特集:エネルギー安全保障の強化に挑む欧州再エネ、水素で大規模案件続出(オランダ)
エネ危機政策を探る(3)

2023年4月17日

オランダでは、2050年の気候中立実現に向けて、再生可能エネルギー(再エネ)による発電や、水素に関連する大規模プロジェクトが進行している。洋上風力を利用した水素製造プロジェクトでは、ギガワット(GW)規模の電解槽の導入を目指す。日本企業も技術力を生かしてシェア獲得に動いている。

本稿では、オランダの先行事例と、日本企業の取り組みを紹介する。なお本稿の内容は、2023年3月6日時点の情報に基づく。

洋上風力発電の大規模プロジェクトが進行中

連載2回目で報告したとおり、オランダの再エネ導入は急速に拡大している。2022年の再エネ発電量全体に占める割合は、風力が44.5%、太陽光は37.1%、バイオマスが18.2%だった。さらに、用地不足の問題から、風力・太陽光は近年、洋上設置に移行しつつある(洋上風力発電や浮体式太陽光発電)。2022年の風力発電量をみると、陸上62.0%、洋上38.0%の割合になっている。

現在、建設中または稼働中の風力大型発電施設としては、(1)北部フレボラント州に建設中の陸上風力発電所「風の計画グリーン(Windplan Groen)」〔風力タービン90基で、発電容量は500メガワット(MW)〕、(2)北海の南ホラント州沖に建設中のホランセ・クスト・ザイド(Hollandse Kust Zuid)1~4洋上風力発電所(風力タービン140基、発電容量1.54GW)、(3)北ホラント州沖に建設中のホランセ・クスト・ノート(Hollandse Kust Noord)洋上風力発電所(風力タービン69基、発電容量759MW)などがある。いずれも、2023年中の稼働開始を目指している。

太陽光発電所としては、フレボラント州にドーハウト・メース発電所が2022年7月に商業運転を開始した。32万8,088枚の太陽光パネルを陸上に設置。発電容量は144メガワットピーク(MWp)という(表1参照)。

表1:オランダの主要な再エネ発電ファーム
プロジェクト名 種類 規模 時期 参加企業 設置地域
風の計画グリーン 陸上風力 風力タービン90基、500MW 2023年に稼働予定 ビントプラン・フローエン(オランダ) フレボラント州
北東ポルダー 陸上風力(ニアショアを含む) 風力タービン86基、429MW 2017年から操業中 イノジー(ドイツ)、RWE(ドイツ)ほか フレボラント州
ビーリンガーメール 陸上風力 風力タービン99基、360MW 2020年から操業中 バッテンフォール(スウェーデン)、a.s.r (オランダ)など 北ホラント州沖
ボルセレⅠ&Ⅱ 洋上風力 風力タービン94基、752MW 2020年9月から操業中 オーステッド(デンマーク) ゼーラント州沖
ボルセレIII & IV 洋上風力 風力タービン77基、731.5MW 2021年1月から操業中 シェル(英国)、エネコ(オランダ、日本)、DGE(オランダ)、ファン・オールト(オランダ)、パートナーズグループ(スイス) ゼーラント州沖
ホランセ・クスト・ザイド1-4 洋上風力 風力タービン140基、1.5GW 2023年に稼働予定 バッテンフォール(スウェーデン)、BASF(ドイツ)、アリアンツ(ドイツ) 南ホラント州沖
ホランセ・クスト・ノート 洋上風力 風力タービン69基、759MW 2023年に稼働予定 シェル(英国)、エネコ(オランダ、日本) 北ホラント州沖
ホランセ・クスト・ベスト6 洋上風力 風力タービン54基、756MW 2026年に稼働予定 エコウェンデ(シェルとエネコの合弁会社) 北ホラント州沖
ホランセ・クスト・ベスト7 洋上風力 700MW 2026年に稼働予定 RWE(ドイツ) 北ホラント州沖
ジェミニ・ウィンドパーク 洋上風力 風力タービン150基、600MW 2017年稼働開始 ノースランド・パワー(カナダ)、シーメンス(ドイツ), ファン・オールト(オランダ)、HVC(オランダ) フローニンゲン州沖
ドーハウト・メース 太陽光 パネル32万8,088枚、144MWp 2022年7月稼働 ソーラーフィールズ(オランダ) フレボラント州
ホランディア・フロアイフェルデン 太陽光 パネル28万8,278枚、120MW 2021年5月から操業中 ソーラーフィールズ(オランダ)など フローニンゲン州
ミッデンフローニンゲン太陽公園 太陽光 パネル32万枚、103MWp 2019年12月から操業中 パワーフィールド(オランダ) フローニンゲン州
フラーグトウェッデ太陽公園 太陽光 パネル35万枚、103MWp 2020年秋から操業中 シュタトクラフト(オランダ)、パワーフィールド(オランダ) フローニンゲン州
セリンゲン水上ソーラーパーク 浮体式太陽光 7万6,616枚のパネル、41.4MW 2021年から操業中 フローエンリーベン(オランダ) フローニンゲン州
デ・ウイフェルメールチェス水上ソーラーパーク 浮体式太陽光 パネル5万6,056枚、29.7MW 2021年から操業中 フローエンリーベン(オランダ) ヘルダーラント州
フローティングソーラーパーク・ボンホフスプラス 浮体式太陽光 パネル7万2,000枚、27.3MW 2020年から操業中 フローエンリーベン(オランダ) オーバーアイセル州

出所:各種公開情報を基にジェトロ作成

GW規模の水素プロジェクトが始動、立地のカギは「洋上」

水素に関連する大規模プロジェクトも目白押しだ。オランダでは、北海やフローニンゲン・ガス田などから国内外の産業地帯に天然ガスを供給するネットワークを構築済みだった。その施設を転用できるため、水素の製造や運搬についてもコスト優位性が高いという強みがある(記事「石炭火力上限を撤廃し原発を新設(オランダ)」、「洋上風力と水素を重視(オランダ)」参照)。こうした背景から、水素関連の大型プロジェクトが相次いでいる(表2参照)。

その中で最大と言われるのが、NortH2だ。電源には、北海の洋上風力発電所で作り出したグリーン電力を利用。フローニンゲン州エームスハ―ベンのプラントで海水を電解し、グリーン水素を製造する。製造された水素は、オランダやドイツなど欧州北西部地域で利用する予定だ。(1) 2030年に水電解設備の容量を4GW、2040年に10GW以上に増強すること、(2)その結果として、年間100万トンのグリーン水素を製造すること、を目指している。

PosHYdonでも、洋上風力発電を利用しグリーン水素を製造する。ただし、このプロジェクトでは、すでに稼働中の洋上プラットフォーム上で電解作業を処理する〔具体的には、ネプチューンエナジー(オランダ)のQ13a-A platformを利用〕。

H-Visionも大型のプロジェクトだ。石油精製から発生する残留ガス(90%)と天然ガス(10%)からブルー水素を製造する。製造された水素は、精製所や化学工場で必要になる高温熱の生成などに利用される。ブルー水素の製造時に発生した二酸化炭素(CO2)は直ちに捕捉して、北海の海底下の空のガス田に貯蔵する(CCS)。2つの水素製造工場を建設予定。2026年末に第1工場を、2032年頃に第2工場を完成させる。生産能力は、第1工場で750MW、第2工場で1,500MWになる予定だ。

表2:オランダで進行中の主要な大型エネルギープロジェクト
プロジェクト名 内容 時期 参加企業 場所
NortH2 洋上風力発電所の電力で海水からグリーン水素を製造。欧州北西部で使用。
2030年に水電解設備の容量を4GW、2040年に10GWに増強する。年間100万トンのグリーン水素を生産予定。
詳細な時期は未公表 フローニンゲン港湾局、エネコ(オランダ、日本)、RWE(ドイツ)、エクイノール(ノルウェー)、シェル(英国)、ガスニー(オランダ)、フローニンゲン州政府(支援する立場、経営には不参加)、OCI(エジプト) フローニンゲン沖
PosHYdon 洋上で稼働中のプラットフォーム上で、グリーン水素を製造(洋上風力による電力を使要)。 詳細な時期は未公表 ネプチューンエナジー(オランダ)、EBN(オランダ)、TAQAオフショア(アブダビ)、DEMEオフショア(ベルギー)、エネコ(オランダ、日本)、エマソン(米国)、ガスニー(オランダ)、ハーテンブアー(オランダ)、インベスタ(オランダ)、オフショアエナジー(オランダ)、NEL(ノルウェー)、ノートガストランスポート(オランダ)、ネクステップ(オランダ)、TNO(オランダ) ハーグ沖
H2opZee 洋上に300~500MWの電気分解装置を設置。洋上風力を利用してグリーン水素を製造。既存のパイプラインを通じて内陸に輸送。 2030年までに建設 ネプチューンエナジー(オランダ)、RWE(ドイツ) 北海
H-Vision 残留ガス(90%)と天然ガス(10%)から、ブルー水素を製造。精製所や化学工場で必要となる高温熱の生成などに利用。
ブルー水素の製造時に発生した二酸化炭素(CO2)は直ちに捕捉し、北海の海底下の空のガス田に貯蔵する(CCS)。生産能力は、第1工場が 750 MW、第2工場1,500MW。
2026年末までに第1工場が稼働、2032年ごろに第2工場が稼働予定 デルタリンクス(オランダ)、エア・リキード(フランス)、BP(英国)、 ガスニー(オランダ)、ロッテルダム港湾、オニックスパワー(ドイツ)、シェル(英国)、ユニパー(ドイツ)、ロイヤル・ボパック(オランダ)、エクソンモービル(米国)、EBN(オランダ)、エクイノール(ノルウェー)、TNO(オランダ) ロッテルダム沖
PortHos(Port of Rotterdam CO₂ Transport Hub and Offshore Storage) ロッテルダム港で、産業界から排出されるCO2を北海海底下の空のガス田に貯蔵する。 2026年稼働予定 EBN(オランダ)、ガスニー(オランダ)、ロッテルダム港湾 ロッテルダム沖
Djewels(ジュエルズ) デルフザイル化学公園に20~30MWの電解槽を建設。そのスケールアップに挑戦する。 実証実験中(5年間のプロジェクト) ガスニー(オランダ)、HyCC(オランダ)、BioMCN(オランダ)、デノラ(イタリア)、イニシオ(ベルギー)、マクフィー(フランス) フローニンゲン州
H2M マグナム 天然ガスから太陽光と風力を使って水素を製造。発電所の燃料にする。取り出したCO2はCCS設備を利用して回収・貯留する。潜在的なCO2回収量は年間200万トン。 2025年までに稼働開始 ヌオン(オランダ)、ガスニー(オランダ)、RWE(ドイツ) フローニンゲン州
ACEターミナル 水素キャリアとして、グリーンアンモニアの輸入ターミナルを建設する。 2026年に稼働予定 ガスニー(オランダ)、HESインターナショナル(オランダ)、 ロイヤル・ボパック(オランダ) ロッテルダム近郊
グリーンアンモニアプロジェクト 洋上風力発電所から得られる電力を利用して、ヤラ・スルイスキル肥料工場で電気分解しグリーン水素を製造。それを用いて年7万5,000トンのグリーンアンモニアを製造する。年10万トン以上のCO2削減を見込む。 2024/2025年に稼働開始 オーステッド(デンマーク)、ヤラ(ノルウェー) ゼーラント州
ホランド・ハイドロジェン1 年間最大6万トンのグリーン水素を生産。工場建設にも再利用可能な建材を使用。 2024年に稼働予定 シェル(英国) ロッテルダム近郊
グリーンオクトパス2.0 北部フローニンゲン州エームスハーベンとベルギーのゼーブリュージュ港の間などを水素運搬用ネットワークで結ぶ。既存の天然ガスパイプラインを改築し、新しい水素パイプラインを追加する。オランダ、ベルギー、ドイツ、フランスなど複数国をまたぐ「水素バックボーン」の構築を目指す。 2023年1月に始動
※前身は2019年10月始動
アルセロール・ミタル(ルクセンブルク)、ボッシュ(ドイツ)、エンセボ(ルクセンブルク)、フルクシス(ベルギー)、GRTガズ (フランス)、HyNorth(オランダ)、イネオス(ベルギー)、ノースシーポート(オランダ)、OGE(ドイツ)、アントワープ・ブルージュ港湾(ベルギー)、ロッテルダム港湾(オランダ)、ザルツギッター(ドイツ)
水素バレー 北部3州が「水素バレー」として水素経済への移行のためのさまざまな実証実験を行う。フローニンゲン州を中心とするコンソーシアム「HEAVENN」とEU基金の9,000万ユーロの資金を得ている。 2020年1月に始動 シェル(英国)、EBN(オランダ)、ガスニー(オランダ)など内外の65企業・団体 フローニンゲン州、ドレンテ州

出所:各種公開情報を基にジェトロ作成

技術力を生かして日本企業は参入

数々の大規模プロジェクトに、世界各国の企業が関心を示して参加している。 日本企業としては、例えば以下のような例がある。

  • エネコ(Eneco)買収/三菱商事と中部電力:
    両社は2020年3月、共同でエネコ(オランダ2位の公営エネルギー企業)を41億ユーロで買収した。そのエネコを通じて、ボルセレ第3・第4洋上風力発電所(Borssele III & IV)、ホランセ・クスト・ノート洋上風力発電所、NortH2、PosHYdonなど、さまざまな大型プロジェクトに参加してきた。
  • 風力発電所買収/ユーラスエナジーホールディングス:
    2016年と2019年、ヤード・エネルギー(地場企業)からウインドファーム15カ所を買収。同社はその後、南ホラント州、フローニンゲン州、ヘルダーラント州などで、風力発電所を建設した。
  • 水素発電切り替えプロジェクト参画/三菱パワー:
    日本企業がオランダのエネルギー転換に技術面で関与する動きも続いている。その一例が本件だ。
    大手電力会社ヌオン(Nuon)が擁する「マグナム発電所」では、従来、天然ガスを燃料に発電していた。当該設備は3系列あった。そこに、三菱パワーが2018年3月から参画。所内の1系列を2023年までに、100%水素専焼に切り替える構えだ。
  • 新技術を活用した水素貯蔵・運搬システム構築に向けた調査/千代田化工建設など:
    水素を常温常圧で貯蔵・運搬できるようにする技術(注1)が実用化されると、水素へのエネルギー転換にも有益だ。
    そのため千代田化工建設は2021年7月、当該技術を活用して水素輸入システムを構築することを目的に、共同調査を進めると発表した。なお当該調査は、ロッテルダム港湾公社、クーレターミナル(オランダ、注2)、三菱商事と共同で実施予定だ。

政府も水素事業を後押し

ここまでみてきたとおり、オランダ政府の水素戦略は加速している。その結果として、2022年11月、水素分野の協力に関して、オマーンとの間で基本合意書(MOU)に署名したと発表した(2022年11月9日付ビジネス短信参照、注3)。また12月には、オランダ国内で水素製造に関わる7プロジェクトに、政府が総額7億8,350万ユーロの補助金を投入すると発表した(2022年12月26日付ビジネス短信参照)。

気候中立の実現には、再エネ導入と水素活用が必要不可欠だ。エネルギー安全保障の観点でも、この両者が果たす役割は大きい。オランダの地理的特性を生かした取り組みは、一層加速すると見込まれる。


注1:
当該技術を活用して貯蔵・運搬された水素は、SPERA水素と呼ばれる。
注2:
クーレターミナルは、ターミナル内で貯蔵タンクなどを保有・運転する事業者。
注3:
エジプトで開催されていた国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)の場で、マルク・ルッテ首相が当該MOUに署名したと発表した。
執筆者紹介
ジェトロ・アムステルダム事務所長
下笠 哲太郎(しもがさ てつたろう)
1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ソウル事務所、海外調査部グローバルマーケティング課、サービス産業課、商務・情報産業課長、EC流通ビジネス課長、プラットフォームビジネス課長などを経て、2021年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
山根 夏実(やまね なつみ)
2016年、ジェトロ入構。ものづくり産業部、市場開拓・展示事業部などを経て2020年7月から現職

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