特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州再エネ転換や脱原発を推進、今冬へ水力蓄電やガス備蓄強化(スイス)

2022年12月26日

スイスのエネルギー源は、石油が主力だ。次いで原子力、水力、天然ガスと続く。一方で発電源としては、水力と原子力が主流になる。同国では、2017年に脱原発を決定した。それ以降、エネルギー政策を再構築し、エネルギー効率向上や再生可能エネルギー(再エネ)転換を進めてきた。

さらに直近では、国際的なエネルギー需給の逼迫を受け、今冬の電力供給不足に懸念が生じ、エネルギー価格が高騰する状況だ。その対策として、(1)エネルギーの安定供給策(揚水による水力蓄電や、ガス備蓄強化など)、(2)電力会社に対する支援策、などを打ち出している。

なお当記事は、2022年8月30日時点の情報に基づく。

エネルギー源は石油が主力、原子力、水力、天然ガスが続く

スイス連邦エネルギー局のエネルギー統計(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、2021年、同国の一次エネルギー消費は101万5,690テラジュール(TJ)だった(表1、図1参照、注1)。この中で最大だったのは石油で、36.3%を占める。原子力燃料(同19.9%)、水力(同14.0%)、天然ガス(同12.8%)がこれに続いた。一次エネルギー消費で、化石燃料(石油、天然ガス、石炭)が約5割を占めたかたちだ。

表1:一次エネルギー消費と最終エネルギー消費の相互関係(2021年、輸出入を含む) (単位:テラジュール)(△はマイナス値、-は値なし)
項目 石油 原子力燃料 水力 天然ガス 石炭 その他 電力 地域熱
供給
合計
国内産出 142,200 152,290 294,490
輸入 360,770 202,150 129,750 3,720 8,130 113,520 818,040
輸出 △ 15,550 △ 90 △ 104,830 △ 120,470
在庫変動 23,650 △ 20 0 23,630
一次エネルギー消費合計 368,870 202,150 142,200 129,750 3,700 160,330 8,690 1,015,690
エネルギー転換 0
水力発電 △ 142,200 0 142,200 0
原子力発電 △ 202,150 0 66,710 1,520 △ 133,920
火力発電、熱電併給 △ 420 △ 8,420 △ 51,530 8,310 24,300 △ 27,760
ガス工場 0 0 0
再エネ利用 1,330 △ 17,280 13,950 △ 2,000
エネルギー部門消費・送電ロス・揚水発電 △ 5,040 △ 380 0 △ 30,650 △ 2,730 △ 38,800
非エネルギー消費 △ 18,490 0 △ 18,490
最終エネルギー消費合計 344,920 0 0 122,280 3,700 91,520 209,210 23,090 794,720

注:「石油」「その他」「地域熱供給」それぞれの定義については、文末注1を参照。
出所:連邦エネルギー局エネルギー統計を基にジェトロ作成

図1:一次・最終消費のエネルギー源別構成比(2021年、輸出入を含む)

一次エネルギー消費
一次エネルギー消費の構成を示した図。石油36.3%、核燃料19.9%、水力14.0%、天然ガス12.8%、電力0.9%、石炭0.4%、その他15.8%。
最終エネルギー消費
最終エネルギー消費の構成を示した図。 石油43.4%、電力26.3%、天然ガス15.4%、地域熱供給2.9%、石炭0.5%、その他11.5%。

注:「石油」「その他」「地域熱供給」それぞれの定義については、文末注1を参照。
出所:連邦エネルギー局エネルギー統計を基にジェトロ作成

一方で、2021年の最終エネルギー消費は79万4,720 TJだった。そのうち、石油が43.4%を占めた。その用途は主に、輸送用燃料と暖房用燃料に大別される(前者が29.3%、後者14.1%)。次いで電力が26.3%を占めた。

エネルギー自給率29%

スイスは、エネルギー資源に乏しく、石油や原子力燃料、天然ガス、石炭は全て輸入している。輸入依存度は、約7割に及ぶ(表1参照、注2)。

連邦関税局の統計によると、2021年、石油の主な輸入元はドイツ(構成比42.8%)、ナイジェリア(10.9%)、米国(9.0%)、オランダ(8.7%)、フランス(7.3%)、イタリア(5.6%)だ。原子力燃料は、ドイツ(65.7%)とロシア(34.3%)の2カ国に限られる。また天然ガスは主に、ドイツ(51.4%)、フランス(25.6%)、オランダ(13.7%)、イタリア(5.7%)だった。石炭はドイツ(79.9%)、チェコ(7.7%)、ロシア(5.3%)、南アフリカ共和国(3.3%)、ベルギー(1.4%)などだった。ただし、関税局統計が示すのは輸入元国であって原産国ではない。スイス天然ガス協会の統計によると、2020年の輸入天然ガスの主な原産国・地域は、ロシア(43%)、ノルウェー(22%)、EU(19%)、アルジェリア(3%)だ。

内陸国のスイスは周辺諸国と密接な関係を築き、エネルギー資源を確保してきた。スイスの「トランジットガス(Transitgas)パイプライン」は、ドイツからの「トランスヨーロッパ天然ガスパイプライン(TENP)」とフランスのパイプラインを相互接続する。このようなパイプラインがスイスを縦断することからも、そうした密接な関係を読み取ることができる。ちなみに、ドイツからの天然ガスはバルバッハが、フランスからはローダースドルフが主な流入地になる。その天然ガスを、ガスナット(Gasnat)とガスベルブンド・ミッテルラント〔Gasverbund Mittleland(GVM)〕の2社が国内供給している。なお、地質学上の理由から、スイス国内にガス貯蔵施設を保有することができない。そのため、ガス供給を相互に確保するための協定をフランスとの間で締結し、フランスの貯蔵施設を利用している。

一次エネルギー消費に占めるスイス国産の割合(エネルギー自給率)は、2021年時点で29%だった(注3)。スイスでは、国土の3分の2を山が占めるが、そうした地形と豊富な水源を生かした水力発電は、国産エネルギーの要だ。しかしその発電可能量は、降水や河川水量に大きく影響される(夏季は増え、冬季に逼迫)。さらに、気候が冷涼なスイスでは、夏に電力需要が低く冬は高い。この季節的な需給の不均衡解消が課題の1つになっている。欧州の電力網で周辺諸国と協力体制を築き、重要な役割を果たしてきたスイスとしては、その対策として、冬季は電力を輸入し、夏季は余剰電力を輸出してきた。なお2021年の電力輸入元はフランス(55.8%)を筆頭に、ドイツ(23.6%)、オーストリア(13.5%)、イタリア(7%)などが続いた。片や主な輸出先は、首位のイタリア(59.6%)以下、ドイツ(20.3%)、フランス(16.3%)、オーストリア(3.9%)だった。

電源としては、水力が6割、原子力3割

一方、2021年の国内電力の発電量は6万4,215 ギガワット時(GWh)だった(表2参照)。国内発電は水力が約6割、原子力が約3割を占めている。太陽光(構成比4.4%)、火力・熱電併給(3.6%)、風力(0.2%)はわずかだ。

表2:スイスの電源別発電量(輸出入を含まない) (単位:ギガワット時、%)
電源 発電量 構成比
2017年 2018年 2019年 2020年 2021年 2021年
原子力 19,499 24,414 25,280 22,990 18,530 28.9%
水力 36,666 37,428 40,556 40,616 39,500 61.5%
火力・熱電併給 2,851 3,008 3,049 2,789 2,310 3.6%
再生可能エネルギー 太陽光 1,683 1,945 2,178 2,599 2,842 4.4%
風力 133 122 146 145 146 0.2%
その他 656 642 685 784 887 1.4%
合計 61,487 67,558 71,894 69,923 64,215 100.0%

出所:連邦エネルギー局エネルギー統計を基にジェトロ作成

当地の水力発電は、1945年~1970年の拡大期に、大規模な貯蔵プラントや低地に多数の発電所が新設された。しかし、環境への影響が大きい大規模ダム建設は、容易でなく、1969年に原子力発電が初めて国内導入されて以降、電力需要の高まりは原子力が担うことになった(図2参照)。

図2:スイス国内発電量の推移
1961年は水力発電が21,526、原子力は0、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1962年は水力発電が21,186、原子力は0、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1963年は水力発電が22,549、原子力は0、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1964年は水力発電が22,104、原子力は0、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1965年は水力発電が24,797、原子力は0、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1966年は水力発電が27,797、原子力は0、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1967年は水力発電が29,898、原子力は0、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1968年は水力発電が29,441、原子力は0、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1969年は水力発電が27,327、原子力は563、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1970年は水力発電が31,273、原子力は1,850、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1971年は水力発電が27,563、原子力は1,843、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1972年は水力発電が25,277、原子力は4,650、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1973年は水力発電が28,825、原子力は5,896、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1974年は水力発電が28,563、原子力は6,730、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1975年は水力発電が33,974、原子力は7,391、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1976年は水力発電が26,622、原子力は7,561、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1977年は水力発電が36,290、原子力は7,728、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1978年は水力発電が32,510、原子力は7,995、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1979年は水力発電が32,345、原子力は11,243、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1980年は水力発電が33,542、原子力は13,663、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1981年は水力発電が36,097、原子力は14,462、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1982年は水力発電が37,035、原子力は14,276、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1983年は水力発電が36,002、原子力は14,821、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1984年は水力発電が30,872、原子力は17,396、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1985年は水力発電が32,677、原子力は21,281、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1986年は水力発電が33,589、原子力は21,303、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1987年は水力発電が35,412、原子力は21,701、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1988年は水力発電が36,439、原子力は21,502、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1989年は水力発電が30,485、原子力は21,543、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は0。1990年は水力発電が30,675、原子力は22,298、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は1,101。1991年は水力発電が33,082、原子力は21,654、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は1,342。1992年は水力発電が33,725、原子力は22,121、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は1,502。1993年は水力発電が36,253、原子力は22,029、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は1,031。1994年は水力発電が39,556、原子力は22,984、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は1,121。1995年は水力発電が35,597、原子力は23,486、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は1,275。1996年は水力発電が29,698、原子力は23,719、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は1,703。1997年は水力発電が34,794、原子力は23,971、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は1,835。1998年は水力発電が34,295、原子力は24,368、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は2,285。1999年は水力発電が40,616、原子力は23,523、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は2,554。2000年は水力発電が37,851、原子力は24,949、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は2,548。2001年は水力発電が42,261、原子力は25,293、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は2,620。2002年は水力発電が36,513、原子力は25,692、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は2,806。2003年は水力発電が36,445、原子力は25,931、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は2,890。2004年は水力発電が35,117、原子力は25,432、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は2,974。2005年は水力発電が32,759、原子力は22,020、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は3,139。2006年は水力発電が32,557、原子力は26,244、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は3,340。2007年は水力発電が36,373、原子力は26,344、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は3,199。2008年は水力発電が37,559、原子力は26,132、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は3,276。2009年は水力発電が37,136、原子力は26,119、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は3,239。2010年は水力発電が37,450、原子力は25,205、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は3,597。2011年は水力発電が33,795、原子力は25,560、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は3,526。2012年は水力発電が39,906、原子力は24,345、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は3,768。2013年は水力発電が39,572、原子力は24,871、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は3,869。2014年は水力発電が39,308、原子力は26,370、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は3,955。2015年は水力発電が39,486、原子力は22,095、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は4,376。2016年は水力発電が36,326、原子力は20,235、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は5,055。2017年は水力発電が36,666、原子力は19,499、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は5,322。2018年は水力発電が37,428、原子力は24,414、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は5,716。2019年は水力発電が40,556、原子力は25,280、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は6,058。2020年は水力発電が40,616、原子力は22,990、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は6,317。2021年は水力発電が39,500、原子力は18,530、 火力・地域熱・再エネ(水力以外)は6,185。

出所:連邦エネルギー局エネルギー統計を基にジェトロ作成

その端緒は、(1)ベツナウ原子力発電所I号機(アールガウ州)で、1969年に稼働を開始した。続いて、 (2)ベツナウII号機が1971年に、(3)ミューレベルク原発(ベルン州)が1972年に、(4)ゴスゲン原発(ソロトゥルン州)が1979年に、(5)ライプシュタット原発(アールガウ州)が1984年に、それぞれ稼働した。その後、2019年12月に(4)が停止され、現在は3発電所4基が稼働している。こうした原子力発電の台頭によって、水力発電の割合は1985年までに約6割に低下した。とは言え、その後も同様の割合が維持され、最重要電源であり続けている。2021年末時点で出力300キロワット(KW)以上の水力発電所が682カ所あり、これらで国内の水力発電の94%を供給し、残りを1,000カ所以上の小規模水力発電所が担っている。2021年の水力発電量の43%が流水式、57%が貯水式によるものだった。

新政策下、脱原発、脱炭素・再エネ移行を推進

スイスのエネルギー政策は、2011年3月の福島第1原発事故を受けて大きく転換した。同年5月に原発の廃止を発表し、エネルギー政策を再構築することになった。その結果、最新のエネルギー政策として「エネルギー戦略2050」が策定され、2017年5月には国民投票で可決された。当該戦略には、「エネルギーの効率向上」「再エネの増強」「原発の新設禁止」など、エネルギー法の全面改正が含まれている。既存原子炉は、稼働期間を終えたものから順次閉鎖することにもなった。再処理のため使用済み核燃料を輸出することも禁止された。そのためスイス連邦政府は、原発由来の核廃棄物を長期保存できる場所について調査を進めている(2022年11月11日付地域・分析レポート参照)。

スイスは、(1)温室効果ガス(GHG)排出量を2030年までに1990年比で50%削減することと、(2) 2050年までにネットゼロを達成する目標を掲げている(2019年9月13日付ビジネス短信参照)。しかし、スイスは暖房と運輸のためのエネルギーを化石燃料に大きく依存している。連邦環境局の統計外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、2021年の暖房燃料の二酸化炭素(CO2)排出量(1,570万トン)は前年比2.3%減、1990年比では32.8%減になった。一方で、運輸燃料のCO2排出量(1,480万トン)は前年比1.5%増、1990年比では4.2%減にとどまっている。気候目標の達成には、運輸と暖房、双方の分野でCO2排出量削減と脱炭素化が必要になっている。

運輸については、ガソリン・ディーゼル車の電気自動車(EV)への移行が推進されている。連邦政府の環境・運輸・エネルギー・通信省が2022年5月に発表した「Eモビリティーロードマップ」では、2025年までのバッテリー式電気自動車(BEV)とプラグインハイブリッド車(PHEV)のシェア50%への拡大と、充電設備拡充を目標に掲げた。また、国内の排ガス基準により、新規登録車のCO2平均排出量の許容上限超過分には過料を課している(2022年9月6日付地域・分析レポート参照)。

建物の暖房については、2010年に「建物プログラム」を導入し、省エネ改修費に補助金を支給している。例えば化石燃料を使用した旧式暖房設備からヒートポンプ式暖房などにしたり、建物の断熱性を高めたりする場合には、当該プログラムが適用される。同プログラムの原資はCO2税であり、2021年には、ここから3億6,100万スイスフラン(約527億円、CHF、1CHF=約146円)が拠出された。また2010年の導入以来、同プログラムの発動額は累計27億CHFに上る。加えて、2021年の省エネ効果は電力6万5,000ギガワット時(GWh)で、CO2排出量1億8,000万トンに相当するとされる。

エネルギー源を化石燃料から電力に置き換える「電化」への移行を円滑に進めるには、電力の安定供給が必須の課題だ。スイス連邦政府は欧州の電力市場にアクセスするため、EUとの電力協定を交渉してきた。しかし、EUとスイス間の枠組み協定(制度的条約)の交渉が2021年5月に中断し、これによって、EUと中短期的に電力協定が締結される見通しがなくなってしまった。そのため、送電網の安定性の確保や電力の安定供給を確保する必要性が高まった。送電網の運営を担うスイスグリッドは、欧州の他送配電事業者と技術的な二国間協定を締結することで、解決の道を探っている。

こうした中、バレー州ナン・ド・ドランス水力発電所が2022年7月に稼働した。この発電所は揚水発電所であり、電力供給強化に貢献が期待される存在だ。発電能力は900メガワット(MW)で、スイスでグラールス州のリンタール発電所(1,000MW)に次いで大きく、欧州でも屈指だ。また、2021年12月には、「エネルギー戦略2050」の柱となる水力発電プロジェクトや、生物多様性と景観の保全、補償措置についての共同宣言が採択された(注4)。これにより15の発電所新設計画が選定され、2040年までに合計2,023GWhの発電量を見込めることになった。

2021年の一次エネルギー消費で、再エネが占める割合は26.0%。そのうち14.0%を水力が占めた。残りの12.0%(注5)は、木質バイオマス(5.2%)、廃棄物(2.6%)、地中熱・空気熱(2.2%)、太陽光(1.3%)、バイオ燃料(0.6%)、バイオガス(0.6%)、風力(0.1%)で構成される。それぞれの比率はまだ小さいのが実情だ。

そうした再エネの活用を促進するため、連邦政府はこれまでに、(1)優遇措置(太陽光や風力、地熱、バイオマスによる発電に対する固定価格買い取りなど)や、(2)太陽光・水力発電所の新設・改修に対する投資費用支援(30%までを補助)、(3)水力発電所へのマーケットプレミアム支援(注6)などを導入してきた。「エネルギー戦略2050」でも再エネに重点を置き、その促進を期してサーチャージ(付加金)を導入した。これにより、電力使用1キロワット時(KWh)当たり0.023CHFが課される。すなわち、一般家庭が年間で電気を5,000KWh使用した場合、約115CHFを負担することになる。

さらに、連邦エネルギー局の「エネルギー研究基本計画2021-2024」では現在、24本の研究プロジェクトが取り上げられている。エネルギー効率と再エネを中心に、研究開発を支援していることがここから読み取れる。また、連邦参事会(内閣)は2022年5月18日、今後の技術開発について報告書を採択した。この報告書では、気候に関する国家目標達成にはCO2を回収して貯留する技術(CCS)や、大気からCO2を持続的に除去する技術(NET)などが欠かせないことが明記された。同年6月3日には、2021年末に決定した4つのエネルギー転換計画(「暖房設備の交換」「企業独自の脱炭素化計画」「エネルギー効率の高い新技術導入」「人材育成」)に対し、今後4年間に計2,840万CHF、財政支援することを発表した。同年8月18日には、州や市の地方自治体とともに「熱ネットワーク開発憲章」を採択。同ネットワークの下、地域熱供給(地域冷暖房)の開発を促進することを示した。

ジュネーブのインフラ公社が、水熱ネットワーク開発などに積極対応

人口50万人のジュネーブ州で公共事業を担う会社が、SIG(Services Industriels de Genève)だ。電気・水道・ガス・地域熱を供給し、排水網や廃棄物焼却、光ファイバーなどのインフラを管理する。

SIGは、100%再エネ由来の電力を供給していることでも知られる。その基本プランには(1)「ビタル・ブルー」(Vitale Bleu、「青の力」の意)と(2)「ビタル・ベール」(Vitale Vert、「緑の力」)がある。(1)では、もっぱら国内の従来型ダムの水力で発電された電力が提供されるが、現在SIGが推進している(2)は、環境に影響を与えない形で整備されており、ジュネーブ州の水力と、太陽光・風力によって発電された電力が提供される。

SIGは現在、水熱ネットワーク施設「ジェニラック」(GeniLac)を開発している。このシステムには、レマン湖の水温(水深45メートルで年間平均7度)を利用し、レマン湖から30キロにわたって、地域熱ネットワークを地下に建設。これにつながる建物に、冷房やヒートポンプ式暖房を供給する。2035年に完成する予定だ。ジェトロの取材(2022年7月7日)に対し、SIGの戦略・イノベーション部長のジョルジオ・ポーレット氏は「ジュネーブ州は、暖房用化石燃料のCO2排出量でスイス第2位」とした上で、「この再エネ転換によって、脱炭素化に大きく貢献できる。CO2削減量は年間7万トン以上に上る」とその利点を語った。今後5年間に約15億CHF相当を投資するという。また、SIGは地熱エネルギー「ジェニテール」(Geniterre)計画も進めている。2030年までに、電力需要の60%をジェニラック、20%をジェニテールで賄うのが目標だ。

太陽光エネルギーについても、研究を進めている。この点、ポーレット氏は「太陽光エネルギーは暖房や給湯用の熱になり、太陽光発電によって電力にもなる。ジュネーブ州と周辺地域の太陽光発電量は現在、80GWhに過ぎない。しかし、3,200GWhのポテンシャルがある」と語った。あわせて、省エネの必要性についても触れた。「現在のエネルギー消費量を変えないまま、完全に脱炭素化はできない。全ての車を電気にし、暖房用化石燃料を再エネに替えると、地域産電力だけでは賄えなくなる。建物のエネルギー効率を向上し、環境に優しいモビリティーにシフトし、エネルギー消費を減らす必要がある」という。

最後にポーレット氏は、スイスの強みとして「水力発電の割合が高く、各州や地域のエネルギー会社が独立して事業を実施していること」を指摘。あわせて、「生活水準が高いスイスで、人は省エネによって快適さを失うと恐れるが、実際には快適さは失われない。私たちは、エネルギー転換を進め、地球を救うために努力しなければならない」と締めくくった。

今冬のエネルギー安定供給に向け、緊急対策

2022年2月からのロシアによるウクライナ侵攻を契機に、国際的なエネルギー需給は急速に逼迫した。スイスも例外ではなく、エネルギー問題に直面することになった。連邦参事会は2月17日、水力による蓄電(注7)と予備発電の計画を発表した。発電事業者には、一定量の電力を保持して供給不足時に提供することが要請されることになった。さらに8月23日には、電力委員会(ElCom)が蓄電の目標値と蓄電期間を示した。ElComの推奨により、(1)ピーク電源用に2~3基のガス火力発電所(1基当たり300MW以上、合計の最大出力1,000MW)を新規建設すること、(2)今冬の供給不足に備えて、石油でも稼働できる既存のデュアル燃料発電所を稼働すること、が準備されている。

スイスの最終エネルギー消費の約15%を占めるガスはEUにおけるシェアより低く、一般的にガスは発電に使われていない。しかし家庭が約44%(暖房)、第3次産業が約22%(暖房)、工業が約32%(工場における熱源など)、運輸部門と農業が約2%を消費しており、その役割は無視できない。そこで、政府は2022年5月18日、(1)スイスのガス年間消費量の15%〔約6テラワット時(TWh)〕をフランスで貯蔵すること、(2)ロシア産以外の天然ガスを最大6TWh(冬季消費量の20%)追加購入すること、を決定した。連邦参事会は、ドイツとガス協定についても交渉を続けている。さらに8月24日には、10月から2023年3月にかけて、天然ガス消費量を15%削減する目標を発表した。この目標は、EUと同様だ。

スイスの電力価格は、2021年夏から上昇してきた。ウクライナ情勢に関連したガス価格の高騰やCO2価格の上昇、フランスの原子力発電所の稼働率低下などから、電力価格は上がり続けている。連邦参事会は、急激な電力価格上昇によって起こり得る電力会社倒産などを懸念し、2022年5月18日、これを防ぐ救済メカニズムを規定した特別法案を提出した。この特別法案には、スイスの3大電力会社〔アクスポ(Axpo)、アルピック(Alpiq)、BKW〕を念頭に、「too big to fail」(TBTF)という考え方から、最大100億CHFの融資枠供与などが盛り込まれている。実際9月2日には、エネルギー価格高騰により流動性が低下していたアクスポが連邦政府に流動性支援を要請。同月6日に、同社へ最大40億CHF融資することが発表された。

また、連邦統計局が9月1日に発表した消費者物価指数(CPI)によると、現在、家計上のエネルギー価格も高騰している(図3参照)。9月6日にはElComが2023年の電気料金について試算を発表。同年は一般家庭の電気料金が、2022年比で27%増になる見込みを示した。こうしたことから、スイスの消費者間で、電力の供給不足やエネルギー価格高騰について懸念が高まりつつある。

図3:消費者物価指数(2020年12月=100)のエネルギー価格推移
(2020年12月~2022年8月)
2021年1月の電力101、ガス98、暖房燃料(灯油)104、薪100、地域熱101、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)105。2021年2月の電力101、ガス98、暖房燃料(灯油)108、薪104、地域熱101、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)109。2021年3月の電力101、ガス99、暖房燃料(灯油)116、薪104、地域熱101、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)114。2021年4月の電力101、ガス98、暖房燃料(灯油)114、薪103、地域熱104、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)116。2021年5月の電力101、ガス98、暖房燃料(灯油)116、薪102、地域熱106、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)117。2021年6月の電力101、ガス98、暖房燃料(灯油)120、薪102、地域熱106、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)117。2021年7月の電力101、ガス99、暖房燃料(灯油)124、薪102、地域熱106、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)121。2021年8月の電力101、ガス99、暖房燃料(灯油)122、薪101、地域熱107、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)120。2021年9月の電力101、ガス99、暖房燃料(灯油)125、薪103、地域熱107、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)120。 2021年10月の電力101、ガス107、暖房燃料(灯油)139、薪102、地域熱108、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)124。2021年11月の電力101、ガス109、暖房燃料(灯油)143、薪103、地域熱110、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)127。2021年12月の電力101、ガス109、暖房燃料(灯油)137、薪109、地域熱110、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)125。2022年1月の電力104、ガス135、暖房燃料(灯油)147、薪112、地域熱111、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)124。2022年2月の電力104、ガス135、暖房燃料(灯油)160、薪115、地域熱112、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)131。2022年3月の電力104、ガス137、暖房燃料(灯油)180、薪118、地域熱112、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)142。2022年4月の電力104、ガス137、暖房燃料(灯油)201、薪118、地域熱113、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)146。2022年5月の電力104、ガス138、暖房燃料(灯油)211、薪118、地域熱117、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)148。2022年6月の電力104、ガス141、暖房燃料(灯油)226、薪120、地域熱117、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)159。2022年7月の電力104、ガス154、暖房燃料(灯油)218、薪124、地域熱119、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)159。2022年8月の電力104、ガス155、暖房燃料(灯油)227、薪127、地域熱120、運輸燃料(ディーゼル、ガソリン)154。

出所:スイス連邦統計局


注1:
「石油」は、「原油」と「石油製品」の合計。原油を石油精製工場で精製したものが、ここで言う石油製品(この2者を別のエネルギーと捉えると、その間でエネルギー転換が発生することになる。ただし、この表では省略されている)。
「その他」は、「廃棄物」「木質バイオマス」「その他再エネ」の合計(連邦エネルギー局統計では別表示されている)。
「地域熱供給」は、火力発電所や廃棄物焼却施設、木質バイオマス発電所などで発生した余剰熱を、パイプラインネットワークを通じて暖房用・給湯用温水として供給するもの。
注2:
「輸入依存度」は、一次エネルギー消費量(1,015,690TJ)で国内産出エネルギー量(294,490TJ)を除して算出(72.0%)。
注3:
「エネルギー自給率」は、一次消費に輸出を加えたエネルギー量(1,136,160TJ)で輸入エネルギー量(818,040TJ)を除して算出(29.0%)。
注4:
連邦政府は2021年12月、水力発電に関して、官民関係者によるラウンドテーブルを開催した。当該共同宣言は、このラウンドテーブルで採択された。
注5:
木質バイオマスの5.2%、廃棄物2.6%、地中熱・空気熱2.2%、太陽光1.3%、バイオ燃料0.6%、バイオガス0.6%、風力0.1%を単純に合計すると12.6%になる。しかし、再生可能電力分を差し引く必要があって、実質12.0%になる。
注6:
原価を下回る市場価格で電力が売却された場合、マーケットプレミアム支援制度に基づいて原価と市場価格の差額が補助される。
注7:
余剰電力が発生した際に、水力発電所で揚水。必要な時に水力で電力供給できるようにする。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
竹原 ベナルディス 真紀子(タケハラ ベナルディス マキコ)
金融機関、監査法人、自動車メーカーでの勤務を経て、2018年7月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
マリオ・マルケジニ
ジュネーブ大学政策科学修士課程修了。スイス連邦経済省経済局(SECO)二国間協定担当部署での勤務を経て、2017年より現職。

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