世界のクリーン水素プロジェクトの現状と課題 ステグラが挑むグリーンスチール製造
スウェーデンの水素動向(3)

2026年6月18日

スウェーデンは、2045年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げ、欧州の中でも先進的な気候変動対策を進めている国の1つである。産業の脱炭素化を中心に水素の利活用に注力しており、グリーンスチール(注1)や合成燃料(e-fuel)、グリーンアンモニアなどの水素派生品の開発・導入が進められている。特に、グリーン水素の製造コストが欧州でも最も低い水準にあるとされ、今後の水素経済の中核を担っていくと期待されている(注2)。こうした背景の下、スウェーデンでは水素を基盤とした産業転換の象徴的事例としてグリーンスチール事業が急速に進展している。

EUの排出権取引制度(ETS)(注3)やEUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)(注4)への対応が求められる中、二酸化炭素(CO2)排出量の少ないグリーンスチールは自動車・建設業界を中心に需要が高まっている。こうした政策環境を追い風に、スウェーデンのステグラ(Stegra外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)は、現時点で操業前の売り上げがない段階にありながらも多額の資金調達に成功し、工場建設を進めている。操業開始後、生産量の約半分は欧州の自動車メーカーや建設企業との長期契約で売り上げが見込まれている。

ETSやCBAMにより高排出鋼材の脱炭素化に向けたコスト負担が増す中、グリーンスチールは経済合理性と脱炭素を両立する素材として、本事業の基盤となっている。本稿では、スウェーデンで鉄鋼業のグリーン化プロジェクトを進めるステグラの広報・渉外ディレクターであるソフィー・ヴァン・デル・マイデン氏へのインタビューを通して、同社の取り組みやスウェーデンの水素市場の動向を紹介する(取材日:2026年3月5日)。


ソフィー・ヴァン・デル・マイデン氏(ジェトロ撮影)

「世界初」への挑戦の陣容

質問:
貴社の概要は。
答え:
ステグラは2020年に設立された鉄鋼業のグリーン化(グリーンスチール)を手掛けるスタートアップだ。設立当初は“H2 Green Steel”という名称であったが、当社の活動が鉄鋼生産にとどまらず、水素生産やエネルギー技術など幅広い分野に及ぶことから、2024年に現在の「ステグラ」に変更した。ステグラには水素、還元鉄、製鋼の各分野の専門家が在籍しており、社内言語はスウェーデン語ではなく、英語が用いられるなど、多国籍メンバーで構成された企業だ。
現在、世界初となる産業規模での水素製造、直接還元法による製鉄(Direct Reduced Iron:DRI)(注5)、製鋼の3工程を一体化したグリーンスチール工場をスウェーデン北部ボーデン(Boden)に建設中だ(ボーデンプロジェクト)。スウェーデンのグリーンスチールは既に小規模な事例は存在しているが(注6)、ステグラが目指しているのは大規模な量産体制の確立だ。工場建設には約4,200人の建設作業員が従事しており、2027年に操業開始予定。操業当初は年間250万トンのグリーンスチールを生産し、2段階での生産拡大の期間を経て、2030年までには年間500万トンに拡大する計画だ。
ボーデンプロジェクトは2023年6月に環境許認可(注7)を取得した。許認可申請の提出から許可取得までの全プロセスにかかった期間は18カ月未満だった。通常、大型工業プロジェクトでは環境許可の取得に際し、環境影響評価委任機関とのやり取りに長期間を要することがあるが(注8)、ステグラは地方自治体、地域団体、および政府機関との密接な連携により迅速な取得を実現した。

二酸化炭素排出量95%削減を実現する製造プロセス


ボーデン工場の模型(ジェトロ撮影)

ステグラのグリーンスチール製造プロセスを説明する
ソフィー氏(ジェトロ撮影)
質問:
ボーデンが立地として選定された背景は。また、グリーンスチールの製造プロセスの特徴は。
答え:
本プロジェクトがボーデンで実施されている主な理由の1つは、豊富な再生可能エネルギー(再エネ)資源だ。近くを流れるルーレ(Lule)川の水力発電が主要な電源であり、風力発電も組み合わせて利用している。送電インフラについても政府と連携して整備を進めている。
電力構成は、水力発電が約80%、風力発電が約20%と見込まれている。北部スウェーデンの電力網(グリッド)はほぼ100%再エネで構成されており、グリーンスチール生産にとって重要な条件となっている。ボーデンは電力価格がスウェーデン国内でも比較的低い地域であり、大量の電力を必要とする水素生産に適した環境だ(注9)
工場の敷地規模は約2.7平方キロメートルに及び、グリーン水素、DRI、グリーンスチールの3つの主要製造施設が同一敷地内に統合されている「三位一体プラント」が特徴だ。鉄鉱石は鉄道で輸送され、還元塔で処理された後、電気アーク炉を用いる製鋼工程へ送られる。工程を近接配置することで輸送を削減し、効率的な生産体制を実現する。
従来の鉄鋼生産では高炉を用いて、石炭を還元剤として鉄鉱石から酸素を除去するが、この過程で大量のCO2が排出されるため、鉄鋼産業はCO2の大きな排出源の1つとなっている。一方、ステグラでは水の電解によって製造した水素を還元剤として使用し、その結果、ホットブリケットアイアン(Hot Briquetted Iron:HBI)(注10)を生成する。これを電気アーク炉(Electric Arc Furnace:EAF)で溶解することでグリーンスチールを生産する。このプロセスにより、従来の高炉製鉄と比べCO2排出量を約95%削減できる。一部工程では天然ガスも使用されている。

民間投資と政府による象徴的支援

質問:
これまでの資金調達の内訳と、政府支援の位置付けは。
答え:
ステグラは設立以来、総額約65億ユーロを調達している。株式発行など自己資本調達が21億ユーロ、銀行融資などの負債資金が42億ユーロに加えて、欧州委員会のイノベーション基金(EU Innovation Fund)(注11)からは2億5,000万ユーロの公的支援を受けている。そのほか、スウェーデン・エネルギー庁からも「産業リープ(2026年3月16日付ビジネス短信参照)」を通じて約1億ユーロの支援を受けている。現政権(注12)は公的支援に対して比較的慎重な姿勢を取っており、これは国家の関与を最小限に抑えるという基本理念によるものだ。そのため、公的資金は全体の資金調達の2%未満にとどまるが、政府がプロジェクトの支持を示す象徴的な意味合いを持つ点で重要だ。
質問:
顧客基盤やグリーンスチールの市場性については。
答え:
まだ操業前のため現時点では売り上げは発生しておらず、支出のみが先行している段階であるが、操業開始後は段階的に生産量を拡大していく予定だ。既に初期の年間生産予定量の50%以上については、長期契約が締結されており、主な顧客は欧州の自動車メーカーおよび建設企業だ。
当社の製品が選ばれる理由として、ETSの存在が挙げられる。排出量の多い鋼材を使用する場合、排出権の購入が必要となるため、排出量の少ないグリーンスチールを使用する方が、結果的にコスト面で有利となるケースがある。すなわち、ETSコストの削減効果により、実質的に競争力を持つ価格水準が実現される。また、脱炭素素材を採用することで、自社製品の「低炭素」価値を高めることができる。ETSやEUのCBAMという制度の存在が、本事業の成立を支える基盤となっている。

脱炭素と共存する地域・労働社会

質問:
労働者や地域コミュニティーへ、どのような配慮および取り組みを行っているか。
答え:
ステグラはボーデンの自治体や地域住民との連携を通じて、環境配慮と地域社会への貢献を重視している。地元自治体や地域住民に加え、先住民族であるサーミ人(Sámi)(注13)との対話を継続しながらプロジェクトを推進している。

ボーデン工場建設に従事する労働者向けの宿泊施設(ステグラ提供)
また、労働環境について、工場建設に従事する労働者向けの宿泊施設を整備しているほか(注14)、工場建設に従事する労働者の労働組合への加入や労働条件の確保など、適切な対応を講じている。スウェーデンは労働規制が厳格な国であり、企業には労働者福祉への配慮が求められている。

世界展開と巨大プロジェクトを支える「四本脚」

質問:
今後の国際展開の方向性と水素事業の位置付けは。
答え:
ステグラはボーデンでの生産開始後、将来的な海外展開を視野に入れており、プロジェクト拠点としてポルトガル、ブラジル、カナダの3カ国を候補として検討している。うちポルトガルで既に用地を確保しており、風力・太陽光といった再エネが豊富で、深海港を有することから、欧州内の他地域のHBI輸送に適している。
ブラジルは北東部で、資源大手ヴァーレ(Vale)との連携を通じた高品位鉄鉱石の調達を検討している。一方、カナダはケベック州に豊富な再エネ資源がある。
最終的には3候補のうち1カ所に絞り、2032年以降の稼働を想定している。海外拠点では主にグリーン水素および還元鉄の生産を行い、HBIとして欧州に輸出し、最終的な製鋼を欧州で実施する可能性がある。これにより、CO2排出量の多い工程を分散しつつ、欧州域内の雇用維持にも寄与することが期待される。
なお、ステグラは将来的に欧州有数の水素生産企業となる可能性があるが、当社は水素の販売自体を主目的としているわけではない。水素はあくまで自社の鉄鋼生産プロセス向けに生産されるものだ。操業初期には供給が需要を上回る可能性があるため、生産した水素の一部を外部へ販売する可能性はあるものの、長期的には自社利用が中心となる見通しだ。
質問:
本プロジェクトを推進する上での主な課題は。
答え:
資金調達は常に難しいものの、製品の需要が見込まれ、長期契約を締結したオフテイカー(引き取り手)が存在することから、現時点では順調に進展している。一方で、必要な電力の確保、許認可の取得、インフラ整備など、多くの課題も存在している。これらはいずれも時間を要するものであり、多様な関係者との連携が不可欠である。
本プロジェクトは「四本脚のテーブル」に例えられ、電力、インフラ、港湾アクセス、許認可のいずれが欠けても成立し得ない。また、各要素は相互に連動しており、例えば許認可はインフラ整備を前提とし、インフラ投資は電力確保を条件とするなど、全てを同時並行で進める必要がある。金融機関も電力供給の確実性や顧客の存在が確認されなければ融資に踏み切らない。そのため、個別の要素を推進しつつ、相互連動により必要条件を同時に満たすことが最も重要だ。

注1:
化石燃料である石炭の代わりに、グリーン水素と再エネで製造された鋼。 本文に戻る
注2:
スウェーデンの水素産業動向については、「スウェーデンのクリーンエネルギー・水素産業動向(2026年2月)」を参照。 本文に戻る
注3:
詳しくは「世界をリードするEUのカーボン・プライシング(1)EU ETS」を参照。 本文に戻る
注4:
詳しくは「EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の解説(基礎編)(2024年2月)」を参照。 本文に戻る
注5:
天然ガスや石炭などを還元剤として、鉄鉱石を固体状態で直接還元する製鉄方法。この方法により製造される直接還元鉄(DRI)はスポンジ鉄(Sponge Iron)とも呼ばれる。 本文に戻る
注6:
鉄鋼大手SSAB、国営鉄鉱石採掘企業LKABおよびエネルギー大手バッテンフォール(Vattenfall)が手掛けるハイブリッド(HYBRIT)が一例(2024年4月8日付ビジネス短信参照)。 本文に戻る
注7:
スウェーデン環境法に基づき、工業施設など環境に有害とされる活動を行うにはスウェーデン政府からの環境許可の取得が義務付けられている。県行政委員会の環境審査委員会または土地・環境裁判所を通じて取得する。 本文に戻る
注8:
環境許認可の取得には通常1年半から2年程度を要する。
https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/04/d3d7954c2e8e3676.html 本文に戻る
注9:
スウェーデンは北部の入札区域(SE1)から南部の入札区域(SE4)まで、4つの入札区域に分割されており、各入札区域の電力価格は電力の需給状況および入札区域間の送電容量によって決定される。北部に水力発電が集中し電力供給が集中している一方、中央部・南部に需要が集中している。送電容量の制約により北部から他地域への電力移送が制限されるため、北部(SE1・SE2)の電力価格は中央部(SE3)より安い。スウェーデン北部(ルーレオ、SE1)の電力価格は74.50ユーロ/メガワット時(MWh)当たりに対して、スウェーデン中央部(ストックホルム、SE3)は106.21ユーロ/MWh(Nord Pool外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、2026年4月16日時点)。 本文に戻る
注10:
摂氏650度超の温度で圧縮され、密度が5,000キログラム/立方メートルを超える高品質のDRI(直接還元鉄)。 本文に戻る
注11:
EU加盟国およびノルウェー、アイスランドにおいて、温室効果ガス(GHG)排出ゼロに貢献する技術(ネットゼロ技術)を推進する事業への財政支援策。 本文に戻る
注12:
2022年10月に発足した中道右派連立政権。 本文に戻る
注13:
スウェーデンの公認少数民族の1つ。 本文に戻る
注14:
宿泊施設は工事完了後に撤去される予定。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
バリオ 純枝(ばりお すみえ)
2025年4月からジェトロ・ロンドン事務所勤務。

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