特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州洋上風力と水素を重視(オランダ)
エネ危機政策を探る(2)

2023年4月17日

オランダ政府は、2050年までに気候中立を達成することを目標に掲げている。

一方、欧州エネルギー危機を受け、石炭火力発電所の発電上限を撤廃し、北海大陸棚での天然ガス田掘削を進めることにした。しかし、このいずれの動きも、化石エネルギーへの回帰を意味するわけではない。再生可能エネルギー(再エネ)が普及するまでの過渡期の電源と位置づけられているのだ。こうした背景から、オランダでは洋上風力発電と水素の活用が期待されている。

本レポートでは、オランダのエネルギー政策を概説したのち、洋上風力発電の普及拡大と水素の普及に向けた政府の方針を紹介する。なお、本稿の内容は2023年3月6日時点の情報に基づく。

石炭火力活用や天然ガス田開発は、過渡的対策

はじめに、オランダ政府が掲げるエネルギー政策の目標について説明する。

政府は、(1) 2050年までに気候中立を達成する、(2)温室効果ガス(GHG)排出量を1990年比で2030年に少なくとも55%、2035年に70%、2040年に80%削減する、という目標を掲げている。これは、2021年12月15日に発表した第4次ルッテ内閣の連立合意書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます の中で表明されたものだ。また、パリ条約の世界目標(産業革命前からの気温上昇を1.5度以下に抑える)についても、公約している。

もっとも、オランダは再エネ導入に遅れを取ったのも事実だ。そうしたことから、政府と国内47組織とは2013年、159の合意事項から成る「エネルギー協定」を締結。(1)最終エネルギー消費量を年間平均1.5%削減する、(2) 2020年までに100ペタジュール(PJ)のエネルギーを節約する、(3)再エネによる発電比率を、2020年までに14%、2023年までに16%へ引き上げる、(4)省エネ・再エネ分野で、少なくとも年間1万5,000人のフルタイム雇用を創出する、という目標を掲げた。また、その実現に邁進(まいしん)してきた。

他方で2019年6月には、政府各部門と国内約150の企業・団体などがGHG排出削減に向けて600以上の協定(先のエネルギー協定のうち進行中のものも含む)を締結、それら協定を取りまとめた「国家気候協定」が発表された。GHG排出削減に向けた取り組みは、こうした多数の協定で活発化したわけだ。

また、2016年以降、政府は「2050年までのオランダの循環型経済(Circular Economy)」指針も発表している。この指針は、世界的に原材料需要が急拡大しその獲得競争が激化する現実に対応したものだ。「(1)生産工程で原材料をより効率的に使用することや、製品設計の際に循環を意識することを内外の企業に促し、(2)消費者に循環に配慮した製品を選択してもらうことで、原材料そのものの使用量を減らす」というのが、その狙いになる。政府は、2050年までにオランダ経済を完全に循環型にすることをめざしている。

こうした一連の施策目標は「クリーン・エネルギー供給とグリーン産業政策に基づくグリーン経済移行のリーダーになる」というビジョンに基づいて設定された。一方、連載1回目で概観したとおり、政府は今回のエネルギー危機で石炭火力発電所の発電上限を撤廃。また、環境団体の反対にもかかわらず、北海大陸棚での天然ガス田掘削を進めることにした。とは言え、いずれの措置も化石エネルギーに回帰するという趣旨ではない。政府は、再エネがメインとして確立されるまでの過渡的な措置ということを明確にしている。

2030年には洋上風力発電容量を21GWに

オランダの最終エネルギー消費に占める再エネの割合は、2021年時点で12.3%だった。しかし、前述したとおり官民挙げての努力が積み重なり、状況が大きく変わってきた。例えば、電源に占める再エネのシェアは、2020年以降急拡大している。2022年には、40.1%を占めるに至った(図1参照)。再エネ発電量を種類別にみると、風力が21.2テラワット時(TWh)、太陽光が17.7TWh、バイオマスが8.7TWh、水力が0.1TWhと続いた(図2参照)。太陽光の発電量は当年、初めて石炭火力(16.5TWh)を超えた。

前述した政府の連立合意書には、再エネの供給を促進する旨が記載されている。もっとも、手放しで供給増に走ろうとしているわけでもない。例えば、「エネルギー源としての木質バイオマスの消費については費用対効果を勘案し、早期に削減する」とも明記された。これは、オランダの国土に森林が少なく、木質バイオマスは輸入に依存しているからだ。太陽光発電についても、オランダの土地不足を指摘。特に屋上に設置する大規模な太陽光プロジェクトを奨励している。対照的に、広大な敷地の利用については、土地の多機能利用が可能な場合にだけ(国有地など)発電所の建設を許可するという構えだ。

このことから、政府が再エネとして特に重視するのは風力発電と理解できる。ただし、太陽光同様、陸上では用地が限られている。このため政府は、洋上風力発電、特に北海での風力発電所建設に力を入れようとしている。

図1:オランダの電源別発電量シェアの推移
オランダの化石燃料のシェアは2015年82.7%、2016年82.7%、2017年81.0%、2018年80.0%、2019年77.7%、2020年69.9%、2021年63.3%、2022年56.2%。再生可能エネルギーのシェアは2015年12.4%、2016年12.7%、2017年14.8%、2018年16.5%、2019年18.7%、2020年26.5%、2021年33.3%、2022年40.1%。原子力のシェアは2015年4.9%、2016年4.5%、2017年4.2%、2018年3.5%、2019年3.6%、2020年3.6%、2021年3.5%、2022年3.7%。

注:2021年、2022年は暫定値。
出所:オランダ中央統計局(CBS)の2023年3月6日付発表からジェトロ作成

図2:オランダの再生可能エネルギーによる発電量
オランダの風力の発電量は2015年7.6TWh、2016年8.2TWh、2017年10.6TWh、2018年10.5TWh、2019年11.5TWh、2020年15.3TWh、2021年18.0TWh、2022年21.2TWh。太陽光の発電量は2015年1.1TWh、2016年1.6TWh、2017年2.2TWh、2018年3.7TWh、2019年5.4TWh、2020年8.6TWh、2021年11.5TWh、2022年17.7TWh。バイオマスの発電量は2015年4.3TWh、2016年4.2TWh、2017年3.9TWh、2018年3.9TWh、2019年5.1TWh、2020年7.9TWh、2021年9.8TWh、2022年8.7TWh。水力の発電量は2015年0.1TWh、2016年0.1TWh、2017年0.1TWh、2018年0.1TWh、2019年0.1TWh、2020年0.0TWh、2021年0.1TWh、2022年0.1TWh。

注:2021年、2022年は暫定値。
出所:オランダ中央統計局(CBS)の2023年3月6日付発表からジェトロ作成

政府は2022年6月10日、2030年までの洋上風力発電所の導入計画を閣議決定した。新規洋上風力発電所は北海大陸棚に設置し、2025年以降に入札が実施される予定だ。この新規設置による最大エネルギー供給量は10.7ギガワット(GW)を見込む。既に計画済みの11GWと合わせて、オランダの洋上風力発電規模は最大約21GWになる。これは、計算上、現時点での国内電力消費量の約75%に相当し得ることになる。

もちろん、洋上風力発電にもデメリットはある。例えば、建設費や維持管理費の高さが挙げられてきた。しかしこれまでに、経験や知識の蓄積、技術改良によりコストダウンが進んだ。事実、スウェーデンの電力会社バッテンフォールは2018年3月、売電時の補助金を受けないという条件でホランセ・クスト・ザイド1&2区を落札した。補助金なしの落札は、世界で初めてのことだった。続いて2019年7月には、同3&4区も落札している。

既存天然ガスインフラを水素に転用できるのが強み

政府が洋上風力発電と並行して大きな期待をかけているのが水素の活用だ。EUは2020年7月「欧州の気候中立に向けた水素戦略」(2020年7月10日付ビジネス短信参照)を発表。グリーン水素推進を明確にした。

一方、オランダ政府はそれに先立つ2020年4月6日、「2030年までの水素戦略」と名付けた文書を下院に提出していた。この戦略では、2030年までを3つのフェーズに分けた。第1段階の2021年までは、水素普及に向けた準備を進める時期だ。2022~2025年の第2段階では、(1)水素需要の発展、(2)地域インフラ、クラスターとの接続、(3) 2025年までの電解設備の容量引き上げ(0.5GWに)などを目標として掲げた。2026~2030年の第3段階については、詳細を2025年末までに決定する。ただし、当該戦略発表時点では、(1)グリーン水素の輸入・流通促進、(2)水素ハブの構築、(3) 2030年までの水素電解設備容量増強(3~4GWに拡大)などを目標として示している。

政府は、水素をエネルギーキャリアとして活用したい意向だ。そのため、さまざまな可能性に期待をかけて、研究を推進している。例えば、洋上風力発電と組み合わせて、洋上から利用地まで液体水素の形で運搬・貯蔵する方法は、重点テーマの1つだ。燃料電池車の開発、その他の産業面での活用も視野に入る。また水素そのものについて、最も望ましいのはグリーン水素(再エネにより、水を電気分解して製造)だ。しかし、それだけでなく、ブルー水素〔天然ガスで製造し、その過程で発生する二酸化炭素(CO2)を除く〕も推進の対象としている。

水素を活用する上でのオランダの強みは、(1)欧州の物流ハブとして、既に地位を確立していることが、まず挙げられる。それに加え、(2)フローニンゲン・ガス田で産出された天然ガスに利用されていた貯蔵施設(塩の地下洞窟、数億立方メートル規模)が水素貯蔵用に転用可能なこと、(3)北海での天然ガス生産などにより、国内に数千キロメートル規模のガス用パイプラインが敷設済みで、これも水素用に転用可能なこと、もある。このパイプラインを「水素バックボーン」として、2025年末までに国内6つの工業地帯と北部の「水素バレー」(フローニンゲン州とドレンテ州にまたがる大規模な水素エコシステム)を結ぶことにも、期待がかかる。

連載3本目では、進行中の洋上風力発電や水素のプロジェクトを紹介する。

執筆者紹介
ジェトロ・アムステルダム事務所長
下笠 哲太郎(しもがさ てつたろう)
1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ソウル事務所、海外調査部グローバルマーケティング課、サービス産業課、商務・情報産業課長、EC流通ビジネス課長、プラットフォームビジネス課長などを経て、2021年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
山根 夏実(やまね なつみ)
2016年、ジェトロ入構。ものづくり産業部、市場開拓・展示事業部などを経て2020年7月から現職

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