水素社会を構築するためには、産業を横断する官民での協働的なアプローチで、国際的なバリューチェーンを構築することが必要なことが示唆された。

セッション第二部のモデレーターを務めた、アフリカ開発銀行の電力・エネルギー・気候変動・グリーン成長担当のケビン・カリウキ副総裁は、アフリカの水素分野での大きな潜在性を強調した。アフリカは2050年までに、1,000万~1,800万トンの国内利用の充足に加え、最大で年間4,000万トンの輸出が可能な世界的プレイヤーになるだろうと予測する。総じて、アフリカの水素プロジェクトは依然として初期段階にあるものの、今回のセッションで紹介された取り組みが今後進展すれば、世界的に重要な水素供給地としての地位を確立する可能性を秘めているといえるだろう。


注1:
プロジェクトの生産物やサービスを長期的に購入し、プロジェクトを成立させる役割を担う者のこと。
注2:
外部からの借り入れによる資金調達を指す。
注3:
再エネ由来の電力を利用、水を電気分解して生成され、製造過程で二酸化炭素(CO2)を排出しないグリーン水素に対して、ブルー水素は、化石燃料由来の水素で、精製時のCO2を分離・回収して貯留するものを指す。
注4:
再エネ電力の市場価格が一定の下限価格を下回った場合に、政府が再エネ事業者にその差額を補填する契約を指す。

アフリカのグリーン水素開発

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(1)主要3カ国の取り組みと課題

執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課 リサーチマネージャー
久保田 夏帆(くぼた かほ)
2018年、ジェトロ入構。サービス産業部サービス産業課、サービス産業部商務・情報産業課、デジタル貿易・新産業部ECビジネス課、ジェトロ北海道を経て2022年7月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外ビジネスサポートセンター サステナブルビジネス課
木村 ローズマリー梨花(きむら ろーずまりーりんか)
2025年、ジェトロ入構。サステナブルビジネス課で主に中東・アフリカ関係の事業、調査を担当。
執筆者紹介
ジェトロ海外ビジネスサポートセンター サステナブルビジネス課
木村 由子(きむら ゆうこ)
照明メーカー、環境系企業を経て2025年、ジェトロ入構。

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