特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州欧州のグリーン政策推進の命運握るエネルギー危機(総論)

2022年9月1日

新型コロナウイルス感染拡大からの世界的な経済活動再開に伴うガス需要増により、2021年秋以降、エネルギー価格が世界的に高騰している。2022年2月には、世界屈指の化石燃料大国であり、欧州諸国の多くが輸入元として依存してきたロシアがウクライナを侵攻。西側諸国がエネルギー分野でも対ロシア制裁措置を開始し、エネルギー輸入国は二重苦にあえぐこととなった。このような状況下、グリーン関連政策を推進してきた欧州諸国は、エネルギー自給率の向上や、輸入先とエネルギー源の多様化といったエネルギー安全保障上の喫緊の課題に切実に直面している。本稿では、8月初旬時点の情報に基づき、欧州各国のエネルギー供給の状況について、ロシアとの関係で最も影響を受ける天然ガスを中心に概観する。また、今般のエネルギー価格高騰状況や、エネルギー安全保障に向けた各国の対応の方向性を紹介する。

新型コロナ危機からの復興も兼ね、グリーン化推進

2021年10月から11月に英国で国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が開催され、石炭火力の発電の段階的削減などを含めた「グラスゴー気候合意」が採択された。また、EUは2020年5月に発表した新型コロナ危機からの経済復興に向けたイニシアチブの中でグリーンによる復興を打ち出した。2021年8月にはEU加盟国への復興基金の予算執行が始まり、以降、各国はプロジェクトを実施している。欧州を挙げたグリーン化への具体的な取り組みがまさに始まったタイミングで、エネルギー危機が起こった。

ロシア産化石燃料の輸入禁止措置を相次いで発表

2021年秋から冬にかけては、厳冬と世界的なガス需要増により、ガス価格が記録的水準で高騰、各国はその対応に追われることとなった。

そこに追い打ちをかけるように、2022年2月24日からロシアによるウクライナ侵攻が始まった。西側諸国はロシアに経済制裁を科している。英国は4月6日、ロシア産の石炭と石油を2022年末まで、天然ガスは2023年以降できる限り早期の輸入停止を決定。EU理事会(閣僚理事会)も4月8日に8月以降のロシア産石炭の輸入禁止措置を、また6月3日には、ロシア産原油の輸入をパイプライン経由を除き禁止する措置をそれぞれ採択した。

エネルギー価格は過去最高水準に

欧州における天然ガスの市場価格は2021年中ごろから上昇し始めた(図1参照)。前年の2020年が比較的寒い冬だったため備蓄が少なかったことに加え、新型コロナウイルス関連の規制や制限が欧州各国で解除され、経済活動が再開してガス需要が高まったことが要因だ。2022年に入り、価格は下降基調を見せるものの、2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が開始されると、エネルギー供給の不確実性が高まって再び上昇。天然ガスの一部指標は石炭同様、3月に過去最高となった(世界銀行が2022年4月に発表した資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.13MB))。以降は再び下落したが、6月に34.35ドル/MMBTU(百万英国熱量単位)となり、再度上昇傾向を見せている。

図1:天然ガスの月別市場価格推移
(2020年1月~2022年6月)
欧州、2022年3月、42.39ドル/MMBTU、2022年6月、34.35ドル/MMBTU

注:欧州:オランダTTF価格、米国:ヘンリーハブスポット価格、日本:輸入(CIF)価格2カ月平均値。
出所:世界銀行「Commodity Price Data」(2022年7月5日更新版)からジェトロ作成

前述の資料によると、世界銀行は2022年に天然ガスと石油の価格は大幅に上昇すると見込んでいる。その後は液化天然ガス(LNG)ターミナル増設などの新たな供給の開始により、2023年には天然ガスの価格が低下すると予想。また、天然ガス需要の減少や再生可能エネルギーへの投資の増加も、価格を押し下げる要因となるとしている。

一方で、EUによるロシア向けエネルギー関連制裁が拡大した場合、エネルギー価格が予想を大きく上回るリスクがあり、市場の大きな混乱につながり得るとした。

中・東欧中心にロシア産天然ガスに依存

国際エネルギー機関(IEA)のエネルギー自給率のデータ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、欧州諸国のほとんどの国が自国でエネルギーを賄えないエネルギー輸入国となっている(表参照)。

表:エネルギー自給率(2020年、%)(単位:%)
自給率 欧州 欧州以外
100%超 ノルウェー(727) オーストラリア(346)、コロンビア(244)、ロシア(191)、カナダ(179)、ガーナ(141)ブラジル(112)、米国(106)
75%以上
100%未満
エストニア(92)、アイスランド(90)、英国(75) アルゼンチン(99)、メキシコ(86)
50%以上
75%未満
スウェーデン(74)、ラトビア(64)、デンマーク(61)、チェコ(59)、フィンランド(59)、スロベニア(57)、ポーランド(56)、フランス(55)、スイス(54) ニュージーランド(74)、ウルグアイ(59)、ベナン(53)
25%以上
50%未満
スロバキア(43)、ハンガリー(41)、オランダ(39)、オーストリア(39)、ドイツ(35)、スペイン(32)、ポルトガル(30)、ベルギー(27)、アイルランド(26)、リトアニア(26)、イタリア(25) イスラエル(41)、チリ(34)、トルコ(30)
25%未満 ギリシャ(23)、ルクセンブルク(8) 韓国(19)、台湾(11)、日本(11)、香港(1)

出所:国際エネルギー機関(IEA)「Atlas of Energy」 からジェトロ作成

また、IEAのデータ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます に基づく2020年の欧州各国のロシアへの天然ガス依存度(図2参照)をみると、ロシアと距離的に近い中・東欧各国を中心に高い比率を示している。

図2:欧州各国のロシアへの天然ガス依存度(2020年)
単位は%。ハンガリー 110.6, ラトビア 100.1, スロバキア 88.4, チェコ 86.0, ブルガリア 79.9, フィンランド 67.8, リトアニア 50.5, ポーランド 46.4, エストニア 46.3, ドイツ 45.7, イタリア 40.9, ギリシャ 38.9, オランダ 35.9, トルコ 33.7, ルクセンブルク 25.2, フランス 20.0, スウェーデン 14.1, スロベニア 11.7, スペイン 10.6, ポルトガル 9.6, ルーマニア(2019年) 8.6, ベルギー 7.9, 英国 3.0, ノルウェー 0.2, 日本(参考) 8.2

注1:国内消費量に占めるロシアからの輸入分の割合(推定値)。
注2:オレンジ色の棒グラフは中・東欧諸国。
注3:輸入後に輸出された分を含む。前年度からの在庫があり消費されなかったなどの理由により、100%を超える場合がある。
出所:国際エネルギー機関(IEA)「Which countries are most reliant on Russian energy」 からジェトロ作成

続いて、欧州主要国の発電におけるエネルギー構成をみると(図3参照)、各国のエネルギー政策によって構成比はさまざまだが、全体として、化石燃料では天然ガスと石炭の比率が高くなっている。また、水力発電が盛んなスイス、原子力発電に積極的なフランスなどでは、化石燃料による発電比率が少なくなっている。

図3:欧州主要国の電源構成(2020年)
石炭、石油、天然ガス、原子力、水力、太陽光、風力、その他の順。単位は%。オランダ 8.2 1.1 59.1 3.3 0.0 6.5 12.5 9.3, イタリア 4.6 3.5 48.9 0.0 17.3 8.9 6.6 10.2 ,英国 2.0 0.3 36.5 16.1 2.5 4.1 24.2 14.3 ,ベルギー 2.1 0.1 29.8 38.7 1.5 5.6 14.5 7.7, スペイン 2.3 4.2 26.5 22.2 12.9 5.9 21.5 4.5 ,ハンガリー 11.0 0.1 26.0 46.0 0.7 7.0 1.9 7.3 ,ルーマニア 17.1 0.3 17.9 20.4 28.0 3.1 12.4 0.8, ドイツ 25.5 0.8 17.1 11.1 4.3 8.7 22.5 10.0 ,オーストリア 3.2 1.0 13.7 0.0 62.5 2.8 9.4 7.4, ポーランド 69.3 1.2 10.6 0.0 1.9 1.3 10.0 5.7, チェコ 40.1 0.1 8.4 36.9 4.2 2.7 0.9 6.7 フランス 1.0 1.0 6.6 66.5 12.5 2.6 7.6 2.2 ,スイス 0.0 0.0 0.9 33.6 57.3 3.5 0.2 4.5,

注:左から天然ガスの構成比が高い順に掲載。
出所:国際エネルギー機関(IEA)「Electricity generation by source」からジェトロ作成

天然ガスおよびロシアへの依存度が高い国では、今回のエネルギー危機の影響は相当なものであることがうかがえる。

官民でロシア依存からの脱却計画を推進

エネルギー危機を受け、欧州各国は今後の計画策定や対応を急いでいる。

EUでは、欧州委員会がロシア産化石燃料依存からの脱却計画「リパワーEU」と関連改正法案を5月に発表した。再生可能エネルギーへの迅速な移行により脱却を実現できるとし、2030年の温室効果ガス削減目標(1990年比で少なくとも55%削減)を達成するための政策パッケージ「Fit for 55」を土台とした上で、省エネ、エネルギー供給の多角化などの戦略や行動計画を示した。

英国政府は化石燃料からの脱却と多様な国産エネルギー源の増強に向け、4月に「エネルギー安全保障戦略」を発表。7月には法制化に向け、同計画に基づく「エネルギー安全保障法案」を議会に提出した。ドイツ政府は「エネルギー安全保障の進捗報告書」を3月と5月に発表し、ロシア産化石燃料の代替のため、サプライチェーンの多様化を進めている。

政府にとどまらず、エネルギー関連企業も転換期を迎えている。ドイツの電力大手ユニパーは3月、ドイツ政府が承認手続きを停止した「ノルドストリーム2」の減損処理を行い、ロシア産天然ガスの新規の長期契約を締結しない方針を示した。また、エネルギー供給多様化のため、需要減により計画中止となっていたLNGターミナルの建設を再開した。なお、ユニパーは、ロシアからの天然ガス供給減に伴う追加調達などによる経営悪化を受け7月8日、救済措置をドイツ政府に申請した。

フランス政府は7月、電力大手EDFを100%国有化すると発表した。エネルギー安全保障を確保し、脱炭素に加え、政府主導で原子力発電開発を推進する方針を示した。

特に需要が高まる冬に向け、エネルギー供給多様化に加え、石炭火力への回帰の流れも見られる。英国では、9月の閉鎖が決定していたEDFエナジーとドラックスの石炭火力発電所が政府の要請に基く緊急的措置として、2023年3月まで稼働延長することがそれぞれ6月と7月に発表された。同じような動きは、ドイツ、オランダ、オーストリアなどでも見られている。

短期的対策は欧州共通、原子力発電活用は見解分かれる

こうしたエネルギー安全保障に向けた対策が引き続き、欧州各国の政府や企業双方で検討、実施されるものと考えられる。当面は、短期的な対策として、LNG調達先多様化や備蓄の増強、廃止予定の火力発電所の緊急的稼働延長によって今冬の需要期に対応しつつ、中長期的目標である再エネへの移行を加速させることで、脱ロシアや脱化石燃料を進める傾向は欧州に共通するといえる。

原子力発電については、同じ欧州内でも国によって捉え方が異なる。原子力推進を掲げる前述のフランスのほか、英国は4月発表の「エネルギー安全保障戦略」で、2030年までに最大8基の原子炉新設を目指すことなどを発表。ベルギーは廃止予定の原子力発電所の稼働延長を2022年3月に発表している。制度面では、持続可能な経済活動を分類する「EUタクソノミー」規則で、原子力発電が持続可能な経済活動として許容される技術的基準に一定条件下で含まれることが7月12日に確定。今後、サステナブルファイナンス分野における原子力発電への投資活発化が予想される。一方で、2022年末に原子力発電所を全廃する予定のドイツでは、3月にロシア産ガス依存脱却に向けた原子力発電稼働延長案が浮上したものの、リスクが利益に見合わないとして却下された。8月初旬には、エネルギー価格の高騰を受け、ドイツ国内の与野党から原子力発電稼働停止の延長を求める声が上がったと報じられ、再度議論を呼んでいる。このように、エネルギー安全保障の観点は、今後の原子力利用に関する各国の動向にも影響を与えている。

欧州のエネルギー安全保障強化に向け、各国の今後の対応に注目が集まる。

執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
菅野 真(かんの まこと)
2010年、東北電力入社。2021年7月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て、2022年6月から現職。

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