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特集:新型コロナによるアジア・ビジネスの変化を読み解くコロナ禍で岐路に、IT-BPM産業の成長の可能性(フィリピン)
感染拡大を転機に生産性の向上の道も

2021年3月31日

新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)感染拡大直後、フィリピンのIT-BPM(ビジネス・プロセス・マネジメント)産業は、業務内容を在宅勤務へとスムーズに転換することができず、大きなダメージを受けた。一方、感染拡大を踏まえ、IT-BPM産業において人工知能(AI)技術導入や業務自動化が図られつつある。これまで同国が目指していたIT-BPM産業の高度化が実現する可能性もある。

フィリピンIT-BPM産業の概況

フィリピンで「IT-BPM産業」といった場合、ITを活用した業務委託サービス全般を指し、様々なサービス分野を包含する。その範囲は、コンタクトセンター(注1)、医療情報管理、バックオフィス業務からソフトウェア・サービス、ゲーム開発、アニメーション制作まで多岐に及ぶ。

2000年代以降、フィリピン政府はIT-BPM産業を雇用創出源となる有望な成長分野と位置付けてきた。そして、IT-BPM産業に関する投資に対して、投資誘致機関であるフィリピン経済特区庁(PEZA)や投資委員会(BOI)が税制面でのインセンティブを付与するなど、積極的にサポートした。政府の支援もあり、同国のIT-BPM産業は2000年代前半から、サービス精神旺盛な英語話者を豊富に供給できることを強みに急成長を遂げた。2017年6月に国際労働機関(ILO)が発表した「アセアン・イン・トランスフォーメーション」によると、同産業の2000年から2015年までの推計成長率は17~18%だった。急速な成長により、フィリピンのGDPのうちIT-BPM産業が占める割合は、2000年の1%以下から2015年には6%まで上昇した。IT-BPM産業の業界団体であるフィリピンITビジネスプロセス協会(IBPAP)が作成した「アクセラレート・フィリピン・ロードマップ 2022」によると、2016年にIT-BPM産業に従事する労働者は115万人で、フィリピン全産業の労働者の2.9%の割合まで達した。隣国のASEAN主要国と比較すると、製造業で大きな産業集積を有することができなかったフィリピンにおいて、IT-BPM産業は確固たる優位性を確立し、サービス輸出と雇用創出に貢献してきた。

フィリピンのIT-BPM産業の特徴として、同国の豊富な労働供給に依存した労働集約型の分野が中心であることが挙げられる。IT-BPM産業の中でフィリピンが特に強みとしてきたのは、技術・知識の習熟を要しない、コンタクトセンターにおける音声サービスだ。米国の植民地であったことから、フィリピンの英語はアメリカ英語に近いと言われる。比較的に低廉な賃金で人材を多数雇用できることから、1990年代終盤から2000年代前半にかけて、米国系をはじめとする多国籍企業によるコンタクトセンターの設立が相次いだ。その後、コンタクトセンターによる音声サービスは、現在まで、同国のIT-BPM産業において中心的な地位に位置する。例として、図は2016年時点でのIT-BPM産業の中で、各分野が売上高に占める割合を示したものだ。

図:IT-BPM産業で各分野が産業全体の売上高に占める割合(2016年)
「コンタクトセンター・BPO」が産業全体の売り上げの55.8%を占める。続いて、産業特化型シェアド・サービスが20.5%、ITソフトウェア・サービスが13.1%、医療情報管理が10.5%と続く。

出所:「アクセラレート・フィリピン・ロードマップ 2022」(IBPAP)からジェトロ作成

「コンタクトセンター・BPO」が産業全体の売り上げの55.8%を占め、圧倒的なシェアを有していることがわかる(注2)。他の分野を含めても、同国のサービス内容は低賃金に依存した業務プロセスが中心で、ITや技術革新に基づくサービスの提供に弱いことが指摘されてきた(注3)。

こうしたフィリピンのIT-BPM産業で、主要企業の多くは外国資本の多国籍企業で、フィリピン国内企業は規模が小さい。多国籍企業の中では、アクセンチュアやコンバージスなどの米国にルーツ・本拠地を有する企業の存在感が大きい。サービスの輸出先は米国が大半を占めている。

新型コロナ感染拡大で一時的に生産性が大きく低下

さて、フィリピンの代表的な産業であるIT-BPMに、新型コロナの感染拡大はどのような影響を与えたかをみていこう。新型コロナ感染拡大を受け、フィリピン政府は2020年3月中旬から厳格な経済・移動制限措置を実施した。人口の半数以上を占めるルソン島全体(マニラ首都圏が立地する島)に、外出禁止や公共交通機関の停止、必要不可欠な産業以外の操業停止を命じる「強化されたコミュニティー隔離措置(ECQ)」(注4)を課した。その後、セブ市やダバオ市などを加え、対象範囲を拡大していった。2021年3月4日時点でもなお、マニラ首都圏ではGCQが運用され、各種の経済活動制限が課されている。

ジェトロは、フィリピンに拠点を有する大手IT-BPM企業のX社とY社に対して、コロナ禍の影響についてインタビューを行い、その実態を調査した。

コンタクトセンターや医療機関向けのバックオフィス業務を主要なサービスとするX社によると、隔離措置導入直後には、従業員を在宅勤務に移行させるために顧客企業との個人情報管理に関する調整や、従業員へのパソコンや通信機器の手配などの手間が発生。一時的に生産性は大きく低下した。感染拡大直後の2~3週間は、顧客企業に対して通常業務の20~30%程度までしか稼働できないと伝えていたという。そこから徐々に在宅勤務での業務体制を整えていき、2020年4月末ごろには業務稼働率を通常の95%前後まで回復した。なお、インタビュー時点の2021年1月において、X社でのオフィス出勤比率は従業員全体の約10~15%だった。

他方、コンタクトセンターやITサービスを行うY社では、感染拡大時点で在宅勤務を行う準備ができておらず、1カ月の間、サービスの提供を停止したという。同社では金融機関向けにサービス提供をしていたため、顧客企業から強固なセキュリティー管理が求められた。Y社では、セキュリティー管理について従業員がオフィスにてサービス提供を行なうことを前提に構築されていたため、従業員が在宅勤務を開始するにあたり、新たな情報管理体制を作る必要があった。Y社はその後、デスクトップ仮想化(注5)を利用し、より安全な情報管理の下で業務を行う環境を整え、在宅勤務体制を構築していった。インタビュー時点の2021年3月において、オフィス出勤比率は約20%だった。

フィリピンの劣悪な通信環境が在宅勤務の課題に

感染拡大後、在宅勤務が導入された際に、多くの産業においてフィリピンの劣悪な通信環境が労働生産性にマイナスの影響を与えているとの指摘があった。世界銀行が2020年10月に発表した「フィリピン・デジタル・エコノミー・レポート 2020」によると、フィリピンでは約60%の家計がインターネットに接続する環境を有しいない。近隣の中所得国と比較して、インターネットの普及は大きく劣後している。また、通信速度も遅く、インターネットのダウンロード速度は、固定型・移動可能型の機器のいずれにでも、ラオスやベトナムに劣る。一方で、フィリピンの通信費は高い。1GB(ギガバイト)の無線通信の価格が1人あたりGNI(国民総所得)に占める割合は、ASEAN諸国の平均1.37%を上回る1.95%であった。

こうしたフィリピンの劣悪な通信環境は、IT-BPM産業にとって大きな重荷となっている。前述のX社によると、日によって通信速度が異なり、感覚として日々の生産性がプラス・マイナス10%の範囲で変わってくるという。X社では、通信速度が大きく落ち込んだ時に備え、予備の回線を別途用意している。Y社からも、通信環境が不安定なことが生産性に影響を与えているとのコメントがあった。

また、在宅勤務の際に従業員の業務態度を観察しづらくなったことで、従業員の業務怠慢が課題になっている。Y社は、オフィス勤務時と比較して、在宅勤務の生産性は低い可能性があると指摘したうえで、仮に生産性が著しく落ちた時間帯があっても、それが通信環境の悪化によるのか、従業員の怠慢によるのかなどの原因を正確に確認できないことが問題、と話していた。

フィリピンIT-BPM産業の競争力は低下、2020年成長率は前年を若干下回る見込み

労働集約的で、技術蓄積を要しないIT-BPM産業を構築してきたフィリピンにとって、新型コロナ感染拡大は、その弱みを浮き彫りにさせたと言えよう。米国の調査会社ソロンズ・インターナショナルは2020年8月、IT-BPM産業の事業拠点に必要な各要素を指標化し、国や都市の競争力を評価した「ソロンズ・グローバル・イノベーション・インデックス 2020」を発表した(2020年9月11日付ビジネス短信参照)。フィリピンは2019年の5位から順位を1つ落とし、6位だった(表参照)。

表:「ソロンズ・グローバル・イノベーション・インデックス 2020」上位10カ国
国名 2020年
順位
2019年
順位
インド 1 1
米国 2 3
ブラジル 3 2
カナダ 4 4
英国 5 6
フィリピン 6 5
ロシア 7 7
メキシコ 8 8
ベトナム 9 13
シンガポール 10 9

出所「ソロンズ・グローバル・イノベーション・インデックス 2020」
(ソロンズ・インターナショナル)からジェトロ作成

同レポートでは、感染拡大後、インドやフィリピンのような低廉な労働力を提供する国でのサービス価値は大きく下落した、と指摘している。感染拡大の影響で、これらの国々にて提供してきたコンタクトセンターでの音声サービスの提供が一時的にストップし、消費者は不利益を被った。これらの国々でのサービスにおいてAI導入や業務プロセスの自動化を推進すべき、と主張する。

IBPAPは2020年11月、2020年の同国IT-BPM産業の収益は260億ドルを見込んでおり、2019年の263億ドルを若干下回る水準であると発表した(2020年11月20日付政府通信社)。世界金融危機でダメージを受けた2009年以来、初めて収益が前年を下回る見込みとなった(2020年11月20日付フィルスター紙)。

フィリピンIT-BPM産業の高度化が進展する可能性も

このように、新型コロナ感染拡大は、フィリピンのIT-BPM産業に大きなダメージを与えた。一方で、これまで課題となっていた同産業の高度化が大きく進展する可能性もある。その理由として、以下の2点を挙げる。

1点目として、IT-BPM産業全体で、AIや自動化技術の導入に関心が高まっており、これらの技術を取り入れることでフィリピンのIT-BPM産業の生産性が高まる見込みがある。アジア開発銀行が2021年1月に発表した、東南アジアにおけるインダストリー4.0に関するレポートPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.1MB) では、技術革新がフィリピンのIT-BPM産業に与える影響を分析。新型コロナ感染拡大後、IT-BPM産業でのセキュリティーや業務管理においてデジタル技術活用が継続的に進む、と予測する。

2点目として、デジタル技術の導入が進むことで、フィリピンに拠点を有するIT-BPM企業の中で高度な技術・知識を有する人材への需要が高まり、これらのスキルを持つ人材がフィリピンで就労する機会が大きく増大する可能性がある。前述のアジア開発銀行のレポートでは、労働市場への影響を分析している。自動化によって24%の仕事が代替される。しかし、その一方で、業務の生産性が向上し、コストが低減する。それによって、サービス価格を下げることが可能になり、顧客のサービスに対する需要が高まる。ゆえに、デジタル技術の導入は、事業者に実質的な所得増をもたらす。事業者は実質的な所得の増加に伴い、追加的に35%の労働を需要する、と推計する。したがって、ネットで見ると、11%分(35%-24%)の雇用が拡大する。デジタル技術の導入により、ルーティンワークの一部は代替され、労働者の仕事はより複雑化・高度化し、技術集約的な労働が求められるようになるという。

これまでフィリピンでは、理工系技術などのハイスキルを有する人材が国外に流出する、いわゆる「頭脳流出」が問題となっていた。フィリピン人の海外就労が多い理由の1つとして、労働供給に見合うだけの雇用をフィリピン国内で生み出せていないことが挙げられる。フィリピンに拠点を有するIT-BPM企業が技術集約的な労働をより必要とするようになることで、これまで海外就労を目指していた人材がフィリピン国内で就職するケースも増える可能性がある。

インタビューを実施したX社・Y社ともに、フィリピンでのIT-BPM産業においてAI技術や業務自動化を進め、事業の高度化を図っていく方向、と話していた。そのような状況の中、他国と比較した際に、高い技術を有する人材が労働市場で豊富に供給されていることをフィリピンの優位性として挙げた(注6)。また、Y社は、「他のIT-BPM企業との間で優秀な人材の獲得競争が発生しつつある」ともコメントした。

企業側の需要増加は、労働市場において高度な技術・知識を有する人材の賃金上昇をもたらし、フィリピン国内で就労するメリットを高めるだろう。また、コロナ禍で国際間の人の移動が大きく妨げられていることも、フィリピン国内で高度なスキルを有する人材が就労する方向に寄与しうる。産業全体で人材のレベルが高まることで、知識・技術の伝達が活発化し、同国産業の生産性が大きく高まることが期待できよう。


注1:
顧客と電話やメール・チャットなどで応対を行う事業所・部門。
注2:
ただし、「コンタクトセンター・BPO」は、コンタクトセンターだけではなく、製品設計開発(ESO)やデータ解析などの比較的付加価値の高いサービスも定義に含んでいることに注意が必要。
注3:
ジェトロ・アジア経済研究所「21世紀のフィリピン経済・政治・産業:最後の龍になれるか?」(2019年)を参照。
注4:
最も厳格な隔離措置から順に、ECQ(強化されたコミュニティー隔離措置)、MECQ(修正を加えた、強化されたコミュニティー隔離措置)、GCQ(一般的なコミュニティー隔離措置)、MGCQ(修正を加えた、一般的なコミュニティー隔離措置)。
注5:
サーバ上においたデスクトップ環境を、遠隔地にある接続端末に転送し、遠隔でデスクトップ環境を利用できる技術。端末側にデータやアプリケーションを置かず、サーバ側にアクセスして処理を行う。端末に情報が残らず、より安全に情報管理を行うことができる。
注6:
例えば、2018~2019年の学期において高等教育機関でIT関連分野を専攻した卒業生数は8万1,477人。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
吉田 暁彦(よしだあきひこ)
2015年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ名古屋を経て、2020年9月から現職。

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