特集:新型コロナによるアジア・ビジネスの変化を読み解くコロナ禍で在宅勤務化したIT-BPMサービスでも生産性を回復(フィリピン)
顧客企業向けにAIや業務自動化技術の活用を志向も、反応は分かれる

2021年3月31日

新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)感染拡大に伴うフィリピンのIT-BPM(ビジネス・プロセス・マネジメント)産業への影響を調査するため、ジェトロはフィリピンに拠点を置く大手IT-BPM企業へのインタビューを実施した(実施日:2021年1月15日)。新型コロナ感染拡大直後、在宅勤務導入に関していくつかの課題が発生し、サービス提供に一時的なマイナスの影響を与えた。その後、同社は在宅勤務体制を整備。サービスの更なるデジタル化を図っている。

感染拡大直後は、在宅勤務下での顧客企業の情報管理が課題に

質問:
貴社の事業内容について。
答え:
当社の事業領域は、AI(人口知能)からインフラストラクチャ、人材・組織管理まで多岐にわたる。フィリピンでは、IT-BPM、コンサルティング、ヘルスケア、人材マネジメントが主要分野だ。IT-BPMについては、医療機関や保険機関のバックオフィス業務など、様々な分野でサービス提供している。
質問:
新型コロナ感染拡大は、貴社のビジネスにどのような影響を与えたのか。
答え:
2020年3月に入り、フィリピン政府が移動・経済制限措置(以下、隔離措置)を実施した。これにより、ビジネス環境は一変した。同措置によって交通はストップし、政府の指示の下、厳格な感染防止対策を取らねばならなくなった(注1)。 同措置が実施され、従業員の在宅勤務を開始する際に、顧客情報の管理がまず、問題となった。当社は多くの個人情報を取り扱っており、顧客企業は在宅勤務下で情報が適切に管理されるのか憂慮したからだ。在宅勤務で対応することについて、顧客企業から許可を得るため、当社は強固な認証システムを導入しており、情報が適切に保護されていることを伝え、個別に許可を取っていった。このほかにも顧客企業との間には様々な調整が必要で、会議に多くの時間を費やした。 次に、在宅業務で使用する機器が問題となった。当社はオフィスでデスクトップパソコンを使用していたため、自宅への持ち帰りが困難だったからだ。政府による隔離措置の影響で公共交通機関が停止したため、個人で自動車を有する従業員にお願いし、デスクトップパソコンを他のメンバーに配達させた。3月中旬の隔離措置開始から1~2週間でパソコンの配達を進め、在宅勤務ができるように体制を整えていった。あわせて、徐々に従業員への業務割り当てを増やした。4月末には、隔離措置下での業務体制の構築がほぼ完了。6月から7月にかけて、持ち運びが容易なノートパソコンを購入し、デスクトップパソコンから替えていった。

サービスの生産性はおおむね回復

質問:
現在、すでに隔離措置は緩和的なものになっているが、オフィスでは従業員全体の何割程度が勤務しているのか。
答え:
おおよそ10~15%。感染拡大の防止やコスト効率の観点から、現在は在宅勤務の方が望ましい勤務形態となっている。そのため、ほとんどの社員が在宅勤務を継続している。
質問:
隔離措置下におけるサービスの生産性はどの程度の水準であると考えるか。
答え:
感染拡大直後の2~3週間は、投入できる労働力が大きく減少し、生産性は著しく下がった。顧客企業に対して、業務水準は通常の20~30%程度までしか稼働できていないと伝えた。そこから徐々に生産力を高めていき、4月末ごろには95%前後まで回復した。
しかし、フィリピンでは、日によってインターネットの通信速度が異なる。これが、生産性に影響している。しばしば、通信速度が大きく低下するのだ。そのような場合に備えて、バックアップ用の通信回線を自社で用意している。もっとも、通常の回線と比較すると性能が劣る。通信速度が不安定なことによって、日々の生産性がプラス・マイナス10%の幅で異なってくる。

在宅勤務下で従業員のモチベーション維持が課題に

質問:
新型コロナ感染拡大を踏まえて、貴社の今後2~3年にかけての主要な取り組みを教えてほしい。
答え:
1点目は、勤務場所の問題だ。オフィスでの勤務が本格的に再開可能となった場合を検討しなければならない。ノートパソコンを導入したことで、どこでも業務に取り組むことができるようになった。顧客企業に対しても、途切れることなくサービス提供ができている。現時点では、コスト効率の観点から、オフィス勤務より在宅勤務の方が当社にとっては優れている。そのため、政府がオフィスでの勤務を全面的に許可した際に、どのように働く場所を決めていくのかが重要事項になる。
2点目は、従業員の労働生産性を高めることだ。業務がオンライン化し、労働生産性についていくつかの課題が発生している。例えば、在宅勤務で業務態度を観察しづらくなった。そのため、(在宅勤務下でも)従業員が士気を保てるようなインセンティブ制度を導入した。単に従業員を信頼するだけではなく、従業員が在宅勤務下でも効率的に業務に取り組むような仕組みを構築していかなければならない。
3点目は、当社のサービスの付加価値を高めていくことだ。どのようにして顧客企業にとっての経費を節約しながら、彼らの事業をより拡大させていくことができるのか、優先的に検討していかなければならない。顧客企業の業務効率を高め、技術力を高めていくことを促進するような取り組みが必要であろう。

AIや業務自動化技術は従業員の仕事内容を変える方向に

質問:
AIや業務自動化技術の導入によって発生しうる労働者への影響について教えてほしい。
答え:
当社では、常に労働投入が必要な部署に人員配置をしている。将来的に、業務自動化技術を導入することによって余剰人員が発生した場合には、当該人員を他のチームや部門に再配置するように検討している。例えば、AIを活用した自動会話プログラムの案件では、自動化技術を導入後、6人の余剰人員を、能力に応じて他の業務ラインに異動させた。AI導入は、労働力をこれまでとは異なる目的で投入していくきっかけになるのだと考える。
質問:
貴社はフィリピンのエンジニアやスタートアップ企業とAIなどの活用に関して協業していく計画はあるのか。
答え:
もちろんだ。当社は、顧客企業にとって利益をもたらすような技術革新や、新規のサービスを常に探している。
質問:
貴社のフィリピンでの事業は、全体として、フィリピンでの豊富な労働力を駆使した労働集約的なサービスから、AIや業務自動化技術を活用した技術集約型のサービスへと向かっていくのか。
答え:
当社は、より自動化された形でのサービス提供を志向するようになっている。一方で、顧客企業の特性や事業構造なども検討していく必要がある。新しい技術に対して前向きな企業もいれば、自動化や技術革新は自社には関係がないと考え、既存の労働集約的なサービスを求める企業もある。
質問:
新型コロナ感染拡大後における、フィリピンでの事業展開の優位性は何か。
答え:
フィリピンは、高度な能力を有する理工系人材を多く輩出していることだ(注2)。彼らは会社が研究開発を行うにあたって、これからより必要とされていくだろう。

注1:
フィリピン政府は新型コロナ感染拡大防止策として、2020年3月中旬から厳格な隔離経済・移動制限措置を実施。人口の半数以上を占めるルソン島全体(マニラ首都圏が立地する島)に、外出禁止や公共交通機関の停止、必要不可欠な産業以外の操業停止を命じる「強化されたコミュニティー隔離措置(ECQ)」を課し、その後、セブ市やダバオ市などを加え、対象範囲を拡大していった。2021年3月4日時点でもなお、マニラ首都圏ではGCQが運用され、各種の経済活動制限が課されている。隔離措置の経緯、措置の詳細については、ジェトロ特集「アジアにおける新型コロナウイルス対応状況」の「フィリピン・国内の移動制限・事業所閉鎖などの措置」の項目を参照。
注2:
例えば、2018~2019年の学期において高等教育機関でIT関連分野を専攻した卒業生数は8万1,477人。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
吉田 暁彦(よしだあきひこ)
2015年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ名古屋を経て、2020年9月から現職。

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