特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州エネルギー価格高騰に再エネ推進と供給元多角化で挑む政府(イタリア)

2022年9月28日

イタリアでは、2021年2月に誕生したマリオ・ドラギ政権下で、EUの復興基金を活用した再生可能エネルギーへの移行を本格化。ロシアによるウクライナ侵攻後、エネルギーのロシア依存からの脱却を目指し、官民一体となって供給ルートの多角化を積極的に進めてきた。

しかし、2022年7月21日、連立政党の分裂を発端として、任期満了前に現政権が崩壊することとなった(2022年8月1日付ビジネス短信参照)。今後、エネルギー政策に関しても新たな局面を迎えるイタリアのエネルギー供給の現状と、政府や企業の取り組みについて紹介する(2022年9月6日時点の情報に基づく)。

再エネ目標値は達成するも、電力源の半分以上を天然ガスが占める

イタリア政府は2010年に「再生可能エネルギーへの国家戦略 (PAN)」を策定。10年後の2020年には、それを引き継ぐかたちで「エネルギーと気候に関する国家統合計画(PNIEC)」を策定した(2021年5月17日付地域・分析レポート参照)。イタリアの電力網を管理するエネルギーサービス管理公社(GSE)の統計によると、2010~2020年の総エネルギー消費量と電源構成の再エネの割合は、PANが設定した目標値を上回っている(図1、2参照)。2020年に総エネルギー消費量における再エネの割合は20.4%、電源構成における再エネの割合は38.1%に達し、近年それぞれ順調に伸びている。

図1:イタリアの総エネルギー消費量における再生可能エネルギーの割合(単位:%)
2010年以降、「再生可能エネルギーへの国家戦略(PAN)」の目標値に対し、再エネの割合が常に上回っている。2020年は目標値17.0%に対して、実際の再エネの割合は20.4%だった。

出所:エネルギーサービス管理公社(GSE)のデータを基にジェトロ作成

図2:イタリアの電源構成における再生可能エネルギーの割合(単位:%)
2010年以降、「再生可能エネルギーへの国家戦略(PAN)」の目標値に対し、再エネの割合が常に上回っている。2020年は目標値26.4%に対して、実際の再エネの割合は38.1%だった。

出所:エネルギーサービス管理公社(GSE)のデータを基にジェトロ作成

イタリアの2021年の電源別の発電量(暫定値)を見ると、再生可能エネルギーは全体の40.0%を占め、北部を中心とした豊富な水資源を基盤に、水力(水車による発電)が15.6%、次いで太陽光が8.7%、南部を中心とした風力が7.2%だった(表1参照)。一方で、天然ガスを中心とした化石エネルギーは依然として、全体の59.3%占める。原子力については、1987年に実施された国民投票の結果を受けて廃止され、1988年に生産量はゼロとなり、1990年に国内で最後の原子炉の稼働が停止した。

表1:イタリアにおける電源別の発電量(輸入を含まず) (単位:GWh、%)
電源 発電量 構成比
2017年 2018年 2019年 2020年 2021年 2021年
化石エネルギー 天然ガス 140,349 128,538 141,687 133,683 142,062 49.5
石炭 32,627 28,470 18,839 13,380 14,595 5.1
石油製品 4,083 3,289 3,453 3,175 4,092 1.4
その他 13,047 13,281 12,192 11,436 9,328 3.3
化石エネルギー合計 190,106 173,578 176,171 161,673 170,077 59.3
水力 (揚水式) 1,826 1,716 1,835 1,944 2,091 0.7
再生可能エネルギー 太陽光 24,378 22,654 23,689 24,942 25,039 8.7
水力(水車) 36,199 48,786 46,319 47,552 44,740 15.6
風力 17,742 17,716 20,202 18,762 20,789 7.2
地熱 6,201 6,105 6,075 6,026 5,897 2.1
バイオマス、廃棄物 19,378 19,153 19,563 19,634 18,272 6.4
再生可能エネルギー合計 103,898 114,415 115,847 116,915 114,737 40.0
全体合計 295,830 289,709 293,853 280,532 286,905 100.0

注:2021年は暫定値。
出所:イタリア・エネルギー・環境局(ARERA)の「2022年次報告書」を基にジェトロ作成

輸入依存の低下と供給ルートの多角化が課題

エネルギーの中でも、特に天然ガスは輸入に頼っている。2021年時点で、天然ガスの輸入元の筆頭に来るのがロシア(構成比39.9%)、次いでアルジェリア(同31.1%)となっている(表2参照)。2020年にトルコ・ギリシャ国境からアドリア海を経由してイタリアに至る「トランスアドリア・パイプライン(TAP)」が開通したことにより、TAP経由のアゼルバイジャンからの輸入も急増した。TAPは、ロシアを介さない天然ガスの新たな調達ルートとして、国内で期待されている。

表2:天然ガスの輸入元別の輸入量および構成比 (単位:100万立方メートル、%)(-は値なし)
国名 2017年
輸入量
2018年
輸入量
2019年
輸入量
2020年
輸入量
2021年
輸入量 構成比
ロシア 33,108 32,846 33,449 28,716 28,988 39.9
アルジェリア 19,511 17,970 13,366 15,118 22,584 31.1
アゼルバイジャン 11 7,214 9.9
カタール 6,738 6,535 6,550 6,944 6,877 9.5
リビア 4,641 4,466 5,701 4,460 3,231 4.4
ノルウェー 2,599 3,159 6,141 7,397 1,937 2.7
合計(その他含む) 69,650 67,872 71,065 66,393 72,728 100.0

出所:イタリア環境移行省ウェブページのデータを基にジェトロ作成

エネルギーの輸入依存度が高いイタリアにとって、安定供給は重要課題だ。2020年の輸入率は74%で、2019年の75%強からは微減となったが、PNIECでは、2030年に68%に引き下げることを目標としている。輸入依存度を低下させるだけでなく、特定の国への過度の依存を軽減するため、欧州域外からのエネルギー供給ルートを多角化させることや、より柔軟な国内の電力システムを実現させることなど、引き続き対応が必要となる。

エネルギー価格高騰に対し、政府が救済策を投入

イタリアでは、ロシアによるウクライナ侵攻の前から、エネルギー価格高騰について警鐘が鳴らされてきた。イタリア商業連盟は7月26日、原材料価格の高騰などが原因となって2022年1月以降、電気代は55%、ガス代は40%上昇していると発表。また、産業連盟の2022年6月発表の報告書では、2021年12月時点でエネルギー価格が既に危機的な水準に達し、フランスやドイツと比較して製造業に与える影響が深刻なことを示唆した。

政府は2021年末に立案した2022年の予算法に、企業や家庭の電気・ガス代高騰に向けた救済策を盛り込んだ。2022年第1四半期(1~3月)の電気・ガス料金の高騰を抑えるために、約38億ユーロを投入。うち18億ユーロで、一般家庭や零細企業の電気料金を非課税にしたほか、特定の条件の家庭などを対象にガス代の付加価値税(VAT)を5%に引き下げた。2022年1月1日~4月30日の間に発行された請求書について、最大10回まで利息なしの分割払いも可能にした。

次いで、2022年1月27日の緊急政令では、55億ユーロを投入して、再エネを電力源とする電気代への補助金の支給や、エネルギーコストが30%以上上昇したエネルギー集約型企業向けの税控除など、企業向けの支援策を打ち出した。この緊急政令の一部として、エネルギー・環境局は2022年第1四半期に、16.5キロワット(kW)を超える電力を使用する企業の税負担をゼロにすると発表した。

ロシアによるウクライナ侵攻後の2022 年3 月18 日には、総額44 億ユーロの「ウクライナ危機の経済的・人道的影響への緊急措置」を発表。物品税の調整による、3 月22 日~4 月21 日の1カ月間のガソリン・軽油価格減免(1リットル当たり25 セント)や、企業の従業員に対するガソリン購入クーポン付与(1 人最大200 ユーロ)、エネルギーコストの分割払い(5、6 月分について最大24 回払い)、政府保証の付与などを盛り込んだ。

イタリア国家統計局(ISTAT)の発表によると、2022年4月に9カ月ぶりに物価上昇率が前月比で0.1%減少し、エネルギー価格の調整が奏功したとされている。これに対し、商業連盟は「あくまで一時的なもので、さらなる価格上昇を心配せずにいられるものではない」とコメントした。

脱ロシア依存へ、官民一体で供給ルート模索

脱ロシア依存に向けたエネルギー調達先多角化の動きも進んでいる。ウクライナ侵攻直後の2022年2月28日、ルイジ・ディ・マイオ外務・国際協力相は石油・ガス大手エニ(Eni)のクラウディオ・デスカルツィ最高経営責任者(CEO)などとともにアルジェリアを訪問し、同国のアブデルマジド・テブン大統領と会談。天然ガス供給についてイタリアへの協力体制の協議が行われた。いち早い動きが奏功し、4月11日、エニはアルジェリアの国営炭化水素公社ソナトラックとの合意の下、2022年秋から輸入量を増やし、2023~2024年に年間90億立方メートルのガスを供給する協定を結んだ(2022年4月27日付ビジネス短信参照)。

他のアフリカ諸国に対しても、4月20、21日にディ・マイオ外務・国際協力相とロベルト・チンゴラーニ環境移行相、エニのデスカルツィCEOがアンゴラとコンゴ共和国をエネルギー供給強化の目的で訪問し、両国とそれぞれ協定を結んでいる。

また、4月2日にはディ・マイオ外務・国際協力相はアゼルバイジャンを訪問し、同国のパルビーズ・シャフバゾフ・エネルギー相は、イタリアへのガス供給について、2021年の70億立方メートルから95億立方メートルに増加することを発表した。

さらに、6月にはドラギ首相がイスラエルを訪問し、同国が所有する地中海最大のガス田からの輸入増強についても話し合った。

復興基金活用や規制緩和で再エネ推進、企業の取り組みも活発化

前述したように、エネルギー価格の高騰以前から、イタリアは再エネ推進を積極的に行ってきた。特にドラギ政権下で策定された「再興・回復のための国家計画(PNRR)」で掲げた6ミッションのうち、「ミッション2:グリーン革命および環境移行」に対して、EUの「復興レジリエンス・ファシリティー(RRF)」を活用した予算のうち最大となる31.0%が割り当てている(表3参照)。また、「ミッション2」に割り当てたRRF予算のうち、40.0%が再エネの増産を目標としている「コンポーネント2」に充てられている(表4参照)。「コンポーネント2」の内容としては、農地を利用した太陽光発電や、再エネの自家発電の奨励、バイオメタンの開発などが含まれている。

表3:再興・回復のための国家計画(PNRR)ミッション別の、EU復興基金の予算内訳(単位:10億ユーロ、%)(-は値なし)
ミッション 内容 金額 割合
1 デジタル化、イノベーション、競争、文化および観光 40.29 21.0
2 グリーン革命および環境移行 59.46 31.0
3 持続可能なモビリティーのためのインフラ 25.4 13.3
4 研究と教育 30.88 16.1
5 包摂と結束 19.85 10.4
6 健康 15.63 8.2
合計 191.51 100.0

注:EUの「復興レジリエンス・ファシリティー(RRF)」を財源とした予算額のみを記載。
出所:「再興・回復のための国家計画(PNRR)」に関する政府発表資料からジェトロ作成

表4:PNRRのミッション2(グリーン革命および環境移行)における予算内訳(単位:10億ユーロ、%)(-は値なし)
コンポーネント 内容 金額 割合
1 持続可能な農業と循環経済 5.27 8.9
2 再エネ、水素、持続可能な交通網と交通 23.78 40.0
3 建物のエネルギー効率化と再評価 15.36 25.8
4 環境と水資源の保護 15.05 25.3
合計 59.46 100.0

注:EUの「復興レジリエンス・ファシリティー(RRF)」を財源とした予算額のみを記載。
出所:「再興・回復のための国家計画(PNRR)」に関する政府発表資料からジェトロ作成

ウクライナ情勢を受けて、国内での規制緩和も後押しされている。イタリアではエネルギー価格の高騰以前から、太陽光発電や風力発電拠点の認可プロセスに時間がかかることが問題視されていた。しかし、ロシアのウクライナ侵攻直後には、景観や環境保護などの観点から認可が滞っていた風力発電所の建設が、ドラギ首相が介入するかたちで承認された(2022年3月22日付ビジネス短信参照)。

また、5 月2 日には総額140 億ユーロの「エネルギー政策・企業支援などに係る新たな緊急政令」を発表しており、国内の再ガス化装置の能力増強に係る措置や、再エネ発電所用地の拡大、発電所建設に関する手続きの簡素化などを盛り込んでいる。

これらの対策が奏功し、5月末にはチンゴラーニ環境移行相は、2022年1~5月の再エネの需要が5.1ギガワット(GW)となり、2020年、2021年と比べるとほぼ2.5倍となったと発言している。

企業の取り組みとしては、前述したように、石油・ガス大手エニが政府と一体となり、脱ロシア依存に向けて、他国からのエネルギー供給への模索を活発化させている。同社は2022年6月19日に、カタールの世界最大の単一ガス田ノース・フィールドガス田の拡張プロジェクトに参入。カタールの国営石油・ガス事業社カタールエナジーと協定を締結し、合弁会社を立ち上げたと発表した。同プロジェクトでカタールは液化天然ガス(LNG)の輸出能力を現在の年間7,700万トンから1億1,000万トンまで拡大する予定。

また6月1日には、イタリアの天然ガス輸送・貯蔵企業のスナムは、浮体式LNG貯蔵・再ガス化設備(FSRU、注)「Golar Tundra」をバミューダのゴラール LNGから3億5,000万ドルで購入したことを発表。同FSRUはLNG運搬船としても機能し、約17万立方メートルのLNG貯蔵と、年間50億立方メートルの再ガス化が可能。

官民一体でエネルギーの供給元の多角化と、再エネへのシフトに大きくかじ取りしている一方、6月中旬には、数日間連続でロシアからのガス供給が不足し、政府がエネルギー警戒レベルを上げる可能性があるというニュースが飛び交った。結局、警戒レベルは現状維持となったが、現在進められている対外政策にはインフラ整備に時間を要することもあり、喫緊のエネルギー不足には不安が残る。

これまでエネルギー政策を積極的に推進してきたドラギ政権だが、連立主要政党である五つ星運動の離反に端を発し、7月20日の内閣信任決議では過半数を得られず、翌21日には任期満了前の解散が決まった。9月25日に総選挙を控え、エネルギー政策については政党間の駆け引きを超越した、政府としての長期的な青写真を描けるかが焦点となる。今後の対応がさらに注目される。


注:
Floating Storage and Regasification Unitの略。陸上にLNG基地をつくらず、貯蔵・再ガス化設備を加えた専用船を洋上に係留する。
執筆者紹介
ジェトロ・ミラノ事務所
平川 容子(ひらかわ ようこ)
2021年からジェトロ・ミラノ事務所に勤務。

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