特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州再エネ投資などエネルギー多角化に取り組む(エストニア)

2022年9月1日

オイルシェールが主要な発電源であるエストニア。昨今の電力・ガス料金の高騰を受け、政府は各種支援策を展開した。また、エネルギー安全保障の強化に向け、ロシア産ガスへの依存度低下に向けた取り組みや、風力など再生可能エネルギーへの投資や原子力発電導入の検討を進める。

主要な発電源はオイルシェール

エストニアでは、新型コロナウイルス感染が拡大した2020年春以降、経済活動に制約が発生し、政府はさまざまな景気刺激策を打ち出して経済が停滞するのを避けた。コロナ対策も2年目に入った、翌年の2021年には、エストニア経済は前例のない勢いで回復のサイクルに入り、成長を遂げた。その結果、さまざまな原材料の価格が高騰し、金属から石油、天然ガス、電気などのエネルギー部門にまで影響が及んだ。特に電気およびガス料金については、歴史的な価格水準に達した。

電気料金の高騰を引き起こした要因は複雑であり、コロナ危機からの経済回復に伴う消費電力の増加、再生可能エネルギー源への投資不足、北欧諸国での少ない降水量、二酸化炭素(CO2)割り当ての取引価格の上昇など複数の要因が重なり合ったと言われている。ガス料金や電気料金が高騰する最中、ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月)が始まり、エストニアではエネルギー価格がさらに上昇し、家計やビジネスへの負担が増えた。

直近の電源構成は表1のとおり。エストニアで石炭と分類される資源にはオイルシェール(注1)が大部分を占めており、石炭火力発電への依存度がEU加盟国の中で突出している。

表1:エストニアにおける電源別の発電量(輸入を含まない) (単位:GWh、%)(-は値なし)
電源 発電量 構成比
2017年 2018年 2019年 2020年 2020年
化石エネルギー 天然ガス 63 58 38 27 0.5
石炭(注) 11,035 10,138 5,343 2,984 51.2
石油 120 83 28 22 0.4
その他
原子力
水力 26 15 19 30 0.5
再生可能エネルギー 太陽光 14 31 74 119 2.0
陸上風力 723 636 687 844 14.5
洋上風力
バイオマス 975 1,197 1,247 1,730 29.7
その他 190 192 106 77 1.3
合計 13,146 12,350 7,542 5,833

注:石炭にはオイルシェールを含む。
出所:エストニア統計局ウェブページ「Energy」(7月6日アクセス)および国際エネルギー機関(IEA)ウェブページ「Electricity」(7月6日アクセス)のデータを基にジェトロ作成

オイルシェール産業は、エストニアのGDPの4~5%を構成する巨大産業となっている。しかし、オイルシェールによる発電は、EUが設けた排出量取引価格の上昇により、市場競争力を失いつつあり、その発電量は年々減少している。エストニア統計局が発表したデータによると、発電量全体に占めるオイルシェールの割合は、2018年に76%を占めていたものの、2019年に57%、2020年には40%まで減少した。この発電量の減少を補うため、電力の輸入が拡大しており、輸入は今後も増える傾向にあると予想されている。

電力輸入先はフィンランドが9割強

国際エネルギー機関(IEA)のデータによると、エストニアの電力の自給率は、2017年に100%を達成したものの、2020年には92%にまで低下している。総発電量が低下している理由として、エストニアのオイルシェールベースの生産能力が大幅に減少しているためである。その電力不足分を、現在は隣国からの送電線を通した輸入で賄っている状況である。

エストニアは、フィンランドとの間にエストリンク(Estlink)という、両国間で海底直流送電が可能な海底電力ケーブルを敷いており、北欧諸国とバルト海の電力市場を結んでいる。そのため、輸入した電力の一部は、国内で使用されずに他国に輸出されるケースもある。エストニア競争当局が発表した資料によると、2020年は7,296ギガワット時(GWh)の電力を輸入しており、3,564GWhを輸出している。

エストニア統計局が発表した電力取引データによると、金額ベースでは2020年に2億6,000万ユーロの電力を輸入していたが、2021年には2倍以上の6億6,400万ユーロの電力を輸入している(表2参照)。輸入先は、96%がフィンランド、残りはラトビアとなっている。一方、エストニアは電力取引の中継地としての役割も果たしているため、2021年は4億8,200万ユーロの電力を輸出しており、95%をラトビアに、残りはフィンランドへ輸出している。

表2:エストニアの2021年燃料別輸入先(単位:100万ユーロ、%)
種類 輸入額 輸入先(%)
天然ガス(パイプ) 151 ラトビア(61)、ロシア(27)、フィンランド(6)、リトアニア(6)
天然ガス(LNG) 21 ロシア(94)、ポーランド(5)、ラトビア(1)
電力 664 フィンランド(96)、ラトビア(4)

電力・ガス料金の高騰を受け、政府が支援策を実施

2021年から上昇したエネルギー価格は、電気料金やガス料金の高騰を引き起こし、家計やビジネスを圧迫した。エストニア統計局によれば、2021年10月の家庭用電気料金は前年同月比で41.4%上昇した。そこで2021年10月、エストニア政府は家庭用電気料金に課せられているネットワーク費を、同年10月から2022年の3月まで半額にするという措置を講じた。また、ガス料金についても、ガス事業者に課しているネットワーク費の支払いを2021年12月から2022年3月までの期間、その全額を政府が負担すると決めた。

ネットワーク費の削減対策と同時に、中低所得世帯(注2)向けに、2021年9月から2022年3月までの期間、電気、ガスおよび暖房費の単価が一定以上の基準を超えた場合、費用の8割(最大500ユーロ)を居住区の自治体経由で国が負担するという、エネルギー費用の支援策も実施した。2022年2月23日に財務省は、約6万9,000世帯がこのエネルギー費用の補助の申請を行い、各自治体経由で4万7,000世帯に合計700万ユーロの補助金が支給されたと発表した。

また、高騰を続ける電気およびガス料金に対して家計と企業を支援するため、2022年1月、政府は一般家庭と企業への追加支援策を承認した。 この措置により、2022年1月から3月にかけ、家庭用の電気料金とガス料金に対して、上限価格を設定し、一定以上の単価を超えた場合に政府がその費用を補填(ほてん)することを決めた。さらに政府は、エネルギー価格の高騰により、一時的な資金繰りの問題を抱えている企業への融資を行うと発表し、5,000万ユーロを企業融資への支援のために割り当てた。

ロシア産ガスへの依存度低下に向け、各種取り組みも進める

エストニア政府は2022年4月7日、2022年末までにロシア産ガス輸入を停止することを発表した。これを実現するために、同国西部にあるパルディスキ港に液化天然ガス(LNG)の貯蔵施設を建設し、2022年秋までに1テラワット時(TWh)のガスを購入する予定だ。LNG受け入れ基地バースの建設を担当するエストニアのエネルギー会社アレクセラ(Alexela)は、既に同プロジェクトの開始を発表しており、2022年11月までに顧客に同LNGターミナルからガスを供給するとしている。

また、エストニア政府は、隣国フィンランドとの間でもガス供給において協力を模索している。2022年4月28日、エストニアのタービ・アース経済インフラ相とフィンランドのミカ・リンティラ経済相は、LNGの受け入れ能力を確保するため、両国間の協力の枠組みを確立する相互理解覚書に署名した。覚書には、年間の再ガス化能力が30TWh以上の浮体式LNGフローティングターミナルを共同リースし、両国が使用するガスの量に比例してターミナルのコストを分担するという内容が含まれている。

風力など再生可能エネルギー移行にも積極的

エネルギー価格の高騰と不安定化は、エストニアのオイルシェールの在庫にも影響を及ぼしている。2022年4月29日付のエストニア公共放送(ERR)の報道によると、高まるエネルギー需要に対応するため、国有電力企業エースティ・エネルギア(Eesti Energia)の子会社で、オイルシェールの採掘などを手掛けるエネフィット・パワー(Enefit Power)が、オイルシェールの採掘事業を拡大するため、気候変動対策に伴う措置で、過去に削減した150人の雇用を回復すると発表した。

一方、環境負荷の大きいオイルシェールによる発電からの脱却が、エストニアのエネルギー政策の課題になっているため、エストニアでは再生可能エネルギーへの投資も積極的に行われている。特に、大規模な発電が可能な洋上風力発電について、現在、サーレマー島、ヒーウマ島などで1,000メガワット(MW)クラス以上の開発プロジェクトが進められているが、現時点ではまだ完成して稼働しているものはない。

また、隣国のラトビアとは、両国の排他的経済水域内で洋上風力発電所の開発プロジェクト「エルウィンド(ELWIND)」について、既に両国の大臣が覚書を締結している。エルウィンドは、総発電容量が700〜1,000MWクラス、年間3TWh以上の再生可能エネルギーベースのエネルギーを提供する計画で、2030年までに工事が完了の予定。本プロジェクトは、欧州委員会の「再生可能エネルギーのコネクティング・ヨーロッパ・ファシリティー(CEF RES)」基金からのグリッド建設のための協調融資を申請することを計画しており、エストニア経済通信省、ラトビア経済省、エストニア環境投資センター、ラトビア投資開発庁が主導している。

風力発電のほか、原子力発電も現在、議論が行われている。現時点ではエストニアを含め、バルト三国で稼働している原子力発電所は存在しないが、2019年に、エストニアで小型モジュール式原子炉(SMR)設立プロジェクトを推進するフェルミ・エネルギア(Fermi Energia)が設立された。同社は、カナダと米国で認可された小型モジュール式原子炉に基づき、新世代の原子力発電所を建設し、2032年までに運転を計画している。同社は2019年10月、小型モジュール炉建設を検証するため、日米合弁のGE日立ニュークリア・エナジー(GEH)とも覚書を交わした。

この小型モジュール炉による原子力発電の計画を後押しするため、2022年1月、エストニアは米国国務省の「小型モジュール炉技術の責任ある使用のための基礎インフラストラクチャ(FIRST)プログラム」の下で協力することに合意した。エストニアのエルキ・サビサール環境相は、FIRSTプログラムのトレーニングを通じ、米国と協力することで、小型モジュール炉の配備を検討しているエストニアの専門家の知識が高まり、原子力エネルギーをエストニアのエネルギーミックスに取り込むことができる、と述べている。


注1:
有機物ケロジェンを含む堆積岩。エストニアでは、オイルシェールをそのまま炉で燃料として燃やして発電している。
注2:
中低所得世帯の定義は、世帯1人目の月額収入の上限が1,126ユーロで、2人目以降は14歳以上の家族は563ユーロ、14歳未満の家族は338ユーロを加算する。たとえば、大人2人の世帯の資格を得るための所得上限は1,689ユーロとなる(1,126ユーロ+563ユーロ)。 大人2人と14歳未満の子供2人の世帯の場合、所得上限は2,365ユーロ(1,126ユーロ+563ユーロ+338ユーロ×2)。
執筆者紹介
ジェトロ・ワルシャワ事務所(在エストニア)
吉戸 翼(よしと つばさ)
2018年からエストニアでジェトロのコレスポンデントとしての業務に従事。

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