特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州EUエネルギー政策の最新動向
気候変動対策から安全保障への転換(2)

2022年9月1日

「欧州グリーン・ディール」(注1)に代表される気候変動対策から、ロシアによるウクライナ侵攻を機に安全保障政策へと軸足を移しつつあるEUのエネルギー政策を解説する4回シリーズ。第2回となる本稿では、「欧州グリーン・ディール」の実現に向けた政策パッケージ「Fit for 55」発表後の2021年夏以降のエネルギー価格の高騰を受け、従来の政策の下で短期的な対応策を発表するも、2022年2月からのロシアによるウクライナ侵攻により、「欧州グリーン・ディール」の方向性を維持する一方で、安全保障重視やエネルギー市場の改革など方向転換を迫られつつあるEUのエネルギー政策の最新動向を紹介する(2022年8月9日時点の情報に基づく)。

最新動向1:短期的対応策を中心としたツールボックス

欧州委員会は2021年10月13日、同年春以降のガス価格の上昇、特に夏以降の急激な高騰を受けて、EU加盟国が実施可能な支援策をまとめたツールボックスを提示した(2021年10月14日付ビジネス短信参照)。このツールボックスは、エネルギー貧困層に対するバウチャーの支給や、エネルギー料金の一部負担、一時的な減税策などの直接的な支援策、EU国家補助ルールに合致した企業支援など、現行の法的枠組みの中で実施可能な短期的な政策が主な内容だった。一方で、スペインなど一部加盟国は、法改正を伴うより踏み込んだ中長期的な対策を求めていたが、ガス備蓄の規制強化やガスの共同調達などはあくまで検討段階として、欧州委は明確な方向性を示さなかった。また、電力価格が実質的にガス価格に連動する現在の卸電力市場の在り方についても、エネルギー規制当局間協力庁(ACER)に調査を求めるにとどまり、大幅な改革には消極的な立場を示した。エネルギー価格高騰の原因については、再生可能エネルギーの推進を前提にした卸電力市場の設計、EU排出量取引制度(EU ETS)、「Fit for 55」に代表される欧州委の急激な脱炭素化政策にあるとの批判が一部から出ていたが、欧州委はこれを否定。基本的には新型コロナウイルス禍からの経済回復に伴う天然ガスの世界的な需要増加や、ロシア国営企業ガスプロムを名指しで批判するなど、ロシアからの天然ガス供給不足が原因とした。再生可能エネルギーへの移行は、高騰が続くガスへの依存の軽減だけでなく、エネルギー供給のEU域外依存も軽減することから、原因の一部ではなく、むしろ解決策の一部だとして、今後も欧州グリーン・ディールを積極的に推進する考えを示した。

最新動向2:ロシア産化石燃料依存脱却計画「リパワーEU」

ロシアは2022年2月24日にウクライナへの軍事侵攻を開始。これを受けて、ガス価格はさらに高騰した。欧州委は3月8日、ロシア産化石燃料への依存からの早期脱却計画「リパワーEU」(注2)の概要を発表。欧州理事会(EU首脳会議)は3月11日にこれを承認した(2022年3月14日付ビジネス短信参照)。

脱却を急ぐ背景にあるのは、ロシア産化石燃料に対するEUの高い依存度がある。欧州委によると、EUは2021年のガス消費の90%以上を輸入しており、そのうち45.3%がロシア産だ。また、EUの石油輸入の27%、石炭輸入の46%がロシア産となっており、エネルギー供給でのロシア依存は非常に高い。こうしたロシアへの高い依存度を見る限り、欧州委が2015年に発表した「エネルギー同盟」戦略で掲げていたエネルギーの供給元の多角化という目標は、2015年以降もさほど進展していなかったことがうかがえる。一方で、ウクライナ情勢による変化を機に、ロシアはEUの安全保障上の脅威であり、ロシアへのエネルギー依存はEUの脆弱(ぜいじゃく)性につながるとの認識が明確になり、こうした脆弱性をできる限り早期に解消しなければならないとの立場が加盟国間で広く共有されたとみられる。

欧州委は2021年10月に発表したツールボックスに加えて、加盟国が実施可能な新たな短期的措置の指針も発表した。現在のような例外的な状況では、現行の法的枠組みのままでも、家庭用と零細企業用の電気小売価格を規制することが可能と確認。また、現行のEU国家補助ルールでも、エネルギー価格の高騰により流動性が不足する企業や農家に対して加盟国が一時的な救済措置を提供することができるとした。国家補助ルールに関しては、2022年3月23日に暫定危機対応枠組みを設置し、7月20日にはこの枠組みをさらに緩和する方向で改正した(2022年7月13日付ビジネス短信参照)。支援策の財源に関しては、エネルギー価格の高騰に伴う超過利潤に対する一時的な課税(2022年度は最大2,000億ユーロの歳入増が可能と試算)や、想定を上回っているEU排出量取引制度(EU ETS)からの収入(2021年1月~2022年2月末に約300億ユーロを記録)の活用を提案した。

最新動向3:ガスの共同調達と備蓄強化規則

欧州委は3月23日、2022~2023年の冬に備える措置に関する政策文書を発表(2022年3月24日付ビジネス短信参照)。これは、欧州理事会が欧州委に対して「リパワーEU」の一環として策定を求めていたものだ。エネルギー需要が増える冬に向けて、ガス備蓄を開始すべき時期に既に入っていることから、EU各加盟国が共通のガス戦略の基に対応する必要があるとして、ガスの共同調達に向けたタスクフォースの設置と、一定のガス備蓄を義務付ける規則案を新たに提案した。2021年10月のツールボックス発表時点では、欧州委はガスの共同調達やガス備蓄強化について必ずしも積極的な姿勢を示していたわけではなく、ロシアによるウクライナ侵攻を機に、実施の方向性を明確にしたかたちだ。

ガスの共同調達に関しては、欧州理事会は3月25日、欧州委の方針を承認。4月7日には、加盟国が自発的に参加するパイプライン経由の天然ガス、液化天然ガス(LNG)、水素の共同購入を調整するEUエネルギープラットフォームが設置された。5月25日には、需要の集約、インフラの対応能力の調整、エネルギー供給の交渉などを支援する欧州委のタスクフォースも設置された。今後、欧州委が参加する加盟国を代表してガス調達の交渉と契約を直接実施する「共同調達メカニズム」を提案するとしている。

一定のガス備蓄を義務付ける規則案については、自国内にガス貯蔵施設のある加盟国に対して、2022年11月1日までにガス貯蔵施設の備蓄上限の8割の備蓄を義務付けるものだ。2023年11月以降は備蓄義務を9割以上に引き上げる。また、貯蔵施設のない加盟国は、自国のガス年間消費量の15%相当以上について、毎年11月1日までに自国内の事業者と他の加盟国の事業者の間に供給に関する取り決めがなされることを確保する必要がある。さらに、ガス地下貯蔵施設は、エネルギーの安定供給の観点から、重要なインフラとして当該施設の認定制度も創設する。この規則は、地政学的な状況と早期実施の必要性を考慮して、提案からわずか3カ月という異例の早さで成立し、7月1日から施行された(2022年7月4日付ビジネス短信参照)。

最新動向4:卸電力市場の改革

6月に入り、卸電力市場の市場設計に関しても、新たな動きがあった。第1回で解説したとおり、現行のEU卸電力市場では、電力価格は天然ガス価格に連動している。この市場設計に関しては、2021年夏以降のガス価格の高騰を受けて、スペインやフランスなどから卸電力市場の改革を求める声が上がっていた。欧州委は当初、エネルギー価格の高騰は新型コロナ禍からの需要回復など外的要因によるものであり、市場設計が要因ではないとの立場から、市場設計そのものに対する改革には消極的な姿勢を示した。また、ドイツ、オランダ、オーストリア、北欧諸国など9加盟国は改革に反対する共同声明を発表するなど、市場設計の現状は維持されるとの見方が大勢を占めていた。2022年4月には、欧州委からの要望で卸電力市場の制度設計の在り方を検討していたACERが最終報告書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(6.64MB)を発表。ロシアのウクライナ侵攻以降の地政学的な不確実性によりエネルギー価格はさらに高騰していると述べる一方で、2021年夏以降のエネルギー価格の高騰はエネルギー需要の回復などの外部要因によるとの欧州委の立場をおおむね支持する内容で、将来的な調整は必要なものの、制度設計の大枠は維持すべきとした。

こうした中で、欧州委は方針を大きく転換する。フォン・デア・ライエン委員長は6月8日、欧州議会での演説で、卸電力市場の改革を目指す意向を表明した。この演説でフォン・デア・ライエン委員長は、現行の卸電力市場には問題があり、欧州委が提案した短期的な対策では、この問題を解決することはできないことから、卸電力市場を改革する必要があるとした。現行制度は20年以上前に設計されたものであり、当時高額だった再生可能エネルギーを普及させるべく、最も高いエネルギー源と電力価格を連動させるものだったが、現在では状況は一変し、再生可能エネルギーが最も安く、天然ガスが最も高いエネルギー源となっている。「欧州グリーン・ディール」の推進により、再生可能エネルギーが今後ますます主要なエネルギー源となる中で、このような制度はもはや機能しないと述べ、ガス価格と電気価格のデカップリング(切り離し )という卸電力市場の抜本的な改革に意欲を見せた(2022年6月28日付ビジネス短信参照)。ただし、欧州委は、影響アセスメントを実施する必要があることから、卸電力市場の改革法案の提案は、2023年以降になるとの見通しを示している。

最新動向5:対ロシア制裁とロシアによる天然ガス供給削減

EUは、ロシアに対する制裁の一環として、一部のロシア産化石燃料の輸入を禁止している。4月8日には、制裁パッケージ第5弾としてロシア産石炭の輸入禁止(適用開始は2022年8月から)を決定(2022年4月11日付ビジネス短信参照)。また、加盟国間のエネルギー供給状況などの違いもあり、提案から採択までに1カ月を要したが、6月3日には制裁パッケージ第6弾として、限定的ではあるものの、ロシア産原油の輸入禁止を決定した(2022年6月6日付ビジネス短信参照)。対象となるのは海上輸送による原油輸入だ。原油のスポット取引や既存契約に関して6カ月間、石油精製品については8カ月間の猶予期間の後に禁止される。パイプライン経由の原油輸入は、ハンガリーの主張を受けて、制裁対象から除外された。また、ブルガリアやクロアチアに対しても、輸入禁止の適用開始時期について、一部後ろ倒しが認められた。

一方で、ロシア産天然ガスについては、一部の加盟国が制裁対象に加えるよう求めていたが、多くの加盟国がロシア産天然ガスに依存していることから、制裁対象にはなっていない。むしろ、ロシアは7月時点で、12加盟国に対する天然ガス供給を削減あるいは停止している。欧州委によると、ロシアからEUへの6月の天然ガス供給量は、過去5年の同時期平均の3割以下となっている。さらに、ロシアは7月11日から、ロシアとEUをつなぐ最大のパイプライン「ノルドストリーム1」の運転を定期点検を理由に完全に停止。7月21日には運転を再開したものの、供給量は通常時の4割程度で(2022年7月25日付ビジネス短信参照)、その後さらに供給量を減らしている。

最新動向6:ガス需要削減計画と削減規則案

欧州委は7月20日、ロシアからの天然ガス供給が減少する中で、さらなる削減、ないし完全停止に備える必要があるとして、欧州ガス需要削減計画と削減目標を法制化する規則案を発表した(2022年7月21日付ビジネス短信参照)。計画では、 EU全加盟国に対して、8月1日から2023年3月31日まで、過去5年の同時期平均と比べて、自主的にガス消費を15%削減するように求めた。削減方法については、加盟国に委ねているが、加盟国が優先すべき措置として「欧州グリーン・ディール」で石炭火力発電の段階的廃止を目指すとしていた方針を修正し、石炭火力への一時的な回帰を推奨するなど、天然ガスの代替となるエネルギー源の最大限の活用を挙げた。併せて、一般家庭や企業などの消費者に向けた省エネへの取り組みも求めた。加盟国がガス市場に介入し、ガス供給の削減・配分を実施する場合、既存のEU規則により、一般家庭や病院、学校などの必須の社会サービスは「保護された消費者」としてエネルギー供給が保障されている。このことから、ガス供給の削減・配分の主な対象となるのは産業界になるとした。また、対象となる産業の優先順位や方法なども提案した。さらに、加盟国の自発的な削減策にもかかわらず、エネルギー需給が逼迫した場合には、規則案に基づいて、欧州委は自身の発意あるいは3加盟国以上の要請により、EUレベルの警報を発動できるとした。警報が発動された場合、全加盟国は8月1日から2023年3月31日までの期間中、ガス消費を少なくとも15%削減することが義務付けられるとした。

この発表を受けて、多くの加盟国が相次いで反対を表明した。焦点となったのは、緊急時の削減の義務化と、義務化に関するEUレベルでの警報を発動する権限の所在だ。欧州のガス供給ネットワークへの接続率が低く、LNG基地を有するなどロシア以外からのエネルギー供給が比較的容易だったり、再エネ比率が高く、ロシア産天然ガスへの依存度が低かったりする南欧諸国は、削減の義務化に反対。ポーランドやハンガリーといった東欧諸国の一部も反対を表明した。また、EU理事会(閣僚理事会)の同意なしに欧州委が義務化に関するEUレベルの警報を発動できる点に関しても、多くの加盟国が反発。EU理事会が発動権限を持つべきだとした。EU理事会は7月26日、こうした加盟国の反発に配慮し、義務化に関しては大幅な適用免除と例外規定を設け、義務化に関するEUレベルの警報についても、欧州委の提案あるいは5加盟国以上の加盟国レベルでの警報の発動に基づくものの、最終的な発動権限はEU理事会が持つことで政治合意した(2022年7月28日付ビジネス短信参照)。欧州委の権限は発動の提案にとどまる一方で、最終的な発動権限を持つEU理事会は、一部の加盟国が反対した場合でも、特定多数決によりEUレベルの警報を発動することができることとなった。義務化自体に反発するハンガリーや、全会一致なしにEUレベルの警報を発動できる点に反対するポーランドは賛成しなかったものの、EU理事会は8月5日に規則案を特定多数決で採択。規則は同9日に施行された(2022年8月9日付ビジネス短信参照)。なお、例外規定に関しては、適用する加盟国が適用条件を満たしていることを示す証拠とともに、欧州委に適用を通知する必要がある。欧州委は通知に基づき、当該加盟国が適用条件を満たしているかを審査する。審査の結果、適用条件を満たしていないと判断した場合は、当該加盟国に対して例外規定の適用撤廃、あるいは修正を求める意見書を出すことができる。ただし、採択された規則には、それ以上の詳細は規定されていないことから、欧州委が撤廃・修正に関する意見書を実際に出した場合に、加盟国が従うかは不透明だ。このように、加盟国の反発を受け、大幅な例外規定が認められたことや、加盟国による例外規定の適用に必ずしも厳格な実施規定がないことから、ガス需要削減に対する規則の実効性は未知数との指摘もされている。


注1:
「欧州グリーン・ディール」の詳細は調査レポート「『欧州グリーン・ディール』の最新動向(全4回報告)」(2021年12月)参照。
注2:
「リパワーEU」については、第3回において計画の全体像を、第4回において計画内容の詳細を解説。
執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
吉沼 啓介(よしぬま けいすけ)
2020年、ジェトロ入構。

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