特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州多様な国産エネルギー源強化へ(英国)
エネルギー危機、政府の手腕はいかに(2)

2022年10月5日

英国でのエネルギー価格上昇や、ロシアによるウクライナ侵攻などに伴う影響などについて、連載にて読み解いてみる。第1回では、そこで盛り込まれた内容を概説するとともに、エネルギー価格の現況やロシアによるウクライナ侵攻の影響、エネルギー安全保障をめぐって英国政府が示した方向性などについて解説した。

本稿では、英国政府が新たに発表した「エネルギー安全保障戦略」に基づいて、英国政府の立場や考え方について検討してみる。あわせて関連する企業などの動きについても、解説する。なお、この記事での論考は、第1回同様、原則として2022年8月下旬時点の情報に基づく。

ウクライナ情勢からエネルギー自給率を上げる戦略を策定

政府は4月6日、新型コロナウイルス感染拡大後のエネルギー需要増とロシアによるウクライナ侵攻に伴う世界的なエネルギー価格高騰を受け、「エネルギー安全保障戦略外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を新たに発表した(表参照)。

表:エネルギー安全保障戦略の概要
エネルギー源 概 要
原子力
  • 2030年までに最大8基の原子炉を新設する。
  • 2050年までに、最大発電容量を24ギガワット(GW)にする(現在の3倍の水準)。これにより、電力需要の最大約25%を賄う。
  • 小型モジュール炉(SMR)が主要な役割を担う。SMRと先進的モジュール炉については、他国とも連携。
  • 新たな政府機関として、Great British Nuclearを設立。将来の原子力技術に向け、4月に1億2,000万ポンドの基金を立ち上げる。
洋上風力
  • 2030年までに、洋上風力による発電容量について、従来の目標を引き上げる。具体的には、最大50GWにする(うち、浮体式は最大5GW)。
  • 建設までの時間を大きく短縮する。具体的には、新たな洋上風力発電の承認期間を4年から1年に短縮。
陸上風力
  • 新たな陸上風力の設置受け入れを支持する地域との「地域パートナーシップ」構築について、2022年中に協議する。当該地域には、エネルギー料金の引き下げなどの見返りを提供することを想定。
太陽光
  • 2035年までに、発電容量を最大70GWまで拡大することを目指す。これは、現時点での最大発電容量(14GW)の5倍の規模。
  • 直近の再エネ支援スキームの差額決済契約(CfD)制度には、太陽光が含まれる。太陽光は、今後も対象に含む。
  • 住宅や商業施設の屋根に設置する太陽光発電プロジェクトについて、ルールを協議する。
水素
  • 2030年までに、目標にする水素製造能力水準を10GWに倍増。
  • うち少なくとも半分は、グリーン水素にする。洋上風力発電による余剰電力を利用してコスト削減を図る。
石油・ガス
  • 北海の石油・ガス新規プロジェクトに向けた新たなライセンス配付を、2022年秋に計画。
  • ロシアからの輸入につき、石油と石炭は2022年末までに停止する。その後できるだけ早い段階で、液化天然ガス(LNG)の輸入を停止する。
  • 2030年までに、ガス消費量を40%以上削減する。
需要
  • ガス需要減に資するヒートポンプ製造拡大に向け、最大3,000万ポンド相当のヒートポンプ投資促進コンペを2022年に実施する。

出所:英国政府資料を基にジェトロ作成

狙いは、国際市況に左右される化石燃料から脱却することだ。ガス価格の変動は、まさしく英国がコントロールできない例と言える。並行して、長期的なエネルギー安全保障強化に向けて、多様な国産エネルギー源を増強することも重要だ。この戦略は、そうした取り組みの中心をなす。

また、この戦略は、政府がこれまでに発表した「グリーン産業革命のための10項目の計画」や、「ネットゼロ戦略」に基づいてもいる。短期的に石油とガスの国内生産を支援しながら、風力、原子力、太陽光、水素の導入を加速していく構えだ。その結果として、2030年までに、発電の95%を低炭素化するのが目標になる。

ここでエネルギー源別に、戦略を確認してみる。

原子力発電

既存の原子力発電所は6カ所ある。この戦略では、今後10年以内に、そのうち5カ所が稼働停止となることに触れている。この点を踏まえ、2030年までに最大8基の原子炉を新設(注1)。2050年までに最大24GWの出力を整備。電力需要の最大約25%を賄うことを目指す。現在の3倍超に当たる出力規模だ。

さらに他国とも協力し、小型モジュール炉(SMR)などの先進的な原子力技術の開発を加速させる。

国内での技術開発に向けては、2021年11月、ロールス・ロイスが開発を進めるSMRに最大2億1,000万ポンドを支援すると発表。同社SMRの初号機は、2030年代初頭の運転開始を目指している。また、政府は5月13日、新規原子力開発に向け、1億2,000 万ポンドの支援を発表した。これによって、新しい原子力技術の開発を加速させるとともに、新規参入を促進するのが狙いだ。なお、その対象は、大規模原子力からSMRまでと幅広い。2022年内に、補助金交付先の決定を予定している。

風力発電

再エネの中でも、洋上風力については、2030年までに最大50GW(うち浮体式は最大5GW)に目標を引き上げる。同様に、太陽光は、2035年までに最大70GWに。現最大容量が14GWなので、その5倍規模だ。国内では、今後も洋上風力の導入計画が見込まれる(2021年6月10日付地域・分析レポート参照)。

近年の実績としては、2021年2月にイングランド、ウェールズ、北アイルランド周辺の海域リース権益を対象とした入札(第4ラウンド)結果を発表。このラウンドでは、合計約8GW、6件のプロジェクトが落札された。また、2022年1月には、スコットランド周辺の海域リース権益を対象とした入札(ScotWind)結果を発表。合計約24.8GW、17件のプロジェクトが落札された。なお、このプロジェクトでは、浮体式洋上風力が多くを占めた。 一方、陸上風力については、具体的な導入目標値は示されなかった。ただし、安価なエネルギー料金を引き換えとして、陸上風力の設置を支持する地域と協議するという施策が示された。

水素

低炭素水素の製造能力目標値を2030年までに10GWに引き上げる。このうち半分はグリーン水素とした。

現在、ハンバーサイド、ティーズサイド地域などの二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)プロジェクトを中心に、ブルー水素の製造プロジェクトが計画されている(2021年6月15日付地域・分析レポート参照)。さらに国内各地で、グリーン水素製造プロジェクトが計画されている。

石油とガス

北海で石油とガスを開発するためには、ライセンスを受けなければならない。その新規プロジェクトのため、新たなライセンス付与を2022年秋に計画中。洋上の石油・ガス生産設備などの電化により、二酸化炭素(CO2)排出量の削減を目指すとしている。

短期的対策に欠けるという指摘も

これら施策について、短期的な対策が乏しいという指摘もある。業界団体エナジーUKは、「この戦略は中期的な安定供給を確保するためのものだ。(当団体としては)陸上風力や太陽光など、より早く導入できる再エネのより強力な普及推進を期待していた」と、指摘した。

短期的なエネルギー価格高騰に、支援策も示された。具体的には、(1)消費者1世帯当たり最大350ポンドの支援(注2)、(2)エネルギー貧困世帯対象の冬季暖房補助制度の拡充、(2)地方政府を通じた貧困世帯への5億ポンドの追加支援、(3)エネルギー集約型産業への支援拡大、が盛り込まれた。これに対して批判もある。現地報道には「この戦略に含まれる施策のうち、エネルギー料金の高騰による英国家庭の当面の経済的圧迫を緩和するものは、ほとんどないだろう」という旨の論調も見られる(2022年4月6日付「フィナンシャル・タイムズ」紙)。

その後、政府は5月26日、生活費の上昇への家計の対応を支援するための対策を発表。追加で、国内の数百万世帯に総額150億ポンド超の支援を講じた(2022年5月30日付ビジネス短信参照)。(1)電気料金の割引額(注2の(2))を1世帯当たり200ポンドから400ポンドへ倍増すること、(2)低所得者や年金受給者、障害給付金受給者などを対象に、追加で生活支援すること、がその骨子だ。同パッケージの支援金の一部は、英国で操業する石油・ガス会社への追加課税で賄う。当該企業の利益に対し25%の税率とし、12カ月で約50億ポンド徴収できる見込みだ。なお、この課税は一時的なものだ。石油・ガス価格が正常な水準に戻り次第、段階的に廃止するとしている。一方で、当該企業が英国の石油・ガスの開発に投資した場合は、投資額の80%を課税額から控除する。

政府やエネルギー企業には、「エネルギー安全保障戦略」に呼応した動きもみられる。ボリス・ジョンソン首相(当時)は3月、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)アブダビ首長国、サウジアラビアの首脳と相次いで会談。そうした場では、ロシアのウクライナ侵攻後のエネルギー安全保障の強化などが議題として取り上げられた。その結果、カタールとはガスの安定供給の確保で合意が成立した。ただし、当地報道では、UAE、サウジアラビアとは、原油増産の確約には至らなかった、とされる(2022年3月17日付「フィナンシャル・タイムズ」紙、3月17日付「ロイター」)。

エネルギー企業では、政府の要請もあり、EDFエナジーが、サイズウェルB原子力発電所(注3)の閉鎖時期を20年延長することを検討している(2035年から2055年に)。さらに、火力発電については、政府の要請により、一部の石炭火力発電の稼働延長を決定した(2022年9月の閉鎖予定を2023年3月まで延長、第1回参照)。一方、今回の稼働延長については、あくまでエネルギー安全保障の支援のための緊急的措置で、延長期間には商業運転はせず、2024年9月末の石炭火力発電の廃止は変わらないとしている。

また、引き続きエネルギー企業からは、ネットゼロに向けた投資案件が発表されている。その中には、次に示すような例がある。

  • BPは5月3日、2030年までに英国のエネルギーシステムに最大180ポンド投資すると発表した。エネルギー安全保障を強化しネットゼロ達成に向けた目標の実現に貢献するのがその狙いだ。同社は、英国最大の石油・ガス生産企業の1つとして、北海油田・ガス田への投資を継続する一方、運用上のCO2排出量を削減するとしている。同社は、投資するプロジェクト分野として、(1)国内での洋上風力、(2) EV充電設備、(3)グリーン・ブルー水素製造、(4)二酸化炭素・回収・貯留(CCS)などを挙げた。
  • 英国エネルギー大手SSEは5月25日、2030年までに英国のクリーンエネルギー分野で240億ポンド以上を投資すると発表。(1)洋上・陸上風力、(2)電力ネットワークの改善、(3)水素、(4)CCS、(5)揚水発電などの分野で、主に最先端技術の開発への投資を計画している。同社は、エネルギー安全保障を強化し、CO2排出量を削減、長期的にエネルギーをより安価にするクリーンな国産エネルギーを供給するために、利益を上回る額を投資。政府の野心的な目標を支援するという。

ネットゼロ移行は想定通り進むのか

英国がエネルギー価格高騰に見舞われたのは、新型コロナウイルス関連の制限緩和後、脱炭素化に向け力を入れて動き始めた矢先のことだった。この状況は今冬も続くと予想される。そのような中で、政府は、再エネ導入のさらなる野心的目標に加え、新たな原子力発電の計画を発表した。長期的には、脱炭素の動きが加速したといえる。とはいえ、足元の2021年の国内温室効果ガス(GHG)排出量は、新型コロナウイルス関連制限緩和後の経済活動の再開や、低炭素電源の発電電力量の減などが影響し前年比4.7%増だった。さらに「エネルギー安全保障戦略」では、比較的早期に導入可能な再エネ(太陽光、陸上風力など)の普及促進策が乏しいとされる。同時に、足元の供給力確保のため、石炭火力の一部稼働延長がすでに決定されている。

今回のエネルギー価格高騰やその対策が、ネットゼロへの移行を短・中期的に遅らせるのか。これが避けられるかどうかは、今後の英国政府の手腕次第といえるだろう。


注1:
現在建設中のヒンクリーポイントC原子力発電所は、新型コロナの影響などから建設費が増加。当初の工期も延長し、2026年6月の運転開始を予定している。 計画中のサイズウェルC原子力発電所に対しては、政府が1億ポンド(約163億円、1ポンド=約163円)を提供。プロジェクトの成熟化、投資家の誘致、交渉の進展を支援している。
注2:
ここでいう最大350ポンドの支援とは、(1) 150ポンドのカウンシル・タックス(個人が所有する不動産にかかる固定資産税)の払い戻しと、 (2) 200ポンドの電気料金の割り引きを意味する。
注3:
サイズウェルB原子力発電所は、1995年に運転開始し稼働中の発電所で最も新しい。稼働している発電機は1基。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所(執筆当時)
宮口 祐貴(みやぐち ゆうき)
2012年東北電力入社。2019年7月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て2020年8月からジェトロ・ロンドン事務所勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
菅野 真(かんの まこと)
2010年、東北電力入社。2021年7月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て、2022年6月から現職。

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