特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州石炭火力上限を撤廃し原発を新設(オランダ)
エネ危機政策を探る(1)

2023年4月17日

2021年秋以来のエネルギー価格高騰や、ロシアからの天然ガスの段階的な輸入削減が、欧州諸国に燃料価格高騰や先行き不透明感をもたらしている。そうしたエネルギー危機は、オランダでも同様だ。そのため政府は、2022年春以降、数々の対応策を打ち出してきた。

本稿では、オランダで講じられたエネルギー政策の全体像、2050年の気候中立実現に向けたプロジェクトについて、3回に分けて紹介する。なお、記事の内容は2023年3月6日時点の情報に基づく。

フローニンゲン・ガス田を段階的に閉鎖

欧州統計局(ユーロスタット)によると、オランダの最終エネルギー消費に占める再生可能エネルギー(再エネ)の割合は2021年時点で12.3%だった。EU平均(21.8%)を大きく下回り、EU27カ国中25位に甘んじる結果だ。これは、(1)オランダの国土が狭く平坦なことから土地利用が効率的に進展済みで、大規模な再エネ発電所を建設するための用地確保が困難、(2)高低差を利用する水力発電には、そもそも不向き、(3)自国北部に世界有数の天然ガス田のフローニンゲン・ガス田を有し、最近まで国内の天然ガス需要の大半を賄ってきた、などの理由による。このため、エネルギーの天然ガス依存度は高い。オランダの1次エネルギー供給量に占める天然ガスの割合は42.7%(2021年)、発電量としては39.6%(2022年)を占めている(表1、表2参照)。

表1:オランダの1次エネルギー供給量(2021年)(単位:テラジュール(TJ)、%)
エネルギー源 供給量 構成比
天然ガス 1,262,101 42.7
石油 1,065,104 36.0
石炭 235,981 8.0
バイオ燃料と廃棄物 235,305 8.0
風力、太陽光など 114,829 3.9
原子力 41,760 1.4
水力 317 0,0
合計 2,955,397 100.0

出所:国際エネルギー機関(IEA)「World Energy Balances 2022」からジェトロ作成

表2:オランダの電源構成(2022年)(単位:テラワット時(TWh)、%)
電源 発電量 比率
天然ガス 46.9 39.6
石油(その他燃料を含む) 3.2 2.7
石炭 16.5 13.9
風力 21.2 17.9
太陽光 17.7 14.9
バイオマス 8.6 7.2
水力 0.1 0.0
原子力 4.4 3.7
合計 118.4 100.0

注:暫定値。
出所:オランダ中央統計局(CBS)の2023年3月6日付発表からジェトロ作成

フローニンゲン・ガス田では1986年以降、採掘に伴って地域一帯に群発地震が発生するようになった。2010年代に入ると、マグニチュード3を超える地震が発生することまであったという。これを受けて、政府は2014年1月、生産量の調整を開始。2018年3月には段階的閉鎖を決定した。2020年には、(1)生産量を2022年秋までにほぼ「ゼロ」にし、以降は最低必要量〔緊急補填(ほてん)用〕を生産するだけにとどめる、(2) 2023年または2024年には完全閉鎖する、という方針を示した。この生産削減により、2021年には初めて天然ガスの国内消費量が国内生産量を上回った(図1参照)。

こうした状況から、政府は「ガスの安定供給」を求めて、鉱物性燃料の最大の輸入元であるロシアとの関係強化を図っていた。しかし、そのさなかにロシアによるウクライナ侵攻が勃発してしまった。

図1:オランダにおける天然ガスの国内生産量、純輸入量、国内消費量
オランダの天然ガス国内生産量は2010年2,709.6PJ、2011年2,501.9PJ、2012年2,462.5PJ、2013年2,606.6PJ、2014年2,173.9PJ、2015年1,651.4PJ、2016年1,594.3PJ、2017年1,365.7PJ、2018年1,169.1PJ、2019年998.2PJ、2020年722.7PJ、2021年649.6PJ。純輸入量は2010年△ 1,013.6PJ、2011年△ 999.8PJ、2012年△ 1,065.1PJ、2013年△ 1,215.0PJ、2014年△ 912.0PJ、2015年△ 439.4PJ、2016年△ 412.4PJ、 2017年△ 56.7PJ、2018年192.4PJ、2019年352.9PJ、2020年594.8PJ、2021年425.9PJ。国内消費量は2010年939.6PJ、2011年787.1PJ、2012年832.9PJ、2013年833.3PJ、2014年706.7PJ、2015年727.4PJ、2016年752.9PJ、2017年757.4PJ、2018年738.2PJ、2019年719.5PJ、2020年671.4PJ、2021年733.2PJ。

注:2021年は暫定値。
出所:オランダ中央統計局(CBS)のデータベース(2022年12月15日更新)からジェトロ作成

ロシアのウクライナ侵攻後、矢継ぎ早に対応策発表

「ガスの安定供給」に黄信号がともる中、政府はいち早く「ロシアへの燃料依存から脱却する」としたページを政府ウェブサイトに掲載。ロシア産ガスの使用を控えるよう、国民と企業に呼び掛けた。2022年4月22日には「ロシアからの石炭、石油、ガスへの依存を、できるだけ早く停止することを目指す」と発表した(注1)。

ちなみに、ロシア側が天然ガスの支払いについて同国通貨ルーブルでの支払いを求めたことに対し、オランダ側輸入企業のガステラは同年5月30日にこの支払いを拒否。翌31日、ロシアはガス輸出を中断した。

なお、ロシアからオランダへの天然ガス輸入額は未公表だ。しかし、うかがい知るヒントはある。天然ガスを含む鉱物性燃料全体については、SITC3桁ベースで、輸入を国別に把握できるためだ。その輸入総額(2021年)をみると、最大の輸入元がロシアで、159億4,900万ユーロ。鉱物性燃料の輸入全体の中で19.0%を占めていた。

ロシアのウクライナ侵攻は、2021年秋以降のエネルギー価格高騰の中で起きた。図2に示すとおり、当地でガスと電気の価格は2021年秋から上昇。2022年春に低下に転じることもあったものの、6月以降は再び増加。ピーク時の2022年9月には、ガス・電気とも、前年同月比で約3倍に跳ね上がった。国民生活や企業活動を直撃したかたちだ(ただし直近では、かなり落ち着いてきてはいる)。

図2:オランダのガス、電気の消費者価格水準と上昇率
オランダのガス価格(2015年=100とした指数)は2020年1月130.57、2月129.91、3月128.54、4月127.12、5月126.43、6月125.91、7月122.96、8月123.06、9月123.22、10月123.39、11月123.94、12月124.26、2021年1月127.59、2月128.89、3月129.99、4月130.69、5月130.63、6月132.32、7月137.73、8月139.54、9月145.74、10月161.18、11月189.65、12月206.87、2022年1月237.68、2月227.11、3月339.82、4月314.68、5月273.63、6月241.73、7月294.97、8月376.92、9月479.54、10月481.49、11月330.83、12月330.83、2023年1月191.80。電気価格(2015年=100とした指数)は2020年1月72.53、2月71.87、3月70.82、4月69.47、5月68.63、6月68.24、7月68.06、8月68.54、9月68.92、10月68.96、11月69.49、12月69.45、2021年1月65.94、2月68.15、3月69.13、4月70.05、5月70.66、6月72.55、7月78.84、8月79.68、9月85.71、10月96.27、11月121.57、12月141.57、2022年1月138.96、2月132.47、3月194.88、4月179.22、5月154.06、6月144.90、7月170.78、8月198.90、9月246.89、10月251.78、11月206.72、12月204.54、2023年1月157.65。ガス価格上昇率(前年同月比)は2020年1月3.8%、2月3.5%、3月3.0%、4月2.2%、5月2.1%、6月1.6%、7月1.3%、8月2.1%、9月2.4%、10月2.7%、11月3.0%、12月3.4%、2021年1月△2.3%、2月△0.8%、3月1.1%、4月2.8%、5月3.3%、6月5.1%、7月12.0%、8月13.4%、9月18.3%、10月30.6%、11月53.0%、12月66.5%、2022年1月86.3%、2月76.2%、3月161.4%、4月140.8%、5月109.5%、6月82.7%、7月114.2%、8月170.1%、9月229.0%、10月198.7%、11月74.4%、12月59.9%、2023年1月△19.3%。電気価格上昇率(前年同月比)は2020年1月△38.2%、2月△39.2%、3月△39.6%、4月△40.3%、5月△40.8%、6月△41.3%、7月△40.3%、8月△39.6%、9月△39.4%、10月△39.3%、11月△38.9%、12月△38.7%、2021年1月△9.1%、2月△5.2%、3月△2.4%、4月0.8%、5月3.0%、6月6.3%、7月15.8%、8月16.3%、9月24.4%、10月39.6%、11月74.9%、12月103.8%、2022年1月110.7%、2月94.4%、3月181.9%、4月155.8%、5月118.0%、6月99.7%、7月116.6%、8月149.6%、9月188.1%、10月161.5%、11月70.0%、12月44.5%、2023年1月13.4%。

注1:ガス価格、電気価格は、指数(2015年を通じた平均=100)。
注2:2023年1月は暫定値。
注3:2022年7~12月、エネルギーのVAT税率を減税(21%から9%に)。
出所:オランダ中央統計局(CBS)ののデータベース(2023年2月9日更新)からジェトロ作成

政府は2022年3月21日、エネルギー価格上昇に伴う国民生活への打撃を緩和するため、3つの対策を発表した。具体的には、(1)生活保護対象の低所得世帯にエネルギー手当を支給(800ユーロ、1回限り)、(2)ガソリンとディ―ゼル油の物品税を21%引き下げ(4月1日から年末まで)、(3)天然ガス、電気、地域暖房にかかる付加価値税(VAT)の引き下げ(通常税率21%を9%に/7月1日から年末までの時限措置)だ。このほか、省エネ化のための改築補助基金を積み増している(注2)。

一方、ガスの安定的な確保は、やはり課題になる。政府は前述のとおり、2022年4月22日にロシアからの石炭、石油、ガスの早期輸入停止を発表済みだからだ。1つの対策として、国営エネルギー会社EBNに、ガス貯蔵施設の充填(じゅうてん)を指示。他社にも冬季までにガス貯蔵施設を満たすことを奨励し、価格下落による損失補償制度を用意するとしていた。また、ロッテルダムの液化天然ガス(LNG)ターミナルを拡張。あわせて、エームスハーフェン港に浮体式LNG貯蔵・再ガス化設備(FSRU)を建設するとしている。

また、政府は2022年6月20日、将来的なガス不足に備えて「緊急エネルギー安全保障対策」を発表した。ガス危機レベルの第1段階の「早期警戒」を宣言し、ガス保護回収計画(BH-G)を発動した。これは、ガス企業に対してガス供給と在庫に関して、詳細な情報を政府に毎日共有することを義務付けるものだ。これにより政府がガス市場を監視し、状況に応じて即座に追加の措置を講じる素地が整うことになる。また、国内のガス温存のため、2022年から2024年までの間、国内の石炭火力発電所の発電上限を直ちに撤廃した。他方、フローニンゲン・ガス田の2022年ガス年度(2022年10月~2023年9月)のガス生産量は予定されていたとおり、前年度の45億N立方メートル(注3)から28億N立方メートルにする。一方で、地政学的な情勢不透明から、当該年度中の同ガス田の完全閉鎖はないと明言した。

これに先立って2022年6月1日にはドイツと共同で北海大陸棚での新規天然ガス田の掘削開始を発表した。2024年初冬には生産開始の見込みだ。

このほか、6月末には、オランダ国内に2基の原子炉を新設すると発表(注4)。また、7月1日にロブ・イェッテン気候・エネルギー相が議会に提出した書簡では、以下が表明された。

  • 2023年春には、新規原子炉候補地の環境影響評価(EIA)を完了させる。
  • 2023年秋に、原子力法改正案(2033年に閉鎖が予定されていたボルセラ原子力発電所について、運転期間を延長)策定や、新原子炉発注のための議会決定などの作業に進む。

なお、報道によると、新原子炉建設のために50億ユーロを拠出するという。政府は12月9日、新原子炉2基の建設候補地としてボルセラを選定したと発表した(2022年12月13日付ビジネス短信参照)。

エネルギー価格高騰の影響を和らげるための支援策も拡充した。政府は2022年10月4日、エネルギー価格の上限を2023年1月1日から全世帯と小口需要家に適用すると発表(2022年10月7日付ビジネス短信参照)。エネルギー価格の高騰により多くの家庭や企業が影響を受けていることから、電気料金とガス料金の一時的な上限設定を提案したかたちだ。10月14日には、エネルギー集約型中小企業に対するエネルギー費用増加分への半額補助を発表した(2022年10月24日付ビジネス短信参照)。なお、エネルギー価格の上限設定の詳細については、12月9日に発表されている(2022年12月19日付ビジネス短信参照)。 シリーズ2本目では、オランダのエネルギー政策について概況する。


注1:
石油とガスについては2022年末までに、石炭については同年8月11日までに、それぞれ停止すると表明していた。
注2:
省エネ化改築補助基金は、前政権が総額1億5,000万ユーロで設立した。元の計画では2026年に、さらに1億5,000万ユーロを積み増す予定とされていた。今般、これを前倒しで計上した。
注3:
N立方メートルとは、標準状態での立方メートル容積を指す。いわゆる「ノルマルリューベ」。
注4:
この原子炉建設は、第4次ルッテ内閣の連立合意書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます にも記載されていた。
執筆者紹介
ジェトロ・アムステルダム事務所長
下笠 哲太郎(しもがさ てつたろう)
1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ソウル事務所、海外調査部グローバルマーケティング課、サービス産業課、商務・情報産業課長、EC流通ビジネス課長、プラットフォームビジネス課長などを経て、2021年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
山根 夏実(やまね なつみ)
2016年、ジェトロ入構。ものづくり産業部、市場開拓・展示事業部などを経て2020年7月から現職

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