特殊鋼大手、クリーン水素生産へ(スウェーデン、日本)
現地日本人社員が奮闘して生産性向上

2023年2月20日

日本製鉄が2018年に完全子会社化(注1)したスウェーデン特殊鋼大手オバコ(Ovako、本社はストックホルム市)は、鉄鋼生産のカーボンニュートラル化で先行する。オバコのカーボンニュートラルの生産に向けた現在の取り組みや、日本製鉄による同社子会社化後の生産性向上、またスウェーデン人社員の仕事の仕方などについて、同社の石井博美執行副社長(エグゼクティブ・バイス・プレジデント)兼グループ生産・技術アドバイザーに話を聞いた(取材日は2023年1月25日)。

「世界一」の製鉄所などで、用途や顧客に合わせて特殊鋼を生産

オバコの歴史は古く、創業は16世紀にさかのぼり、軸受け鋼では世界トップレベルの技術を誇る。同社の主要顧客(分野)は風力発電機メーカーで、風力発電機に使用される主軸用ベアリングで、世界全体の3分の1(石井氏情報)のシェアを誇る。また、トラック(サスペンション)や乗用車(サスペンション、ギア)、その他産業などにも供給している。同社では、ベアリング用の「BQ-Steel」、機械加工用の「M-Steel」、摩耗に強い「WR-Steel」など、用途に合わせて製品のブランド展開を行っている。

同社はスウェーデンに4カ所、フィンランドに1カ所の製鉄所を持つ。スウェーデンのホフォシュの製鉄所には「超高級」グレード用のインゴット鋳造(溶鉄を鋳型に流し込み、加工前の鋼塊を生産する製鋼法)、スメジバッケン製鉄所にはビレット鋳造(小・中断面の帯状の鋼片を生産する製鋼法)に強みを持つ。また、フィンランドのイマトラ製鉄所には「高級」グレード用のブルーム鋳造(大断面の帯状の鋼片を生産する製鋼法)の生産設備を有する。これら主力製鉄所がそれぞれ異なるタイプの生産設備を持つことで、用途や顧客ニーズに合わせて使い分けて生産することが可能だ。なお、ホフォシュ製鉄所のインゴット鋳造設備の品質と生産性は「世界一」(同社のマーカス・ヘドブロム社長談)とのこと。


クリーン水素生産設備を建設中のホフォシュ製鉄所(全体風景)(オバコ提供)

製鉄所内のクリーン水素生産設備、2023年夏に稼働へ

オバコで生産する鉄鋼製品のカーボンフットプリント(注2)は、世界平均より80%(同社情報)も少ない。同社は、スコープ1(注3)とスコープ2における二酸化炭素(CO2)排出量を、2015年比で2030年に80%、2040年に90%削減する目標を掲げる。同社では2022年1月から、スコープ1とスコープ2におけるCO2排出を実質ゼロにするカーボンニュートラル生産を導入している。同社の生産拠点で利用する原材料(鉄や合金)は、97%以上がリサイクルされた鉄スクラップだ。また、同社では2015年から、生産にはクリーンエネルギー(水力、風力、原子力)由来の電力を使用している。それでも削減できない排出分については、Verified Emission Reductions(VER)などのカーボンクレジットを購入することで実現している。

なお、同社ではスコープ1と2だけでなく、スコープ3における排出削減にも取り組む。既述の目標の対象となるスコープ1と2とともに、スコープ3(上流のみ)を含めて排出削減を目指すイニシアチブ「cradle-to-gate(ゆりかごから門まで)」を立ち上げている。

特殊鋼の生産には加熱炉における高温での熱処理が必要になる。しかし、電気では対応できないため、通常はガスを使う。そのガスを天然ガスからクリーン水素に転換することで、加熱工程におけるCO2排出量を削減することができる。同社は同手法により、ホフォシュ製鉄所の加熱工程で発生するCO2の50%(2020年比)を削減する計画だ。また、2030年までに全ての製鉄所に横展開する構想であり、実現すれば現在購入しているカーボンクレジットの購入量を減らすことができる。

同社は同計画を実現するため、ボルボ・グループ(スウェーデン)、日立エナジー、H2グリーンスチール(スウェーデン)、ネル・ハイドロジェン(ノルウェー)とともに、約1億8,000万クローナ(約22億5,000万円。1クローナ=約12.5円)を投じて、ホフォシュ製鉄所内にクリーン水素生産のための電解槽(20メガワット)を建設中だ(2022年11月にスウェーデン当局の建設許可を取得)。同電解槽は2023年の夏には稼働の予定で、本格稼働すれば4,000立方メートル/時のクリーン水素を生産できることになる。なお、そこで生産されたクリーン水素は特殊鋼の生産だけでなく、トラックなど(燃料電池車)の輸送燃料に利用したり、水素生産時に発生する排熱を周辺地域の地域暖房に利用したりする計画だ。

スウェーデン政府は同プロジェクト(同社)に対して、同投資総額の約4割に相当する7,100万クローナの財政支援(注4)を行っている。石井氏は、粗鋼生産でクリーン水素を利用する際の課題として、工業規模での(容量の大きい)電解槽がまだ開発途上で、クリーン水素のコストが高い点を指摘する。その点で、「(同社プロジェクトに対する)スウェーデン政府による財政支援は、カーボンニュートラル生産を支える基本技術を工業規模で開発する過程では極めてありがたい」と石井氏は話す。

議論と成果を積み上げ、「完全アウェイ」から「日本方式」の評価へ

オバコは既述のとおり、2015年以降、目標を設定して粗鋼生産におけるCO2排出に順調に取り組んできた。だが、その間、同社の生産性の向上を行う改革がなされている。その改革の影の立役者が、日本製鉄による同社子会社化直後から在籍している石井氏と、山陽特殊製鋼や日本製鉄からの日本人駐在員(イマトラ製鉄所に3人、スメジバッケン製鉄所に3人)だ。


オバコの石井博美執行副社長兼グループ生産・技術アドバイザー(オバコ提供)

日本製鉄が同社買収を決めた2018年上期までは、同社の業績は黒字だった。ちょうどそのころ、ドイツの自動車メーカーを中心とした、ディーゼル車における排ガス燃費改ざん問題に端を発した販売減などにより、自動車向けビジネスを展開していた同社の同年下期の業績は赤字に転落した。買収直後に赤字に転落したことで「『高い買い物』をしてしまった」(石井氏および買収関係者)という切羽詰まった状態だった。

買収当時、同社はビジネスユニット(以下、BU)ごとにそれぞれの生産拠点を確保しており、「用途や顧客ニーズに合わせて使い分けて生産することが可能という極めて優位な状況にあった。にもかかわらず、各BUがそれぞれ『別会社』に近い状態だった」(石井氏)。また、生産能力は各事業部門の需要量の最大に合わせて設計されていたこともあり、各生産拠点の稼働率は平均60~70%にとどまっていた。ただ、物価の高いスウェーデンでは、生産活動に必要な固定費も当然高い。生産設備の稼働率は業績にも直結する。そのため、石井氏は同社の買収当時、生産拠点の稼働率の引き上げによる「余力」を生み出すことで、在欧日系企業向けビジネスを新たに展開することを想定していた。また、BUの垣根を越えて3つの生産設備の優位点を最大限活用する最適生産体制を構築することで、生産コストを抜本的に低減することをオバコ側に提案した。しかし、オバコは当初、同提案に対して相当抵抗をし、耳を傾けなかったという。

日本製鉄所属当時にオバコ買収を日本製鉄幹部に提言していた石井氏は、火中の栗を拾うべく、日本から当初は1人、オバコの経営幹部として派遣されていた。もっとも、オバコの中では「完全アウェイ」(同氏)という状態だった。石井氏はスウェーデン人について、「議論をする際は、親会社の幹部だからと気を遣うことなく1人の人間として対等に意見をする。いわゆる平等主義。また、人一倍プライドが高い面もある」と評価する。同社の社員全員が、同提案に対して真っ向から反対していた。それでも、石井氏は同提案の必要性および経済的なメリットを粘り強く主張し続けた。また、日本人駐在員とともに各BUの生産性向上、品質・コスト改善に取り組み、着実に成果に結びつけていった。一般的なスウェーデン企業では経営方針を判断する際、「社長の方針にただ従うのではなく、関係者間で何度も議論を重ねてその中からコンセンサスを練り上げる」(石井氏)という。また、「スウェーデンは世界で最も合意に基づく社会の1つであり、スウェーデン企業では社員が義務感にかられて仕事をするというより、自身で納得して仕事をする傾向がある」(同氏)。

その過程で、日本人による改善の成果を認めつつ同社が同提案の一部を受け入れて、社内での「横連携」に取り組んでみたところ、しばらくして稼働率が向上するとともに生産コストの大幅改善が図られ、業績が改善してきた。それにより、次第にスウェーデン人社員の石井氏や日本人駐在員に対する反応が変化しはじめ、今ではスウェーデン人社員とも良好な関係を築けているという。石井氏は「ここまで来るのに、(買収から)約3年かかった。スウェーデン人社員は、マネジメントについてはともかく、少なくとも技術力やその効果を最大限発揮させる考え方や手腕に対しては、『日本方式』を評価してくれるようになった」と振り返る。

なお、同社スウェーデン人社員は、「仕事を心底楽しんでいると感じる。簡単に人の意見に妥協はしないが、一度納得したら、決めた方針には忠実に従って仕事をするなど、労働倫理は高い」(石井氏)ようだ。

石井氏は「買収当時、人員や設備は当時のままで、生産効率(設備の稼働率)を相当程度引き上げ、またBUの横連携を最大限活用し、日系企業向けのビジネスを拡大したいと考えていた。実際、成果も着実に出てきている。ただ、社内には余力(の取り扱い)について積極的な拡販には慎重な意見を持つ人がおり、なかなか実現できていない。人員を相当絞っているとはいえ、結果として設備稼働率は60~70%であり、物価上昇分の価格転嫁を着実に実施することを含め、いまだに固定費の比率は高い。この点は今後も課題だ」と話す。


注1:
現在は、日本製鉄グループの山陽特殊製鋼(株)がオバコ社を完全子会社化している。
注2:
商品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの排出量を CO2に換算して、商品やサービスに分かりやすく表示する仕組み。
注3:
温室効果ガス(GHG)排出量の算定、報告の基準の1つ。スコープ1では、事業者自らによるGHGの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)を対象にする。スコープ2は、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出が対象。スコープ3では、スコープ1とスコープ2以外の間接排出(事業活動に関連する他社の排出)が対象となる。
注4:
スウェーデン・エネルギー庁による、鉱工業部門のGHG排出ゼロに向けた技術開発を財政支援するプログラム「Industriklivet」の一部。同プログラムは2018年に開始しており、2030年まで継続の予定。同プログラムはEUの復興基金の中核予算「復興レジリエンス・ファシリティー(RRF)」から拠出されている(スウェーデン・エネルギー庁ウェブサイトより)。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
古川 祐(ふるかわ たすく)
2002年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(欧州班)、ジェトロ愛媛、ジェトロ・ブカレスト事務所長などを経て現職。共著「欧州経済の基礎知識」(ジェトロ)。